第44話 組織の情報
「ありがとね、涼真」
2人の家の前に着いた時、舞がふと、そう言った。
「どうしたんだよ、急に」
「だって、涼真がいなかったら私、今頃死んでたんだよ? そりゃあお礼ぐらい言うよ」
「そんなのいいよ。僕が舞を守りたいからそうしただけだし」
(それに、セラフィエルから舞を守ったのは僕じゃないしな)
舞と話しながら、涼真はアザトースのことを考えていた。彼女だけにはあの魔神のことを話すべきだろうか、と悩む。
(でもなぁ……)
生徒会室でセラフィエルと対峙した時のことを思い出す。セラフィエルの話を聞いた後、彼女は自分に向かって何かを言おうとしていた。それはおそらく、自分は死ぬべきだ、と言おうとしていたのだろう。
そんな責任感の強い彼女に、天界を潰そうとしている魔神の話をしてもいいのだろうか。
「いや、ダメだな……」
「え? 何が?」
舞がキョトンとした顔でこちらを見ている。考えていたことを思わず口に出してしまっていたようだ。
「あぁ、いや、なんでもない」
涼真はアザトースのことを舞に話すのはやめることにした。彼女なら死ぬ、と言い出しかねない。セラフィエルと対峙した時に自分が言った言葉が彼女の心に響いていなければ、の話だが。
「それじゃあ、また明日な、舞」
「うん、また明日ね、涼真」
そう言い合い、2人は互いの家の中へ入っていった。
「ただいまー」
涼真が玄関の扉を閉じながらバトラーたちに聞こえるくらいの音量で言った。
すると、バトラーが廊下へ出てきた。
「お帰りなさいませ、涼真さ……」
バトラーは涼真の姿を見ると動きが固まった。
彼の目線はどうやら涼真の背中にいる少女に向けられているようだ。
「あぁ、この娘? 僕の妹さ。悪いヤツから取り戻してきたんだ」
涼真の説明を聞いてもなお、バトラーはポカンとしている。
そんな彼の顔を見て、涼真は苦笑いを浮かべた。
「まぁ、すぐには信じられないよな。とりあえずスズを横にさせてやりたい。用意してくれ。バトラー」
「は、はい……承知しました」
バトラーは戸惑った表情のまま、リビングに向かっていった。
涼真も涼菜の靴を脱がせた後、自身も靴を脱ぎリビングへと向かった。
「じいちゃん、ただいま」
「ああ。お帰り」
祖父は珍しく真剣な顔で涼真を出迎えた。
「あれ? バトラーと違って驚かないんだ」
「まぁ、常に周りの妖気を感知できるからな、俺は」
どうやら少し前から涼真と一緒に涼菜の妖気も感知していたらしい。
さすが先代の黒神だ、と涼真は感心した。
「その娘が涼菜か……昔と顔があまり変わっていないな」
「ああ、そうだろ? 僕もそれでこの娘がスズだって気付いたんだ」
祖父には涼菜の昔の写真を見せたことがあった。それを覚えていたんだろう。
すると、バトラーが2階からタン、タン、と階段を降りてきた。
「涼真さま、用意が整いました。こちらへ涼菜さまを」
そう言って階段の方へ手を向ける。
「ああ、ありがとな」
涼菜を背負ったまま階段を上り、2階の1番奥の部屋に入る。
ここは元々涼真の父、涼介の部屋だった。しかし、涼介が留守にしているので空き部屋になっていたのだ。
バトラーが普段から掃除をしていたので、思っていたよりもかなり綺麗だった。
家具が何も置かれていない部屋の隅に布団が敷かれている。
涼真はそこに涼菜をそっと寝かせた。
「スズ……」
涼真は眠り続けている妹を心配そうに見つめる。実際、心配だった。このまま眠り続けるのではないかという不安で頭がいっぱいだった。
「涼真、こうなった経緯を教えてくれ」
背後から祖父が声をかけてきた。
祖父に言われ、涼真は今回の件を全て話した。舞に宿ったアザトースのことも。
「……ってなわけで、スズを取り返したんだ」
涼真が説明を終えると、沈黙が続いた。
「……涼菜さまを取り返した経緯は分かりましたが……新しい情報がいっぱいですね」
「まぁ、なんとなく話は読めたが……とりあえず話を整理しよう」
祖父がオホン、と咳払いをする。
「まずは仮面の男たちだ。ヤツらは組織になっていたのか……」
そう言いながら、祖父は難しい顔をした。
「メタトロンによると、どうやらそうらしい。組織内じゃあセラフィエルは仮面のヤツらより立場が上の幹部クラスだって」
「仮面の男たちは下っ端ということか……そのセラフィエルは今どこに?」
「天使に拘束されてるよ。“金縛り”は一度かけたけど、アイツが天界に連れて行かれる時に解除した」
「なるほどな」
祖父は難しい顔のまま、腕組みをした。
「それに涼菜さまにかけられていた“洗脳”も気になりますね。この間のウリエルの時と状況が似ています」
「そうなんだよ。2人とも一度姿を眩ませて、次に現れた時には“洗脳”がかけられていた。しかも、“洗脳”を扱える者はただでさえ少ないのに……これが偶然な筈がない」
涼真がバトラーの言ったことに頷いた。
すると祖父が腕組みをし、涼真の言ったことに同調する。
「そうだな。それに、スズが拐われた時の状況と、セラフィエルの下僕になっていたことから考えると、十中八九……」
「「「組織が絡んでる」」」
3人は同時にそう言った。祖父もバトラーも、涼真と同じ考えのようだ。
「その組織の中に“洗脳”を使える者がいる。そう考えるのが自然ですね」
「ああ。そして、組織は舞を殺そうとしてる。セラフィエルとウリエルっていう天使の幹部まで巧みに操ってな。ま、セラフィエルが“洗脳”されてたかどうかは分からないけど」
涼真は、唯我もセラフィエルも舞を殺すためだけに自分たちの前に現れていたことが気になっていた。しかし、2人が一時でも組織との繋がりができていたと分かり、この考えにたどり着いたのだ。
「舞が組織に狙われている原因はおそらく……」
「アザトース、ですね」
涼真が言おうとしたことをバトラーが言った。
「そうだ。組織は舞にアザトースが宿っていることを知り、排除しようとした。でも、ボスや幹部がなんらかの理由で直接動ける状況下になかった。そこで、セラフィエルを使った」
「セラフィエルを使えば、ヤツの部下の天使たちも動かせるからな」
涼真の推理に祖父が頷きながら言った。
「ああ。でも、天使にとって恐怖の象徴であるアザトースの名を出すわけにはいかない。セラフィエルが動かなくなるからな。そこで、嘘の情報をセラフィエルに伝えた」
「その情報を部下の天使たちにも伝えさせ、あくまでも天使に舞さまを殺させようとした、ということですね。そうすれば組織の者は直接的には舞さまの暗殺には関わらず、組織の存在が公になることはありませんから」
バトラーが納得したように言った。涼真はそんな彼を見てコクン、と頷き、話を続ける。
「それに、天使が悪魔を殺すっていうよく聞く状況になるから、不自然に思う者は少ないだろうしな」
涼真は自分の推理を話し終え、ふぅ、とため息をつくと、手を頭の後ろで組んだ。
「僕の推理はそんなとこ。どこかおかしかった?」
「いえ、どこもおかしくないのですが……1つ、気になることが」
「なんだ?」
「涼真さまは……アザトースと話したんですよね。彼女は何か言っていましたか?」
涼真はバトラーの言いたいことが、一瞬分からなかった。しかし、あることを思い出し、ああ、と言った。
「言ってたよ。『部下に粛清したい』ってね」
「……そうですか」
バトラーは真顔で頷くと、部屋を出て行こうと扉の持ち手に手をかけた。
「では、私はそろそろ夕食の準備をしますね。涼菜さまの分も追加で用意しておかないといけませんから」
「ああ。頼むよバトラー。またスズが起きたら呼ぶ」
「承知しました。では……」
そう言ってバトラーが部屋から出て行こうとした時だった。
「う、うぅん……」
涼菜が、ゆっくりと瞼を開けた。
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