第54話 アイツの方が
天界の牢獄のモニター室では、美香とサンダルフォンが待っていた。
「お待ちしてましたよ。何かあったんですか?」
美香はやけに電話が長かったことに疑問を覚えていたようだ。
「遅くなってすみません美香さん。実は……」
涼真は先ほど、スマホの向こう側で起きていたことを美香に伝えた。
話していくうちに、美香の顔はどんどん険しいものになっていった。
「それは……マズいですね」
「はい。でも、これは黒神の問題ですから、美香さんたちは……」
気にしなくていい、と言おうとしたが、美香がそれを遮る。
「いえ、私たちも協力します。天使の役目はこの世の調律を正すこと。もう百鬼夜行など起こさせません」
彼女の目は真剣だった。
涼真の肩にポン、と梨恵が手を置く。
「ああなった美香さんは、もう何を言っても耳を貸さないよ。ボクには分かる」
彼女は苦笑いを浮かべながら涼真にそう言った。
「はは……そっか。じゃあ美香さん、僕らに協力してもらえますか?」
「はい! もちろんです!」
彼女は力強く頷いた。
◇◆◇◆◇
「準備はいいか? 黒神涼真」
「ああ。頼むよ」
涼真がそう言うと、サンダルフォンはマイクのスイッチをオンにした。
「あ、あー、あー。聞こえますかー?」
『この声は……ふふ、やはりお前もいたか、黒神涼真』
モニター室の画面に不敵な笑みを浮かばせたセラフィエルが映った。
「ああ。よくもさっきは妹に気色の悪いことを言ってくれたな」
涼真は声を一段と低くして言った。
『ふん、ほんの冗談じゃないか……』
「趣味の悪い冗談だな。今度からはもっとマシなのを言うようにしろ」
『それで、わざわざお前がこんな所にまで来た要件はなんだ? 私に何か話があるんだろう?』
セラフィエルはモニター越しにこちらを睨みつける。
「お前、ある組織に入ってたよな。その組織について知っていることを全部吐け」
涼真がそう言うと、セラフィエルはハッハッハ、と笑い出した。
「何がおかしい?」
『私が話すことを期待してこんな所までやってきたのか? やはりお前は愚かだなぁ!』
自分のことを心底バカにしたようなセラフィエルの口調に、涼真はイラッとした。
クルリと後ろを向き、モニターを見ていた梨恵に話しかける。
「なぁ梨恵、コイツすんごいムカつくな」
「でしょ。怒って牢獄壊さないでね」
「誰が壊すか!」
オホン、と咳払いをする。
「愚かなのはお前だよ、セラフィエル。可哀想にな」
今度は逆に、涼真がセラフィエルをバカにしたような口調で煽った。
『なっ……どういうことだ!?』
「お前は組織の捨て駒だったんだよ」
『っ!? そ、そんなはずはない! 私は幹部だったんだぞ!?』
セラフィエルは焦った様子で言った。彼を繋いでいる鎖がガシャリと音を立てた。
「お前は嘘の情報を伝えられていたんだ。舞の体内に爆発するほどの妖気はない」
「し、しかし、お前の言っていることが本当だという証拠がないだろう!?」
「でも、嘘っていう証拠もないだろ?」
涼真の言葉に、みるみるセラフィエルの顔が白くなっていく。
「お前が天使を裏切って所属した組織は、幹部でも簡単に切り捨てるほどの組織だったってことだ。もしくは、元々捨て駒にするつもりでお前を加入させたんじゃないのか?」
『あ……ありえない!! あの方は……あぁあの方は!! 私を、救ってくださった!! わざわざ私のところにきて……!!』
「それも、ソイツの演技だとしたら?」
『え……』
涼真の発したことにセラフィエルは固まった。
「そのあの方ってヤツは、お前を利用するために一芝居打ったんじゃないのか?」
『そ、そんな……私が……今までどれほど……あの方に仕えてきたか……』
遠くを見つめるような目でブツブツと呟き出した。
『ああ……わたたたたた、わた、し、は……』
「おい、正気に戻ってこい! 僕はお前からその組織についての情報を……!」
『………………』
セラフィエルは目を見開き、唾液を地べたに垂らしながらブツブツと何かを呟いている。
「これは……ダメですね。よほどショックだったみたいです」
美香の言葉に「くそっ」と涼真は言った。
涼真は横目で美香を見る。
「……美香さん、もう一つワガママを言っていいですか?」
「はい。構いませんよ。でも、いったい何を?」
涼真は全身を美香の方に向けた。
「浦江に会わせてください。アイツも少しの間だけど、組織と繋がっていた。だから何か知っているかもしれない」
涼真の言う通り、浦江唯我は涼菜と同じように洗脳されていた。なので、彼に洗脳術を施した者が組織の中にいるのではないか、と涼真は考えていたのだ。
「分かりました。では、少し病院に確認を取ってみます」
美香はそう言い、モニター室から出ていった。
◇◆◇◆◇
数十分後。涼真はそのまま涼菜を愛梨に任せ、美香と梨恵と共に、唯我がいるという病院に来ていた。
「でっかい病院だなぁ」
「天界の怪我した天使のほとんどがここにいますからね。愛梨は空き時間があるとここに来て、回復の手伝いをしているんですよ」
「愛梨さん……忙しいんですね」
「ええ。私なんかより、ずっと」
美香は涼真の方を向かず、真っ直ぐ病院の方を見ながら言った。その時、彼女が少し悲しそうな表情をしたのを涼真は見逃さなかった。
「さぁ、唯我の病室に行きましょう。案内しますね」
そう言って彼女は病院の中に入っていった。涼真たちも彼女に続く。
「なぁ、美香さんって時々悲しそうというか、寂しそうな表情になるんだけど、何か知ってる?」
美香の後ろを自分と一緒に歩いている梨恵にコソッと訊いた。
「ボクは美香さんと付き合い長いけど、特に何も思い当たることはないかなぁ」
梨恵はうーん、と唸りながら言った。
「そうなのか……」
涼真がそう言った時、「あ、でも」と梨恵が何かを思い出したような素振りを見せた。
「ボクに四大天使の力が目覚める前に、美香さんと愛梨さんと仲が良かった方が亡くなったって聞いたことがあるよ。たぶん、その方のことを思い出しているんじゃないかなぁ」
「ふぅん……」
「着きましたよ。2人で何の話をしてるんですか?」
美香が突然立ち止まり、数ある病室の中の一室を目で示した。
コソコソ話している自分たちのことが気になっていたようだ。
「「あ、いえ、なんでもないんです」」
「そうですか。ここは病院なのですから、2人とも余計な会話は謹んでくださいね」
「はい」
「すみません……」
美香は少し背を丸めた2人を見てクスリと笑った。
「さ、入りますよ」
彼女はそう言うと、コンコンコン、とノックをし、
「唯我、美香です。入ってもいいですか?」
と中にいる人物に尋ねた。
「はーい、どうぞっスー」
と、中から少年の声がした。
美香がガラガラ、と扉を開け、「失礼します」と言いながら中に入る。
涼真と梨恵も彼女に続いて入っていった。
「おぉ、梨恵も来てくれたんっスね! それと、君は……」
病室に入ると、ベッドの上で唯我が本を読んでいた。
彼は涼真の方を見て、目を少し見開く。
「もう身体はいいのか? 浦江」
涼真がそう言うなり、唯我はバッと頭を下げた。
「本当にすみませんでしたっス!! 俺が……アイツらに捕まったせいで……!」
「“洗脳”されてた時の記憶があるみたいだな」
「はい。君が“洗脳”を解いてくれた時のことも覚えてるっス……」
唯我は顔を歪ませながら悔しそうに言った。
「謝罪はもういいよ。美香さんや梨恵たちから何度もしてもらったから。それより、今日はお前に話があって来たんだ」
「な、何っスか?」
「お前に“洗脳”をかけたヤツのこと、何か覚えていないか?」
涼真がそう言うと、唯我は腕組みをし、難しい顔になった。
「……ちょっとだけっスけど、覚えてるっス。嫌な笑い方の男と、銀髪の白衣を着た女が一緒にいたっス」
「その笑い方って『クヒヒッ』って笑い方か?」
「そう! それっス!」
唯我は驚いて、涼真を指さした。
涼真は顎に手を当て、考え出す。
(嫌な笑い方の男、サープ。語尾に特徴のある男、ラグル。それに銀髪の女、か……コイツらはセラフィエルみたいな偽物じゃなく、本当に幹部みたいだな)
「あっ、そうだ。僕の過去について、何で知ってたんだ?」
唯我と戦った時、彼が涼真の過去について知っているような口ぶりを見せていたのだ。
涼真はそれがずっと疑問だった。
「キミの過去っスか? いや、それは知らないっスけど……」
(僕の過去のことは覚えていないのか……記憶をも自由に操る“洗脳”の使い手……厄介だな)
涼真がそう考えた時、病室のドアがガラガラ、と開いた。
「あ、すいません。これから定期検査の時間なのですが……」
天使の看護師が少し戸惑った様子で涼真たちに話しかける。
「分かりました。じゃあ、僕はこれで」
「えっ!? もういいの?」
梨恵が驚いて椅子から立ち上がった。
「聞きたいことは聞けたしな。んじゃ、お大事にな、浦江」
涼真は唯我に向かって軽く手を振る。
「はい。俺が力になれることがあれば、なんでも言って欲しいっス」
「ああ、またな」
そう言って、涼真は病室から出て行った。
「それじゃあ唯我、私も行きますね。まだ安静にしてないとダメですよ?」
美香も唯我に釘を刺し、病室から出て行った。
「ボクも行くね。お大事に、唯我くん」
「あ、梨恵」
病室から出て行こうとする梨恵を、唯我が呼び止めた。
「何?」
「お前……涼真のこと、好きなんっスか?」
唯我がニヤニヤしながら訊いてきた。
「は、はぁ!? そ、そういうんじゃないから!! じゃあね!!」
梨恵はそう言って再び病院を後にしようとした。
「あ、ちょっと……!」
「何? また冷やかす気?」
「そうじゃないっスよ。ただ……」
唯我は顔を少し俯かせる。
「……ごめん。俺、梨恵にも攻撃したっスよね」
「……気にしてないよ。涼真くんが治してくれたしね。それに、あれは唯我くんのせいじゃないから」
「また来るね」と言って、梨恵は病室を出て行った。
パタリと病室の扉を看護師が閉めた。
「それじゃあ、定期検査に行きましょうか。ウリエル様」
「はい。了解っス」
唯我はそう言い、ベッドから起き上がりスリッパを履いた。
「あ、トイレ行ってからで良いっスかね?」
「はい。構いませんよ。では、私は部屋の外で待っていますね」
「申し訳ないっス」
看護師はニコリと微笑み、病室を出て行った。
再びパタリと閉じられた扉を見て、唯我はポツリと呟く。
「……そりゃあ、アイツの方がカッコいいよな」
1人っきりになった病室で、唯我は自身の独り言がやけに大きく聞こえた。
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