国中起盛 十七
次期王選に向けて動き出した王道派。その為の強力な武器として誹謗中傷をためらいなく巧妙に行う。対する代王派はまだその事を知らなかった。
佐復外務大臣は国外へ向けて陽の国の軍事力を強調し、来るべき開戦に備え少しでも時間を稼ぐべく行動をする。しかしそんな中、自国の軍隊内に原井円生という不安要因があると一人懸念していた。
そして政府内にて着実に権力基盤を固めていく、暮里竜星と大窪透。彼等への認識を変える事に成功した、今はまだ在野の石和希具視。次期王候補でありながらそんな彼を求める南代香北。徐々に政治は変化していく!
人物紹介
須々木雅義:陽の国の王。経済に強いとされていたが、治安の悪化により不況となり、現在支持率が下降し続けている。
那美樫奉斎:王道派の次期王候補。敵対候補である南代香北が皇王の側男で、最近政治的手腕を発揮している事から、焦りを感じている。
南代香北:代王派の次期王候補。元々は石和希具視に拾い上げられた、政治的才覚もない見てくれだけの人物だが、様々な思惑により政治中枢で存在感を見せ始めている。
藍河宗玄:代王であり代王派の中心人物。現在表立った政治活動を行っておらず、世間的には過去の人扱いとなっている。
麻金皇王:陽の国の皇王。政治的権力を持たないが、立場は王の上にあたり、王の任命権を持つ。
佐復紘一:王道派の外務大臣。飄々として人を食ったようなところもある性格だが、世間の評価以上に先を見越す深い視野を持つ。
下赤悟朗:佐復紘一の部下。きわめて常識人。
原井円生:元王道派の公安大臣。現、軍務省統帥本部大佐。自身の失脚につながった、辰港事件に強い関心を持っている。
暮里竜星:王道派。火繰家に見いだされた優秀な地方議員。人々をまとめる能力に優れている。大窪透と共に、政府内でみるみるうちに頭角を現している。
森國男:代王派の実質的な主導者。常に冷静な古参の政治家。
大窪透:王道派。火繰家に見いだされた優秀な地方議員。大小さまざまな事務処理、対人交渉能力に優れている。暮里竜星と共に、政府内でみるみるうちに頭角を現している。
宍和田絹男:代王派の公安大臣。過激な取り締まりを実行して失脚する。
石和希具視:南代香北を利用する事で、政治の中枢にまで入り込んだ策謀家。しかし出る杭として現在は政治の場からは追い出されている。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
青千院:太京にある政治の中枢。
東亜藍潮計画:できあがれば近隣一帯で最大となる港の建設計画。
火繰家:鉄鋼事業で財を成なした、古代より続く名家。王道派。次期王選を迎え、岐路に立つ。
馬山国:陽の国へ小規模ながら戦争を仕掛けてきたい陸の一国。国内がまとまっておらず、外に敵を作る事で、それを行おうとしている。
竹筒明星社:大笹凡筒通称メガシリンダーや、レイヤーを作った会社。国政に影響を与えていると思わしき情報が出始めている。
静秦殿:太京の中心に位置する皇王の居住地。
「今のところは、うまくいっているようだな」
四角く平面的な顔にしっかりとした眉と優しく細い瞳にレイヤー、鼻筋はまっすぐで大きな口は落ち着きを優しい笑みをたたえた須々木王。
黒鳥の間と呼ばれる青千院の一角にて。そこは横に広く、素朴だが洗練された古木で作られた執務机が一つと、向かいの壁一面硝子窓の外には梔子、ベージュ一色の大きな絨毯に、机左手の壁に掛けられた絵には、黒い鳥。
「しかし経済的な効果でいえば、こちらの方が上でしょう」
右側の壁に映し出された表を観て、七三分けの短髪にまっすぐ四角い目にはレイヤーと深い藍色の瞳、輪郭のしっかりした顎にやや厚い唇の那美樫奉斎は、立ったまま、やや強い口調でそう言った。
「最大の港が出来れば、我が国の国力と合わせて、その影響力は絶大です」
東亜藍潮計画に関連する投資会社を火繰家が作り、共同出資者として王道派達が名前を連ね、実際の収益が上がる直前まで会社を支え続け、一般の投資家へ還元していく。
これにより、東亜藍潮計画の初期利益を先食いする結果となるが、現状を見れば、これが最も優れた次期王選対策となると、那美樫は考えていた。
実際、これが成功すれば代王派に打つ手はない筈で、治安の悪化も、港から上がる利益と、債権国として返済を急がせ、札束の力でねじ伏せるつもりでいるのだ。
乱暴な考えではあるが、方法として、そう間違った考えでもない。人は、衣食足りて礼節を知る、からだ。
表を切り替え、那美樫。
「現状のままいけば、今後の政府支持率はこのようになると、予想が出ております」
それは支持率が上がるという情報を、明示していた。
「だが足らない」
須々木王は指で椅子のひじ掛けを、落ち着きなく叩きながら言った。
レイヤーから得られる、非常に理論的で能力の高い情報により、今回の経済効果は、代王派の策だと知られる事になる、そうなれば、今上がっていく評価は、そのまま失望として跳ね返る可能性が残っているからだ。
那美樫のいう、絶大な経済効果も、実際にそうなるとして、しかし効果が表れるのが少しでも遅延すれば、それを一般市民が体感する前に次期王選が終わってしまうと、全て無に帰す。
次期王選に明確な終了時期は存在しないが、皇王陛下が明示し、通例でいえば、そこから三ヶ月となる。
「情報管理はどうなっている?」
情報管理といえば、何やら真っ当な仕事に思えるが、ここでいっているのは何という事はない、南代香北に対する中傷で、それがどうなったのかと訊いているのだ。
「 はい」
正々堂々とした行為ではないと、那美樫の理性がわずかに反応を遅らせたが、彼もこの世界に身を置いて、それなりの経験を持つ。今更清廉潔白と、身に汚れ一つないとは云うつもりもなかった。
「まだ世間的にはほぼ無名な為、直接政治に関する流言が、現時点で効果を及ぼす事はありませんが」
いざ、世間に出てきた際にはどこの誰なのか、嬉々とした人々の好奇の目にさらされますので。
「その時に効果を発揮いたします。ですので」
無意識に胸をそらしながら、那美樫。
「現在は藍河代王への評価を、効果的に下げております」
「ふん」
聞き終えると、噴き出すように鼻を鳴らす須々木王。
世間とやらが、『実は隠された真実』というものをいかに好み、事実を調べようともせず信じたがっているのか、それを思うと、『真面目で正しく当たり前の政治』が如何に知られていないものなのかと、自分の発案ではあるが、皮肉の一つも出て当然と、鼻で笑ったのだ。
「念の為、南代の方にはどのようなものを?」
はい、と軽く一礼して那美樫。
「他に愛人がいる、と」
できるだけ無表情を努めて答えると。
「ほう、なかなかな効果が望めそうだ、引き続き任せる」
恐らく、世間に知られる南代香北とは、麻金皇王の側男、というところから始まるだろう。
しかしそこに、別の愛人がいたとなれば、これは明確に不義であり、世間にも分かりやすく、皇王に対する不敬という感情も合わさり、大幅な印象悪化となるのは明白であった。
現時点でこれを予測している代王派は、いなかった。
「間に合わせにしては、それを感じさせない、規模と練度だったように思うね」
笑ったような細い目が特徴で、レイヤーをかけた佐復外務大臣が、自動磁気式車の中で言った。それを受け向かいに座る、目にかかる黒髪を横に流し、くっきりと二重に黒い瞳とレイヤー、整った細い顎の下赤悟朗が。
「少なくとも、これで我が国が無防備ではないと、喧伝できたのではないかと思います」
そう応えた。
本日早朝より、既に暑い日差しの中、観兵式が執り行われ、陽の国に軍隊が創設された事を正式に、国外へ知らせたのであった。
「そうだねぇ、六月の立ち上げから二ヶ月と少し、それでいて数万規模だからね、それなりに脅威を感じてもらいたいものだね」
徐々に高くなる日差しを、街に落ちる影で感じつつ佐復外務大臣。続けて。
「ま、予定の十万には届かなかったがね」
その言葉に、気まずそうな表情で下赤は。
「広報文書としては、十万を記述したものがありますが……」
それには、口端も上げて佐復外務大臣。
「訂正せずともよいよ、こういうものははったりを効かせる程、効果的になるからね。後は」
「はい、馬山国ですね?」
軍備を増強し続けているという噂は、その中身はともかく続いており、対外的にも、次に戦端を開いた際には、具体的な勝利を収めない限り、陽の国に明るい未来は望めない。
佐復外務大臣は、少しだけ真面目な表情になり考える。
勿論、外交的な手は既を打っており、次の一回だけなら問題はない。馬山国が一発でも実弾を放てば、国際的な動静により、馬山国は退かざるを得ない。
しかし、現場で敗北をしたとなれば、全体では勝利でも、今後を考えると大きな損失となる。
陽の国、恐るるに足らず――と。
そう思われたが最後、外交的な約束も反故にする国々が現れ、債務返済も踏み倒されて、みるみるうちに国力は低下していくだろう。
その為にも外国、特に馬山国には恐れてもらいたいし、その為、相手が更なる軍事強化をしようとも、結果、それによってもたらされる時間的猶予の方が、陽の国も軍備を増強できるので、数倍も貴重であった。
打つべき手は打ったと、一息、観兵式を振り返り再び口の端を上げて。
「それにしても堂に入っていたね、原井 大佐は」
一瞬、何と呼ぶべきか迷い、軍における地位で呼ぶ事にした佐復外務大臣。
「そうですね、原井さんは、政治への未練は、もうないのでしょうか?」
下赤は原井と個人的な付き合いはないので、よく聞く話として、名誉欲と権力欲の強い人物だと認識していた。その為、確かに軍務省にて、大佐とはかなりの地位ではあるが、政治家のそれと比べれば、権利が及ぶ範囲は小さい。それで満足しているなら、軍務省内を良く知らないが、それ程強欲というわけでもないと思っていた。
しかし、佐復外務大臣は下赤の意図を見抜いて。
「下赤君、彼はね、目標を変えたんだよ」
「?」
下赤は座り直し。
「語弊を承知でね、いうなれば彼は復讐をしているのさ」
佐復外務大臣は、会議もそっちのけであの時気付いた事を、いって聞かせる。
原井円生が最もその地位を極めたのが、公安省の大臣の時である。他の大臣と比べても、様々な情報を取り扱うゆえに、他人を出し抜きしやすく、常に先行した行動がとれる為だ。
しかしほんの些細な――彼にとっては――辰港事故――彼にとっては事件――の責任を押し付けられる形で、彼は辞任に追い込まれた。
「では、その真相を暴くべく、政治から距離を置いたという事ですかっ?」
身を乗り出し気味になる下赤に対し、ゆったりと座席にもたれかかっている佐復外務大臣は。
「そうだね、そしてその為の公安省との共同任務なんだよ」
「……」
思わずあっけにとられる下赤だが、頭を振り冷静に。そして軽い身震いを起こした。
彼はその理由を自分で理解していないが、原井円生という男の、それは執念だったのだ。
「問題にならなきゃ、いいがねぇ」
佐復外務大臣が外を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
「既に了承してもらった通り、九月一日付をもって暮里君には、公安省の大臣代理を受けてもらう事となった」
黒のレイヤー越しの目は神経質そうで、細身の頬に鼻、話す際にも口を殆ど動かさない森総務大臣の、青千院内執務室。
ひどく殺風景だが、それだけに整理整頓が行き届き、それは執務能力にも表れているのだろう。
「はい」
そう大きくはないが、深く広がるような声で、それに見合う大柄に、大きな瞳は眼光も鋭く大きなレイヤー、太い眉毛と大きな口は、意志の強さを表している暮里竜星が、堂々とした立ち姿で応えた。
座ったままの森総務大臣が続ける。
「それに伴い」
同日付をもち、情報政策省は解省となり、定めに従い、各省へ省員の再配置が行われる。
「私の資料では、既に配置手続きは終了と報告があるので、当日は、遅滞なく終えるように」
レイヤー上の情報を確認しながら、森総務大臣。
「正式な辞令は、同日に須々木王より行われる――以上だ」
必要最低限の情報だけを伝え、事務処理を終える森総務大臣。失礼いたします、と出ていく暮里を見送った。
「……」
彼は、今回の人事を気に入ってはいなかった。
そもそも代王派である彼が、王道派の名家である火繰家由来の若者に、代理とはいえ公安大臣をとられる事を、良しとする考えはない。たとえそれが、次期王が決まるまでの短い間だとしてもだ。
「……」
背もたれにかかり、組んだ指を腹に乗せ足を組む。
そして個人的に気がかりなのが、暮里竜星の組織をまとめる能力。
「いや」
それ以上に、その陰で細かすぎる工作をしている、大窪透という男の存在であった。
彼等が短期間に、小さな省とはいえそれをまとめ、問題なく再配置まで準備し、更には公安省の内部改革にまで手を出せたのは、統率力ではなく、謀略――敢えて森総務大臣はそう表現するが――に拠るところが大きいと考えていた。
「……」
その姿勢のまま、軽く目を閉じる。
宍和田公安大臣は同じ代王派であるが、今回の一連の騒動により失脚し、世間的な批判の大きさから再起はないだろうと、同派閥内では既に過去の人扱いとなっており、その為、既に冷遇を受けていた事から、対立する派閥の大臣代理などと協力する事になったのだ。
その時、森総務大臣は、過去の人間とどんぐりが一緒になっただけと、高を括っていたのだが、結果はこの通り、その二人は他の大臣達とも親睦を深めつつあるという。
「ふむ」
大臣辞任後は、下手をすると宍和田君も、派閥を離脱するかもしれん。
指を解き右手で顎をさすりながら。
「公安大臣を辞めた者は、どうも敵対するようだ……」
らしくもない台詞を言いながら、そうではなかった男の事など、全く思考の外であった。
「私は考えを改めたよ」
休憩室、大臣達が応対室と呼んでいる場所で、後ろは分厚い壁に、やたら丈夫な扉と、左右は白いすり硝子、小さく四角い机を挟んで立派な椅子に、お互いが座っている。向かいの大きな窓には、大きく影と木漏れ日を作る木々と、その足元には杜鵑草が群生していた。
大きく構えて椅子に座る、痩せてふわりとした髪型にどこか眠そうな目にはレイヤー、細い唇になで肩の大窪透。
「うん」
応える、大窪とは逆に、大柄だが背筋を伸ばしたまま座っている、暮里。
「元々献策の数々は考えれば誰もが思いつく事だし、先への予防にしたってちょっと知っていれば、それ程難しい事じゃない。けど」
姿勢を斜めにし、一度、暮里を見、再び視線を杜鵑草に戻しながら。
「竹筒明星社を引っ張り出してこれるとなると話は別だな」
暮里が大窪を見て、彼も見返すと大窪は作り笑い。
「利用価値あがる」
しかも暮里は公安大臣代理だ、レイヤーを利用できるとなればこれ以上強力な。
「手札もない」
足を組んで大窪は続ける。
「これまでになかった程強力な公安大臣だ、これは、我々の武器になる」
そう不敵に笑いかける大窪に。
「……うん」
いつものように真剣な表情のまま、暮里はそれだけを応えた。
「何だろう……」
まつ毛は長く、瞳は黒く大きくその周囲はうっすらと赤く、どこかの令嬢と見まごうような、南代香北。
静秦殿の彼の部屋で、一人ベッドの上で枕を抱え座り込んでいた。
彼は、竹筒明星社の社員と会って、挨拶を交わした程度であったが、その日以来、自分が何か急激に変わってしまうような気がして、分からない不安に襲われていた。
いや、変化自体はいいのだ。彼は内気で頭もよくない自分が、何者かに変われるのであれば、むしろ望むところであったのだが、ふと、この湧き上がるものは、一体何なのか? ただただ分からないという不安に、徐々に足元が切り崩されていくような、気持ちになっていた。
石和希さんに会いたい……。
天涯孤独な彼が唯一頼れるのが、今は離れてしまっている、彼だけであった。




