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クロレキシ  作者: 赤森千穂路
序章 戦いの予兆
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第7話 トイレの花子さん?

 「トイレの花子さん」を見た、と目の前の眼鏡をした三つ編みの少女は言ったのだ。

 しかし、彼女の口から出たその名前は、裏世界でも都市伝説とされているほどの存在があやふやなものだ。

 それを見たとなれば、人間界でツチノコを見つけたのと同じくらいの大発見だろう。


 そんな現実味のない発言を上手く理解できなかった涼真は、少女ーー生実絵理(なるみえり)にもう一度尋ねる。


「トイレの花子さん? あの有名な都市伝説の?」


「う、うん……」


 絵理は曇らせた顔で小さく頷いた。恐らく、涼真に自分の言ったことを信じてもらえるかどうかが不安なのだろう。


 涼真は彼女の話を信じるかどうか、顎に手を当て考える。

 裏世界でもトイレの花子さんは有名な都市伝説だ。それを見たと聞いて、すぐに信じる者は少ないだろう。

 しかし、目の前の友人の顔は浮かないものだ。例え絵理の見間違いであったとしても、それを信じないことには彼女の顔を晴らすことはできないと思った。


 涼真は笑顔を浮かべ、明るく優しく絵理に話しかける。彼女を安心させるために。


「絵理、ソイツを見た時の話を聞かせてくれ。できるだけ詳しく、な?」


「うん……!」


 絵理の顔が明るくなったのを見て、涼真は心の中でホッと安堵のため息を吐く。

 涼真は隣のまだ登校してきていない生徒の椅子を拝借すると、絵理を自分の右隣に座らせた。彼女は「ありがとう」と小さく言うと、椅子を引き、ちょこんと座った。

 そして、事の詳細をポツリポツリと話しだした。


「アレを見たのは、昨日の放課後に私が飼育委員の仕事をし終わった時……」


 絵理の話を纏めると、昨日の夕方の5時頃、西校舎の1階の女子トイレで花子さんらしきものを見た、ということだった。

 絵理は恐ろしくなり、すぐにそのトイレから逃げ出したらしい。


「へぇ……それで、その花子さんはどんな見た目だった?」


「え、えっと、数秒しか見てないから、あんまり細かいことは覚えてないけど……セーラー服を着てたような気がする」


「セーラー服、か。他には覚えてることはない?」


「髪の毛が長かったかなぁ。あとは……そうだ、足がなかったんだよ。浮いてた」


「オバケみたいな感じで?」


「うん」


「ふむ……」


 涼真は机に頬杖をつき、絵理の見たモノの正体について何か思い当たることはないかと脳を回す。しかし、外見の特徴だけでは妖怪や怨霊など、様々な候補が浮かんでしまう。


 その中でもやはり有力なのは最初に言った『トイレの花子さん』だろうか。涼真も実物を直接見たことはないが、彼女は全国のトイレを男子女子関係なく彷徨い、人間界や裏世界の者たちを驚かして回っているのだという。

 ただ、トイレの花子さんがこの世に存在する確かな情報はなく、ただの都市伝説に過ぎないのだが。


「でもさ、花子さんはトイレから出てからは追いかけてこなかったんでしょ? それは不幸中の幸いだったね」


 左隣の席から顔を覗かせてきた舞が絵理を安心させる為なのか、優しい口調で言った。


「ホントだよ。そのまま追いかけられて、捕まったら何されてたか……」


「もう、明日香ちゃん! 怖いこと言わないの!」


 涼真の前の席の椅子に逆座りし、いたずらっ子のような笑み浮かべた明日香が、舞の話を悪い方へ持っていった。

 涼真が絵理をチラリと見ると、彼女は俯かせた顔を青褪めさせ、ダラダラと汗をかいていた。折角の舞の気遣いも台無しである。


「ったく、明日香は……ん? 待てよ……追いかけて来なかった……?」


 悪ノリで絵理を怖がらせた明日香に文句の1つでも言ってやろうかと思ったが、先ほどの絵理の発言に引っかかった。


 何故霊は絵理を追いかけなかったのか。まし何らかの理由で追いかけられなかったとして、そもそも何故絵理の前に姿を現したのか。


 パチン!


 その時、涼真の頭の中で、まるでパズルのピースがはまったような感覚がした。


「分かった!」


 ガタガタッ、と騒がしい音とともに椅子から立ち上がった涼真は、無意識に机を叩いていた。


「絵理が見たモノの正体はたぶん、地縛霊だよ!」


「「「地縛霊?」」」


 3人の少女は同時に首を傾げた。その様子に涼真は思わず苦笑いを浮かべ、彼女たちに『地縛霊』についての説明をする。


「地縛霊ってのは自分が死んだことを理解できずに、死んだ場所や死ぬ前に特別な思いを抱えていた場所に縛られて、その場所から動けない霊のことだよ」


「ほえ〜、さっすが涼真。物知りだねぇ」


 舞が感心したように頷いた。彼女の顔は嬉しそうに綻んでいる。

 涼真は舞の顔を見て一瞬口元を緩ませた後、すぐにキュッと引き締めた。


「でも、まだ地縛霊って決まったわけじゃない。先生とか他の生徒とか、学校にいる人達に聞き込みだ」


「え、聞き込み? 西校舎の1階の女子トイレにいるんだったら早く祓ったり、追い出した方がいいんじゃない? あそこのトイレ、朝とかよく使われてるし」


 明日香が不思議そうに涼真に訊いた。


「いや、聞き込みをしないとダメだ。もし本当に地縛霊だとしたら、何がその霊をトイレに縛っているのかを調べないといけないし、他の霊だったら祓い方も変わってくる」


「あ、なーるほど……」


 明日香は納得したように首を縦に振りながら手をポンとついた。

 しかし、彼女の言うことは最もである。実際、早く祓うに越したことはないし、なんなら涼真が力尽くで祓うことも可能なのだ。ただ、それでは霊が本当の意味でこの世から消えることはできない為、涼真は霊の強制退去を渋っているのだ。


「ねぇ、涼真」


「ん? どした舞」


「私もその聞き込み、ついて行っていい? その霊が本当に地縛霊なんだったら、早く解放してあげたい。……ずっと過去に囚われてるなんて、私だったら絶対嫌だもん」


 ーーそれはズルいだろ。


 元より拒否しようと考えていた涼真だったが、今の舞の言葉でその考えを改めた。

 ポリポリと耳の後ろを掻いた後、諦めのため息を吐く。


「……分かった。じゃあ今日の放課後、一緒に聞き込みに行こうか」


 涼真は片目を開き、やや呆れ顔で言うと、舞はパァッと顔を明るくした。


「ほ、ホント!?」


「うん。人手が多い方が楽だしね」


「ありがとう、涼真!」


 嬉しそうに顔を綻ばせる舞を見て、「遊園地にでもいくのか」というツッコミを喉の奥に押しやり、涼真は明日香の方を向いた。


「そうだ、明日香も一緒に来る? もし来てくれるんだったら、舞を任せて二手に別れて聞き込みをしたいんだけど……」


 明日香は涼真の提案に少し驚いたような顔を浮かべたが、すぐに首を横に振った。


「いーや、やめとくよ。その霊の正体気になるし、行きたいのは山々なんだけど、今日はアタシ用事あるんだ。別の友達のとこに行かなきゃならなくて」


「そっか。まぁ、用事があるなら仕方ないな」


 顔の前で手刀を切った明日香に、涼真は手をヒラヒラと振って、気にしないでいいよと伝え、最後に絵理の方を向いた。


「んじゃ、僕と舞の2人で放課後に聞き込みするから、絵理は家に戻っててくれ。まだ怖いだろ?」


「う、うん……2人とも、頼り切りになっちゃってごめん……よろしくね」


 絵理は申し訳なさそうに頭を下げると、座っていた椅子を元の席に戻し、自分の席に戻って行った。

 涼真はそれを見送ると、顔を正面に戻す。


「……すんなりと解決すりゃあ良いんだけどな……」


 嫌な予感が、涼真の胸中に暗雲のように渦巻いていた。






◇◆◇◆◇






 その日の放課後。

 涼真と舞は学校にいる人達に聞き込みをし、午後6時に学校の校門前に戻ってきた。特に有力な情報は得られなかったからだ。


「うーん……やっぱり難航しそうだな、こりゃ」


 涼真は困り果て、眉間に皺を寄せて頭をポリポリと掻く。

 霊1体の情報など簡単に集まると思っていたが、思った以上に調査が進展しない。それに、涼真はあることが気になっていた。


「なぁ舞、今日聞き込みした半数くらいの人……なんかおかしかったことないか?」


「うん、それは私も思ったよ。半数って程じゃなかったけど、なんだか……質問した時に動揺してた感じがしたんだよね」


「そうそう。馬場先生とか山本先生とか、質問する前は普段通りだったのに、霊のことを聞いた瞬間にちょっと焦って僕たちを職員室から追い出そうとしてさ……」


 涼真は腕組みをし、背を向けていた校舎を険しい顔で振り返る。


「過去に何かあったんだ。地縛霊が憑きそうな事件か、あるいは出来事が」


「でも、それを隠す理由はなんでだろう? それが分からない限り、聞き込みが進まないよ」


「強制的に祓うって方法もあるけど、それは……」


 涼真は舞の方をチラリと見る。すると、舞は案の定ムッとした顔をして、


「絶対ダメだからね! 力尽くじゃなくて、キチンと未練を晴らしてあげなきゃ! 強制的なんて、悲しいよ……」


「……だよな。僕も同意見」


 そうは言ったが、霊の手掛かりが無い以上、霊を追い払うには強制的に魂を消滅させるしかない。

 せめて1つでも手掛かりを得られたら、と涼真が思った時だった。


「君たち、こんな時間まで何してるんだ? もう最終下校時刻は過ぎてるよ。早く帰りなさい」


 用務員の持田(もちだ)が涼真たちに声をかけてきた。持田は若い頃はイケメンだったことが容易に想像できる容姿で、40歳前後だろうと、涼真は勝手に予想している。

 色褪せたグレーの作業服を着ており、少し白髪の混じった黒髪には砂で汚れた跡があった。


 訝しげな顔で涼真たちのことを見つめていることから、どうやら最終下校時刻を過ぎて学校の前で屯している涼真たちが気になったようだ。


「あ……ごめんなさい、持田さん」


 舞は持田にペコリと一礼する。

 その時、涼真はあることを閃いた。持田に話を聞いてみるのはどうか、と。

 持田は長年この学校に用務員として務めているらしい。そんな彼ならそのトイレについても何か知っているのではないか、と考えたのだ。


「持田さん、西校舎の一階の女子トイレって、昔に何か事件とか事故とか起こったりしませんでしたか?」


「西校舎の一階の女子トイレ? うーん……特にそんな事はなかったなぁ。あのトイレ、というか、学校を建て替えてそんなに経ってないからね。君達が入学する前も、特におかしな事はなかったよ」


「そ、そうですか……」


 涼真はがっくりと肩を落とした。

 下手すれば裏桜中学校の教員よりも長く勤めている彼ならば何か知っていると思ったのだが、どうやら聞き込みは明日に持ち越しになりそうだ。


「あ……いや、待てよ……」


 しかし、すぐに持田が何かを考えだしたようで、腕を組んで難しい顔をした。

 少しして、皺を寄せていた顔を元に戻し、口を開いた。


「あぁ、そうか。涼真くん、あのトイレに何かあった訳ではないが、昔あのトイレの場所でとある事件が起こったよ」


「え、ホントですか! 聞かせてください!」


 ようやく掴めるかもしれない霊についての情報に、涼真は目を輝かせる。

 そんな涼真とは対照的に、持田の顔には陰りが差した。


「あのトイレがある場所は昔、普通の教室だったんだよ。でも、当時その教室を使っていたクラス内で、ある事件が起きてね」


「ある……事件?」


「ああ、そうさ。とても悲しい……決して忘れてはいけない事件が……」


 涼真が訊き返すと、持田は力ない笑みを浮かべ、ポツリポツリと語り出した。

 一度封じたハズの記憶の箱を開いて。

お読みいただき、ありがとうございます。

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