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クロレキシ  作者: 赤森千穂路
第四章 白神編
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第169話 命を懸けて

 “神速(しんそく)”を常時発動させたまま、涼真は廊下を駆ける。だが、白神兄妹は全員、この速度には慣れているらしく、涼真目掛けて正確な攻撃を放ってくる。


「“佳月(かげつ)月華(げっか)”!!」


「“朧火(おぼろび)(らん)”!!」


 美月(ルナ)が放つ大量の光線と、朧が放つ青白い妖気の塊の間を、涼真は凄まじい速度で潜り抜けていく。

 猛攻をすり抜けた末に跳び上がり、朧の背後に回り込んだ涼真は、右手に持つ刃に妖気を付与し、勢いよく振るった。


 だが、それよりも速く、朧と涼真の間に刃を差し込んだ者がいた。


「……っ!! 白神、佚鬼……!!」


 朧のうなじのすぐ横で、涼真の刃の勢いを、佚鬼の持つ二本の刀が殺していた。


「退け……黒神涼真!!」


 佚鬼は刀を持つ両手にさらに力を込めて振り抜き、涼真の体を刃ごと弾き飛ばす。少し離れたところで、涼真はまた体勢を整え、白神兄妹たちを見据える。


「くそ……! 流石に三体一は厳しいか……」


 そう呟き、クッ、と奥歯を噛み締める。

 涼真は苦戦していた。三体一ということもあるが、彼らの統制が見事なまでにとれており、涼真が彼らにダメージを与えられる隙が無いに等しいのだ。

 今の攻撃も、朧は防御の姿勢をとれなかったのではなく、とらなかったのだ。何故なら、佚鬼が攻撃を防ぐことを理解していたから。

 佚鬼と朧、美月。三人の仲は悪そうに見えたが、彼らの間には完璧なコンビネーションが確立されていた。


「おい佚鬼! なんでアイツが目覚めてるんだよ!? お前、ホントにヤツに薬撃ち込んだんだろうなぁ!?」


「ああ撃ち込んださ! 確実にな! ヤツが倒れるところもこの目で見た!!」


「じゃあなんで起きてんのよ!? やっぱアンタのせいなんじゃないの!?」


「黙れっ!! ……俺だって、何がどうなってんのか、サッパリ分からないんだよ……!」


 佚鬼は騒ぐ兄と姉を黙らせ、横目に睨んだ後、視線を涼真へと戻す。二本の刀を交差して構え、両方の刃に自身の白い妖気を付与し、詠唱した。


「“白解(はっかい)”!!」


 佚鬼は刀を交差させたまま、前傾姿勢で涼真へ向けて駆け出した。刀に付与された白い妖気が宙に淡い光を残し、流れていく。

 涼真はそれを見てすぐさま剣を構え、刃に妖気を付与させる。そして佚鬼同様、術式の名を叫ぶように唱えた。


「“斬黒(ざんこく)”!!」


 直後、佚鬼の二本の刀が涼真の喉元へ向けて鋭く振るわれた。刃が涼真の肉を裂く寸前、黒い妖気を纏った短剣が甲高い金属音を立て、佚鬼の斬撃を受け止める。

 涼真と佚鬼は向き合い、互いに刃を押し合う。刃に付与された妖気がジリジリと擦れ、火花が散る。


「死んでくれよ……!! アイツのために……!!」


「死ねないなぁ……!! みんなのために……!!」


 互いに刃を一度振り切り、距離をおく。直後、再び距離を詰め、今度はより鋭く、激しく刃を打ち合う。

 すると、涼真と佚鬼の左右を、二つの影が通り過ぎていき、その気配が涼真の背後で止まった。


「ここらでぇ……っ!!」


「潰れろっ!!」


 朧と美月が妖気を纏った拳を振りかぶり、涼真に迫る。だが、涼真は既に妖気を背中へ集中し、準備を整えていた。


「“億ノ手(おくのて)”」


 術式が発動し、涼真の背中から無数の黒い腕が出現した。腕は揃って殺気満々に拳を作り、一斉に朧たちへ向かう。

 朧たちは攻撃を中断し、すぐさま跳び退って涼真から離れる。黒い拳は空振りし、床に大量の拳の跡を残した。


「チッ……!」


「鬱陶しいわね!」


 朧と美月は吐き捨てるようにボヤく。

 一方で、涼真は佚鬼との剣戟を続けながら、背筋に冷たいものが走ったのを感じていた。

 一瞬でも反応が遅れていたら二人の攻撃を喰らっていただろう。そして生まれた隙に三人でつけ込まれ、負けていた。


 舞の怪我を治した際の“クロレキシ”の反動による影響はもうなくなり、体調は万全だ。しかし、それでも彼ら三人には勝てない。回避、防御。たまに生じる隙を突いての反撃で精一杯であり、まともに攻撃を打ち込むことはできそうにない。


 この状況を打破するには、祖父やバトラーたちの増援を待つか、涼真の体内妖気を練り合わせて増幅させ、高威力の一撃で勝負をつけるか。この二通りの手段があるが、涼真が選んだのは後者だった。

 その理由は、増援を呼ぶ前に決着がつくだろうと考えたからだ。彼らとまともに戦えるのはバトラーと祖父くらいだろう。だが、先ほど屋敷内の妖気を探ったとき、二人の妖気はいずれも涼真から離れた位置にあった。二人がここに到着する前に、涼真が三人にやられてしまうだろう。


 だから今、体内で妖気を必死に練っているのだが、練った妖気をすぐに防御や攻撃、回避に使わなければならないため、中々妖気が溜まらず、高威力の攻撃を放てないのだ。


「まだだ……もっと、もっと妖気をたぎらせろ……!!」


 涼真の体内で、マグマの如く無尽蔵に湧き続ける妖気。その生成速度は、普段の涼真では不可能なほどのもの。

 だが、妖気は生物の感情によってその質と量を大きく変化させる。

 大切な人たちに手を出された怒りが、並大抵の神では到達できないような速度での妖気生成を可能にしていた。


「傷付けられたみんなの分、返させてもらうぞ……!!」


 涼真は生み出した妖気を身に纏い、黒いスパーク状の妖気を辺りにより一層、激しく散らす。


 決着がつくまでは、もう10分もかかりそうになかった。







◇◆◇◆◇






 白神邸の一階と二階を繋ぐ階段を、雪は荒い息を漏らしながら見上げていた。

 階段は螺旋状になっており、両端にはゴツゴツした手すりが付いている。一見すると洋風の立派な階段なのだが、一つ問題があった。

 屋上から侵入し、降りて来たときはそこまで意識していなかったが、無駄に長すぎるのである。


 螺旋状になっている、ということもあるが、先が見えないほど長い階段を、哲人と母を連れて上らなければならない。

 ここまでの平坦な廊下を歩いてきただけでも既に息が上がっている雪には、苦行以外の何ものでもなかった。


「でも……早く、行かなきゃ……!」


 二人の怪我を一刻も早くバトラーに診てもらわなければならない。

 雪は自分自身に言い聞かせるように荒い吐息混じりの声を出すと、階段を上り始める。

 そのときだった。


「雪ーっ!」


 頭上から、聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。反射的に声のした方を向くと、そこには、コウモリのような黒い翼を広げて雪の方へ降下してくる明日香とバトラーの姿があった。


「明日香……! バトラーさん……!」


 一段目の階段にかけていた足を戻すと同時に、明日香とバトラーが雪の前に着地し、駆け寄ってきた。


「雪……っ!? そ、それ……雪女さんと、哲人だよね……? 一体、何があったの……!?」


「お、お母さんは、私を庇って……哲人は、私とお母さんを守るために、白神兄妹に突っ込んでいって……」


「し、白神兄妹!? なんで!? さっきバトラーさんが朧を倒して、黒神さんたちが、美月を倒した筈でしょ!?」


 浮かんだ疑問を雪へ次々に投げ掛ける明日香。彼女が混乱するのも無理はないだろう。

 だが、雪は神崎家の者たちや白神兄妹との連戦を終えた後、たった今まで哲人と母の二人を背負って数百メートルの距離を歩いてきたばかりなのだ。雪は明日香の疑問に答えるよりも先に、少しでいいから休みたかった。


 それを察してくれたのか、バトラーが明日香の前に手を伸ばし、彼女を制止した。


「真相の追求は後にしましょう。とにかく今は、お二人の治療をします。明日香さま、手伝っていただけますか?」


「うん……分かったよ、バトラーさん」


 明日香が頷き、雪の背後へと回ったその一瞬、バトラーは雪へ向かって小さく微笑んだ。やはり、雪のことを気遣ってくれたのだろう。

 雪はバトラーへ軽く頭を下げると、背負っていた二人を明日香たちへと預ける。バトラーが哲人を、明日香が雪女をそっと持ち上げ、床へ仰向けに寝かせた。


 バトラーは並んで寝かされた哲人たちの頭の方へと回ると、そっと二人の肩に手を添え、回復の術式を発動させた。優しい光が哲人たちを包み込み、傷が少しずつ癒されていく。


「雪さま、お二人を治療している間に状況の説明をお願いしてもよろしいですか?」


「はい……」


 雪は明日香と並んで階段に腰掛けると、二人に事の次第を話した。

 神崎家の者たち十数人を氷漬けにしたこと。氷が解け、その者たちがいつ動き出してもいいように、ナギに見張ってもらっていること。白神兄妹と出会し、手も足も出ずに敗北したこと。

 そこへ涼真が佚鬼とともに現れ、今も三体一で戦ってくれているということ。


 それらを話し終えると、雪と並んで階段に腰掛けていた明日香が申し訳なさそうに言葉を発した。


「そっか……すっごい大変だったんだね。ごめん、雪。しんどかったろうに、質問攻めにして……」


「別にいいわよ。私も逆の立場だったら、同じようなことしてただろうし。それよりも、バトラーさん」


 名を呼ばれたバトラーは、寝かせた二人に手をかざしながら、雪の方を向いた。


「なんでしょうか」


「涼真は薬で眠らされてる、って話でしたよね。なんで今、起きてるんですか?」


「あぁ、それは……」


 そのときだった。

 ドガァァンッ!! という耳をつん裂くような爆音が背後から聞こえてきた。

 その音の根源は恐らく、先ほどまで雪が居た廊下からだろう。そこから今雪たちが居る階段までは、ほぼ一本道で繋がっており、音も響きやすい。

 それだけに、この爆音は雪の耳に鮮明に届いた。この音を発したのが涼真か白神兄妹なのかは定かではないが、激しい戦いが繰り広げられているということだけは分かった。


「……バトラーさん。私、涼真のところに戻ります!」


「いけません雪さま、危険です。それに、あなたさまは体が動くだけで、全力疾走できるような体力は残っていないハズです」


「……っ!」


 バトラーの言葉は的を射ていた。

 雪は少し休めたとは言え、まだ全然体力も体内妖気も回復できていない。白神兄妹とはほぼ万全の体調でも完敗だったのだから、こんな状態では闘うどころか逃げることすらままならないだろう。


「でも、今の音は涼真に何かあったとしか思えない……!!」


「……だとしても、なりません。今回、私は偶然間に合っただけで、次に雪さまの身に何かあっても、必ず助けられる保証はありません」


 バトラーは目を伏せ、首を横に振る。今度の彼の声は普段より一回り低いトーンだった。彼が真剣に話をしている証拠だ。


 バトラーの言うことは全て正しい。雪は涼真の元へ戻るべきではない。そんなことは、雪自身が一番分かっていた。

 けれど、理解はできても納得することができないことが、この世にはある。

 雪はバトラーを真っ直ぐに見つめ、必死に食い下がる。


「それでも、私は涼真を助けに行きたい……! 涼真は今、私の代わりに戦ってくれているんです! 友達が命懸けで守ってくれているのに、何もしないだなんて……そんな薄情者に、私はなりたくない! 実力がなくても、気持ちまで弱いままなのは嫌なんです!!」


 白神兄妹たちを前にし、絶望した。しかし、そのとき決心した。もう諦めたりしないと。強大な力の前で、自分だけが折れるわけにはいかないと。


「弱い私に命懸けで付き合ってくれた涼真を……今度は私が、命を懸けて助けたい!!」


 雪が宣言すると、隣で明日香が立ち上がり、


「バトラーさん、アタシも行かせて! 何もできないかもしんないけど……ここで何もしないよりはずっとマシだから!」


 とバトラーに訴えかけた。

 バトラーは二人の言葉を聞くと、顔を俯け、考え込むような素振りを見せた。やがてため息を吐き出すとともに、小さく首を縦に振った。


「……分かりました。ですが、一つ約束してください」


 バトラーは一つ咳払いをしてから、二人を交互に見つめ、話し出した。


「今、その状態から一つでも怪我を増やしていた場合……私はお二人とともに黒神家へ転移し、そこで治療します。もちろん、白神邸(ここ)に戻ってくるのは私だけです。それが嫌なら必ず無事で……いえ、無傷で私の元へ戻ってきてください」


 二人は揃って大きく頷く。

 そもそも、二人は無理を言ってこの場に連れてきてもらっている立場であり、本来ならばこういった身勝手な行動は許されないのだ。

 だが、バトラーは許してくれた。かなり厳しい条件もついているが、それは当然のことだろう。


「私も哲人さまと雪女さまの治療が済み次第、妖気を探ってそちらへ向かいますが……私の程度の低い治癒術式では、完治まで少なくとも10分はかかります。お二人とも……くれぐれもご無理はなさらずに」


「「はい! 行ってきます!」」


 雪は明日香とともにクルリと踵を返し、先ほど来た道を走って戻り出す。

 その途端、涼真たちがいる方向から、もう一度爆発音が聞こえた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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