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クロレキシ  作者: 赤森千穂路
第四章 白神編
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閑話 秘密のプレゼント -前編-

久しぶりの更新です。後編の更新日は未定ですが、できる限り早く更新したいと思っています。

楽しんでいただければ嬉しいです。

 キーンコーンカーンコーン……。


 放課後を告げるチャイムが、学校中に響き渡る。一部の生徒たちは部活に励み、一部の生徒は教室や図書室に居残り。また一部の生徒たちは真っ直ぐに帰宅するのだろう。


 夕日が差し込む2年3組の教室に、二人の生徒と一人の教師が居た。


「はい、八神先生」


 涼真が担任の八神に手渡したのは、柄だけでなく刃までもが漆黒に染まった短剣、十掴剣(とつかのつるぎ)だった。

 この剣は元々八神の物だったのだが、以前マモンと対峙した際に彼が涼真に貸したのだ。しかし、そのまま白神たちとのいざこざが起こってしまい、その間ずっと涼真が預かっている形になってしまっていた。


「あ、俺の剣。そういや涼真に貸したままだったっけか」


「ああ。色々あって返せずじまいだったからさ。ようやく返せるよ。ありがとう先生。この剣には本当に助けられた」


 八神は受け取った自身の武器を眺め、満足げに笑うと、再び視線を涼真へ戻した。


「……感謝なら俺じゃなく、この剣にしてくれ。剣も武器としての役目を果たせて、お前を認めて良かったと思ってるだろう」


 微笑む八神に釣られて、涼真も思わず口元が緩む。八神とは幼い頃からの付き合いで、親戚のような関係だ。普段は冗談めかしたことを交わしてばかりだが、たまにこうやって褒められると、少し照れ臭いが、やっぱり嬉しかった。


「……で、これからはどうするんだ」


「え? 何が?」


「何がって……お前の武器だよ。お前が武器持ってなかったから俺の剣を貸したんだろ?」


「え、あ、あぁ……そういえば、そっか。僕って武器持ってなかったなぁ……」


 涼真は惚けたように天井を向き、頬をポリポリと掻く。十握剣(とつかのつるぎ)のあまりの使いやすさに、自分が長年使い込んだ武器を所持しているような気になっていた。

 そんな涼真を見て、八神は呆れたように小さくため息を吐いた。


「そんな心構えで、本当にリグレスとかいう組織を潰せるのか?」


「それは死んでもやり遂げるさ。僕の生きる意味の一つだからね」


「……」


 八神にジトっと見つめられた涼真は、少し重くなった空気を濁すようにニカッと笑った。実際、あまり暗い空気にしたくなかった。


「ま、武器が無くてもなんとかなるよ。それじゃあ先生、また明日」


「……ああ。また明日。親父さんやバトラーさんによろしくな」


 涼真は舞の元へと駆け寄ると、顔の前で片手で手刀を切った。


「ごめん。お待たせ、舞」


「ううん、全然。それより良いの? 武器無くなっても……」


「うーん……まぁ、小さい頃に一通りの武器は使い熟せるようになってるから、なんとかなるよ」


「……なら、いいけど」


 その言葉とは裏腹に、舞は眉間に皺を寄せ、何かを深く考え込んでいるようだった。






◇◆◇◆◇






 翌日の放課後。

 舞が帰り支度を整えていると、いつものように涼真が軽く手を振りながら声をかけてきた。


「舞、帰ろ」


「あ、ごめん。ちょっと待ってて」


「え? う、うん。分かった」


 首を傾げる涼真を置いて、舞は教卓へ向かった。正確には、教卓でトントン、とプリントを整えている八神の元へ向かったのだ。


「あの、八神先生」


 涼真に聞こえないよう、舞は小声で八神に声をかけた。すると八神は何か察してくれたのか、小声で応じ返してくれた。


「どうした、舞」


「あの……先生の剣っていつどこで手に入れたんですか?」


「俺の剣? あぁ、確か……実家の物置の奥の方にあった」


「え……じゃ、じゃあ、自分で注文して作ってもらったとかじゃなく……?」


「ああ。多分舞の想像してる順序と逆だ。妖気を認識できるようになったから剣が必要になったんじゃなくて、俺はあの剣に触れたから妖気を認識できるようになったんだ」


「そ、そうだったんですか……」


 舞はガックリと肩を落とす。

 すると、何かに気付いたのか、八神の表情がフッと柔らかいものになった。


「……もしかして、涼真に剣を渡そうと?」


「え! は、はい……実は、そうなんです」


 「やっぱりか」とでも言うような微笑を浮かべて、八神は舞を見つめる。


「そういや、もうすぐ涼真の誕生日だもんな。プレゼントに剣を?」


「は、はい……誕生日プレゼントに剣っておかしいですよね……」


「確かに、普通の人間で剣をプレゼントされて喜ぶ人は少ないと思うな。でも、涼真はそんなことないんじゃないか?」


「そ、そうですか……?」


「ああ。剣は武器。武器は身を守る為に必要なものだ。身を守るものを贈るってことは、その人のことを大事に想ってるってことだろ」


「……!」


 舞の頬が赤く染まる。八神にまで自分の涼真に対する想いを見透かされてしまった。そして、すぐに顔に出てしまう自分に対してもまた、恥ずかしさを覚えた。


「で、どこで剣を調達するんだ? 買うのか?」


「い、今はそのつもりです。でも、もし涼真に合いそうなものが無かったら、そのときはオーダーメイドで作ってもらおうかと……」


「依頼するってことか。それで特殊な剣を持ってる俺に話を聞きにきたんだな? もし俺の剣が誰かに作られたものだったなら、その鍛冶屋を聞くために」


「あはは……先生には全部お見通しですね」


「せっかく聞きにきてくれたところ悪いが、生憎、俺の知り合いに鍛冶屋はいなくてな……。バトラーさんとかに聞いてみたらどうだ?」


「バトラーさんに聞くには、涼真の家に上がらせてもらって、涼真が居ないタイミングを狙わないとダメなんですよ……」


「そんなことしなくても、今どきこれでいくらでも訊けるだろ」


「あ……あーーーーーっ!!」


 八神がズボンから取り出したものを見て、舞は思わず指差した。

 舞はすっかり失念していたのだ。八神が手に持つ、現代人にとっての必需品ーースマートフォンの存在を。






◇◆◇◆◇






 その日の夜。

 舞は頃合いを見計らって、バトラーにメッセージを送った。


『こんばんはバトラーさん、舞です。実は、涼真に贈る誕生日プレゼントのことで訊きたいことがあるんですが……』


 直球すぎただろうか、とメッセージを送った直後に思ってしまった。これでは自分が涼真を好きだと言っているようなものなのではないだろうか……。

 しかしすぐに、いや、と首を振り、思い直す。


「べ、別に誕生日プレゼントを贈るだけで好きだなんて……そもそも、プレゼントは毎年贈ってるしね!」


 誰かに言うわけでもなく、自分に言い聞かせるように呟く。

 舞の恋愛事情など微塵も知らなかったであろう八神に悟られてしまったのだ。幼い頃からの付き合いであるバトラーなんかを相手にボロを出してしまえば、たちまち舞の気持ちがバレてしまうに決まっている。


 バトラーはどんな風に返してくるだろう……などと考えていると、ピロン、とスマホの通知音が聞こえた。バトラーからの返信だ。


『わざわざありがとうございます、舞さま。私でよければ、なんでもお答えしますよ』


 ホッ、とため息を吐く。どうやら、バトラーに舞の気持ちを悟られてはいないようだ。いや、知ったうえで敢えて深掘りせずにいてくれているのだろうか。

 考えても分からないことを考えていても仕方がない。そう思い、舞は新たにメッセージを打ち、送信した。


『ありがとうございます! バトラーさんは鍛冶屋のお知り合いっていたりしますか?』


『鍛冶屋ですか? 魔界と裏世界に数軒、知り合いの鍛冶屋がいますが……』


『ホントですか! ぜひ紹介してほしいんですけど……』


『ええ、もちろん。要件はなんとお伝えしましょう?』


『剣や刀を見せてほしいと伝えてほしいです』


『承知しました。では、私が知る中で一番腕の良い鍛冶屋に連絡してみますね』


『ありがとうございます、よろしくお願いします!』


「よっし……!」


 バトラーへの感謝の言葉を送信してから、舞はバフッとベッドに仰向けに倒れ込んだ。


 ーー涼真に合うものがあるといいなぁ……!


 そんな期待を胸に、舞はそのまま眠りにつくのだった。





◇◆◇◆◇




 翌日。

 休日を利用して、舞はバトラーと共に魔界の外れにやってきた。なんでも、バトラーの知る最も腕の良い鍛冶屋は魔界にあるらしい。


「こちらです」


「ここが、魔界一の鍛冶屋……」


 舞は店の外見をまじまじと見つめる。

 意外とこじんまりしているんだな、というのが正直な感想だった。木造の一軒家で、建物自体が浅黒く変色しており、その歴史を感じさせる。店の前には自転車や何かの機械の破片がが散らかっており、入り口には古びた暖簾がかかっていた。

 だが、こういうところにこそ、腕の良い鍛治師がいるに違いない。そう思って暖簾を潜ろうとした時だった。


「意外とこじんまりで驚いたって顔だな」


 店の中から一人の悪魔が姿を現した。短い手足に、やや角ばった額にはちまきを巻いたその悪魔は、ジロリと鋭い視線を舞へ送ってきた。


「お久しぶりです。元気そうで何よりですよ、グリゴリ」


 グリゴリと呼ばれた悪魔は顎に手を当て、バトラーへ疑わしげな視線を向けた。


「アンタ……本当にサタンさんか? いや、妖気が本物だな。本当に代替わりしてないとは、驚きだよ」


「フフ、それはこちらの台詞ですよ。貴方こそ代替わりしてないじゃないですか。もしや、『鍛冶を続けたい』という願いでも?」


「ま、そんなとこさ。で、アンタの頼みだから許可したが……こんな華奢な小娘がなんでウチに? 武器なんて分かりゃしねぇだろ」


 グリゴリは舞へ小馬鹿にするような目を向けた。事実、舞は武器に詳しくないが……それでも初対面の相手に馬鹿にされるのは気分が良いものじゃない。


「グリゴリ、失礼ですよ」


 舞がムッとしていると、目元を険しくさせたサタンがグリゴリに注意してくれた。しかし、それでもグリゴリは舞に対しての不満が止まらないらしい。


「そうは言ってもよ、サタンさん。こんな華奢な小娘、どう見たって武器なんてもんとはかけ離れて……」


「グリゴリ」


 普段より一回り低いバトラーの声が聞こえた。その途端、舞の背筋を冷たいものが駆け抜けていった。驚いて横を見てみると、バトラーが怒気を込めた妖気を全身から立ち昇らせていた。


「俺が性根の捻じ曲がったクズのお前を生かした理由を忘れたか? 鍛冶の腕が他の奴らよりも良かったから。ただそれだけだ。これ以上舞さまを侮辱してみろ」


 バトラーは既に委縮しきっていたグリゴリに顔を近づけた後、彼の耳元で囁いた。


「俺は本気で『怒る』ぞ」


「……!!」


 グリゴリは目を見開き、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 怒る。その言葉をバトラーが使う意味を、グリゴリは知っていたようだった。


「チッ……俺がアンタの正体をずっと隠してた恩を忘れたのか?」


「何か?」


「……いえ」


 バトラーのドスの効いた声に気圧されたのか、グリゴリはシュン、と肩をすぼめ、縮こまった。バトラーは勝ち誇ったような笑みを浮かべて短く鼻を鳴らす。しかし、すぐさま眉尻を下げ、舞に向かって頭を下げた。


「申し訳ありません、舞さま。こんな店ペシャンコにして、別の店にしましょうか?」


「え?」


 俯いてたグリゴリがポカン、と口を開けてバトラーと舞を交互に見やる。しかし、それに気も止めず、舞は至って真面目にバトラーに言葉を返した。


「取り敢えず、お店においてある武器を見せてほしいです。良いものがあったら、ペシャンコにしたとき勿体無いですし」


「え……!?」


「それもそうですね……では商品を見せてもらいましょうか。案内してくださいね、グリゴリ。これでもかというほど丁重に」


「ええぇ……!?」


 バトラーと舞は笑顔をグリゴリへ向ける。何か言いたげだったグリゴリだったが、やがて二人の視線に圧されたのか、黙って店の引き戸を開けるのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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