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クロレキシ  作者: 赤森千穂路
第四章 白神編
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第168話 罪は消えない

 涼真の攻撃で吹き飛んでいった佚鬼を追って、白神邸の一階に飛び込んでいった涼真。

 辺りを見回してみると、佚鬼の面影を感じる男女二人と、涼真の方を激しく睨み付ける佚鬼。そして、困惑した顔で涼真のことを見つめる雪の姿があった。


「りょ、涼真……なんで……?」


「雪! 良かった、無事で……。っ!」


 涼真が雪の方へと駆け寄ったとき、彼女の足元の存在に気が付き、思わず足を止めた。


「て、テツ……雪女さん……!」


 そこには、変わり果てた姿の親友と、雪の母親の姿があった。すぐさま駆け寄り、哲人たちの首筋に手を添え、生きているかどうかを確かめる。

 すると、指先に僅かに違和感を覚えた。二人とも、弱々しくはあるが、まだ脈がある。だが、涼真が感じ取れないほどに体内妖気を消失しているため、このままでは危ないだろう。


「……雪、今すぐ二人を連れて、バトラーのとこへ向かってくれ。アイツなら二人の怪我も治せる」


「えっ……!? で、でも……それじゃあ、涼真は……!」


「なんとか三人を足止めしてみる。大丈夫、死ぬ気なんかないよ。危なくなったらすぐに退く。雪がバトラーと合流するまでの時間くらいは稼げる……見込み。約束は……できないかな」


 涼真は立ち上がると、雪へ笑顔を浮かべてみせた。


「とにかく、できる限りやってみるさ。雪は急いで二人をバトラーのとこへ連れてってくれ」


「わ、分かったわ……。ごめん。いつも強い相手は、涼真に任せっきりで……」


「いいんだよ、そんなこと気にしなくても。僕の力は、友達を守るためのものなんだから。それよりも、二人のこと頼むぞ」


「……ええ!」


 雪は涼真の言うことに引き締めた表情で頷くと、哲人と雪女を担ぎ、屋敷の階段がある方へと歩き出す。

 涼真の横を通り過ぎたとき、雪は涼真に聞こえるくらいの声量で、ボソリと言った。


「涼真、気を付けて。アイツら、一人一人でもアンタと同じくらいか、それ以上のレベルよ」


「……雪がそう言うってことは、そうなんだろうな。でも、それなら尚更君たちの元へ通すことはできないね」


 涼真は広い廊下の真ん中で、雪たちを庇うように仁王立ちする。


「さぁ、行け!!」


 背中越しに雪に向かって叫ぶと、彼女の足音がほんの少しだけ忙しないものになった。それを確認し、涼真は意識を完全に目の前の白髪の少年少女たちへと向ける。

 その途端、


「行かすかよぉ!!」


 朧が地を蹴って飛び出し、哲人と雪女を連れて去ろうとする雪目掛け、妖気を付与した拳を振りかぶる。

 だが、涼真が朧の前に立ち塞がり、鋭い打撃を掌で受け止めた。そして彼を投げ飛ばし、顔面を蹴り飛ばす。朧は後方に数回跳ね転がった後、片膝をついた状態で停止し、飛び出た鼻血を拭った。


「っ痛ぅ……おいおい、いきなりスゴいじゃないか。ホントに寝起きかよ……?」


 首筋に冷や汗をかきながら、苦笑いで漏らす朧。だが今の涼真には、そんな冗談混じりの言葉など届かない。

 涼菜を拐われ、雪を、哲人を、雪女を、そして、舞を傷付けられた。そのせいで、自分にされた仕打ちがどうでもよくなるほどに、涼真の怒りは限界まで膨れ上がっていた。


 涼真は漆黒の妖気を纏わせた十握剣(とつかのつるぎ)を構え、真っ直ぐに敵を見据える。

 切っ先を敵へ向け、そこへありったけの妖気と殺意を込める。殺す気でなければ、自分が殺されそうになるからだ。


「悪いけど……お前らに対する手加減なんて、とっくの昔に忘れたよ」






◇◆◇◆◇






 白神邸の一階へとやって来ていた黒神、涼介、タマキの三人は、突如屋敷内に現れた強大な二つの妖気反応を感じ取っていた。


「この妖気、白神佚鬼と……涼真か!!」


 黒神は思わず表情を綻ばせ、妖気の感じた方へ視線を向ける。

 涼真が殺されていないかどうかが不安だったが、それと同じくらい舞の安否も気になっていたのだ。だが、涼真が無事に目覚めたということは、舞も無事なのだろう。

 そのことを悟った黒神は、安堵のため息を大きく吐く。


()()()が効いたみたいだな」


 タマキも珍しく、口元だけでなく表情全体が緩んでいる。顔には出さなかったが、彼女も涼真の安否が気になっていたのだろう。

 タマキの発言に頷いた黒神は視線をチラリと涼介へと向ける。


「まぁ、その薬を作るためだけに涼介を呼び戻したようなもんだからな」


「酷い言われようだな……。さっきの女の子との戦いといい、俺だって普通に役立ってるだろ」


 顔を顰め、文句を言う涼介。そんな息子の姿に「くっくっ」と喉を鳴らして笑った後、黒神は視線を足下へと向けた。


「冗談だ、冗談。とにかく、今はここをぶち壊すぞ」


 そこには、廊下の真ん中で不自然に区切られている、四方形の扉のようなものがあった。






◇◆◇◆◇






 時折り低い轟音が響いてくる中、向日葵(ひなた)は硬く冷たい壁の前で座り込んで両手を組み、祈るような体勢をとっていた。


「佚鬼……」


「佚鬼さんが、心配?」


 不安げな顔でポツリと一人の少年の名を呟く向日葵の隣で、涼菜は彼女と同じように体育座りになった。

 首を傾げて尋ねると、向日葵は小さく頷いた。


「うん……心配というか、祈ってる。もう佚鬼が誰も傷付けてませんようにって」


「……でも、大切な人の為ならどんなことでもしちゃうと思うな。その人の命が懸かってるなら、尚更」


 涼菜の言葉に、向日葵はどこか自嘲気味な笑みを浮かべ、小さく声を漏らした。


「大切な人……か。佚鬼がホンマにそう思ってくれてたとしたら嬉しいけど……何も悪いことしてない人に迷惑をかけてまで、ウチは生きてたくない。ウチのせいで、佚鬼にスズちゃんのお兄さんが気付けられて……。ホンマ、どう落とし前つけたらええんやろか……」


 向日葵はギュッと抱えた両膝に、顔を半分埋めた。隣に座っている涼菜から、向日葵の顔は見えない。向日葵が泣きそうになっているのか、それとも無表情なのか、はたまた力ない笑みを浮かべたままなのか、涼菜には分からない。

 けれど、涼菜は自分の思ったことを口にしようと思った。向日葵は悪くない。しかし、今回のことに落とし前をつけられると思っていると思っているのなら、それは間違いだと正したかったのだ。


「……罪は、消えない」


「え?」


 体勢を変えぬまま、向日葵は涼菜の方を振り返った。だが、涼菜は向日葵の方を向かず、暗い地下牢の床をぼうっと見つめながら、続ける。


「ワタシのお兄ちゃんが言ってたの。悪い事をした過去は消えない。だから、その人は罪を一生背負って生きていかなきゃならないんだって。確かにワタシもそう思う。だから、佚鬼さんの背負う罪は消えないよ。それに、傷付けられた人はこのことをきっと忘れないし、一生許さない」


 涼菜の言葉を聞き、向日葵の顔が悲痛に曇った。次第にその細い体がフルフルと震え出したが、唇を噛み、涙を必死に堪えている様子だった。

 向日葵にとって、涼菜の言葉が途轍もない重圧を含んだものだということは理解している。だが、それでも涼菜は言わずにはいられなかった。真の意味で向日葵を救うために。

 少し沈黙を挟み、涼菜は話を再開する。


「……もう外はきっと、ワタシも含めて佚鬼さんのことを許さない人ばっかりになってる。佚鬼さんがどれだけ謝っても、誰も許してはくれない。だから……」


 涼菜は向日葵の両手を取ると、真っ直ぐに彼女を見つめた。そして、祈るような声で言葉を紡ぐ。


「ヒナちゃんだけは、佚鬼さんの手を取ってあげて。ヒナちゃんは悪くないんだから、何も気にしなくていい。だからお願い。佚鬼さんを救うことができるのは、ヒナちゃんだけだから」


 向日葵は少しの間、握られた自分の手をじっと見つめた後、ほんのりと表情を緩め、頷いた。


「うん……ウチがホンマにやらなアカンこと、分かった。教えてくれてありがとう、スズ」


 そのとき、ガコンッ、という何か重いものが動いたような音とともに、薄暗かった地下牢の中に、一本の光が差し込んできた。

 光に導かれるように顔を上げると、そこには、四方形の穴から顔を出して、地下牢内を覗き込んでいる黒神の姿があった。


「スズ! 大丈夫か!?」


「お、おじいちゃん!」


 涼菜が返事をすると、黒神はすぐさま地下牢内に飛び降り、涼菜の元へと駆け寄って、細く小さな体を抱き締めた。


「すまなかった……怖い目に遭わせてしまったな……」


「おじぃちゃん……」


 久しぶりに家族の温もりに触れた涼菜は、気がつくと目頭が熱くなっていた。溢れかけた涙を拭い、祖父の背に腕を回す。

 やがて黒神は涼菜を解放した。そして、今度は涼菜の両肩に手を添えると、不安げな視線を向け出した。


「怪我はないか? 体調は?」


「どこも何ともありません。強いて言えば……」


 そう言うと同時に、涼菜の腹が盛大に鳴った。丸一日以上、水以外何も口にしていないのだ。腹の虫が怒って鳴き出すのも当然だろう。

 思わず照れ笑いを浮かべると、黒神は優しく微笑み、涼菜の頭にそっと手を添えた。


「帰ったら腹一杯、美味いもんを食おう。人間界で、とびっきり美味いもんを用意してやる。涼真も一緒にな」


「お、お兄ちゃんは、無事なんですか!?」


「ああ。ついさっき起きて、白神邸の1階で白神兄妹たちと戦っているところだ。今からじいちゃんたちは加勢に向かおうと思っている」


「なら、ワタシも行きます!」


 涼菜が意気込んで言うと、黒神は首を横に振った。


「ダメだ。体調が万全じゃないだろう。それに、この戦いでは恐らく……」


 黒神はそこまで言うと、哀しげな表情を浮かべた顔を少しだけ俯けた。直後、ハッと目を見開いた黒神は一度咳払いをした後、気を取り直した様子で涼菜に語りかける。


「とにかく、スズはその子と一緒に(うち)に居なさい。涼介が連れて行ってくれる」


「りょう、すけ……?」


 聞き覚えの無い名に、涼菜が首を傾げると、黒神と同様に、地下牢の入り口からまた別の男がヒョッコリと顔を出した。

 男は地下牢内をキョロキョロと見回した後、涼菜たちの方を見て、顔を輝かせた。


「おぉスズ! 無事だったか!」


 身軽な動きで地下牢内に降り立った男は、涼菜たちの元へ駆け寄ってきた。

 見知らぬ男の登場に驚いた涼菜は、思わず祖父の背中に隠れ、半分ほど顔を覗かせて尋ねる。


「ど、どなたですか……?」


「俺はお前の父親の涼介だ。お前が拐われる前は同じ家で暮らしていたんだが……覚えてないか?」


 涼介に言われ、涼菜は昔の記憶を辿るも、思い出せたのは兄や母との僅かな思い出のみであり、目の前の男との記憶が蘇ることはなかった。


「……すみません。思い出せないです……」


 期待の目を向けられていた涼菜は申し訳なく思い、謝ると、涼介は頭を掻きながら、苦笑いを浮かべた。


「ま、普通はそうだわな……ん? その子は?」


 涼介の視線は涼菜の後方へ向けられていた。そこに居たのは、戸惑った様子の向日葵だった。


「か、神崎向日葵です……」


「神崎……神の代行者の家系の子か」


 と、黒神が呟いたとき、


「色々と問いただすより、その少女たちを救出するのが先だろう」


 地下牢の出入り口から、色気のある女性の声が聞こえてきた。その声に、涼菜は聞き覚えがあった。

 やがて声の主ーータマキは地下牢内に顔を覗かせると、視線を向日葵へと向けた。


「それに、彼女には何か話したいことがあるんじゃないか?」


「……!」


 タマキの言葉が図星だと言わんばかりに、向日葵は少しだけ目を見開いた。






◇◆◇◆◇






 白神邸、3階。

 長い長い廊下を酒呑童子とともに歩いていた洋平は、突然屋敷内に現れた強大な妖気を察知し、その妖気を感じる方向を振り向いた。


「これは……涼真の妖気……!?」


「へっ! 黒神涼真のヤツ、やっぱり生きてやがったか! そりゃあ、アイツが死ぬワケねぇわな」


 酒呑童子が口角を吊り上げながら笑いを漏らすのを横目に、洋平は複雑な気持ちを抱えていた。

 洋平の中では、涼真が目覚めたことを知ってホッとした気持ちがある一方で、涼真の処分を任されていたのに、何もせずにいて良かったのか、と後悔の念も抱えていたからだ。

 

「おい洋平、聞いてっか? 始めるぞ。退がってろ」


「あ……はい」


 酒呑童子に呼ばれ、洋平は我に返った。

 洋平たちが今いるのは、何もない壁の前だ。だが、何故かこの壁の向こう側から不穏な妖気を感じるのだ。

 その正体を知るため、二人はこの壁を叩き割ってみようと考えていた。


 酒呑童子は何度か屈伸運動を繰り返した後、妖気を付与した右脚を退げ、構える。


「“酒乱(しゅらん)敏足(びんそく)”!!」


 詠唱の言に反応し、右脚に付与されていた妖気が蒼く燃える。直後、酒呑童子は洋平の目には追えない速度で蹴りを繰り出し、壁を破壊した。

 酒呑童子が突き出した足を引くと、ガラガラと瓦礫が崩れ落ちる。すると、二人の前には、クリーム色の無機質な壁の代わりに、木製の両開きの扉が出現した。

 先ほどの壁は何かの術式で視せられていた幻覚だったようで、酒呑童子の脚はその扉の真ん中を壊していたようだった。その証拠に、今まで崩れ落ちていた瓦礫が、いつの間にか破壊された扉の破片へと変わっていた。


「いくぞ、洋平」


「は、はい……」


 酒呑童子の後に続き、洋平も部屋の中に入っていく。

 部屋の中は一風変わった造りになっており、直方体の部屋の壁は全て本棚になっていた。本棚にはミッチリと本が敷き詰められており、それが十数段も存在していた。更に、部屋のど真ん中には、セミダブルやキングサイズよりも遥かに大きいベッドマットレスが埋め込まれていた。

 また、部屋中の至る所に濃い妖気が染み付いているものの、その妖気の主の姿はどこにも見当たらなかった。


「誰もいねぇな。だが、とんでもない質の妖気が部屋中に染み込んでいやがる……。これは恐らく……白神のモンだな」


 酒呑童子は埋め込まれたベッドに乱雑に乗せられていた掛け布団を睨みつつ、自身の見解を語った。

 酒呑童子の考えは、洋平のものと同じであった。涼真や黒神に近い妖気を部屋中に感じる。だが、妖気感知で探ってみたところ、肝心の白神自身はこの部屋どころか近くにもいないようだ。


「黒神さんの話では、白神は寿命が近くて、もうあまり動けない筈だって……。それに、見せてもらった白神たちの計画書にも、そう載ってましたけど」


「ならソイツぁ嘘ってことで、アイツはもうどっかに一人でトンズラしたってことになるな。もしくは、さっき俺たちがぶっ飛ばした神の仲間がまだ居て、運び出したか……。いや、3階の雑魚神は俺たちが大方ぶっ飛ばした筈だ。それは考えにくいか……」


 酒呑童子はベッドの近くにある本棚に整列されている本の背表紙を人差し指でなぞり出した。どうやら、隠し部屋のスイッチのようなものを探しているようだ。これだけ広い屋敷ならば、隠し部屋がある可能性は大いにあるだろう。

 だが、その探索は酒呑童子に任せて、洋平は白神の妖気の痕跡を調べることにした。


「この部屋をもっと探せば、ヤツがどこに消えたか分かるかもしれません。取り敢えず……」


 洋平は両手を組み、全身の妖気を昂らせ、詠唱する。


「“コピー・分身”」


 ボボボンッと音を立て、洋平を囲むようにして、妖気でできた分身が5体、出現した。


「この部屋の至るところを調べろ。何かあったら情報を共有すること。じゃあ、始め」


 洋平の命令にコクリと頷いた分身たちは、すぐさま散らばり、部屋のあちこちを調べ始めた。


「ほぉー、便利な術式だな」


 酒呑童子が感心したように言った。しかし、その褒め言葉は洋平にとって、あまり嬉しいものではなかった。

 何故なら、この分身の術式は自分自身の力で得たものではないから。友達に見限られてもおかしくないような、卑劣な方法で手に入れた力だからだ。


「……そんなことないですよ。俺は卑怯者で、悪人だから」


「……何があったか知らねぇが、そんなクヨクヨするんじゃねーよ。悪人だろうと卑怯者だろうと、今のお前が俺たちの味方ってのは事実なんだから」


 それも、()()()に命令されたからだ。桜庭舞についての情報をリグレスへ送る為に。

 洋平は胸の奥がズキズキと痛み出したのを感じた。そしてその痛みが、もうしばらくは消えないだろう、ということも。


「それに、お前には悩みを打ち明けられる友達がいるだろ。ソイツらにでも話してみろよ。楽になると思うぜ」


「いや……俺は……」


 楽になるどころか、友達を傷つけてしまう。

 リグレスが涼真から家族を奪った組織だということを知っていれば、洋平も組織に加入することはなかっただろう。自分の目的の為に必死になって、幹部になったりすることもなかっただろう。全てを知らされたのは、全てが手遅れになった後だったのだ。


 今でも、()()()と話をしたときの恐怖が脳裏にこびりついている。一瞬でも気を緩めてしまえば、全身が潰されてしまいそうなほどの恐怖が。

 逆らえば、殺される。恐怖でがんじがらめになった心が解放されるのは、洋平自身が死ぬときなのだろう。


「……ビビってたじろいでちゃ、いつまで経っても前には進めねぇぞ? 洋平」


 酒呑童子のその言葉が、洋平の思考を止めた。

 直後に沸き出してきたのは、怒りだった。それは洋平のことを全て理解したかのような口調で話す酒呑童子に対してなのか、それとも、そんなことを思ってしまう自分自身に対してなのか。

 その答えは、洋平自身にも分からなかった。


「……てる。分かってるさ、そんなこと……っ!」


 怒りを抑え込もうと、固く固く、拳を握る。だが、やるせなさと自分自身に対する苛立ちが怒りを煽り、それが完全に消えてなくなることはなかった。


「……ま、いいわ。俺たちもとっととこの部屋調べようぜ」


「……はい」


 胸の奥に怒りがしこりのように残ったまま、洋平は酒呑童子や分身たちに倣い、部屋の中の調査を再開した。

 その途端ーー、


「いっつ!」


 突然、酒呑童子が短い叫び声を上げ、右手をプラプラと張り出した。


「どうしたんですか?」


「いや……本棚に埋まってる本の紙で指切っちまったんだよ……いちち……」


「フフ……気を付けてくださいよ」


「何笑ってんだ、テメェ!!」


「クッ……ハハ……!」


 そう怒鳴ってムキになる酒呑童子の姿が面白くて、洋平はとうとう吹き出してしまった。酒呑童子は忌々しげに洋平のことを睨みつつも、再び本棚の本を調べ始めた。


 そうだ。クヨクヨしたって、ウジウジ悩んだって、過ぎたことは取り返しがつかないのだ。ならば洋平は、己が信じた、己がやるべきだと思ったことを貫き通すのみ。

 例えそれが、涼真たちから無限の罵詈雑言を浴びせられようとも。世界中の生物から後ろ指を指されようとも。






◇◆◇◆◇






 その者は、破壊された扉の影から二人のことをじっと見つめていた。

 二人の男が部屋中を漁っている。二人から考えるに、赤髪の方は妖怪、もう茶髪の方は亜人だ。しかし、亜人の方からは少し濁ったような、不快な妖気を感じた。

 二人は油断している様子だった。それも当然だ。まさか、妖気感知に引っかからないローブを身に付けているとは思うまい。


「決めたぞ……見せしめは、お前たちだ」


 その者は大股で一歩を踏み出すと、二人が居る部屋の中へと進んでいった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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