第4話 新たなる一歩
篠原との面会場所は、京都・四条のとあるカフェになった。予約しているから名前を伝えればわかる、といわれたが、相手の素性が全くわからないのは不安だった。約束のカフェにには5分ほど前についたので、先に入っていることにした。この異様に長く感じる5分で、僕は篠原という男に関して思考を巡らせた。 東京に住んでいると言っていたが、わざわざこのために来たのだろうか、もし竜介の言うように技術が目当てだった場合、どのように振る舞うべきか。
考えているうちに、その男は約束の時間に3分ほど遅れて現れた。赤いウィンドブレーカーを着た30代前半、髪はくしゃっとしていたが、愛想の良さそうな男だ。いかにもエンジニアという感じでも、いかにもビジネスマンという感じでもない。メッセージの文章からはスーツを着た堅物のビジネスマンを想像していたので、僕は少し安心した表情で
「はじめまして。神谷真と言います。」
と挨拶した。
「遅れてごめんなさいね。篠原遼です。」
挨拶が終わると真っ先に自分がまず気になっていることを聞いた。
「わざわざこのために東京から京都まで来たんですか?」
「そうだよ。今日の8時の新幹線で帰るつもりです。」
「そうなんですね、わざわざありがとうございます。」
「しかし、驚いたね。MIRAを作ったのがこんなに若い青年だったとは。君は今いくつ?」
「22歳で、ちょうど修士の1年目です」
篠原はそれを聞いて、おそらく若すぎるという意味でハッ!と笑ったが、その後すぐに真面目な顔になった。
「自己紹介が遅れたましたね。僕は今は機械翻訳系の会社で働いているエンジニアなんだけど、大学院はアメリカのカーネギーメロン大学で、そこで対話ボットを研究していたんですよ。」
彼のタメ口と敬語混じりで話す口調は少々違和感はあったが、少中学時代に英語になれたこともあって、そういったことは一切気にならなかった。この目の前の人間が善良な人間なのかそうでないのか早く判断したかった僕は、単刀直入に切り出した。
「すみません、今日の用件はなんですか?感想を伝えるためにわざわざ新幹線で京都まで来られたんですか?」
「そうですね。正直に言うと僕もおそらく君と同じで、『人と話せる人工知能を創りたい』という夢があった。大学院でPhDまで取ってそれを研究したけど、MIRAのような形にはならなくて、今は機械翻訳の会社で働いてるってわけさ。あれは僕の夢でもある。だから僕を開発のメンバーに入れてくれないか?具体的には、MIRAを多言語対応したいんだ。いや、Chatterでも英語対応を求める声はあったし、あれは多言語対応して世界に広げるべきだ。その手伝いをさせてほしい。そのためには今の仕事をやめる覚悟だってある」
多言語対応して世界に広げるという具体的な提案には少々面食らったが、彼の目はまるで中で焚き火が燃えているかのように輝いていた。中のコードを盗みたいと思っている可能性はまだ否定できないが、それでも僕は正直言って嬉しかった。自分と同じ夢を持った仲間がいたこと、そしてMIRAが世界に解き放たれようとしていること。それを止めずにはいられなかった。僕は思わず笑いがこぼれた。
「そんなこと言われたのは初めてです。やりましょう」
そのあとは具体的な話になった。篠原はコーディングの他サーバーの管理や機械翻訳、オープンソースソフトウェア(ソースコードを公開し、世界中の誰でも開発できるようにすること)開発経験などの経験があったので、僕は良い分担ができそうだと感じた。
「なるほど、じゃあテキストが『概念』に変換された『思考』プロセスは言語に依存していないってことか」
「そうです。だからテキストと『概念』の変換部分だけを作ってもらえれば、別な言語に対応することができます」
「この仕組はすごいですね。僕の研究ではDeepLeaningでテキストをテキストのまま処理していたから、全く違う発想に見えるよ。これを発想して実現するなんて、君は天才だ」
誰も言ってくれなかったその言葉を聞いて、僕は心底満たされた。
「ありがとうございます。あと篠原さん、タメ口でいいですよ」