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クロレキシ  作者: 赤森千穂路
第四章 白神編
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第181話 平和ボケ

 真っ暗な空間で、黒神は水に揺られるかのようにプカプカと浮かんでいた。

 そこで目にしていたのは、今までの記憶。走馬灯というやつだろうか。


 生まれてすぐに自身の役目を悟り、人間たちの願いを神の代わりに叶えてきた。

 数百年後に白神と出逢った。同じ目的、同じ役目、似たような名前だったこともあって彼とは意気投合した。

 それからしばらくは願いを叶える合間に彼と力比べをしていた。だが、やがてサタンを弟子にした黒神は、白神の元から去った。


 その時の白神の顔は、とても悔しそうな、今にも泣き出しそうな、複雑な顔をしていた。

 当時のどんな依頼人よりも、彼の方が圧倒的に辛そうだった。


 願いを叶える神が、願い事を抱く者を捨て置いた。それも、その者とは自身の親友だ。

 何故彼のことを考えなかったのだろう。何故一生の親友を見放してしまったのだろう。

 だが、どれだけ自問自答を繰り返そうとも、どれだけ過去を後悔しようとも、時が巻き戻ることはない。


 ーーごめんな、白神。


 震える声で、黒神は、目の前で巨大モニターの映像のように流れ続ける過去の記憶へ呼び掛けた。けれど、記憶は止まることなく、早送りのように進み続ける。


 今さら謝っても、もう遅かったのだ。全てはとっくの昔に終わり、始まっていたのだから。






◇◆◇◆◇






「……ぃちゃん! じいちゃん!!」


 耳馴染みのある声で、黒神は意識を呼び戻した。暗闇に一条の光が差し込み、思わず顔を顰める。

 もう一度、ゆっくりと瞼を開く。目の前にあったのは、心配そうに黒神の顔を覗き込む二人の孫と、弟子の姿だった。


「……どうした涼真。らしくない顔して」


 黒神は口元に微笑を浮かべると、涼真の頭に右手をポンと添え、クシャクシャと撫でる。

 すると、わああっ、と周囲で歓声と安堵の声が上がった。寝起きの耳には、うるさいくらいの音量。黒神は地面に寝そべりながら、思わず両耳に人差し指を突っ込んだ。


「おじいちゃんっ!」


 心底嬉しそうに、涼菜が上体に覆いかぶさってきた。それを抱きとめ、今度は彼女の頭を優しく撫でる。


「心配かけたみたいだな……悪かった。無事で良かったよ、スズ」


「それはこちらの台詞ですよ」


 視線を上げると、逆さ向きのバトラーの顔が視界に映り込んだ。口元がへの字に見えることから、微笑んでいるのだと分かった。


「ご無事で何よりです。黒神さま」


「……ああ」


 黒神はバトラーに笑い返すと、今度は視線を彼の右隣へと移した。

 そこには、先ほどと違って何故か唇を尖らせ、ムスッとした涼真の顔があった。


「なんだ涼真。言いたいことがあるなら言え」


「いや……さっきまでは心配が勝ってたんだけど、さ……」


「あ?」


 涼真は少し躊躇うような素振りを見せた後、ボソボソと続きを話し出した。


「……じいちゃんの本気、見たことなかったからさ。正直……驚いた。でもそれと同時に、じいちゃんぐらい強くならないと、誰も守れないんだって知って……悔しいんだよ……! 僕は白神の言う通り、自分の力を過信してた……。じいちゃんが来てくれなかったら、今頃……」


 そう言うと、涼真は膝の上に乗せていた両手をギュッと握り締めた。

 黒神は涼真の一連の様子を見て目をパチクリさせた後、腹の底から込み上がってきた衝動を抑えることができなかった。


「クッ……アッハッハッハッハ!」


「な、なんで笑うんだよっ……!」


 涼真は顔を僅かに染め、黒神に抗議する。黒神は笑いを抑えながら、薄く滲んだ涙を拭う。


「その気持ちを忘れずにいるといい。その驚きや悔しさが、お前を次のレベルへ引き上げてくれる。お前が暴走したとき、俺はそれを確信した。あの力を完全にモノにすれば、お前は俺よりもずっと強く……いや、この世で最も強い神になれる。どんな敵にも屈することなく、どんな願いも叶えられる、そんな神に」


「暴走を……力に?」


「そうだ。あの禍々しい力を抑え込み制御しろ。アレが危険な力であることに変わりはないが、裏を返せば、あの途方もない量の妖気は、お前自身の伸び代でもある。暴走状態の特性である超高速の妖気生成……もしお前がその生成速度についていけるほどの体と、溢れんばかりの妖気を操る技術を身に付ければ、白神やじいちゃんなんかワンパンでぶっ飛ばせるくらい強くなれる」


 黒神の方を真っ直ぐに見つめていた涼真は、目線を落とし、固く握った自身の拳を見つめた。


「……なれるかな。僕も、じいちゃんみたいに」


「なれる。じいちゃんが言ってるんだぞ? 絶対だ」


 体を起こした黒神は涼真の頭をワシワシと撫でる。涼真は照れ臭そうな表情をしながらも、黒神の手を払い除けたりはしなかった。


 妖気感知で涼真の妖気量を視る。普段よりも少ないが、髪の毛の7割程度が黒く染まっていることから、体調はもう万全だと考えて良いだろう。

 妖気感知の範囲を広げ、今度は辺り一体を探る。すると、20メートルほど離れた所にある者の妖気を確認できた。先ほど会った時よりもかなり妖力が弱まっているが、確かに生きている。そのことに安堵し、ホッと息を吐いてから、黒神はバトラーに尋ねた。


「なぁバトラー、今はどんな状況なんだ?」


「白神と白神佚鬼の身柄を、今天使たちが拘束しているところです」


 バトラーが視線を向けた方向へ、黒神も目を向けてみる。そこでは、厳重な拘束を施された白神が仰向けに寝かされていた。その隣では、手錠をされた佚鬼が、しおりと何やら話をしていた。


「白神……そうか、俺が吹き飛ばしたんだっけ……やっぱ生きてたか」


「はい。先ほど、私がしおりさまたちとともに、拘束してきたところです」


「わざわざ行ってくれたのか。手間をかけたな」


「いえ。このくらい、楽勝ですよ」


「ふふ、そうか……」


 結局、黒神は白神を殺すことはできなかった。最後の一撃を、魂だけを別次元に移す術式にしてしまったのだ。あの世界に魂が囚われている間は、例え肉体が消滅しようとも、魂が成仏することはできない。白神にとってはある意味死より辛い結果になってしまったかもしれないが、今()()に必要だったのは、白神の死という結果だけなのだ。


「……平和ボケ、した覚えはないんだがな……」


 友との数千年ぶりの再会。白神は喜び、怒り、嘆いていた。

 だが、黒神はどうだろう。喜んだ? 怒った? 悲しんだ? 違う。孫たちへの罪悪感に潰されないよう、必死に逆らっていただけだ。

 形として白神を倒したことにはなっているが、最後の最後で手を抜いてしまったことに変わりはない。結果、()()が死んでしまおうとも。

 黒神は、白神が生きることを望んでしまったのだ。


「ふ、フフ……」


 己の不甲斐なさと惨めさに失望を通り越して笑えてくる。

 何が神だ。後始末(当たり前のこと)をしただけで喜ばれ、讃えられる。ふざけた話だ。讃えられるべきなのは、最後まで白神に食らいついていた涼真、舞、佚鬼。そして、この屋敷に共にやってきた者たちだろう。


 そんな孫に、これからまた無茶を強いるのだ。


 黒神は片手を地面につき、立ち上がろうとした。しかし、力を込めようと立てた右足をバトラーに掴まれた。


「いけません、黒神さま! 妖術を2回も発動させたうえに、あんなに動いたんですから! しばらくは安静にしててください。絶対安静です」


 ズイッと顔を近づけるとともに、妖気で威圧するバトラー。黒神はもの凄い眼力と威圧感にたじろぎながらも、なんとかバトラーの顔を押し返し、コクコクと頷いた。


「分かった、分かったよ……なら、一つ頼みごとをしてもいいか?」


「ええ。もちろんですが……何を?」


「拘束したままで構わないから、佚鬼をこっちへ連れてきてほしいんだ」


「承知しました。お任せください」


 バトラーはキリッとした表情で頷くと、颯爽と佚鬼がいる方へと早歩きで進み出した。しかし、すぐに何か思い出したかのように立ち止まると、回れ右をして黒神の方へと引き返してきた。

 またあの距離まで顔を寄せてきたバトラーは、今度は黒神の額に人差し指を突き立てた。


「あ・ん・せ・い・に!! しててくださいね……?」


「へーへーへー……わぁってますよ……」


 ウンザリした黒神が頷くと、バトラーは再び立ち上がり、疑わしそうな目をしながら、佚鬼たちの方へと向かっていった。

 途中、突然振り返らないかとバトラーを注視していたが、そんなことはなく、彼は真っ直ぐに佚鬼たちの元へと向かっていった。


「よし、行ったな。さて……」


 黒神はスックと立ち上がると、呆然としている涼真と涼菜に言った。


「じゃあ涼真、スズ。ヒナちゃんのところに案内してくれ」


「じ、じいちゃん! 動いちゃダメだって言われたばっかりだろ!」


「そうですよ! まだ座っててくださいぃ〜!」


 涼菜は黒神の肩を掴み、上からグイグイと力をかける。だが、黒神にとっては大人しく座らされるどころか、軽い肩揉み程度にしかならなかった。

 フッと口元を緩めてから、孫たちの頭をポン、と叩き、


「自分の体のことは自分が一番分かってる。疲れたらすぐにねっ転がるから、安心しろ」


 と、笑ってみせた。

 涼真と涼菜は顔を見合わせると、やれやれと言わんばかりにため息を吐いた。


「ったく、言っても無駄だよな……。行こうか、スズ」


「はい……。おじいちゃん、着いてきてください」


 涼菜の言葉に頷き、黒神は孫たちの後に続いた。

 涼菜に手を引かれながら歩くこと数分。更地と森の境目に、二人の少女がいた。一人は地面に仰向けで寝かせられたオレンジ髪の少女。もう一人は、美しい黒髪をポニーテールにした少女。

 言わずもがな、向日葵(ヒナタ)と舞だった。


「黒神さん! 目が覚めて良かったです」


 舞は黒神を見つけると、顔をパァッと輝かせ、ホッと胸を撫で下ろした。その様子から、舞が固有術式で黒神の怪我を治したのだと悟った。


「ありがとう、舞ちゃん。俺の傷を治してくれたんだろ?」


「はい。あんまり治すような傷もなかったんですけど、もし悪化したらって考えたら……」


「そうか。些細なことまでありがとな。流石俺の孫が惚れた子だ」


「ほ、ほれぇっ!?」


 後半をヒソヒソ声で舞の耳元で言うと、舞は顔を真っ赤にし、犬の鳴き声のような変な声を出した。

 だがすぐに舞は、今度は自分が出した声に驚いたのか、照れ臭そうにサッと口元を両手で覆った。

 慌てふためく舞を見て、黒神は喉を鳴らしつつ、本題に入る。


「くっくっく……で、術は解けたのか?」


「ううん……ダメです。私の術をどれだけ重ねがけしても、毒だけしか消えなくて……」


 舞の固有術式では、白神の術式効果は打ち消すことができるが、術式そのものを消滅させることはできないようだ。だが、それだけでも御の字だ。舞が“浄化(カタルシス)”を行使していなければ今頃、向日葵は毒に侵され死んでいただろう。

 黒神は安堵の息を吐き、一番肝心なことを涼真に問う。


「“クロレキシ”はまだなのか」


「ああ、僕の妖気が足りなくってさ。でももう今の分だけあれば大丈夫。いつでもいける」


 涼真はニッと白い歯を見せると、右腕で力コブを作ってみせた。妖術に力は関係ないが、意気込みとしての軽いパフォーマンスだろう。


「よし、じゃあ早速始めてくれ。ただ、舞ちゃんの術を何度試しても消えないってことは、術式が相当深くまで根付いてるみたいだ。結構消耗すると思うが我慢しろよ」


「学校とか街を直すよりよっぽどマシさ。じゃあいくよ」


 涼真は横たわる向日葵に向けて両手をかざすと、掌に妖気を溜め、詠唱した。


「“クロレキシ”」


 ゴウっという音とともに、向日葵の体が闇よりも深い黒炎に包まれた。炎は数秒間、向日葵の体で燃え盛った後、すぐに消滅した。

 それから少しして、小さな呻き声とともに向日葵の瞼が微かに動いた。それを見た涼菜がガバッと身を乗り出す。

 幾度かの痙攣を挟んだ後、向日葵はゆっくりと瞼を開いた。


「あ、あれ……ウチ……一体何が……?」


「っ……! ヒナちゃぁあんっ!」


 瞳に涙を溜めた涼菜が、目を覚ました向日葵に抱きついた。胸元に顔を埋める涼菜を見て、向日葵は困惑した声を上げる。


「スズ!? どしたんどしたん? 何があったん……って、わ! そ、錚々たるメンバーが、なんでウチを囲んではるんですか?」


「ふふ、それは……」


 黒神が向日葵の質問に答えようとした、その時だった。


「ヒナ!!」


 背後から、少年の声がした。

お読みいただき、ありがとうございます。

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