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クロレキシ  作者: 赤森千穂路
第三章 七つの大罪編
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第110話 熾天使VSリグレス

 ドォン、ドォンと大きな爆発音が立て続けに辺りに響き渡る。その音の正体は、サンダルフォンが放った自身の妖気で作った黄金の矢が地面に当たり、爆発した音だった。

 サンダルフォンは先程からラグルと木の葉天狗を狙って弓を放っている。しかし、彼らに当たる気配は一向にない。どれだけ狙って矢を放っても、スレスレのところで彼らが回避するのだ。本当にギリギリで躱しているのか、はたまた敢えてギリギリで躱しているのかはサンダルフォンには分からなかったが、攻撃が当たらないという苛立ちが彼の中に着実に積もり続けていた。


「くそっ……当たらない……!!」


 サンダルフォンは歯噛みし、またラグルを狙って矢を放つ。目にも止まらぬ速さで矢は飛んでいくが、それをラグルは大きく跳び上がって躱した。


「さて……そろそろこっちの番にしようかネェ」


 ラグルはニヤリと笑うと立ち止まり、パチン、と両手を合わせた。


「“井蛙之見(せいあのけん)”!」


 ラグルが何か妖術を発動させたことを確認したのを最後に、サンダルフォンの視界がグルンと暗転した。辺りを見回すが、何も無い。暗い虚空の中にいるようだった。


「ここは……異空間か? 妖気の壁の中に異空間を創り出したのか。だけど……創りが甘いな。この程度の壁なら、余裕で……ぐっ……!」


 サンダルフォンは右腕の激痛に思わず顔を歪め、怪我部分を手で押さえた。服の袖で怪我部分を縛って出血を止めているとはいえども、痛みが引いた訳ではない。


「ぐ……うぅ……!!」


 激しい痛みに悶絶し、その場で蹲る。サンダルフォンはそのせいで、周囲の異変に気付くことができなかった。


 はっ、と気付いた時には、既に腕や足が水に浸かっていた。ジャプ、と音を立てて立ち上がり、目を閉じて耳を澄ます。すると、どこかから水が流れ落ちる音が聞こえてきた。それも、チョロチョロという少量の水音ではない。ザバザバという大量の水が流れ落ちる音だ。


「上か……」


 サンダルフォンは水の音がする方を見上げる。しかし、そちらに何かが見えるという訳ではない。愛弓、フォルテシモを構え、自身の妖気で生成した矢を咥え、構えた。


「“光速射(フラッシュ・アロー)”……!!」


 ビュンッ、と黄金に輝きながら矢は飛んでいき、少し離れた場所で何かに刺さったかのように止まると、ドォン、と大きな煙を上げながら爆発した。






◇◆◇◆◇






「“沈竈産蛙(ちんそうさんあ)”」


 お決まりの連続必殺技を発動させた後、ラグルは合わせていた両手を下ろし、少し上空で宙に浮かぶ、サンダルフォンを閉じ込めた黒い妖気の檻を見上げた。檻といっても鉄格子などは無く、一見するとただの真っ黒な四角柱の塊だ。


「相変わらずすごい早技だな、ラグル殿」


 横に立っていた木の葉天狗が感嘆の声を上げた。ラグルはフフン、と得意げな顔になる。


「まぁ、そうでもしないと戦闘があまり得意ではない僕は負けてしまうからネ。戦いが長期戦になればなるほどどんどん不利になっていくだけなんだネ」


「己の欠点を補う為に、長所を伸ばしたということか……。流石ラグル殿だ。また1つ、学ばせて頂いた」


「それほどでもないけどネェ」


 ラグルは木の葉天狗に煽てられ、天狗になっているようだった。普段の気怠そうな姿からは考えられないほど背筋をピンと伸ばし、胸を張っている。


 その時、ピシッと檻にヒビが入った。


「ん?」

「えっ?」


 木の葉天狗とラグルは嫌な音が聞こえ、思わず檻を見上げた。檻に入った白いヒビはみるみる内に広がっていき、やがて、バリィンと黒い檻が砕け散った。破片はガラスのように飛び散り、ラグルと木の葉天狗は腕で顔を覆う。

 すると、ギリギリギリ……と嫌な音が聞こえた。檻の黒い破片が舞う中、木の葉天狗が再び宙を見上げると、サンダルフォンがこちらに向かって弓を構えていた。


「“降り注ぐ矢(シューティングスター)”……!!」


 サンダルフォンの手元から、流星の如き速さと黄金の輝きを放つ矢が放たれた。しかも、1発ではない。サンダルフォンの妖気で生成された黄金の矢は、放たれた瞬間に分裂し、星屑のようにラグルと木の葉天狗に降り注いだ。


「グギャアアアアアア!!」

「ぐぉぉおおおおおお!!」


 当然、気を緩めていた2人がこの御業を回避することができる筈がない。降り注ぐ星屑は容赦なく2人の体を貫いていく。この10秒にも満たない時間が、ラグルと木の葉天狗には無限のように感じられた。


「が、あ、あ……」

「か、かはっ……」


 ラグルは白目を剥きながら仰向けに、木の葉天狗は血を吐きながらうつ伏せに倒れ込んでいた。ラグルは気を失ったせいか、妖気解放状態(バーサーカー)が解けていた。

 木の葉天狗は両腕に力を入れて起きあがろうとした。しかし、腕が動かない。体を動かそうとすると、何かに押さえつけられているような違和感があるのだ。自身の胴体に目を向けると、違和感の正体が分かった。ボロボロになった衣服の上から小さな金色の矢が大量に刺さっており、体が地面に縫い付けられていた。

 グッ、グッ、と腕に力を込めるも、服の袖にビッシリと縫い付けられた小さな矢は、地面に深く食い込み、離れようとしなかった。


「ぐっ……くそ……!!」


「無駄だよ。その矢の成分は、オレッちの最高硬度まで練り上げた妖気だ。1本1本がな。今の弱り果て、杖を手放したチミがどれだけ力を入れようとしても、オレッちのその矢は壊せない」


 サンダルフォンは特段低く、冷たい声色で言い放つと、木の葉天狗の前でゆっくりとしゃがんだ。そして、いつの間にか弓を手放した左手の人さし指で、木の葉天狗の額をトスっと軽く突いた。


「……死なないで済んだだけ有り難く思えよ? チミら、兄ちゃんが追ってたリグレスって組織の一員なんだろ? だったら、今のオイラにはチミらを捕らえて、組織の目的を白状させなければならない義務がある。この義務さえ無ければ、今の攻撃でチミらを消し炭にしてたよ」


 サンダルフォンは左手の指を木の葉天狗から離すと、右腕に持っていき、ギュッと傷口を押さえた。それと同時に顔を歪める。すると、フッ、と全身から金色の妖気が抜けていき、サンダルフォンの妖気解放状態(バーサーカー)が解けた。少年のような姿に戻ったサンダルフォンはガクン、とその場で膝から崩れ落ち、激しい呼吸を繰り返す。


「はぁぁ……はぁぁ……はぁ……」


 荒い呼吸をしながらも歪めた顔を上げ、メタトロンとサープの方を向いた。


「兄ちゃん……悪い……オレッち、ちょっと……寝不足だった……みた、い……だ……」


 グラリと小さな体が大きく揺れた。次の瞬間、サンダルフォンはドサリ、とうつ伏せに倒れ込んだ。

 荒い呼吸は、もうしていなかった。






◇◆◇◆◇






 ドドドドド……。


 激しい地響きのような音が絶え間なく辺りに響き渡る。自身が持つ愛剣と、目の前の目付きの悪い男の持つ三節棍が一瞬にも満たない速度で互いを弾き合い、発生した音だった。その音はもはや金属が発する音ではない。超高速で妖気を付与された武器同士がぶつかり合って発生した、衝撃波の音なのだろう。


「くっ……!」


「クヒヒッ! 良いぜ良いぜぇ!! ノってきたなぁお互いに!!」


 サープは嬉々とした顔で叫び、三節棍を振るう腕を更に速めた。彼の振るう三節棍はまるで鞭のように(しな)り、メタトロンの視界の端ギリギリから攻撃が飛んでくることもある。この現象は恐らく彼の三節棍に備わったものではなく、サープ自身の技量によるものだろう、とメタトロンは考えていた。


 三節棍と共にどんどん加速していく戦いのリズムは、メタトロンの体力と精神を乱暴に削っていく。


「ぐ……くぅぅぁぁあああああああ!!」


「クヒヒヒヒッ! そうだ叫べ!! 己の苦しみ、痛み、それらから逃げ出したい気持ちを全て口から吐き出せ!! そして、己で出せる最高濃度の集中を常に保つんだ!!」


 サープはベラベラと話しているが、メタトロンには彼のような余裕は既に無い。と言っても、メタトロンは力ではサープに、いや、正確には彼の持つ三節棍の特殊効果によって底上げされていく力に完全に負けていた。連撃を喰らう度に少しずつ増していく威力。それを相殺する為には、メタトロンがサープの1撃に2〜3撃以上の攻撃を加えるしかなかった。

 だが、それは既に過去の話。メタトロンは既に5分以上途切れることなく連続で剣を振るっている。1秒間に数発は叩き込まれるであろう三節棍の威力は、先ほどとは比べものにならないほど強力なものになっていた。今の三節棍の威力に対抗するには、メタトロンはサープの1撃に対し、5回以上攻撃を入れなければならない。故に、彼の腕の速度は音速を優に超えていた。


「オラオラどうしたぁ!? 一撃一撃が速くなっても威力が低けりゃ意味ねぇんじゃねぇのかぁ!?」


 サープの言う通りだ。言う通りなのだが、体が自身の思うように動かない。腕や脚はプルプルと震え始めていた。

 一旦距離をおこうにも、今一瞬でも剣を振るう手を止めれば、どれだけ速く動いたとしてもメタトロンの体に10発以上のサープの攻撃が叩き込まれることになる。それは、自身の攻撃50発分以上のダメージを喰らう自殺行為と同じなのだ。


 このままでは負ける。しかし、どうにも対処法が思い浮かばない。

 メタトロンはとりあえず、今の自身の状況を振り返ることにした。サープとの実力差は、自身が妖気解放状態(バーサーカー)になっても互角。サープの持つ三節棍・波砕蛇(はさいだ)は、連続して攻撃すればするほど威力が増していく。サープの三節棍による攻撃は今はまだ目で追えているが、時間が経つにつれどんどん速く、強くなっており、いつまで持つか分からない。


「……そうか」


 ここまでの一連の流れを振り返った後、メタトロンの脳内に一筋の光が差し込んだ。この方法なら、いや、それしかサープに勝つ手段はないだろう。

 だが、メタトロンが思い付いた方法で勝つには、チャンスはほぼ一度しかない。その一度を逃せば自身に大きな隙ができ、その間に連撃を叩き込まれて負けてしまう。


 やるしかない。例えやらずにこのままサープの攻撃を防ぎ続けていたとしても、どのみちジリ貧で負けてしまうのだ。やるなら今しかない。サープの攻撃をまだ目で追えてる今しか。


「クヒヒヒッ! どうしたどうしたぁ!? 防御にキレがないぜぇ!?」


「ああ……そうだろうな。だってオイラは、もう防御を止める」


 メタトロンが静かに呟いた瞬間、バシィン、という鈍い音と共に、サープの攻撃が止まった。


 サープはたった今まで嬉々とした表情でメタトロンに猛攻を仕掛けていた。しかし、今目の前にいる彼の顔は、目が見開かれ、疑問と驚きに満ち満ちていた。

 サープは数秒フリーズした後、ゆっくりと口を開いた。


「……何故だ?」


 サープの両目は赤く腫れたメタトロンの左手に向けられていた。その手には、先ほどまで突風を巻き起こしていた三節棍の棒の1本が握られていた。


「攻守交代……さて、反撃開始だ」


 メタトロンはそう言うと、不敵に笑った。

お読みいただき、ありがとうございます。

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