第10話 行方不明
午後9時45分。激しい雨の中、髙橋翔子はあるものを探すため、街中を駆け回っていた。
先程までさしていた傘は視界の邪魔になるので何処かへ捨てた。履いてきたスニーカーは水溜りに何度も浸かり、水が染み込んでいて気持ちが悪い。
だが今はスニーカーの履き心地を気にしている場合ではない。早くまだ探していない所に向かわねばならない。
目の前の信号は赤だが、気にせず駆け抜ける。その時、彼女の左手のスマホが振動しだした。走りながらその画面を見ると、別の場所を捜索している夫、憲明からの電話だった。スマホの画面を指でスライドして通話状態にし、耳に当てる。
『も、もしもし!? 見つかった!?』
夫の切羽詰まった声が聞こえてきた。どうやらまだ見つかっていないらしい。
「ううん、どこにもいない……そっちも見つけていないのね……」
『そうか……俺はもうちょっとこの辺りを探すよ。君も気を付けて』
じゃあ、と言って憲明は電話を切った。
走る足が急激に重くなり、思わず立ち止まる。その直後、翔子はその場に力無く崩れ落ちた。
「どうして……どうしてよぉ……!!」
どうして居なくなったのか。
どうして見つからないのか。
ワケが分からなくなって、どうしようもなくなって。翔子は声を上げて泣く。
しかし、天の底が抜けたかのように激しく降り注ぐ雨の音は、非情にも彼女の声をかき消した。
◇◆◇◆◇
午後10時。
「はぁぁ……ダルぅぅぅ……」
涼真は机に頬杖をつきながら、パソコンの画面とひたすら向き合っていた。
パソコンに表示されているのは、学校に行っている間に届いた依頼のメール。しかし、今日届いた依頼は自分が手を貸すまでもないものや悪戯の類いばかりだったので、涼真は依頼者一人一人に【黒神】を通して断りの返事をしていた。
「ったく、ちゃんと注意書き見ろよ。くだらない依頼は受けないって書いてあるだろ! なのになんっだよ!? 宿題を手伝えって!? 僕だって宿題あるんだよ、1人でやれ!」
注意書きとは、【黒神】アプリを開き下にスクロールすると出てくる、涼真が依頼を受ける条件が表示されている欄のことだ。しかし誰もその注意書きを見ていないのか、ほとんどの依頼がくだらないものであることが、涼真の最近の頭痛の種だった。
「『明日出張なので電車の乗り換え調べといてください』。ざっけんな!! 勝手に調べて勝手に乗れ!! そんで遅刻しろ!!」
「今言ったみたいなこと返事のメールに書いてませんよね?」
愚痴ばかり言ってる涼真を見兼ねてか、バトラーが呆れたような口調で声を掛けてきた。涼真は顔をムスッとさせたまま振り返り、バトラーを軽く睨む。
「バトラー、僕がそんな非常識に見える?」
「はい」
「否定前提の質問に即答で肯定すんな」
さも当然のように頷いたバトラーに素早くツッコミを入れる。しかし、彼が冗談でそんなことを言っているのは分かりきっているため、涼真も優しくツッコんだつもりだ。
ボケとツッコミのやり取りを一通り終えた涼真は、再びパソコンとの睨めっこを始める。このままではいつまで経っても依頼の返信が終わらないからだ。
「本当に非常識だとしても、それは僕を育てたバトラーとじいちゃんのせいだからな」
「何を仰いますか。もし涼真さまが非常識に育っておられたら、それ私達ではなく、涼介さまの遺伝ですよ」
バトラーの言う「涼介」とは、涼真の父親、黒神涼介のことだ。現在は海外におり、数年に一度だけ日本に変なセンスの土産を持って帰ってくる。
「それだと、父さんと血が繋がってるじいちゃんのせいでもあるワケだけど」
キーボードを慣れた手つきで叩きつつ、涼真はバトラーと言葉を交わす。こんな日々を10年近くも続けていると、小ボケに対するツッコミもいつしか流れ作業のようになってしまっていた。
「にしても、今日はロクな依頼が来てないなぁ。まぁ、昨日一昨日と願いは叶えたからしばらくは困らないけど」
「昔は依頼方法も手紙だけでしたので、黒神さまと私が依頼人の元へ伺った時には既に勝手に解決していた、なんて事もザラにありましたよ? 依頼が来るだけマシでしょう」
「へぇー……。じいちゃん、そんな時代によく【黒神】やってたな……」
「そうでもしなければ、代行者としての役目は果たせませんからね」
涼真は黒神に感心しつつ、頬杖をついて欠伸をする。その時、パソコンの画面に通知マークが表示された。新しい依頼のメールが届いた証拠だ。
マウスを操作して依頼文を開き、つらつらと並べられた文字に目を通す。依頼文を読み込んでいくのと比例して、涼真の色の違う左右の目が少しずつ見開かれていく。
バン、と机に手をつくと同時に椅子から立ち上がった涼真は、依頼文が送られてきた辺りの位置情報を妖気で確認すると、身支度を始めた。
早く向かわねば、間に合わないかもしれない。
「バトラー、行ってくる」
「今届いたのはちゃんとした依頼だったんですね。どんな内容だったんですか?」
「依頼主の子供が消えたらしい。誘拐か迷子か、もしかしたら神隠しかもしれない」
涼真は黒いフライトジャケットに素早く腕を通すと、スマホと折り畳み傘を2本、それぞれズボンのポケットとリュックに詰め込み、足早に玄関へと向かう。
「そうですか。では、お気をつけて」
「うん」
涼真は自宅を颯爽と飛び出し、依頼主の元へと駆け出した。
◇◆◇◆◇
午後10時12分。翔子はまだ街中を駆け回っていた。まだ彼女の息子、蒼馬が未だに見つかっていないからだ。警察にも捜索願いを届けてある。が、それでも駄目だった時の保険に、【黒神】に息子の捜索を手伝ってほしい、と依頼をした。
先程黒神から、今すぐに向かう、との連絡があったが、到着するまでまだまだ時間はかかるだろう。なので黒神が来るまでの間、自分もできるだけのことをやらなければ、と思い、もう一度街中を探し回っている。
「蒼馬……待っててね……絶対に、見つけるから……」
彼女は住宅街の曲がり角で立ち止まり、荒くなった息を少し落ち着かせようとした。
風が大きな音を立て、翔子の体に勢いよく吹き付ける。寒い。雨で濡れた身体が小刻みに震えている。それでも蒼馬を探さなければ。蒼馬の方が翔子よりも辛い思いをしているかもしれない。
頬をパチンと叩いて気合を入れ直し、翔子が再び捜索を再開しようとした時だった。何かに左腕を後ろからグイッと引っ張られた。振り返ると、そこには黒い傘をさした1人の少年が翔子の腕を掴んでいた。
「そのままじゃ、風邪を引きますよ」
少年は折りたたみ傘を背負っていたリュックから取り出すと、翔子へ差し出した。翔子は戸惑いつつも傘を受け取り、少年に礼を言う。
「あ、ありがとう……えっと、君は?」
「僕は黒神涼真。人の願いを叶える者」
「……へ?」
【黒神】は大人だと思い切っていた翔子は、黒神と名乗る左右で瞳の色が違う小学生くらいの少年を前にして、さらに困惑するのだった。
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