第39話 魂と記憶
妖気を探知すると対象はすぐに見つかった。どうやら校庭の端にいるようだ。
裏庭から校舎を飛び越え校庭へ向かう。
すると、目視でも分かる位置にいた。どうやらガブリエルも一緒にいるようだ。
セラフィエルは舞の前にスタッと降り立った。
「見つけましたよ。さぁ、死んでください」
「りょ、涼真はどうしたの!?」
舞がこちらを警戒しながら訊いた。
「彼なら、裏庭で私の仲間と戦っている最中です。貴女を助けには来れませんよ」
舞は梨恵を近くにある木に安置した後、セラフィエルの方を向き直った。
「涼真が言ってくれた。世界が救われても、私がいないと自分が救われないんだって」
彼女は真っ直ぐこちらを見据える。
「だから、私は死なない! 貴方の言う通りにはならない!!」
そう言い切り、身構えた。
「……いい度胸ですね。ですが、貴女に戦闘能力が無いことなど一目で分かりますよ」
セラフィエルはそう言って、舞に向かって手をかざし、白い光線を放った。
舞はそれをギリギリのところで躱し、セラフィエルに向かって走り出した。
「ほう……! まさか躱されるとは思っていませんでしたよ」
セラフィエルはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、舞の足元に光線を放った。
「うわっ……!!」
ドサリ、と舞はその場で倒れ込んだ。
「ふん……多少は動けても、やはり雑魚は雑魚……しかし、どうにも合点がいきませんねぇ」
セラフィエルは目を細め、舞の顔を見た。
「貴女……なぜ怒っているのです?」
舞はそんなセラフィエルを睨み付ける。
「涼真は……私を救ってくれた、大切な人なの。いつも明るくて優しい涼真が……あの時、泣いていた。貴方のせいで……!!」
舞は校庭の砂を震える指でグググ、と掴んだ。
「貴方は私の大切な人を泣かせて……私の大切な人の大切な人を奪った!! どんな理由があっても、それは許せない!!」
舞がセラフィエルにそう言うと、彼は舞の頭をガッと踏みつけた。
「アガッ……!!」
そのまま何度も何度も執拗に舞の整った顔を踏みつける。
「う……うゔ……」
「ふぅ……聞いたのを後悔しましたよ。世界のために行動している私が悪者だなんて……やはり、あの方の邪魔になる者は早く処理しなければ」
セラフィエルはニヤリと笑うと、舞に向けて手をかざした。
「今度こそさようなら、桜庭舞。この世のために、死んでください」
彼の手のひらで眩い妖気が溜められる。
その時、舞の歪んでいた口角が上がった。
「……ふふっ」
「ん? 何がおかしいのです?」
「……私を殺した先に、何があるのかは……分か、らないけど……それが何であろうと……貴方の目的は、達成できない……」
舞は苦しげな呼吸を混ぜながら続ける。
「貴方じゃあ……絶対に、涼真には……勝てない、から……」
「そうですね。それは先程、私自身でも身をもって味わいました。ですが安心してください。貴女を殺した後に、すぐに黒神涼真も私と私の仲間で殺してあげますから」
そう言うとセラフィエルはニヤリと笑う。
「では、今度こそさようなら。桜庭舞。世界のために死んでください」
セラフィエルがそう言うと、舞は覚悟して目を瞑った。
(涼真……いつかスズちゃんを取り返して、お母さんの仇を討ってね……)
セラフィエルの手の光がギュウンッと圧縮した。
(ずっと、大好きだよ)
ズオッ!!
舞に向かって白い光線が放たれた。
光線は舞の全身を包み、校庭の広範囲を吹き飛ばした。
セラフィエルは少しして手を下ろし、光線を止めた。
煙が晴れると、校門があった場所まで吹き飛んだ舞がうつ伏せで倒れているのが目に入った。
「ふ、ふはは、ふはははは!! やった、やったぞ!! これで世界は救われる!! 世界を、生きやすい世界にできるのだ!!」
セラフィエルは両手を天に向かって掲げ、嬉々としてはしゃぐ。
だがしかし、彼はこの時、大きな思い違いをしていた。
それは、舞を殺したと思っていたことだ。
「ぐあっ!?」
舞の体がビクン、と大きく跳ねた。
それを見たセラフィエルはギョッとし、舞の方を見た。彼女は胸を苦しそうに抑え、地面で蹲る。
「ぐっ……うぅ……うああぁぁーーー!!」
舞が叫ぶと同時に、彼女を赤黒い妖気が包んだ。その妖気はどうやら、彼女自身から放出されているようだった。
「な、なんだ!? 殺したんじゃなかったのか!? 死んだんじゃ、なかったのか……!?」
セラフィエルは舞の変貌ぶりに驚き、情けない声をあげた。
目の前の少女を包み込んでいる妖気のせいだろうか。周囲の空気が重い。全身の筋肉が緊張している。
赤黒い妖気は舞の全身を包み、宙へ昇っていく。3メートルほど昇ったところで止まり、妖気が弾けた。
妖気の中から現れたのは、能面のような感情のない表情を顔に浮かべ、目が血のように真っ赤に染まった舞であった。
彼女は全身から赤黒いオーラを発している。
セラフィエルは恐怖のあまり尻もちをつく。目の前の彼女は数十秒前とはまるで別人のようだった。とてつもない濃度の妖気を発しながら、ただ無表情でこちらを見つめている。
「う……嘘だ……こんなの……!!」
セラフィエルは目の前からビシビシと感じる妖気に覚えがあった。それは、自分の記憶ではなく、魂の記憶。先代のセラフィエルたちの記憶だ。
そこにいるだけで身体が潰れてしまいそうな威圧感。血塗られたような赤黒い妖気。そして、真紅の瞳。
「お前は……!! 死んだはずだろ……!?」
考えたくなかった。しかし、身体が、魂が告げている。自分の予想は当たっていると。
「魔神……アザトース……!!!」
魔神アザトース。かつて、全ての悪魔たちを支配下におき、魔界を統率した者。
当時の彼女の力は凄まじく、腕を一振りすれば大地が裂け、ため息を吐けば大嵐を呼び寄せる、と言われたほどだ。
今では天使たちの恐怖の象徴となっている。
セラフィエルが舞に向かってそう言うと、彼女はふっ、と笑い、口を開きだした。
「ほう。我が何者であるか気付いたか。歴代のセラフィエルよりは幾分か賢いか……いや、天使お得意の魂の記憶、とやらか?」
声は彼女のものであるに違いないが、口調や雰囲気がまるで別物だ。
「な、なぜ、お前が……お前は、数千年前に死んだ筈だ!!」
「……我は貴様の言う通り、数千年前に死んだ。だが、まだ我はどうしてもやり遂げたいことがあったのだ。あの裏切り者たちへの粛清をしたかった」
舞の身体を支配したアザトースは、憎悪に満ちた顔をした。
「そこで思った。我ほどの力があれば、天使の真似事ができるのではないか、とな。そして、死んでから我の魂は彷徨い、この娘を依代に選んだというわけだ」
「そ、そんな……悪魔に……魔神にそんなことができる筈がない!! それは天使の特権なのだ!! だから天使と悪魔は今まで均衡を保ててきたのだ!!」
悪魔は自身の能力を遺伝させられる。しかし、子供の数が多ければ多いほどその能力の質は分散し、下がっていくのだ。
しかし、悪魔たちがアザトースが行った方法で能力を継がせられるとなると、悪魔は能力を遺伝させた後、自身の魂を別の者に宿し復活することができる。つまり、同じ能力を持つ者を何度でも複製することが可能なのだ。
「しかし、我にはできてしまった。もしも同様のことが他の悪魔たちにもできるのならば、その均衡が崩れ、天界は我々、悪魔たちによって滅ぼされるであろう」
アザトースは心底楽しそうに言った。
「だが、この方法は我々悪魔には向いていないのだろうな。悪魔の王である我でさえ魂が宿ってから14年近くが経った今でも、この身体ではまだ妖術がほとんど使えんのだ。妖力のコントロールもままならん」
アザトースはやれやれ、といった様子でかぶりを振った。
「だから、まだこの娘を殺されるわけにはいかん。我が完全に復活するまで、この娘の身体を魂の依代にするのだからな」
そう言うと、右手を高く掲げた。すると、空中に大きな鎌が現れた。その鎌を握り、セラフィエルに向ける。
「お前を退けるくらいであれば、コレがあれば充分であろう。さぁ、かかってこい」
◇◆◇◆◇
セラフィエルが裏庭を後にした頃、涼真はセラフィエルが召喚した少女と対峙していた。
「なぜかかってこないのです? 私は貴方の敵なのですよ?」
「僕にとってお前は、敵じゃなくて妹なんだよ! 大切な家族なんだ!」
涼真は泣きそうな声で少女に向かって呼びかける。
「まだそんな戯言を……かかってこないのなら、私からいきます。貴方の相手をしろ、というのが主の命令ですので」
少女はヒュッと鋭い蹴りを涼真に向けて繰り出した。
「やめろ、スズ!! 僕はお前と戦うつもりはない!!」
次々と飛んでくる蹴りをかわしながら涼真は言った。
「私のことを、スズと呼ばないでください!!」
彼女の次の蹴りは、一段と速かった。涼真は躱すことを諦め、腕でガードしようとする。
「やめないよ。だってお前は、スズだから。この世でたった1人の僕の妹、黒神涼菜だから!!」
「違う!! 私に名前などない!! 私はセラフィエル様に仕える下僕です!! あの方に仕える事こそが私にとっての誇りなのです!!」
涼真に蹴りが当たる寸前、彼女の脚を電気が迸った。
「“旋脚万雷”!!」
ドォッ!!
「うぐっ……!!」
涼真は後ろへ蹴り飛ばされ、うつ伏せで地面に倒れ込む。
起きあがろうと腕に力を入れるが、身体が痺れて腕が思うように動かない。
「な……なん、だ……!? この、技……」
「あまり動かない方がいいですよ」
少女が地面に這いつくばっている涼真を見下ろして言った。
「動けば動くほど麻痺の効果が強まりますから。理解したのならば、しばらくここで大人しくしていてください」
彼女はくるりと涼真に背を向け、校庭へ歩き出す。
「はっ、くだらない……」
その時、涼真が小さな声でそう呟いた。
その声が聞こえた少女は、涼真の方を振り返る。
「何か言いましたか?」
「ああ、言ったさ……お前のその、誇りが……クソくだらないってな……!!」
少女の眉がピクリと動く。
「何ですって? もう一度言ってみなさい。本気で潰しますよ」
少女の言葉を聞いた涼真は、はっ、と笑い飛ばす。
「名前も、くれない奴の下僕でいることが……お前にとっての、誇り、なのかよ……!」
今の言葉を聞き、少女はハッとしたような顔になる。
「アイツが……お前を、大切にしてくれたか? アイツがお前を、愛していると思うのか? 下僕が仕えていい主ってのは……その、2つがあることが、最低条件だろ……!?」
彼女の動きが止まる。
「本当は……気付いていたんじゃないのか……!? アイツが恐くて、見て見ぬフリをしてた……だけなんじゃ、ないのか!? 自分の、気持ちに!!」
手を口に当て、目を見開き、ショックを受けたような顔をした。
「向き合え!! 自分の……スズの気持ちと!! スズの本心と!!」
「あ……主は……私の、主は……私を……!!」
◇◆◇◆◇
あの方は私を愛してくれたのだろうか?
いや、愛してなどいないだろう。セラフィエル様は私を道具としか思っていない。
あの方は私を大切にしてくれただろうか?
いや、大切になどされたことがない。彼の着替えも、身体を拭くのも、彼の作業の何もかもが、私の仕事。ましてや、それをして褒めてもらったことなど一度もない。
あの方は私のことをなんと呼ぶ?
「おい」や、「お前」、「貴様」くらいだ。それ以外の呼び方などされた覚えがない。
あの方と一緒にいて、私は楽しいと思ったことがあっただろうか?
ない。
ない。ない、ない、ない。頭の中がすべて否定で埋まっていく。
私は、セラフィエル様をどう思っている?
なんとも思っていない。彼に仕える以外に生きていく術を知らないだけ。
私は、主が大切か?
大切でない。ただ私が生きるために必要というだけ。
私は、彼を愛しているか?
愛していない。彼に何の感情も持ち合わせていない。
私は、あの男から今までに何を貰った?
何も貰っていない。物も、愛も、笑顔も。
◇◆◇◆◇
「私は……ワタクシ、は……!!」
少女が地面で蹲り、頭を押さえて苦しみ出した。
「この反応……まさか……!」
涼真はヨロヨロと立ち上がる。まだ身体は多少痺れているが、なんとか動ける程度になった。
右手に妖気を溜め剣状にし、少女の方に剣先を近づける。
すると、彼女の体から唯我の時と同じ、黒いモヤが出てきた。ただし、彼の時とはモヤの大きさが比ではない。
「やっぱり、スズも洗脳されてたのか……待ってろ、すぐに助けるから」
黒いモヤに向かってブンッと右手を振り下ろした。
「“白黒分明”!!」
ザンッ!!
モヤに一直線の亀裂が入り、そこからガラスが割れ、崩れていくようにそのモヤは消え去った。
モヤが消えた瞬間、少女は一瞬、目を見開き、地べたで気を失った。
「はぁ……」
涼真はため息を無意識で吐いていた。
次の瞬間、涼真の全身を得体の知れない恐怖が襲った。身体が震え、冷や汗が全身から噴き出した。
「なんだ……この妖気……」
その恐怖の正体は今までに感じたことのないほど悍ましい妖気であった。そして、その妖気はどうやら校庭から漂ってきているようだ。
「……舞……!!」
彼は気を失っている少女を背負い、校庭に向けて走り出した。
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