白狼 八
石和希具視の動きを怪しむ殿岡岬。来るべき衆同士の戦いに戦術を練る園野覚知。そして有力そうな<守人>を調べ一人楽しんでいる雲丘貴善。そして謎の<影梁>の存在!
人物紹介
殿岡岬:哭腑衆の<影梁>。真面目な性格。
石和希具視:一度は皇王の元にまでたどり着いた策謀家。政治の舞台から追い出されていたが、ここへきて急激に影響力を増し始める。
藍河宗玄:代王。既に政治の表には出てこなくなっているが、代王派のトップでもある。
雲丘貴善:哭腑衆の<墓守>。見た目も言葉も軽い性格。
南代香北:王道派の次期王候補。元は石和希具視に飼われていた、特に才能もない人物。
園野覚知:哭腑衆の<守人>。兵法を衆へ取り入れた。自分自身を客観的に見る事の出来る性格。
鈴木敬:哭腑衆の<墓守>。衆の中心人物。
瀬地幸田:金剛衆の<墓守>で頭目。非常に独断的で自分の正義を信じる。
柴道勝国:金剛衆の<墓守>。
遠流千河:金剛衆の<墓守>。
陸奥木隆義:奥義衆の<墓守>で頭目で当主でもある。
早葉甲斐:舞雪形を教える<守人>。<墓守>を捨てた過去がある。
並比良和司:<守人>。様々な形を習い、また経験も豊富な人物。
一之谷伍政:哭腑衆の<影梁>。冷静で客観的だが、斜に構えた性格でもある。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
太京:陽の国の首都。
哭腑衆:太京に昔からある衆。実践主義。装備を拡充し、内戦への備えを進めている。
竹筒明星社:大笹凡筒通称メガシリンダーや、レイヤーを作った会社。国政に影響を与えていると思わしき情報が出始めている。
<守人>:近接戦闘職者。
金剛衆:火繰家が抱える専属の衆。武力に偏った衆。それを変えるべく最近、戦術を取り入れ始めている。
<墓守>:<守人>における高位称号。
奥義衆:陸奥木隆義が抱える衆。三目家につながる衆。赤根山に本拠地を持つ。どちらかといえば諜報活動が得意な衆。
舞雪形:<守人>が使う剣術の形の一つ。風に舞う雪のように、変幻自在で予測不能な動きをするという、考えの形。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
青丹春防衛戦:陽の国と馬山国が争った戦い。陽の国側に大きな犠牲が出た。
「動きは無しか……」
少し細身である以外、これといった特徴のない外見の、レイヤーをかけた殿岡岬は呟いた。
ここは太京内だがその西のはずれであり、街並みもこじんまり閑散としており、平らな土地は少なく、四方を山の稜線が走っている南平湿。
この辺りにある大きな屋敷は、既に捨てられたか、朽ちているものだけで、土地は余って見えるが、管理されているようには見えず、自然の勢いに浸食されるのを待つだけの、淋しい場所であった。
住む人もまばらなこんな僻地で、殿岡は一人の人物を見張っていた。
その相手は、殆ど借りている部屋から出てくる事もないが、隠れているわけでもなく、その中で常にせわしなく動き回り、かと思えば急に何かに集中し始めたりと、若干、引き気味に、朽ちかけているかのような賃貸物件から、観察を行っていた。
その相手とは、目に剣のある独特の表情を持ち、やや伸びているが髪は濃い灰色で、口元は常に薄く笑っているようで、決して第一印象が良いわけではない、石和希具視。
彼が政治から追われて以降、哭腑衆としては今までのように見張る必要がなくなったのだが、殿岡は職務に影響のない範囲で、石和希を見張り続けていたのだった。
藍河代王の醜聞を止められなかった事に関する後悔は、少なからずあり、ここ最近は、いっそう集中していた。
そんな折、石和希が竹筒明星社と接触をするという、驚異的な事を成し遂げたのだ。その為、彼はこの見張りに、更に熱がこもっていた。
勿論、この事実を確定情報と持っているのは、こうして見張り続けていた哭腑衆のみで、他の勢力は、全く知らないか、後追いで予想するしかなかった。
「……」
だが直接見張り続けている殿岡には、一つ分からない事があった。
何故、竹筒明星社が奴に接触してきたのか……?
おそらくレイヤー上でやり取りを行っており、であれば殿岡が知るすべはない。議員でもない一介の男に対し、竹筒明星社の社員がこんな場所へやってきた事は、事実なのである。
一体どんなやり取りを?
「……」
そして遠目からではあったが、やってきた社員は二人とも、色が白い男性のようだった。
ようだったというのは、見た目が非常に整い女性的、いや、中性的に見えたからだ。
「……」
何となく、雲丘さんに似てなくもないと思った。まあ、白いというだけだが。
「いや」
顔立ちが整っている事も、そうかもしれない。これ系の人達は、思い出せば、皆顔立ちが整っているような気がしてきた。
社員はその後、石和希を残して太京へ向かい、南代香北と密かに接触したのだ。
殿岡はその時話した内容を、知る事はできなかったが、代王派議員周辺から出てきた噂によれば、レイヤーの一部情報公開だという。
「……」
<影梁>である殿岡からすれば、それは非常に重大な出来事であり、内容次第では世界情勢を、全てに先んじて自由に動かす事も不可能ではないとすら思っている。だからこそ。
「一体どうやって?」
石和希が竹筒明星社と接触できたのか、非常に気がかりであった。
「まあ装備は充実したわけじゃない? もっと大胆な戦術とかも、いーんじゃないかなー」
縦に細い窓に囲われた、扇形の変則的な部屋にて、長い黒髪をまとめず背中に流し、白い肌に整っているが鋭い顔つき、目の周りはうっすらと赤く、面長だが全体的に小さいつくりで、特徴的な美形の雲丘貴善が、斜めに立てた椅子の上に、バランスよく屈むように座って、思い付きを声に出していた。
壁には<守人>が戦う際の基本戦術が表示されており、先に動き、相手を動かし、それを虚として、相手を打つ、というものだった。
「だからだよ、装備が慢心を生みかねないってな、それが気になってるんだよ」
髪を刈上げ、細い目にはレイヤーと高い鼻、しっかりと大きな口に、短く顎鬚の逞しい園野覚知が応えた。視線を雲丘に投げながら。
「そんな事より、要注意人物は見つかったのかよ?」
鈴木さんに調べるよう言われてただろう? と、まるでふらふら遊んでいるように見える雲丘に向かって。
「うーんそうねぇ、金剛衆ならやっぱり<墓守>かなー」
わざと椅子を傾け、倒れそうになるもそれを楽しみながら雲丘はレイヤーをかけた。すると、園野のレイヤーに金剛衆の<墓守>情報が表示された。
「結構いるな……」
例の瀬地幸田を含め、金剛衆にも四人の<墓守>が。そして。
「んっ」
それぞれの能力や得意分野、特徴も調べられており、その一つに。
「柴道勝国、こいつは厄介そうだな」
「どうして?」
少し首を伸ばすようにして雲丘がきくと、今度は雲丘のレイヤー上に表示された、柴道の、兵法を学んでいるという記述に、赤線がひかれた。
「んー? これなら遠流千河もそうじゃない?」
同じ記述がそちらにもあるのだが。
「人望があって努力家で正々堂々、なんだろう?」
「そー書いてあるね」
園野は壁の表示に向き直り。
「そういう奴が一番厄介なんだよ、手堅く奇をてらわず、慌てる事無く冷静にってな」
眉を潜ませながら雲丘に向き直る。
「へーそうなんだ、面白いね」
ぶっちゃけ、こいつが頭目になった方がいいんじゃないか? なんて思わず園野。
瀬地が強い事は雲丘の情報で知っているが、どうも知れば知る程、筋肉脳のような気がして、それに比べこの柴道勝国という男には、彼より指導者適性が高いように思えたのだ。
そして衆同士で戦った場合、今までは単純に武力の勝負であったが、今では戦術を使うようになってきている。武力に差がないのなら、いや、多少の差があったとしても、戦術次第で勝敗は大きく変わる。
瀬地に比べ、恐らく柴道勝国という男の方が戦術を駆使するような気がするのだ。
現在、治安活動において、情報を総合すると、金剛衆に比べ、哭腑の方が効率と成功度合いおいては上だと、園野は判断している。
しかしそれは、戦術らしき動きもみせるが、基本武力圧しの瀬地が頭目にいる所為かもしれないのだ。純粋な戦術比べであれば、正直、園野に自信はない。単に哭腑で、最初に実践の経験者であったというだけにすぎないのだ。
「……貴重な情報だ、ありがとう、他には?」
本来、鈴木が調べるようにといった対象人物は、武力に優れた者という意味だったが、園野の立場としては、むしろこうした指揮能力に関わる事の方が、重要だった。
そーねー、と雲丘は続けて。
「奥義衆なら陸奥木隆義、舞雪形の早葉甲斐、無所属の並比良和司、それと」
「」
瞬間もったいぶった言い方に、園野が眉を動かすと。
「夕べ僕達を見張っていた<影梁>」
「!? ここを?」
にやりと笑うと、椅子の上にすっと立ち上がり、ふわりと床に降り立つ。驚いた事に、椅子は斜めのまま。
「そうだよ、念の為一之谷にも調べさせた、追えなかったけどね」
椅子にもその<影梁>の大胆さにも驚愕して、頭を横に振り。
「大胆過ぎる、命知らずというか……」
雲丘は本気で見るつもりもなく、壁の表示に顔を近づけて。
「流石は、青丹春防衛戦の英雄だね」
楽しそうに笑う。
「そうなのか? 正体が分かったのかっ?」
「んーん、分かってないよ。けどこんな事できるのは、その<影梁>くらいだろうね」
楽しそうに笑う雲丘。
雲丘の視界に入るようにして、園野が。
「見張ってたって事は、哭腑を敵視してるって事か?」
そんな才能の相手に?
と、不安で眉間に皺がよる。
ただでさえ問題は増える一方なのに、更に正体不明の<影梁>にまで意識を割いていられるかと、仰ぎ見るようにして急激に疲れる園野。
「そう問題ばかりでもないんじゃないかなー」
雲丘は園野に向き直って。
「ほら、これって相手から近づいてくれているわけだし」
「 まだ仲間にしようと考えてるのか」
園野が頭に手をやりながら、壁にもたれかかる。
「そっ、哭腑衆だっていつまでも安泰ってわけにはいかないからねぇ」
そう言って笑う雲丘だが、その態度に苛立ちを感じつつも、それ以上に恐ろしさを覚えた園野。
この世に、不変なものなどない、と陳腐にもしかしその通りで、それが自分の身の周りで起きるかもしれないという、均一に灰色な、不安だった。




