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クロレキシ  作者: 赤森千穂路
第一章 天使暗躍編
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第24話 赤い斬黒

 蹲っていた唯我は背中に翼を展開した。だが、先ほどとは違い、純白だった翼には、ところどころに黒い煤のようなものが付着している。

 唯我の中にある異質な何かが、彼の身体や精神を侵食しているのだろう。


「ゔゔゔ!! ぐぅぅぅあああ!!」


 唯我は獣のような唸り声を上げると宙へ飛び上がり、涼真に向けて球状の炎を大量に放つ。ただし、その攻撃速度は今までのそれとは全くの別物。

 しかし、今までと別物というのならば、それは涼真も同じだ。


 涼真の夜空のような黒髪の正体は、彼自身の妖気だ。体内に収まりきらない分の妖気を髪の毛1本1本に含ませ、本来真っ白な髪を黒く染めている。

 その髪は、天使でいう翼と似たような役割を担っており、いざという時に涼真が髪の妖気を体内に流し込み、身体や術式の威力を強化するのだ。


 だが、涼真の身体に髪の妖気の全てを流し込むことはできない。あまりに大量の妖気を体内に込めると、妖気が膨れ上がり、自我を失う可能性があるからだ。

 そのため、まだ身体(うつわ)が育ち切っていない涼真は、髪の妖気の半分を体内に流し込むので精一杯なのである。

 ただし、半分の量でも、涼真の身体が今までの比ではないほど強化されていることは事実だ。


 涼真は弾丸の如く放たれる炎を見切り、パルクールさながらの動きで次々に回避していく。


 すると、唯我は両手をパチン、と合わせ、“日輪の斬撃(プロミネンスブレード)”を発動させた。虚空に出現した炎の巨剣を掴み、大きく振りかぶると、涼真へ向かって高速で飛行する。


 唯我は涼真の顔前で急停止し、勢いよく剣を振るった。しかし、先ほどの炎弾ほどの速度ではない。

 炎のダメージを食らわないよう、妖気で手を覆った後、剣先をガシリと受け止め、その巨剣ごと唯我を近くの木へ向かって放り投げた。


 が、唯我は宙でクルクルと回転した後、木の幹に足をつき、衝撃を和らげる。


「空中での機動力は相変わらずだな。いや、さっき以上に動けてるか」


 まだ会話が成り立っていた頃よりも、唯我の身体能力も妖気量も上昇している。

 何かキッカケがあったのだろうか。それとも、敢えて妖気を制限していたのか。


 涼真がそんなことを考えている時、コツン、と何かが左足の踵に当たった。

 チラリと足元へ目を向けると、左足の後ろ側に、テニスラケットほどの長さの木の枝が落ちていた。

 それを拾い上げ、フォン、フォン、と軽く振るってみる。少し軽過ぎる気もするが、武器として使えないこともないだろう。

 唯我の“日輪の斬撃(プロミネンスブレード)”を受け止めることや躱すことは現状でも容易いが、弾き返し反撃することは武器を持っていない涼真には厳しい。


「ちょっと楽になるかな……」


 そう呟いたのも束の間、唯我が再び燃え盛る巨剣を手に、涼真へ攻撃を仕掛けてきた。翼を羽ばたかせ、矢の如き速さで涼真へ向かってくる。


 唯我の攻撃を、涼真は自身の妖気を付与した木の枝で受け止めた。

 しかし、妖気でコーティングしても木は炎に弱いのか、炎と枝が接している箇所から細い黒煙が上がり出す。


「炎は木に効果はバツグン……ってか!」


 涼真は右腕に力を込め、木の枝を振り切った。その反動で唯我をほんの少し後方へ押しやることはできたものの、彼はすぐさま体勢を整え、涼真に向けて炎の剣を振りかぶる。


 涼真と唯我は妖気を付与した枝と炎で構築した剣を激しく打ち合う。ぶつかり合う度にバチバチっと黒い妖気と朱色の炎が小さく爆ぜ、火花が飛び散る。


 その時、ボウッ、と涼真の持っていた枝先に、唯我の炎が引火した。妖気で覆っていたとはいえ、本来は武器になど到底なり得ないただの木の枝なのだ。炎への耐性などある筈もない。

 仕方ない、と割り切りつつ、枝全体が燃え尽きる前に涼真は唯我へ最後の攻撃を仕掛ける。


「がぁぁぁあああ!!」


 気合か、それとも苦しみか。発狂した唯我は剣を大振りする。炎が轟々と燃え、今までの一撃よりも遥かに高い威力だろうということが、容易に想像できた。

 先端から順調に焼失しつつある枝では、この攻撃を受けることはできないだろう。


 だからここは敢えて、受けない。


 ズドンッ!! という何かが破裂したような音とともに、唯我が吐血する。彼の鳩尾には、黒い妖気が付与された涼真の左腕が突き刺さっていた。


「ごっ……はぁっ……!!」


 唯我は後方にゴロゴロと転がった後、腹を押さえて苦しそうに蹲る。

 そんな唯我に一切容赦せず、涼真は炎を宿した枝の上から、さらに自身の妖気を付与した。枝に纏った妖気は炎と混ざり合い、紅へと変色する。


 涼真が腰を落とし、枝を刀のように構えると、涼真を中心に周囲の大気が渦を巻き出した。ゴゴゴ、と巻き出した風が低く唸る中、涼真はただひたすらに枝に妖気を集中させ、濃度を高める。


「……僕は、お前を助けると言った。約束したからには助けるさ。でも、だからって僕がお前を許したワケじゃない。舞と梨恵を苦しめた分の苦しみは、お前にも受けてもらう」


 枝に付与した妖気がキラリと黒く光った。妖気が高まり切った合図だ。


「死なないように頑張れよ? 怒った僕の本気は、ちょっとばかし痛いからな」


 もはや枝に見えない棒状のそれを、唯我へ向けて一気に振り抜く。

 容赦の気持ちは、術式を放つ寸前ですら湧いてこなかった。

 大事な人たちを傷付けた目の前の男を倒す。「助ける」ではなく、「倒す」という思いだけが、涼真の頭を占めていた。

 

「ーー“斬黒(ざんこく)”」


 虚空に赤黒い弧が描かれるのと同時に、刃のように鋭い妖気の斬撃が唯我に向けて一直線に解き放たれた。


 凄まじい勢いで迫る刃状の妖気を、地面で蹲っていた唯我はモロに食らってしまう。

 しかし、そこで終わりではなかった。


 唯我を呑み込んだ高密度のエネルギーの塊は消失せず、やがては進行方向状にある木や岩までをも呑み込み出した。

 大地をゴリゴリと削り、進み続けるその様は、まるで水面を猛スピードで切るサメの背びれのよう。


 涼真が放った妖気が役目を終え、消滅したのは、“斬黒(ざんこく)”を放ってから約1分が経過した頃だった。




 大きく抉れ、薄らと白煙を上げる地面の上を、涼真は進む。

 抉れが途切れた地点に見えるのは、うつ伏せに倒れている唯我。涼真は今、彼の状態を確認しに向かっている最中だ。

 

 唯我の傍にしゃがみ込み、彼の首筋にピタリと手を添える。首筋の血管はトクン、トクン、としっかり脈を打っていた。

 涼真はホッと安堵のため息を吐く。もし死んでしまっていたらどうしようかと肝を冷やしていたのだ。


「さて……」


 ピンと伸ばした右腕を唯我の方へ向け、手先に妖気を付与する。術式の準備は整った。残すは、唯我へ向けて術式を発動するだけだ。


「よし、これで……」


「待って、涼真くん!!」


 突然、涼真と唯我の間に、梨恵が飛び込んできた。展開していた翼を閉じると、彼女は手を大きく広げ、唯我を庇うように涼真の前に立ち塞がった。


「唯我くんを……殺さないで! 唯我くんは本当はこんなことする子じゃないんだよ! だから……!」


「分かってるよ。殺すつもりなんてない」


「え……?」


 涼真は梨恵の肩をポンっと軽く叩くと、そのまま彼女の横を通り、右手の先を唯我に向けた。

 すると、唯我の体から黒いモヤのようなものが立ち上ってきた。


「涼真くん、これは……?」


「浦江にかけられていた妖術を視覚化したものさ。モヤの色的に多分、洗脳とか呪いの類いの術式だな」


 どんどん浮かび上がり、涼真たちの頭上で風船のように丸く溜まり続けるモヤを見上げながら、涼真は右手を引き、構えた。


「梨恵、ちょっと離れてろ」


 梨恵は涼真に言われた通り、5歩ほど涼真から離れた。梨恵が離れたのを確認した涼真は、モヤに向けて腕を振るう。


「“白黒分明(はっこくぶんめい)”!!」


 ザンッ!! と横に一閃。

 直後、モヤの丁度真ん中辺りに白い亀裂が一直線に入り、黒い塊は風に煽られた砂の如く、端からサラサラと崩れ、消滅した。


 もし先ほどモヤが原因だとすれば、もう唯我が涼真と舞に襲い掛かってくることはないだろう。

 現在の唯我からは先ほどのモヤの気配は感じられない。それを確認し安心した途端、ドッと疲れが襲ってきた。

 涼真は大きく息を吐きながら、ヘナヘナと地べたに尻をついて座り込む。


「あ゛〜……ちかれた……」


「涼真ぁー!!」


 自分の名前を呼ぶ大声が聞こえ、涼真が後ろを振り返ると、舞が涼真たちへ向かって走ってきた。

 涼真の前までやってきた彼女は膝に手を置き、はぁ、はぁ、と肩で大きく呼吸する。


「だ、大丈夫!?」


「ああ大丈夫。舞も梨恵も無事で何より」


 と笑顔で返答すると、舞はしゃがみ込み、涼真の両肩に手を乗せ、はぁぁ、と大きなため息を吐く。どうやら涼真のことを心から心配してくれていたようだ。

 涼真は思わず口角が緩み、目を細めた。


「梨恵! 唯我!」


 すると、舞がやってきた方向から1人の女の声が聞こえた。涼真が声のした方へ目を向けると、青髪のポニーテールの少女と、緑色の長髪の少女が純白の翼を広げ、涼真たちへ向かって飛行してきた。


「唯我くん!!」


 緑髪の少女はストッ、と涼真たちの正面で翼を閉じ地面へ降り立つと、息つく間もなく走り出し、気を失っている唯我をギュッと抱きしめた。


「……唯我くん、しっかり……!!」


「あの人たちは……」


「青髪の人が生徒会長の衿野美香(えりのみか)さん。で、緑髪の人が副生徒会長の風良愛梨(ふうらあいり)さん。2人はボクと同じ四大天使で、ミカエルとラファエルだよ」


 梨恵の説明を聞き、涼真はようやく彼女たちのことを思い出した。

 どこかで見たことがあると思っていたが、彼女たちは裏桜中学校の校舎内、しかも生徒会長と副生徒会長だ。


「待てよ? 2人がミカエルとラファエルなら、ここに来た目的って……!」


 唯我と同じく、舞を殺すことーー。


 そう思った涼真は慌てて舞を守るように立ち、拳を構えて警戒態勢をとった。

 しかし、その警戒はすぐに解かれることとなる。何故なら、美香が両手を掲げ、首を横に振ったからだ。


「いえ……黒神くん。私たちはそこで気を失っている彼……浦江唯我を探しに来たんです」


「浦江を……? いったいどういう……」


 話が見えず、涼真は拳を構えたまま首を傾げる。すると舞が涼真の顔を覗き込むようにして、


「浦江くんは昨日の昼頃から行方不明になっていたんだって。それで、浦江くんを探しに来たって梨恵ちゃんが言ってた」


 と教えてくれた。続けて舞が「ね?」と梨恵に確認を取ると、彼女はコクリと頷いた。


「だから、生徒会長さんたちも浦江くんを探しに来たんですよね?」


「桜庭さんの仰る通りです。先ほど天使たちから唯我の目撃情報を受け、神社(ここ)へやって来たという訳、だったんですが……」


 美香は涼真からチラリと視線を左へ逸らした。その視線の先には、真っ平になり、未だに所々で煙を上げ続けている地面。


「……これは黒神くん、君が?」


「え? ま、まぁ……」


 改めて見てみると、涼真自身でもやり過ぎたと思うほどの惨状だった。もう苦笑いを浮かべるしかない。


「……これでは、どのみち作戦は失敗していたんでしょうね」


 美香は浮かない顔でため息を吐くと、キリッと引き締めた顔で涼真の方を向き直った。


「現状はなんとなく把握しました。ですが、お2人と、先に神社へ向かっていた梨恵からも、お話を聞かせていただけると嬉しいのですが」


 涼真は今までの出来事を美香に説明した。突如唯我が涼真と舞に襲い掛かってきたこと。唯我が、舞を殺すことが目的だと言っていたということ。そして唯我と涼真が戦い、涼真が勝ったということ。


 それらを話し終えた時、美香は悲しげな表情を浮かべ、愛梨に抱き抱えられた唯我の方を見た。


「そうでしたか……唯我に、いったい何が……」


 美香は眉間に皺を寄せ、文字通り頭を抱えた。彼女が抱えている疑問の答えは涼真にも分からない。

 だから、今は彼女の疑問よりも自分が抱いた疑問の答え合わせを優先することにした。


「それで、浦江は……いや、浦江(アイツ)の話によると、浦江だけじゃなくて、貴女たちもか。なんで天使は舞を狙ってるんですか?」


 瞳に鋭い光を宿し、美香を睨むように見つめる。すると、涼真に合わせるかのように、舞も彼の後に続いた。


「生徒会長さん。浦江くんが言っていたんです。私は存在してはいけない存在なんだって。なんで私がそう呼ばれなければいけないのか、教えてください」


 美香はハッとしたような表情を浮かべた後、眉尻を下げ、視線を落とした。


「……すみません。私たち四大天使もよく分かっていないんです。天界の神……ヤハウェ様から桜庭舞さんを殺すように言われただけで……」


 天界の神、ヤハウェ。涼真は以前、祖父である黒神から聞いたことがある名前だった。天使たちを統べ、導く力を持つ存在であり、天使たちにとっての唯一神である者だと。


 しかし、ヤハウェは善良な心の持ち主で、むやみやたらに他人を殺さず、慈しむ一面があるとも聞いた。そんな人物が、舞を殺すよう美香たちに命令するものなのだろうか。


「どういう理由かは本当に聞かされていないんですか?」


 訊かずにはいられなかった。

 今も尚、涼真の中では様々な疑問や感情が渦巻いているが、その中でも飛び抜けて大きな存在となっているのが、何故舞を狙うのか、ということ。

 だからこそ早口で、少々強めな口調になってしまうのだが、そこには決して美香を威嚇するなどという意図は含まれていない。


「はい……本当に分からないんです。ヤハウェ様から直接指示されたワケではないので」


「え?」


 涼真は思わず口から驚きの言葉を漏らす。ヤハウェが元凶であることを前提に思考を進めていたのだが、その根底が崩れ去ってしまったからだ。


 ヤハウェが命じたのでないというのならばーー、


「いったい誰がそんな指示を……?」


 涼真の問いに、美香は眉間に皺を寄せると、顎に手を当て、何かを考えるような素振りを見せた。恐らく部外者、しかも本来ターゲットの1人であった涼真に任務の内容を漏らして良いのかどうかを悩んでいるのだろう。

 少しの沈黙の末に、美香は重々しく口を開いた。


「それは……熾天使(してんし)様です」


「してんし……様?」


 涼真の隣で舞が首を傾げる。

 涼真も熾天使という存在と名前は知っているが、詳しいことは祖父から教えられていない。

 そのため、心の中で涼真もハテナマークをうかべていた。

 そんな時、梨恵が一歩前に出てきて、


「熾天使様は、四大天使とヤハウェ様の間の位の方々だよ。ボクたちよりも強いし、凄い術式を持ってるんだ」


 と、説明してくれた。


「へぇ……そんな人たちがいるんだ……」


 舞が感心する横で、涼真も腕組みをし、ふむふむと新情報を噛み締めるように脳に刻み込む。そして、一つの考えに辿り着いた。


「これは僕の考えなんですけど。もしかしたら、ヤハウェ……さんの意志じゃなくて、その熾天使が勝手にみんなに指示を出したんじゃないですか? それも、部下にも言えないような理由の目的を持って……」


 美香は表情を引き締め、ゴクリと喉を鳴らした。

 ヤハウェの指示していない内容の任務を勝手に部下に命じた。上下関係がしっかりしている天使たちにとって、このことは一大事である。


「生徒会長……いや、美香さん。梨恵も。最近、怪しい行動や言動をしていた熾天使について、心当たりは無いですか?」


 2人に向かって交互に視線を配ると、梨恵はもちろん、先ほどまでは涼真に情報を伝えることを渋る態度を見せていた美香も、時折ブツブツと唱えつつ、記憶を辿り始めた。


「変な行動をしていた、熾天使様……」


 高い唸り声が続く。

 大抵の調べものは祖父やバトラーの力を借りればなんとかなるものの、こればかりは天使である2人頼りになるしかない。涼真は人の頭の中を覗くような術式は持ち合わせていないし、仮に持っていたとしても、女性相手にそんな術は使わないだろう。


 そして、木々の隙間から月の頭がが見え始めた時、


「あ……」


 美香が、ボソリと言葉を漏らした。

お読みいただき、ありがとうございます。

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