白若竹 十八
情勢が不安定になる日々で、陽の国が軍備を強化していく。そんな中、多々良真琴は人を守れる道具を作ろうと決意する。それを応援する赤実陽は<影梁>としての活動を続け、衆が内戦へ向けて装備を整いつつあるのを目撃する。そして変化していく状況の中、風間福児は八谷忠元の獲得に乗り出す。
人物紹介
眞金葉子:鉄踏株式会社の社員。多々良真琴と同じ元は火繰家系列の会社出身。元気。
赤実陽:風間家の<影梁>。多々良真琴の仕事をちょくちょく手伝っている。
多々良真琴:鉄踏株式会社を作った。主に防御用の道具を作っている。頼りなくもまじめな性格。
南代香北:代王派の次期王候補。元々は石和希具視に飼われていた無害な青年だが、皇王の側男となり周囲に利用される形でそこまで成り上がった。
藍河宗玄:陽の国の代王。現在政治の表側には出てきていない。代王派を形成した人物。
風間福児:風間家の当主。三目家の三男。本家から離反する機会をうかがっている。
竹野中竜兵衛:風間家の参謀。非常に頭の切れる人物。病弱。
八谷忠元:代王派。藍河宗玄の腹心の部下。用心深く、竹野中竜兵衛をして、敵に回すべきでない人物と言わしめる。
光芽守靖:三目家の長男にして当主。代々、権力から距離を置いてきたが、自身の代でそれを覆そうとしている。
用語
鉄踏株式会社:火繰家系列の会社を抜けた多々良真琴が作った会社。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
電柵:対飛び道具用の防具。
電足帯:足の裏に付ける電磁式の移動補助具。
<守人>:近接戦闘職者。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
草平衆:影松桐蔭の作った衆。誰でも受け入れる為、急激に拡大していた。国の旧兵器を強奪した為、衆として指名手配を受けている。
<掛り>技師:主に武器開発開発、武器技術者の事。
青丹春防衛戦:馬山国と戦った小規模な戦闘。実戦から遠ざかっていた陽の国では甚大な被害が出た。
哭腑衆:太京に昔からある衆。実践主義。非常に強い衆。
三目家:古代から存続する名家。あらゆる分野に企業を持つ。今の代になって、初めて政治的な権力へ積極的に近づき始めた。
聖翼会:新改革派系の過激集団。
赤警察:捜査調査を担当する警察。
「いやー今日のは一番凄かったー」
一部外壁は新しく建て直され、高い位置には、鉄踏株式会社と大きく看板が掲げられた、工場への入口をくぐりながら、黒い肩までの髪を高く結い上げ、はっきりとした眉毛に大きく薄い空色の瞳に大きなレイヤーをした、眞金葉子。
「凄かった、怖かったけど」
続けて入ってくる、猫のような丸い顔に、短い黒髪と凛とした瞳にはレイヤー、つんと尖った鼻先に小さいが色の濃い唇を持った、少女のような赤実陽。
その後ろから、短くまあるい茶色の髪に眠そうな茶色の瞳にはレイヤー、色艶の良い肌に可愛い童顔の多々良真琴が入ってきた。
「どうしたの? 多々良さん」
軍務省へ納品した電柵と電足帯の、品質実機試験の最終日で、それを見学して三人は帰ってきたところだった。
その間、あまり言葉を発しなかった多々良に、いつものように次の製品へのアイデアでも考えているのかと思ったが、どうも違うようだと陽が声をかける。
「んー……」
すると眞金が振り返り。
「もっと強力にもっと安全に、でしょ?」
「?」
陽には何の事だが分からず、首をかしげる。
「だからさ」
そう言いつつ、陽に覆いかぶさるようにして。
「うちの社長は、もっと身を守れる強力な装具を開発したいのさ」
と眞金。
「そうなんだ?」
「うん、今日の兵器、見たでしょ?」
あれ程強力な銃器じゃ、今の電柵は役に立たない。最大出力でも一秒ちょっとしか持たなかった。
「だから――」
「うんっ、そうしよう!」
陽が元気に応える。
それは以前から多々良が言っていた事だった。傷つける為の武器をつくるのではなく、守る為の道具を作りたい、と。
「とりあえずその前に」
そう言いつつ振り返り眞金。
「お祝いだっ!」
勢いよく奥へ続く扉を開けた。
「わあっ」
陽が驚いたそこには、こじんまりとしているが、見た目に鮮やかで豪華な食事が用意されていた。
「今日の為にね、注文しておいたのさ」
自慢げに話す眞金だが、手配も支払いも多々良である。
「眞金君、赤実君、二人ともありがとう、ささやかだけどお祝いをしよう」
少し照れつつ、それでも以前よりはしっかりとした感じで、多々良は笑った。
小さな窓から入り込む光に、強く赤みが増し、食べ続けていたからかそろそろ胃も疲れ始め、まったりとし始めた頃。
「そういえばこのところ、えぇっと、そう、<守人>の仕事は、順調なの?」
やや酔いで、ろれつがはっきりしなくなってきている多々良が。
彼の中では陽はいまだ<影梁>ではなく、<守人>として治安活動に参加している事になっているのだ。
全くそんな活動をしていない陽だが。
「んー……、気になるのが旧兵器のありかなんだよね、三つの車両でしょ?」
あの時数多くあった旧兵器の内、奪われたのは車両型兵器三両だけだった。
そんなに隠し続けられるものかなぁって。
そう首をひねる陽に。
「それは、あ、あれだ よ。ほらあの……こう、そう、解体だよ解体」
言葉が出てこなくなっているらしい。陽は酒を飲まないので、むしろ酔った人間のぽんこつぶりに感心しつつ、しかし。
「解体か……」
「そりゃあれでしょっ、ばらんばらんにしておきゃあれでしょっ、隠しやすいっ」
眞金に至っては酒の所為で、いつも以上に声と勢いが良くなっている。
どうやら酔っ払い二人の話を総合すると、草平衆は強奪した兵器を、解体して隠しているだろうと。<掛り>技師であれば、一人でも十分できる作業で、組み立ても可能だと。ただ、実弾の類はそうもいかないので、そっちは分からないという。
「……」
お祝いの席は、伸びた日が落ちる頃まで続き、多々良も眞金も連日の緊張から解放されたからか、羽目を外しかなりの量酒を飲み、ソファーに横になって眠り始めてしまった。
「よく飲んだなぁ」
そう言ってほほ笑む。
陽は多々良の言った強力な防具を、心から歓迎していた。それは、青丹春防衛戦での凄惨な経験がそう思わせていた。
しかし陽は知らない。強力な防具は、より強力な武器を生むという事実を。
陽は勝手に事務所から毛布を取り出してきて、二人にかけてやり、食べ残しをまとめて冷蔵庫へしまい、ごみを綺麗に片付けると。
「さて……」
鉄踏株式会社を後にした。
日が完全に落ち、しかし湿度と気温は、じんわりと汗をかくには動かずとも十分で、街の空気もどんよりと重たい。
陽は服を夜景迷彩に変え、レイヤーは顔に沿わせ、髪もなびかないようぴしっとおさえ、<影梁>の本領で。
都市部から少し離れた街。
雑居ビルでもないのに、防犯対策は特になされてない、やや変わった配置をした建物群。その中に、まるで影のように陽は潜んでいた。
ここは哭腑衆の本拠地である。
実践主義を掲げる彼らの実力は、つい年の初めまで疑う者もいたが、街中で活躍する彼等を見るようになった今では、それが噂以上であると、他の衆からも一目置かれていた。
そんな彼等の本拠地に、陽はいるのだ。わずかな油断が、即死につながりかねないのは、以前、南代香北を追跡した時の比ではなかった。
だが、陽の呼吸は安定している。
建物に囲まれた中庭を見下ろせ、いくつかの窓を見る事が出来る位置で、ただ、じっとしていた。
情報交換の為に何度か来ており、驥尾の間以外には入った事はないが、諜報活動に必要な情報は手に入れていた為、どうにかこうしていられるのだった。
「 」
するとここからは建物で見えない、裏口に、何か動きがあるようで、わずかな音と空気の動きと匂いを感じる。
「……」
周囲を最大限警戒警戒しつつ、微動だにしない陽。
すると今度は中庭に明かりが灯り、何人もの<守人>や<影梁>が出てきた。
瞬間、陽は全ての毛が逆立つ。だが動かずレイヤーの右目側だけ光を遮断した。
「 」
その時、中庭に裏口の方から、たくさんの磁気浮遊式貨物箱が運ばれてきた。
「……」
どうやら陽の存在に感づかれたのではないと分かり、泡立っていた肌も直ぐに元へ戻った。
中身を出すその様子から、それが装具と分かり、陽は納得した。
どれ程強くても、犠牲を零にする事はできない。ならば可能な限り減らす為に、防具をそろえるのが一番早い方法なのだ。
「」
しかし、それでも青丹春防衛戦では大量の犠牲者がでた。だから、多々良のいう、より強力な防具を、陽は本当に必要だと思っていた。
こうして資金的後ろ盾のない哭腑衆が、装備を一気に拡充できるのは、彼等を後押しする藍河宗玄によるもので、しかし彼も潤沢な個人資金を持たない為、その出どころは、代王派を支援している、三目家によるものである。
そして陽が思うに、これによって哭腑衆が最強の衆になったと、そうも感じていた。
「!」
理性が理解するより早く、陽はその場を全力で離脱した。ものの数秒で電足帯の電源が尽き、飛び退きながら入れ替え、更に駆け抜ける。多々良の作った電足帯を信じて、真っ直ぐ、最も早く。
安全は距離によってもたらされる、とは誰の言葉であったか、陽は基本に忠実に、愚直にそれを実行し、そして脱出に成功した。
「お帰り、ご苦労様」
「福児っ」
部屋に入るなり駆け出し、大きなベッドをソファー代わりに座る、黒髪でどこか冷たい瞳にはレイヤーをかけ、ゆったりとした服装の風間福児めがけて駆け寄る陽。
すると彼に合わせて全身から波紋が広がり、爽やかな香りをふりまく。床は深い青色の水のようで、天井は有るのか否か、まるで空の上、至る所に植物が浮き、さながら空の楽園のようであった。
陽が勢い良く、しかしふわりと猫のように福児の上に飛び乗った。それを優しく受け止めると、その頭を優しく撫でてやる福児。
「ん」
その手が陽の首に触れ、空気が抜けるような音と共に、陽の服が一瞬で短いTシャツとショートパンツに切り替わり、陽がぴたりと身体を福児に添わせた。
それを少し下がった位置で椅子に座り見ている、肌は白いというより血色が悪く見え、薄茶色でサラサラの短髪に灰色の瞳にはレイヤー、細い鼻と色の薄い唇は、相手に病弱な印象を与える竹野中竜兵衛。
「夕べは大変だったね」
頭をなでながら、福児。
「うん、でも全然平気、陽はもう失敗しないよ」
自信ありげな表情が、いっそう猫っぽく、福児は可愛いと優しくなでた。
「すまない、で竹野中、藍河代王が何だって?」
はい、と座ったまま一礼して。
「代王と議員の職を辞するとの事です、近日中には発表があるようです」
「そうなのか?」
目を大きく開いて風間が。
正式には来月からだとしても、政治中枢では既に、次期王選が始まっているのだ。そんな時期に、一方の派閥の長である藍河宗玄が辞めるというのである。
代王派も決して一枚岩ではない為、これは大きな減点行動なのだが。
「でも何でこんな時期に?」
表向きは、王道派の仕掛けた誹謗中傷情報を無効化する為と竹野中。
しかし。
「これは予想の段階となりますが、代王派へのネガティブキャンペーンを、全てお一人で受けるという事かもしれません」
「何故?」
そうなるのかと風間。それらななおの事、政府内に残る方法をとると思うのだが。
「王道派が仕掛けた情報戦は、藍河代王が現在の悪い状況を作り出している首魁である、というものです」
それならやっぱり辞めても意味がないと、風間も陽も思ったが。
「藍河代王は」
それを利用して、誹謗中傷は全て引き受け、代王派からは距離をおくものと。
「思われます」
「はあー、隠れれば隠れる程、より疑いを強めるのか、確かにそれはありえるな」
すると福児は陽をなでる手が止まり。
「……代王は、本当に国の事を思っているのかもな」
と呟いた。そして顔を竹野中に向けると。
「よし竹野中、そうなれば奥義衆の見張りも弱まるな? 八谷忠元を迎え入れる準備をしてくれ、時間はかかってもいい」
守靖には気づかれないように頼む。の言葉に座ったままだが、いつものように表情を変えず。
「かしこまりました」
と即答した。そしてわずかな間の後、陽に向かって竹野中。
「赤実、聖翼会の状況については?」
陽は福児の手を頭に乗せたまま、少し起き上がり。
「相変わらず草平衆を探してるみたい」
しかし、一週間前に起きた東光昇ビル騒動で、新改革派が関わっていた事で、赤警察の監視の目が厳しくなった事もあり、うまく動けないようだと告げる。続けて。
「公安と軍については?」
公安警察別室調査部特別合同部隊、通称、公軍共同部隊の事である。
「今のところ、順調そうに見えるかな、以前程じゃないけど、やっぱり兵隊さんが一緒だから威圧的だけど」
それに対し、竹野中はうなずきねぎらいの言葉をかけたが、風間はそのやり取りを、少し痛い気持ちで聞いていた。
何故なら、これは竹野中がいつものように事前報告を受ける事が出来ない、それだけ体調管理に時間を要している、という意味でもあったから……。
だが竹野中はあの時、風間に体調管理に気を付けると約束していた。彼は約束を守る男だった。だから、今は風間は何も言わなかった……。




