表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロレキシ  作者: 赤森千穂路
第四章 白神編
156/193

第149話 神出鬼没

 男は三節棍を構えたまま、顎を上げ朧たちをあからさまに見下した態度を取る。しかし、その鋭い視線から、決して朧たちのことを侮っている訳ではないということは読み取れた。


「かかってこいよ神様。俺様が相手になってやるぜ」


「……悪いが」


 少し迷った末に、朧は一歩踏み出していた左足を退き、両手を挙げた。


「俺たちは、必要の無い戦闘は避けてぇ。そして、今のアンタもそれは同じ筈だ」


「クヒッ……まぁな」


 男は図星だったのか、僅かに苦笑いを浮かべると、構えていた三節棍を亜空間へとしまった。

 すると、隣に立っていた美月(るな)が頬をムウッと膨らませ、地団駄を踏み出した。


「ちょっとおにぃ! 何言ってんの!? アタシはそのガキ殺したいんだけど!!」


美月(るな)、感情で動くな。あの男をよく見てみろ」


 美月(るな)は渋々といった様子で男の方を向き、ジト目で彼を観察する。


「……気付いただろ?」


「うん。おにぃの方がずっとイケメン」


「そういうんじゃねぇよ!! 妖気がすげぇデカいから戦っても勝てるかどうか分かんねぇって言ってんだよ!!」


 あ、とその発言を後悔した時にはもう遅い。男の方を向き直ると、彼はポカンと口を開けていたが、すぐにニヤリと口角が緩み、嫌な笑みを漏らし始めた。


「クヒヒヒッ! そうかそうか、アンタは2人がかりでも俺に勝てないと思ってるワケね」


 最悪だ。今の発言で朧の残り妖気量が僅かであるとバレてしまっただろう。しかし、それを知った今でも男が攻撃してくる気配は無い。

 だから朧は今までと同じ調子で、男に問いかける。


「……ソイツに何をする気だ?」


 朧は男の足元で気を失っている洋平を顎でしゃくった。

 男はしかめっ面を浮かべると、手を宙で振り払った。


「何もしねぇよ。ただ、コイツを守れって上から命令を受けただけだ。俺自身としては、コイツのことなんて心底どうでもいいんだけどよぉ」


 男は細長い右足を洋平の腹の上に乗せると、洋平の体を前後にグリグリと揺さぶった。洋平が起きる気配は無い。


「……そうか」


 どうやら洋平を見逃せばあの男と戦う必要は無いようだ。ホッと安堵の息を吐いた朧は男に背を向け、美月(るな)へ呼びかける。


「いくぞ、美月(るな)


「ちぇー……」


 美月(るな)は口を尖らせると、チラチラと後ろを名残惜しそうに振り返りながらも、朧の後をきちんと着いてくる。そんな妹を見て成長を感じつつ、朧はその場を去ろうとしたその時だった。


「クヒヒッ! 賢い判断をしたアンタらに一つ、良いことを教えてやるよ」


 男の声が聞こえ、朧は思わず立ち止まった。気になったのはもちろん、「良いこと」の内容だ。


「なに?」


 振り返った朧と美月(るな)へ気味の悪い笑い声を飛ばす男。その笑い声が収まった直後に、男は言った。


「黒神涼真は、まだ生きてるぜ」


「っ!?」


「はぁ!?」


「今はアンタらの作った毒で寝たきりになってるがな。場所は裏桜病院710号室。嘘かどうかは調べてみりゃ分かることさ」


 男は「じゃあな」と手を軽く振ると、朧たちへ向けて背を向けた。

 だが、今の朧たちは男に対して既に興味を失っていた。


「佚鬼ぃ……!! アイツ、何しくってんのよ!」


「今すぐ帰って調べるぞ、美月(るな)!」


 朧の声とともに、2人は黒神家の前から姿を消した。その反動で突風が吹き、道端の雑草がカサカサと音を立てて揺れる。

 静かになった黒神家の前の道路を振り返った男ーーサープはニヤリと笑って呟いた。


「クヒヒッ。上手くやってくれよ、白神。期待してるぜ」


 そして、サープも白神兄妹たちのように姿を消した。再び風が吹き荒れ、細かい砂片や木の葉が舞う。

 その場には、窪んだ地面と道路の端に倒れこんだ明日香たちだけが残っていた。






◇◆◇◆◇






 黒神家。

 バトラーは黒神と舞とともに、リビングに敷かれた布団の上で未だに目を覚さない明日香たち4人を見つめていた。


「……私が、みんなと一緒に病室に行ってたら、こんなことには……」


 舞は眠っている明日香の枕元で正座しながら、膝の上で拳をギュッと握り締めた。


「仕方がないですよ。舞さまは皆さんが病室に行こうとしていたことをご存じ無かったのですから」


「でも……もし私が知ってたら、黒神さんとバトラーさんが帰ってくるまでの時間稼ぎくらいはできたかもしれない。相手が例え、白神でも」


 そう言って、舞は下唇を噛み締める。きっと、舞の言ったことは事実なのだろう。舞がその場に居るのと居ないのとでは戦力が大きく変わってくる。

 バトラーが舞に言葉を返せないでいると、すぐそばでL字型のソファの中央に座っていた黒神が口を開いた。


「家の前に僅かに残っていた妖気を確認してみたら、間違いなく白神の反応だった」


「では……」


「ああ……付近に死体が無かったことから、スズは白神に拐われたと見てほぼ間違いないようだ。生きているか死んでいるかは分からんがな」


 だが、涼菜をこの場で殺さずわざわざ拐ったということは、白神たちには何か目的があるのだろう。もしくは、純粋に人質として涼菜を拐ったか。

 涼菜が生きている可能性は大いにある。


「なら、我々の目下の課題は、どうやって涼菜さまを助け出すのか、ということですね」


「それと、涼真の解毒薬の作り方、もしくは解毒薬そのものを白神たちから奪い取ることだが……それに関しては心配ないだろう」


「ええ。そうですね」


 黒神に頷き、バトラーは舞の方を振り返る。

 バトラーが心配なのは、舞の心だった。


「私……また何もできなかった」


 舞はいつの間にか三角座りになっており、ギュッと膝を抱えていた。

 そんな彼女の口からこぼれるのは、13歳の少女が背負うには重すぎるほどの気持ち。


「白神が狙ってるのは涼真だけじゃないって分かってた筈なのに……」


「それは違います、舞さま」


 その声に反応して、舞は顔を上げ、バトラーを見上げる。


「涼菜さまを意地でも神界へ連れていっておけば、皆さんがこうなることもなかったんです。私たちがもっと対策を徹底すれば良かった」


 ここ数日……いや、生まれてからずっと、バトラーもとい、サタンは後悔ばかりしている。

 自身の黒い歴史が、今になって頭の中に鮮明に蘇ってくる。失いたくなかった大切な人。激情に身を委ねて、数え切れないほどの罪なき命を殺してしまった自分。

 何故守れなかったのか。何故助けられなかったのか。何故一緒にいなかったのか。


 もう二度と、そんな日々を送りたくない。この世から消えてしまいたくなるほどの辛い記憶を作りたくない。

 だからせめて、まだ誰も大切な人を失っていない舞が、自分と同じ道を歩まないように。バトラーは誰のせいで今の状況が形成されてしまったのかを、きちんと舞に理解してほしかった。


「私と、黒神さまのせいです」


 舞は黙ってバトラーの言葉を聞いていたが、やがて顔を膝に埋めると、消えそうな声で言った。


「……気付けたことを防げなかったっていうことなら、私も同じです。無かったことにしないでください」


 俯いてしまった舞の表情は、バトラーの位置からは見えない。しかし、彼女が直前に放った声が、先ほどよりもほんの少しだけ高くなっているような気がした。

 すると、黒神が鼻でため息を吐く音が聞こえた。


「……とにかく、今は明日香ちゃんたちが無事だったことを喜ぼう。そして、白神たちからスズを奪還する作戦を考えないとな」


「はい、そうですね」


 黒神の提案に同意し、バトラーは小さく唸りながら、良い作戦はないかと考え出した。






「その必要は、無い」






 全身が押しつぶされるような威圧感(プレッシャー)と、心臓を掴まれたような危険信号が電撃の如くバトラーの全身を迸った。

 声のした方を向くと、ユラリ、と舞がその場で立ち上がっていた。


 舞は低い声で話を続ける。


「散々待たされたが……これでようやく話ができるなぁ、サタン」


 そう言ってバトラーの方を振り返った舞は、普段の彼女からは想像もできないほど悍ましい笑顔を浮かべた。

 今の舞のような、口角が不気味なほど吊り上がった笑顔と、偉そうな口調が特徴の女のことを、バトラーは知っている。


「……アザトース……!!」

お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ