事の起こりとユリウスの怒り
住んでいる小さな家を出て、歩くこと30分。
見えてきたのはギルモア共和国とディストリクトの街並み。
共和制ゆえの落ち着いた雰囲気が漂うこの街で教師を務めるユリウスは目的の魔法図書館へ辿り着く。
「やはり図書館はいい。」
美しい革があしらわれた手触りのいい表紙と懐かしいインクの匂いを前に思わず呟いた。
歴史書を読みふけっていると窓から日が沈んでいくのが見えた。
「もうこんな時間か…」
魔法学校で使うための本を手に入れ、満足気に図書館を後にする。
新米教師であるユリウスがこれほど仕事熱心なのも魔法学校の教会のシスターに想いを寄せているからであろうか。
自らの信念に基づいた理想の休日を過ごしたユリウスは帰路に着く。
郊外に位置する家までの最中でみすぼらしい格好の少女が倒れているのを見つけた。足には鎖が付けられており、どうやら奴隷として労働を強いられていたようだ。_____
「目が覚めたようだね。私の名前はユリウス。」
狼狽を見せる少女に対し、ユリウスは微笑みかける。
「どこか具合が悪かったりはするのかい?」
少女は黙ったままでいる。
「うむ。それじゃあ別の話をしようか。君の名前は?」
「名前…?」少女はそう答えた。
「名前もないのか…」
奴隷制が今なお残っていることは承知していたユリウスだったが、その事実を目の前にして怒りに震えていた。
親からの寵愛を受けずして奴隷として売られたのだ。
年端もいかぬ娘が、自らの名前も知らずに。
「腸が煮えくり返る…」そう呟いたユリウスだったが次の瞬間には感情を押し殺し、少女に微笑みかけた。
「今日からここが君の家だ。夕飯にしよう。今日は私の得意なシチューだ。」
少女は首を傾げた。