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クロレキシ  作者: 赤森ちほろ
第二章 百鬼夜行編
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第47話 考えたくない可能性

 涼真は老狐の言うことに驚き、目を見開いた。隣では、涼菜も同じようにして硬直している。


「よ、妖怪たちが黒神(ぼくら)に戦いを……!? どういうことだよ!?」


 涼真は初老の妖狐に詰め寄る。妖狐はパイプを一吸いし、ため息と同時に煙を吐き出した後、重々しく口を開いた。

 

「……数日ほど前、物怪界にある女が来てな。そいつが『黒神によって世界が滅ぶ』と言ったらしい。儂はその場にいなかったから直接見た訳じゃないが、妖怪たちの間では、髪を二つ結びにした黒髪の少女……とか言ってたな。丁度、嬢ちゃんのような……」


 老狐は視線を涼菜の方へと向ける。彼の瞼は歳のせいか垂れ下がってはいたものの、その奥の眼光は異様に鋭かった。

 老狐に釣られるように涼菜を見つめると、彼女は歯を細かにカチカチと鳴らし、体を小刻みに震わせていた。俯けた顔は青褪めており、絶望の色を塗りたくられていた。


 老狐はそんな涼菜の様子に気付いたのか、気付いていないのか、一呼吸おいてから話を続ける。


「そのせいで物怪界は大混乱だ。家に籠もってブルブル震えてる奴もいれば、今言ったように、お前さんらを倒そうとしている奴らもいる。それとは別に、全く興味を示さない奴もいたな。割合としては、丁度三分の一ずつくらいか」


「……妖狐の一族にも、僕らのことを狙おうとしてる奴がいるのか?」


 涼真は不安な気持ちを抑え、老狐に尋ねた。先ほどの新郎新婦が涼真たちを見て慌ててさっていったのは、黒神一族を良く思っていないからだろう。

 老狐は微笑むと、手を横に振った。


「安心しろ。俺ら妖狐はお前さんらに手を出したりはしねぇよ。『あのお方』の手前、そんなこたぁできねぇ」


 「クックッ」と喉を鳴らして笑った老狐は、パイプを口へ運ぶ。その老狐の言葉で涼真は思い出したことがあった。


「そうだ、『ソイツ』、今どこにいるか分かる?」


「さぁな。あのお方の行方を俺が知ったこっちゃねぇ。ま、気をつけた方がいい。こうしている間にも、物怪界の奴らがお前さんらに襲いかかってくるかもしれねぇからな」


 「じゃあな」と言って、老狐はその場から下駄の音を鳴らしながら立ち去っていった。

 老狐の姿が見えなくなった頃、涼真の隣からドサリ、という音が聞こえた。音のした方を見てみると、涼菜が膝から崩れ落ちていた。


「ごめんなさい、お兄ちゃん……! ワタシの……ワタシの、せいで……!」


 項垂れた涼菜が瞳からポロポロと涙を流す。

 老狐の言っていた少女の正体は、やはり涼菜だったようだ。以前に化け草履が言っていた少女と特徴が完全に一致していたため、涼真は別に驚きはしなかった。

 ただ、涼菜のことが心配だった。

 その時はセラフィエルの支配下にあり、命令されてやったことなのだろうが、涼菜自身が引き起こしたことだ。彼女は今、途轍もない責任感に苛まれているのだろう。


「ワタシっ……取り返しのつかないことを……!!」


 悲痛な声を上げる涼菜。そんな妹の頭にポン、と手を添えた涼真は、彼女の艶のある黒髪を優しく撫でる。


「スズ、落ち着いて。その妖怪たちも今すぐ僕らに襲いかかってくるとは限らないだろ。それに、説得すれば分かってくれる妖怪もいるかもしれない」


 そう。化け草履は時間がかかったものの、話せば分かってくれた。それに、涼真には妖怪の友人もいるのだ。だから、妖怪にも冷静に話を聞いてくれる者たちがいることは知っていた。


「それに、今回のことはスズのせいじゃない。スズはセラフィエル(あのオッサン)に言われてやっただけなんだろ? 気にすることないよ」


「でっ、でも……! ワタシがやったことですし……!」


「……なら、妖怪たちを鎮める為に、スズも力を貸してほしい。それで今回のことはチャラだ。これでどう?」


 涼真の言葉に、涼菜は顔を上げた。


「い、良いんですか……? そんなことで、許されて……」


「ああ。本当は別にこんなことしなくても良いんだけど、それじゃあスズの気が済まないだろ? それに、許すとか許さないじゃない。何回も言うけど、スズは悪くないんだからな。何も罪悪感を覚えることなんかないんだよ」


 と、涼真が笑いかけると、今まで不安げな顔をしていた涼菜の口元が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


「さて、と。まずは情報収集から始めようと思うんだけど……そうだ、ナギに聞いてみるか」


「ナギ?」


「お兄ちゃんの妖怪の友達さ。猫又って妖怪なんだけど……まぁ、クソ生意気なクソ猫だから、まともに相手しなくていいよ」


「お兄ちゃん……?」


 涼菜の時とは打って変わって友人のことをボロクソに言う涼真に、涼菜は首を傾げた。

 そんな妹を横目に、涼真は両手を広げて詠唱する。


「妖魔、招来!」


 詠唱の言に妖気が反応し、涼真の足元の地面に、紫色の魔法陣が出現した。


「来い、ナギ!」


 ナギを召喚するためのプロセスを全て終えた涼真は、右手を高く掲げ、ポーズを決めた。

 しかし、魔法陣は淡く輝きながら変な古代文字を浮かべてグルグルと回っているだけで、一向にナギを呼び出そうとしない。


「……え? いや、来てよ……ナギ……」


 数十秒待ってみるも、魔法陣からは誰も現れる気配はない。

 次第に魔法陣は色が薄れていき、やがて時間切れになったのか、消滅した。


「えぇー……」


 涼真は困惑し、引き攣った声を出した。

 召喚の失敗。こんなことは初めてである。ナギが召喚を拒否しているのだろうか。だが、本人に聞けない以上、どうすることもできない。

 涼真はしばし考えた末に、ナギの召喚を諦め、裏世界の自宅に帰ることにした。


「仕方ないな……取り敢えず家に帰ろう。じいちゃんとバトラーに妖怪たちのことを伝えないと」


「は、はい……」


 涼菜は返事をしたものの、その顔は浮かないものだった。恐らく、今回の事の発端が彼女が撒いた種であることを気にしているのだろう。

 涼真は涼菜の肩に手を添えると、彼女に微笑みかける。


「大丈夫。じいちゃんもバトラーも、お兄ちゃんと同じこと言うに決まってるよ。万が一何か言ってきたら、お兄ちゃんがボコボコにしたげるから、心配するな!」


「く、口でだとしてもボコボコはやめてください……」


 涼真は涼菜に笑いながら「冗談だよ」と返す。

 二人の頭上では、いつの間にやら発生した灰色の入道雲が、ゆっくりと青空を覆い出していた。







◇◆◇◆◇






 涼菜とともに裏世界に戻った涼真は、リビングへ入るなり、ソファにもたれかかって寛いでいた祖父と執事に声をかけた。


「ただいまー。じいちゃん、バトラー、ナギって今居る?」


「お帰りなさい、お二人とも。ナギですか? 今日はまだ帰ってきていませんね」


 紅茶のカップを片手に持ったバトラーが、首を横に振る。その隣では黒神がコーヒーが入ったマグカップに角砂糖をボチョチョチョチョ、と流し込むように突っ込んでいた。普通の人間であれば糖尿病まっしぐらの行動も、純粋な神である彼には関係ない。こんな光景は日常茶飯事なのだ。

 だから涼真は祖父の奇行を当たり前のようにスルーして腕組みをし、呟く。


「うーん……じゃあどうしたんだろ」


「……何かあったのか?」


 コーヒーに数え切れぬほどの角砂糖を投入し終えた黒神が、スプーンでカップの中身をかき混ぜながら訊いてきた。


「ああ、実は……」


 涼真は人間界で老狐に聞いた話の内容を二人に伝えた。

 涼真が話を終えると、黒神は足を組み直し、想像するだけで口の中が甘ったるくなるコーヒーを啜った。

 

「ほーう……妖怪が俺たちに戦いを挑んでくると」


「はい……」


 涼菜が申し訳なさそうな顔をして頷く。項垂れる涼菜を見て、黒神はフッと微笑みかける。


「スズ。もう涼真に言われたかもしれないが、それに関してスズは何も心苦しく思う必要はない。スズはセラフィエルに指示されただけなんだろう? だったら何も気に病むことはないさ」


「……はい」


 スズは黒神の言葉に小さく頷いたものの、やはり負い目を感じているのか、その語調に気は乗っていなかった。

 涼真は涼菜の頭を一撫でしてから、黒神に尋ねる。自分の考えと祖父の考えが一致しているかどうか。


「じいちゃん、これはやっぱり……」


「ああ……10年前、お前たちを襲った組織の奴らの仕業かもしれんな」


 黒神の言葉に、涼真は息を呑んだ。

 祖父がそう考えるということは、その可能性はやはり高いのだろう。母を殺し、涼菜を拐った組織が、また涼真に手を出してきたのだ。

 すると、涼菜が涼真の服の裾をクイクイと引っ張った。涼真は振り返り、彼女の目線を合わせる。


「どした? スズ」


「あ、あの、お兄ちゃん……。組織……って、何のことですか?」


 涼菜は恐る恐る、といった様子で首を傾げる。


「……え?」


 だが、涼菜の様子に驚いた涼真は、思わず素っ頓狂な声を上げていた。


「スズ……もしかして、セラフィエルがある組織に属していたこと、知らない?」


「は、はい……そんな話、初耳です……」


「あ、そうだったんだ……ゴメンな、訳分かんない話して。このままだとスズを置いてけぼりにしちゃうとこだったよ。説明するから」


 そう言ってから、涼真は涼菜にセラフィエルのことについて話した。そして、そのバックに着いていると考えられる、涼真から家族を奪った組織についても。


「……それが、セラフィエルのことを裏で操っていた奴らさ。ソイツらが……僕らの母さんを殺したんだ」


「お二人の御母上……涼花さまの件に関してはセラフィエルの独断という可能性もありますが……。それよりも今は、妖怪たちについてです」


 と、バトラーが涼真の言ったことに付け足し、ピン、と指を立てた。


「一旦状況を整理しましょう。事の発端は先日、物怪界で起きた騒動によるもの。それにより妖怪たちはパニックを起こし、黒神さまや涼真さま、つまり黒神一族を倒そうとしている……そういう解釈でよろしいですね?」


「ああ。そうだね」


 バトラーの発言に涼真は頷く。

 それを確認して、バトラーは一呼吸おいてから話を続ける。


「ここで一つの疑問が生まれます。涼菜さまに発言させたのはセラフィエルの意思だったのか、はたまた組織の命令をセラフィエルが涼菜さまに言うように伝えたのか、ということですが……」


 言葉を区切ったバトラーは視線を涼菜の方へと向ける。涼菜は肩をビクリと動かした後、涼真の背に隠れるように引っ込んでしまった。

 涼菜はまだ、この家の者たちに完全に心を開いた訳ではないのだろう。特に、セラフィエルと同じく、大人の姿をした男に対する反応がぎこちない。今日も外出した時、ラーメン屋の店長や店員には少し警戒した様子だった。


 だが、涼真には幾分か心を開いてくれているようだ。彼女はセラフィエルに拐われる以前の記憶を思い出したそうなので、その影響もあるのだろう。

 涼真は、自身の背中に引っ付いて離れようとしない涼菜を諭すように優しく話しかける。


「スズ。何か知ってることはない?」


「……すみません。ワタシは彼からそう言えと指示されただけで……それが彼の意思だったかどうかは分からないです。ごめんなさい」


 涼菜は今にも泣き出しそうな顔で、重ね重ね謝る。涼真は、言葉に嗚咽が混じり出した涼菜を落ち着かせるため、彼女の背をゆっくりと撫でつつ、視線を黒神の方へと向ける。


「ってことだけど、じいちゃん」


「ふむ……」


 黒神は腕組みをしたまま目を伏せ、唸る。やがて瞼を開くとともに、言葉を発した。


「……じゃあ、仮にこれが組織の命令だったとしよう。組織は妖怪たちが『こうなること』を分かっていたんだろうか?」


「そりゃそうでしょ。そうじゃなきゃ、スズがただのヤバい奴としか見られない。それか、スズが妖怪たちに向けてそのことを話しているときに、組織の他の誰かが妖怪たちに洗脳の術式とかを使ったか。もしくは……」


 そこまで自分で言ったところで、涼真は気が付いた。考えたくない第三の可能性に。

 ゴクリと息を呑んでから、たった今脳裏によぎった最悪な可能性を、ゆっくりと口にした。


「……もしくは、組織の一員の中に、かなりの影響力を持った妖怪がいるか、だな」


 場が静まり返り、沈黙が四人を包み込む。

 誰も、涼真の言葉に反論をしようとはしなかった。


 気まずい沈黙を破ったのは、震える涼真の声だった。涼真は黒神を見つめ、尋ねる。


「……なぁじいちゃん。あり得ると思う……?」


 主語は敢えて言わなかった。言霊を心の底から信じている訳ではないが、もしそれが事実になったとしたら、嫌だったから。

 だが、主語を除いても黒神には涼真の言いたいことが伝わったようで、彼は首を縦に振った。


「……あり得る。猫又とは、日本では鎌倉時代前後から確認されている長寿の妖怪だ。妖怪の世界では基本的に、年齢が上の者ほど格が高いとされる。実際、妖怪は歳を食えば食うほど強くなる種族が多いからな。……ナギは500年以上生きている。妖怪の中でも地位は高い方だろう」


「っ……!!」


 涼真は薄々分かってはいたものの、祖父の言葉を改めて聞き、ショックを受けた。困惑と動揺が、涼真の思考を停止させる。

 信じたくない。何も考えたくない。けれど、どうしてもナギのことが脳裏に浮かんできてしまう。


 涼真が呆然と立ち尽くしていると、「だが」と黒神が言葉を紡いだ。


「あくまでも可能性の一つだ。ナギが組織と繋がっていると決まったワケじゃない」


「ああ……そうだね」


 涼真は祖父の言葉に頷きはしたが、胸の奥に生まれたモヤッとした気持ちが消滅することはなかった。


「とにかく、ナギへの疑いを晴らすためにも、涼真とスズには妖怪たちのことを探って欲しい。どんな方法を使ってもいい」


「……分かった。ナギの無実を証明してやるさ」


 拳を握り締めて、気合を入れる涼真。すると、涼真の背から顔をひょこっと覗かせた涼菜も、


「わ、ワタシもお兄ちゃんと一緒に行きます……! この事件を起こした、張本人ですから……」


 と、意気込んだ。

 二人が大きく首を縦に振ったのを見て、黒神は少しだけ頬を緩める。


「よし……じゃあ、早速情報収集を始めよう。俺とバトラーも調べてみる。二人も、分かった情報は逐一俺に報告してくれ。いいな?」


 涼真と涼菜は視線を交わした後、小さく頷き合ってから、黒神の言葉に勢いよく応えた。


「ああ!」

「はい!」

お読みいただき、ありがとうございます。

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