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クロレキシ  作者: 赤森ちほろ
序章 戦いの予兆
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第11話 子どもの行方

 翔子は目の前の少年を見て、目をパチクリとさせた。目の前の少年が本当に神様なのかどうか、信じ難かったからだ。


「君が……黒神……?」


「はい、そうですが」


 もう一度聞いてみても同じ返答が返ってきた。ふざけているのかとも思ったが、翔子が【黒神】アプリを使ったのは翔子自身と夫の憲明以外には知らない筈だ。


「僕のこと、普通の子供みたいって思ってるでしょ」


 少年ーー涼真の言葉に、翔子はギクリとした。翔子の顔が強張ったのを見て、少年は、「やっぱり」と言わんばかりに苦笑いを浮かべた。


「僕のことを見た人の大体がそう言いますし、気持ちも分かりますけど……今はその気持ち、飲み込んでください。それよりも、早く息子さんを探しましょう」


 そうだ、こんなところで時間を食っている場合ではない。彼の言う通り早く蒼馬を探さなければ。


「息子さんの写真って、今あります?」


「う、うん。えっと……こんな感じです」


 翔子はスマホを操作し、蒼馬の写真を表示して涼真に見せた。写真の中の蒼馬は青の長袖Tシャツに白い長ズボンといった格好をしており、憲明に抱かれながら笑顔でピースサインをしている。涼真は少しの間その写真をじっと見つめていたが、やがて顔を上げ、翔子に質問をしてきた。


「いなくなった時の格好はどんな格好でした?」


「この写真と同じ格好です」


「なるほど……それじゃあ、まだ探していないところはどこですか?」


「それを言ったらキリがないけど……でも、この辺りはもう何回も探しました。ただ、行き違いになっているかもしれないと思って……あ、旦那も車で少し遠くの方を探してくれてます」


「友達の家に遊びに行ってるってこともないですよね?」


「はい。ママ友にも聞いてみたんですが、どのお宅にも居ませんでした……」


「そうか……」


 用意していた質問が全て潰れてしまったのか、涼真は顎に手を当て、うーん、と低く唸った。

 何かを考えている暇があれば、手当たり次第に探さなければ、という思いから、翔子は焦っていた。目の前で唸る少年を急かすつもりは無い。しかし、翔子からすれば少年の態度はじれったく、つい口が動いてしまっていた。


「あの……息子を見つけてください。お願いします。なんでもします! だから……どうか……!!」


 翔子はギュッと目を瞑り、涼真に向かって頭を下げた。その時、蒼馬との思い出が頭をよぎった。

 好きな玩具を買ってもらって嬉しそうな蒼馬。

 友達と喧嘩して怒った蒼馬。

 その玩具が壊れて悲しそうな蒼馬。

 スヤスヤと気持ちよさそうに眠る蒼馬。

 翔子の目にはいつのまにか涙が溜まっていた。その涙が一粒、地面に零れ落ちた。


「髙橋さん」


 涼真の声が聞こえた。翔子は思わず顔を上げ、涼真のことを見上げる。

 左右で色の違う目を細めていた涼真はニコリと笑うと、力強くガッツポーズをした。


「絶対に探し出しますよ。任せてください!」


「はい……お願いします……!」


 翔子は目に溜まった涙を服の袖で拭いながら応える。彼の声には、不安になった翔子を包み込んでくれるような温かさが込もっていた。


「大事なことを聞くのを忘れてた。息子さん、どこに行くとか言ってませんでした?」


「あ……それは、近くの神社に行くって言って……」


「神社? 何をしに?」


「虫取りです。あの神社、辺りは草がぼうぼうでバッタとかがよくいるらしくて……」


「その神社って鳥居がありますか?」


「は、はい。ありますけど……」


 翔子が戸惑い気味に答えると、涼真は何か思い当たることがあったのか、ハッと顔を上げた。


「その神社に案内してくださいっ。息子さんは十中八九、そこに居る」


「いえ、その神社の周辺もよく探しました。でも、居なかったんです……」


「普通に探したんじゃ、息子さんは見つかりっこありませんよ」


「え?」


 翔子は涼真の言葉の意味が分からず、呆然とする。普通に探している訳がない。草木を掻き分け、水が濁った池の中も探した。その度に何度も何度も大声で息子の名前を呼んだ。それでも、蒼馬は見つからなかったのだ。


「とにかく、急いで神社へ案内してください。お願いします」


「……分かりました、ついて来てください」


 ーー行っても時間の無駄になるだけだ。


 翔子はそう思いながら神社に向けて走る。先程、彼女自身で神社の辺りも隈無く探したのだ。蒼馬と行き違いになっていない限り、見つかる筈がない。

 翔子には涼真が何を考えているのか、さっぱり分からなかった。






◇◆◇◆◇






「ここです」


 翔子は涼真を連れて、目的の神社に到着した。神社とはいえども、周囲は全く整備されておらず、翔子が言った通り草がぼうぼうに伸びきっている。石製の鳥居も薄汚れており、長い間誰にも整備されていないことが窺える。


「なるほどな……」


 涼真は険しい顔で辺りを見回したり、神社の鳥居にペタペタと触ったりした後、翔子の方を振り向いた。


「髙橋さん、ここに居てください。あと、旦那さんに連絡してここに来てもらってください」


「え? 蒼馬を探すんでしょう?」


「もう息子さんの……蒼馬くんの場所は分かりました。だから後は、蒼馬くんを隠した奴から奪い返すだけです」


「奪い返す? 誰から……?」


「天狗です」


 翔子の頭は真っ白になった。

 それと同時に、煮えたぎるような怒りが沸いてきた。

 翔子はガッと涼真の肩を掴むと、前後に激しく揺さぶる。


「ふざけないでっ!! 私は真剣に言ってるの!! 何なのキミは!? 神様だの天狗だの、私を揶揄ってるの!? 人を揶揄うのも良い加減に……」


 そこまで言った時、翔子の手首を涼真が掴み返してきた。その力は、とても小学生くらいの少年とは思えないほどの力が込められていた。


「ふざけてなんていませんよ。それに、僕だって本気で言ってる」


「は、はぁ!? 天狗なんて、存在するワケないでしょ!? これ以上変なことを言うなら、私は……!!」


「髙橋さん、聞いて」


 思わず熱くなってしまった翔子の叫びは、涼真の言い放った短い一言によって遮られた。


「僕は別に、アナタが僕のことを信じようが信じまいが、どうでもいいんです。ただ僕は、アナタに後悔して欲しくない。大切な人を失うのは、失う前じゃあ想像もつかないくらい辛いことだから」


「っ……!」


 翔子は涼真の言葉に、何も言い返せなかった。

 その言葉には、それを発したのが少年とは思えないほどの重みと思いが乗っているように聞こえたからだ。


「答えてください。僕を信じることと、息子さんを失うことと、どっちが怖いか」


 左右の色の違う瞳は、真っ直ぐ翔子を捉える。翔子の体に、急に圧がかかった。

 怖くなったからだ。葛藤の余地など無いほどに、この世界で最も考えたくない光景を思い浮かべたからだ。

 だから翔子は、即答した。


「そんなの! 蒼馬を失うことの方がよっぽど怖いに決まってるじゃない!!」


 翔子の言葉を聞いた涼真は満足そうに笑うと、コクリと頷いた。


「なら、僕を信じてここで待っててください」


「……本当に、蒼馬は助かるの……?」


「もちろん。必ず助け出します。それがアナタの願いなら」


 そう言うと、涼真はクルリと踵を返し、鳥居の中央へと歩き出した。

 翔子は疑問と不安を覚えたままだったが、涼真の先ほどの言葉と顔を思い出すと、どうしても彼を引き留めることができなかった。


 涼真が鳥居を潜る。その直後、涼真の姿が煙のように消えた。


「えっ!?」


 翔子の体に恐怖が一気に襲いかかった。体が小刻みに震え、冷や汗がダラダラと流れ出る。

 ありえない事が目の前で起きた。マジックでも見せられているのかと思った。人が、さっきまで翔子の横に居た人物が突然消えたのだ。翔子自身もあの鳥居を潜ると消えてしまうのではないかと思うと、怖くなった。


 しかし、それと同時に疑問も浮かんだ。先ほど涼真は、鳥居を触って何かを確認しているような素振りを見せていた。更には、「なるほどな」などと、何かを察したかのような口振りだった。


 ーーまさか、知っていて潜ったの?


 そうだとしたらまた新たな疑問が浮かんでくる。何故、知っていた上で鳥居を潜ったのか。

 考えられる可能性は1つ。彼は蒼馬を「奪い返す」と言っていた。ということは蒼馬を自分から奪った相手が鳥居を潜った先に居るのだろう。


 天狗の存在を信じたワケではない。涼真のことも完全に信頼したワケじゃない。けれど、今の翔子が蒼馬を取り返す為にできることは、涼真を信じることだけだ。ならば蒼馬の母親としてーー、


「私に、できる事をやらないと……!」


 ズボンの後ろポケットから素早くスマホを抜き取った翔子は、涼真に言われた通り、憲明にここに来るよう伝える為、電話をかけ出した。






◇◆◇◆◇






 一方その頃。


「さあ、蒼馬くんを返してもらおうか」


 鳥居の向こう側、異空間にて、涼真はある者と対峙していた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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