第146話 強襲
ちょっと短めです。
時は少し遡り、舞がまだ涼真の病室に居た頃。
明日香は黒神の家の前に並んで立っていた哲人と雪、涼菜へ向けて手を振った。
「おまたー……って、みんな早いね」
「まぁな。ひっさしぶりに小テストの追試が無いから、テンション上がってんだよ」
「普通、追試ってちゃんと勉強してたら無いものなのよ?」
ニカっと笑う哲人に雪がジト目でツッコむが、これもよく見慣れた光景だ。むしろ、恋人同士になってもあまり変わらない2人の関係に、明日香は安心感を覚えていた。
「舞ちゃんはもう病室に行ってるから、残りは……洋平だけか。にしてもおっそいなーアイツ。せっかく涼真の病室にみんな揃っていけるってなったのに。これじゃあすぐに面会時間終わっちまうぜ?」
「まぁまぁ……お兄ちゃんは逃げませんし、気長に待ちましょうよ、哲人さん」
スマホで時間を確認し、焦る哲人を涼菜が宥める。涼菜のそんな姿に涼真の面影を感じた明日香は、グッと下唇を噛んで涙が浮かぶのを堪えた。
「そ、そうそう。それに、焦って行って洋平と入れ違いになる方が面倒でしょ」
「……それもそうか。んじゃ、気軽に待つとしますかねー……」
頭の後ろで手を組み、空を見上げた哲人の言葉を最後に、4人の間に沈黙が走った。
各々考えていることは別かもしれない。しかし、その沈黙の理由に涼真の存在が関わっているのは間違いなかった。
そんな時、「んん゛っ」と咳払いをし、雪が沈黙を破った。
「あー……そう言えばスズちゃん。黒神さんとバトラーさんはどこに? もしかして、お2人も涼真のとこ?」
「いえ、お2人は神の世界……神界に住む神様たちから招集されて、神界へ会議に行きました。それも、血相を変えて……」
「へぇ……お2人が焦るなんて、珍しいわね。何の用事だったかは聞いたの?
「はい。えっと、確か……」
「テュポン……だろ?」
突如聞こえてきた、聞き覚えの無い男の声。聞き覚えが無いのに、その声には明日香の全身の鳥肌を震え立たせるほどの怖気が含まれていた。
4人は一斉に声のした方を振り向く。そこには、長い白髪を頭の後ろで括った、声の主と思われる長身の男。その隣には、ロングにした白髪の先を金色に染めた、ゴスロリチックな衣装を身につけた女が立っていた。
「初めまして、黒神涼菜。俺の名前は白神朧。んで、こっちのゴスロリが妹の美月だ」
朧と名乗った男は、涼菜へ向けて軽く会釈すると、親指で隣に立っている美月を差した。
「ね〜おにぃ。黒神涼菜ってどいつぅ?」
「よく見てみろよ美月。黒神涼真にそっくりな女が1人、いるじゃねぇか」
朧はそう言うと、明日香たちの輪の中にいる涼菜のことを指差した。
「キャハハっ! ホントだそっくり〜! と・く・にぃ〜……弱そうなところとかぁ?」
美月は涼菜へ舐めるような視線を送ると、口角を不気味なほど歪め、涼菜のことを嘲笑った。
明日香はその視線を遮るように涼菜の前に立つと、美月を睨む。
「誰だよ、アンタら。もしかして白神佚鬼と何か関係あんの?」
「茶髪の悪魔……アンタにはきょーみ無いの。それに、黒髪の狼男に白髪の雪女、アンタたちにもね。死にたくなかったらとっととどっか行っちゃいな?」
「まずはアタシの質問に答えろよ。もしかして、日本語分かんないの?」
「……あ゛?」
明日香の言葉に苛ついたのか、美月は明日香のことを鋭く睨め付ける。ゴスロリ的な化粧をしているせいか、彼女の顔からは、他の人からは感じない独特な迫力があった。
「カッチ〜ン……。ねーおにぃ。黒神涼菜と一緒に、アイツらもやっちゃって良い?」
「殺さない程度になら良いぞ。死体の処理は面倒だからな」
「え〜っ!! でもアタシ、あの茶髪ボブに超ムカついたんですけどぉ!! ぐちゃぐちゃにしてやりたいー!!」
「落ち着け美月。死体の処理をする俺の気持ちになってみろ。おにぃダルくて死んじゃうぞ?」
「うぅ……そ、それは嫌だ……」
「だろ? だから、黒神涼菜以外は半殺しで勘弁してやってくれ」
「う゛ぅ〜……分かった。半殺しね、分かった!」
「そうそう、良い子だ」
兄に頭を撫でられ「えへへ〜」と笑う美月が何を分かったのか、明日香にはサッパリ分からないが、取り敢えず明日香たちが半殺しにされ涼菜が殺される、ということは理解できた。
「……ふざけんなよ」
理解しても、それを納得することはできない。涼真や涼菜が何をしたというのか。明日香たちのことを救ってくれた涼真が、何故あんな目に遭わなければならなかったのか。
その怒りに応えるかのように、明日香の体の右側に色欲の槍が現れた。
「待って明日香! 本気でやる気なの!?」
槍を飛ばし、攻撃しようとした明日香の腕を、雪が掴んで止めた。そんな彼女の顔は真っ青になっていた。
「当たり前でしょ? どうしたの雪、怖いの?」
「そりゃあ、怖いよ……! こんな、馬鹿げた量の妖気を感じたら……!」
雪の顔が青褪めていた理由は、朧たちから感じた妖気量だった。しかし、明日香にはそれを感じ取ることはできない。そういう病気を持って生まれたからだ。
だから、雪の恐怖を共感することはできない。
周りを見回してみると、涼菜や哲人の顔も明らかに強張っていた。好戦的に構えているのは明日香だけだった。
「……だからって、このまま何もしないって言うの? 怖いのを言い訳にして何も動かないで、みすみすスズを殺されて良いって言うの!? アタシはそんなの、絶対に嫌だ!!」
「……っ!」
「アタシは、アタシの大事なものをこれ以上失いたくない! もう二度と!! あんな辛い思いはしたくない!! だから雪たちが戦わなくても、アタシは一人でアイツらと戦う!!」
明日香が傍にいたら、助かっていたかもしれない人。明日香が一緒にいたら、寝たきりになんてならなかったもしれない人。
その人たちのことを、明日香は大好きだから。だからこそ、もうこれ以上、明日香の大切な人たちが彼らのような運命を辿ることがないように、明日香は戦う。
「勝てなくて、もし死んじゃうとしても……どうせ死ぬなら、アタシは最後に死ぬ気で抗ってから死ぬ。その方が、きっとアタシは幸せだから」
あの日。魔界で母の亡骸を抱いて誓ったこと。
『幸せになってね』。母が最後に遺した言葉。
その言葉に母の面影を感じながら、当時の明日香は確かに頷き、心に刻んだのだ。それから今に至るまで、刻んだ母の言葉が薄れたことなど、一度もない。
結末が幸せになるとは限らない。けれど、それまでの過程で悔いが残らないように。
それが、明日香の目指す幸せの形だ。けれど、それを他者に強要しようという気は無い。
「戦うのが嫌ならアタシがアイツらと戦うから、2人はその間にスズを遠くへ逃してよ。そうだな……例えば、八神先生の所とか」
だから一切の躊躇なく、哲人と雪にそう促した。けれど、この時の明日香は気付いていなかった。
彼らが、明日香の思っている以上に明日香のことを大切に思っていることを。
「……バーカ。この中で1番弱いお前にそこまで言われて、ここに残らない奴がいるかよ」
と、拳を作り、笑う哲人。
「……ごめん。ちょっとビビってた。でも、もう大丈夫」
哲人とは対照的に硬い笑顔を浮かべた雪は、澱みのない瞳を明日香へ向けた。
「私たちも、一緒に戦う」
「哲人、雪……」
横に並び立つ2人を見て、明日香はニッと口角を上げた。「ああ、幸せだ」と、実感した瞬間だった。
明日香は首を後ろへ回し、涼菜へ向けて叫ぶ。
「スズ、今の間に逃げて! アタシたちが時間を稼ぐから!」
「わっ、ワタシも戦います! 皆さんを放って、ワタシだけが逃げるなんて……!」
首を横に振り、頑なにこの場に残ろうとする涼菜。明日香はそんな彼女に対して、他人を思いやる気持ちの意固地さは兄貴と同じか、なんて思いつつ、こんなところでそれを発揮するなよ、と文句も思い浮かべる。
「行って、お願い。アタシたちなら大丈夫だから」
「……ごめんなさい、それはできません」
涼菜はそう言うと、雪や哲人と共に明日香の隣に並び立ち、朧たちを見据えた。
「彼らはワタシを狙っているんです。ワタシの問題に皆さんを巻き込んで、ワタシだけが生き残るなんてできません」
「ばっ、馬鹿!! アンタが死んだら、アタシは涼真に合わせる顔無いよ!!」
「だから、絶対に勝ちましょう。大丈夫。ワタシだって、彼らと同じ神様ですから」
力強く頷く涼菜の顔を見て、明日香はとうとう何も言えなくなってしまった。文字通り頭を抱え、葛藤した後、大きな大きなため息を吐いた。
「……無理だと思ったら、すぐに逃げてよ。それだけは約束して」
「はい!」
やれやれ、と呆れた笑みを浮かべた後、明日香も朧たちを見据える。彼らはピョンピョンと跳ねたり、屈伸運動をしたりしていた。やがて明日香たちが自分達の方を向いていることに気付いたのか、それらを止めると、拳を構えた。
「美月、アイツら準備できたみたいだぞ?」
「アハハっ! 死ぬ準備でしょ? 良いじゃん良いじゃん! ねぇおにぃ、パパッと蹂躙しちゃおうよ!」
相変わらずの美月の言葉を、明日香はフン、と強気に笑い飛ばす。
「『パパッと』ね……できるもんなら、やってみろぉ!!」
そう言うが早いか、明日香は右手を勢いよく振るい、槍を美月へ向けて放った。
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