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クロレキシ  作者: 赤森千穂路
第一章 天使暗躍編
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第14話 忍び寄る者たち

今回から新章、天使暗躍編です。

楽しんでください。

 キーン、コーン、カーン、コーン、と午後のホームルームの開始を告げるチャイムが鳴ると同時に、担任の八神人柄(やがみとつか)がガラッと扉を開け、教室に入ってきた。

 彼は教卓に手をつき、教室中に響き渡るほどの声量で話し始めた。


「えー、これから約1週間、ゴールデンウィークで学校は休みですが、その間の宿題のプリントを渡します」


「えぇ〜!」

「ふざけんなー!」


 クラス中で野次が飛び交う。


「休みって言葉の意味を調べてこーい!」


 と、他のクラスメイトに混じって叫んだのは狼谷哲人(かみたにてつと)だ。炭色の逆立った髪で目付きが悪く、大柄なうえに右の頬に大きな傷跡があるため、初対面では怖がられることが多いが、悪い奴ではない。むしろ、明るい性格でクラスのムードメーカー的な存在だ。


 そんな彼に背後から呆れた視線を送る者が1人いた。


「ったく、今更騒いだってどうしようもないだろ。先生が決めたことが覆ったこと今までにあったか?」


 ゴールデンウィーク前日の帰りのホームルーム。涼真は机に頬杖をつきながら哲人たちに呆れていた。

 哲人がクルリと後ろを振り返り、必死な顔を涼真に向けた。


「そうは言ってもよ涼真! このままだと宿題が大量に出るんだぞ! ゴールデンウィークに遊ぶどころじゃなくなるぞ!?」


「何言ってんだよ。僕にはそんなの関係ないぞ」


「あ? なんでだよ?」


「だって僕やらないから」


「お前ふざけんなよ」


 2人がそんなやりとりをしていると、八神が大袈裟にため息を吐いた。


「よーし、皆そんなに元気なら宿題を増やしても大丈夫だなー」


「「「はあー!?」」」


 教室の状態がさらに悪化するかと思われたが、


「はっ、冗談だ」


 八神は生徒たちの反応が面白かったのか、少し笑いながらそう言い、ホッチキスで止められたプリントの束を配り始めた。


「「「はぁ……」」」


 宿題が配り出された事に落胆してか、宿題が増えなかった事に対して安堵してか、どちらともとれないようなため息がクラスメイト達から出た。

 宿題を配り終わり、八神がまた教卓に戻り手をついた。


「えー、それじゃあ、皆と次に会うのは6日後だな。それまでにちゃーんと宿題やっておくんだぞー」


「「「は〜い……」」」


 クラスメイト達が意気消沈した声を出した瞬間、ホームルームの終了を知らせるチャイムが鳴った。


「涼真、かーえろっ!」


 リュックを背負った舞がピョンっと涼真の視界に飛び込んできた。無邪気な彼女の笑顔に、涼真は6限までの疲れが浄化されるような気がした。思わず頬が緩む。


「あぁ、そうだな。それじゃあ明日香も誘って帰ろうか」


 涼真は明日香を探して辺りをキョロキョロ見回す。しかし教室内に彼女の姿は見当たらなかった。


「あ、明日香ちゃんは先に帰っちゃったんだ。なんか、今日は用事があるんだって」


「用事? へぇ、珍しいな」


 明日香は両親がいないので学校の女子寮に住んでいる。習い事もしていないはずなので涼真は明日香の用事に心当たりがなかった。


「じゃあ今日は僕らだけで帰ろっか」


「うん」


 笑顔で頷き合い、2人は学校を出た。

 下校の道中、舞が涼真に話しかけてきた。


「ねぇ、涼真」


「ん、何?」


「明日から5日間休みでしょ? だったらその間にさ、その……2人でどこかへ遊びに行かない?」


 舞の想いもよらぬ提案に、涼真は口をポカンと開けた。なんだかんだ彼女とは長い付き合いで、彼女の家族や自分の家族と共に出かけることはあっても、2人きりでのお誘いは今までなかったのだ。


「えーと……それって……」


 涼真が舞に訊き返すと、彼女は手を顔の前で振って、あたふたし出した。


「ああ、えっと、そ、そういう意味じゃなくて……! あ、でも、なくもなくて……! えーと、えーと……」


 舞の顔は熟したトマトのように真っ赤に染まり、汗が噴き出している。よっぽど焦っているのだろう。

 そんな姿を見ると、涼真自身も余計に彼女のことを意識してしまう。


「そ、それじゃあさ! ゴールデンウィークの5日目! その日に遊ぼう! それまでに今日出た大量の宿題を終わらせる! それでどうかな!?」


「え、あ、う、うん! 私はいいよ。でも、涼真は大丈夫なの? 【黒神】と並行して今日出た大量の宿題を終わらせないとダメでしょ?」


「だから5日目なんだよ。いくら【黒神】と並行しなきゃダメっていっても、流石に最終日までには宿題を終わらせられるはずだからさ」


 涼真がニカッと笑うと、舞もそれに釣られるようにニコリと微笑んだ。


「なるほどね。【黒神】と宿題のご褒美を、私との約束にしてくれるんだ。ありがとう」


「……だって、2人きりで出かけるなんて初めて……だよな? だから楽しみなんだよ」


「そうそう! 今まで色んな所に遊びに行ったけど全部家族ぐるみで、私と涼真の2人で遠出したことはないなって思って」


 そんなことを話している間に、2人の家の前に着いてしまった。


「あ、そうだ涼真、私に出来ることがあったら手伝うからね。主に宿題とか!」


「あぁ〜、マジで助かる。なんなら全部写させておくれよ舞さま〜」


 涼真が顔の前で手刀を切ると、舞の顔が一瞬にして険しいものになった。


「それはダメ。自分でやりなさい」


「……チェ」


 涼真が拗ねた顔を見せると、舞は目を細めて小さく笑った。


「写すのはダメだけど、教えることくらいは出来るから。いつでも呼んでね」


「ああ、ありがとな。それじゃ」


「うん、またね」


 舞は涼真に向かって笑顔で手を振り、家の中へと入っていった。

 涼真は舞の姿が見えなくなるまで手を振ると、自身も自宅に入ろうと扉に手をかけた。


「さて……んじゃまずは今日の依頼文をチェックしてから……」


 今日これからやることを考え、少し憂鬱になってきた時だった。


「……誰だっ!?」


 涼真は背後に何者かの気配を感じ、バッ、と後ろを振り返った。しかし辺りを見回しても誰もいない。


「……気のせいか?」


 釈然としないまま涼真は家の中へ入り、玄関の扉をガチャリと閉めた。






◇◆◇◆◇






 涼真たちの一連のやり取りを、上空から眺めている者たちがいた。


「ふぅん、俺の妖気をちょっと強めただけでも察知できるっぽいっスね。まぁまぁ離れてたんっスけどねぇ、ここから」


 赤髪の少年が涼真の家を見下ろした。彼の言葉に、少しツリ目の真面目そうな女が頷く。


「えぇ。さすが我らより上位の存在、神ですね。まさか100メートル以上離れた場所の微弱な妖気の変化を察知するとは……」


 首を縦に振った拍子に、彼女の鮮やかな瑠璃色のポニーテールが上下に揺れた。

 すると、彼女の横にいた少しタレ目の女がニコリと笑った。


「ふふっ。まぁいいじゃない。彼は、私たちが一斉に掛かればなんとかなるわ〜」


 彼女の翠緑の長髪が風にたなびく。


「ええ、問題はもう1人の方ですね」


「心配ないっスよ。アイツに任せれば、そっちは片付いたも同然っス」


 任されてくれるかは分からないっスけど、と赤髪の男は付け加えた。


「とりあえず、もう1人にも合流してもらいましょうか。学校に呼び出しましょう」


「えぇ、そうしましょうか〜」


「了解っス」


 3人は顔を見合わせ頷き、学校の方へ飛び去っていった。彼らの背中には純白の翼が生えていた。





◇◆◇◆◇






 その日の夜。舞は明日香と電話をしていた。明日香に話しているのは、今日の涼真との約束についてだ。


「それでね、2人で遊びに行くことになったの」


『おぉー、やったじゃん! いーい? その時に絶対涼真に告らせるんだよ』


「な、なんで!?」


 「告らせる」という明日香の言葉に、舞は思わず赤面し、素っ頓狂な声が出てしまった。


『2人とも、もう何年の付き合いだと思ってんの。アタシと出会う前から一緒にいるんでしょ? そろそろくっついたらどうなの?』


 スマホから親友の呆れたような声が聞こえてきた。ジト目をしている明日香の顔が思い浮かんだ。


「で、でも涼真が私のこと、どう思ってるか……」


『はぁー!? どこからどう見ても舞のことが好きに決まってるでしょーが! むしろ、毎日一緒に登下校してるくらいの距離感なのに、なんで気付かないの!?』


 明日香の声量が急に上がった。耳がキーンとなり、思わずスマホを耳から離す。


「それは、家が隣だから一緒に登下校してくれてるんだよ。いつも私から『帰ろう』って声掛けるし。それに、涼真は優しいから」


『はぁ……。あのねぇ舞。その低い自己評価、なんとかならない? アタシはアタシの親友を誇りに思ってんの。だから舞が自分の評価低いと、アタシの評価も下がっちゃうんだけど』


「そ、そんなの卑怯だよ! 明日香ちゃんが私のこと誇りに思ってくれてるのは嬉しいけど……」


 舞は少し顔を赤くし、目線をスマホとは反対の方へ向けた。


『アタシの親友は……舞は、すっごい優しい女の子だよ。それは舞と長いこと付き合ってるアタシが保証する。だから低い自己評価なんかやめて、もっと自分に自信を持ってよ。その方がアタシも嬉しいから。自分を好きになってみてよ、舞。その方が気も楽になるし、もっと楽しく生きられるよ』


「明日香ちゃん……」


 スマホから聞こえてきた親友の言葉に、胸の辺りが温かくなるのを感じた。同姓の親友の言葉とはいえ嬉しくなり、思わずニヤけてしまう。


「そっかそっかぁ。私、明日香ちゃんの誇りなんだね。すっごい優しい女の子なんだぁ私。そっかそっかぁ!」


『や、やめてよ舞! なんか、復唱されると恥ずかしい……』


「えー? いいじゃん。私、今すっごく嬉しいよ?」


『嬉しいとか言われると余計恥ずかしいだろ!』


 明日香の焦ったような声が聞こえ、舞はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


『それよりも……いーい? 念を押すようだけど、告られる準備か告る準備、しときなよ! この8年にケリをつけてきなさい!』


「え、えぇ〜……」


『えぇ〜、じゃない! アタシも何か出来ることがあるなら手伝ってあげるから、舞もちゃんと準備しておくこと! 分かった?』


「……分かった……」


『ん、よろしい!』


 舞が渋々頷くと、明日香の満足げな声が聞こえてきた。


『じゃあ、そろそろアタシ寝るね。おやすみ〜』


「うん、遅くまでありがとう。おやすみ」


 世話焼きな親友との通話を終了し、スマホをベッドの横に置く。そして、仰向けにベッドに寝転がった。バフッ、という音が聞こえた。


「この8年にケリをつける、か……」


 天井を見つめながら、舞は明日香に言われたことを思い返した。

 8年前から舞は涼真のことが好きだ。明日香には昔から両想いだ、と言われていたが、舞はイマイチ涼真と恋人になれる自信がなかった。彼が自分のことを好きかどうか分からないということもあるが、何より自分が涼真と釣り合うのか、ということが1番心配だった。


 自分は涼真と違って強くない。多少の筋トレはしているが強さ、つまり戦闘力に関しては涼真とは比にもならない。

 知識量も違う。学校の勉強に関しては舞の方が優秀だが、自分は彼よりもはるかに世間知らずである。

 これでは彼と釣り合うどころか隣に立つ資格も得られない、と彼女は思っていた。


「でも、自分なりに頑張ってみないと分からないよね……」


 舞は自分のダメなところを見つめ直し、改善していこうと決心した。

 ベッドの上でゆっくりと目を閉じる。そして、そのまま深い眠りについてしまった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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