三目家伝 十三
花火を悠々と眺める光芽守靖、そして風間福児。それぞれの思惑が交錯する、ひと時の安寧……。
人物紹介
光芽守靖:三目家の当主。名家の歴史においてはじめて権力へ近づく事を決めた。
津山義幸:光芽守靖の部下。<守人>。
竹野中竜兵衛:風間家の参謀。非常に先を見通す能力に長けて、次々に手を打っていく。
風間福児:風間家の当主。とらえどころがなく飄々とした性格で、しかし家の存続の為、行動を起こしている。
赤実陽:風間家の<影梁>。非常に優秀。
南代香北:皇王の側男だったが、さまざまな人の思惑から代王派の次期王候補となる。
藍河宗玄:代王派を作った人物。現在、政治中枢からは若干距離を置いているが、影響力は依然強い。
石和希具視:代王派として藍河宗玄に取り入り、その後、南代香北を利用して、皇王直下の部下にまでなった男。それを疎ましく思った議員達によって、謹慎という名の、政治舞台から追われる羽目となる。
八谷忠元:代王派。元副大臣。藍河宗玄に仕えている。最近は様々な諜報活動をしている。
那美樫奉斎:王道派の次期王候補。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
三目家:古代から存続する名家。あらゆる分野に企業を持つ。今の代になって、初めて政治的な権力へ積極的に近づき始めた。
火繰家:鉄鋼事業で財を成なした、古代より続く名家。王道派。次期王選を迎え、岐路に立つ。
東亜藍潮計画:陽の国に、一帯で最大の港を作る計画。火繰家が中心となって進めている。
太京:陽の国の首都。
竹筒明星社:大笹凡筒やレイヤーを作った会社。創業二千二百年。世界が人口減少に苦しんでいた西暦末期に創業、世界で唯一の人類繁殖装置として大笹凡筒を作る。
青丹春防衛戦:四月十六日に青丹沿岸へ馬山国巡洋艦が砲撃を開始して、その後、敵兵が上陸した小規模な争い。
哭腑衆:太京に昔からある衆。実践主義。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
<守人>:近接戦闘職者。
「花火が楽しいとは、子供のころ以来の気分だ」
七三分けの黒髪に、細い眉毛と茶色い瞳にはレイヤー、面長でしっかりした鼻と大きな口に、上質でおしゃれな私服姿の光芽守靖。
やたらと大きな硝子窓は、斜めに天井まで続いており、その花火のあまりの近さに、間を置かずに振動を感じる程であった。
ここは湾岸で最も高層なホテルの最上階。
政治関連の会食を下階で行っており、一通り挨拶と、談笑と称した駆け引きを終えて、少々赤くなった顔を、一人かけのソファーに座り、彼は酔いを冷ましていた。
広い部屋の離れた場所に、見るからに神経質そうな細い眉毛と細い瞳にレイヤー、つんつんと短く灰色の髪に、細く長い顎とお猪口口に細い筋のような鼻の津山義幸が、腰に剣を下げて立っている。
そして彼より光芽の近くに、肌は血色が悪く、薄茶色の短髪に二重で灰色の瞳はレイヤー、細い鼻と色の薄い唇をした竹野中竜兵衛が、直陸不動。
「思いの他盛況のようだな、ん?」
竹野中に顔を向け、不敵に笑ってみせる。
代王派の提案である、祭りを経済の起爆剤として活用するという方法が、目に見えて効果を上げているのに、光芽は気分を良くしていたのだ。
だが実際には起爆剤的な効果は薄く、どちらかといえば、市民の不満を和らげる効果の方が大きかった。が、もちろん竹野中は。
「そのようです」
と応える。
この件については三目家としても、八谷忠元を通じて資金援助をしており、自分達が肩入れしている代王派が、これで更に勢いづくと、余裕の笑みを浮かべる光芽。
「それで? 報告は?」
一緒に花火を見たいわけじゃあるまい? と前に向き直りつつ、酒が入っている所為か、いつもより口数が多い光芽。
一礼して竹野中。
「火繰家が会社を立ち上げるようです」
「会社? 何のだ?」
「個人投資家を呼び込む為の、投資会社のようです」
いつもよりは若干、話す速度を落として竹野中。離れているが津山も反応する。
「投資会社? 港のか?」
もちろん東亜藍潮計画に関連するのだが、光芽的には、いよいよ資金繰りが厳しくなったかと、口の端で笑いながら花火を見上げつつ。
「火繰家の資金繰りにつきましては分からないのですが」
おそらく、王道派の次期王選を見据えた。
「動きかと思われます」
「!」
明らかに険しい表示になる光芽。手で竹野中を自分の脇に立たせ。
「詳しく言え」
はっ、と一礼し。
「投資会社の目的は代王派と同じく、経済に対する起爆となります」
これは短期かつ瞬発的な効果が強い祭りに対し、中期的な期間を視野に入れたものとなります。
「中期とは?」
光芽としては細かな説明はどうでもよく、目的が経済効果なら、後はそれだけが知りたかった。
「次期王選が決まる直前辺りと思われます」
「代王派議員で、それに対する動きは?」
これからのようです、と竹野中。
「……」
光芽はひじ掛けに右ひじをおいて、自分の頭を手に預ける。
「安泰とは、いかんか……」
目は夜空の花火に向いているが、そこに美しい光は映っていなかった。
「おおっ」
建物最上階の、前面硝子張りから見上げる夜空に、幾筋か通る、超高架道路や自動軌道機の向こう側にきらめく、大輪。
それを快適な空調と椅子と環境で楽しむ、短い黒髪に優しいながらもどこか冷たく感じる黒い瞳にはレイヤーの、風間福児。
「わぁ……綺麗だねぇ」
その足元にくっついている、その猫のような丸い顔に、短い黒髪と凛とした赤い瞳、つんと尖った鼻先に小さいが色の濃い唇を持った、少女のような赤実陽が。
ここは太京湾を見晴らすホテルの最上階。
二人で見とれている中、部屋の奥から、肌は血色が悪く、薄茶色の短髪にレイヤーをかけ、色の薄い唇をした竹野中竜兵衛が、カートに料理を運んできた。
「遅れて申し訳ございません」
それを別段咎めるでもなく、お疲れ様、の言葉をかける風間。
陽も立ち上がり、テーブルを運んだり、福児の料理の準備を手伝う。そして一緒に席について。
「美味しそうっ、いただきます」
陽はそんなにたくさん食べる方ではないので、こうしたホテルのコース料理は普段食べないのだが、一緒に食べると福児が喜ぶので、口だけはつけるようにしていた。
もちろん、竹野中も承知している事なので、ホテルの方へお願いをし、少し減らして、その余った分は受けてもらえるならホテルへ返し、難しい場合は彼が受け取るのが常だった。
「ん、おー」
福児は最初のアミューズ、非常に小さく軽いブレッドに、酸味の効いた白身魚と甘い玉ねぎのスライスを、口にほおばると同時に、ひときわ大きな花火が夜空に点いた。
「何だか例年以上に迫力を感じるねぇ、日ごろの鬱憤がそう思わせてるのかね」
皮肉っぽい笑みを浮かべながら福児。
「個々の花火玉については分かりませんが」
そう前置きをして竹野中が、風間のグラスにミネラル感の強い白ワインを注ぎながら。
「政府より規模の大きい花火大会や祭りに関しましては、補助金が出ております」
その分、例年に比べ規模や内容を充実させていると。
「聞いております、経済政策の一環となります」
つまらなそうな表情になって風間。
「あー、例の南代が出したとかいう? にしてもちっちゃい話だな」
経済政策の話としては、と風間は思うのだが。
こうした見た目に派手な大衆娯楽は、分かりやすい為市民受けがよく。
「不満のはけ口としては効果的な場合がございます」
「ふうん、なかなか馬鹿にできないもんだな」
じゃあこの後、多少は支持率が上がるのかな? と対して期待もしてないで風間が言うと。
「治安的な問題が起きなければそうなると思われます」
それもそうだと、風間は視線を、殆ど見えない地上へ向けると。
「ん」
と陽が立ち上がってレイヤーをかけ、窓際で下をのぞきむ。
「うーん……、今のところ何も起きそうもないかなぁ」
「そうか」
陽がちらっと見ただけだが、福児は彼がそう言うのだから、そうなのだろうと納得した。
「それで、王道派のそれに対する動きは?」
今度は、野菜の冷静スープに舌鼓をうちながら。
「はい、火繰家が投資会社をつくり個人投資家を募るようです」
「へえっ」
嬉しいとも、驚いたような表情で感嘆する風間。そしてもちろん、その意図を正確に理解していた。
「次期王選が決まる前には、小金持ちがたくさん出てくるってわけだ、やるね」
席に戻ると、おかないっぱいになっちゃうからスープは無しで、次の鰯のカルパッチョを食べつつ、何の話だか分からない陽。
多少持ち直しているとはいえ、懐事情に余裕があるわけではない火繰家と知っている為。
「しかしよくできるね、特別な金脈でも見つけたかな?」
冷たいのが季節柄口にあったのか。直ぐに冷静スープを飲み干し、陽と同じ、鰯のカルパッチョを出しながら竹野中。
「金脈ではありませんが、他人の財布を使うようです」
その意味に気づいて。
「はあー、凄いね。王道派議員が総出で支えるのか、こりゃ手ごわい」
それだけ向こうも必死という事である。となれば、目先の祭り等、無いも当然、代王派が必ずしも有利とはいえなくなったと、風間。
「対抗手段はあるのかな?」
微妙に当事者ではない為、風間にはこの状況を楽しむ余裕がある。笑みを浮かべて。
「どの段階かの確認は取れていないのですが」
竹野中の言葉に、聞きましょうと、カルパッチョをほおばる風間。
「治安回復を行うようです」
「 」
たのしそうな口元目元から、気の抜けたような表情に切り替わって。
「できるのか?」
それができないから今の状況になっているわけで、本当にできるのかという思いと、とっととやっておけよという、呆れたような気持ちになる風間。
「危急であるとして竹筒明星社の協力を得て、レイヤーの一部情報を公安省に開示するようです」
「!」
風間はもちろん、これには陽も驚いた。
竹筒明星社が扱うレイヤーには、まさに全ての情報が流れているといってよく、ゆえに、今まではどんな理由であろうと、公式には情報の開示は行われてこなかった。
それが今になって、治安の為とはいえ、それを行うというのだ。
正直、風間からすれば、それができるなら他にもっと、重大な局面はいくつもあっただろうと思う。近々でも、青丹春防衛戦があったがその際にも、情報の公開はされなかったというのに。
「どうやったらそんな事ができるんだ?」
ナイフをおいて口に手をやり、思わず唸る風間。
「詳細につきましては不明な点が残っているのですが」
風間の空いたグラスを取り換え、次の白ワインを注ぎながら、竹野中が続ける。
「竹筒明星社から連絡を受けての事だと確認がとれております」
その先がねぇ、と調べた本人である陽がもぐもぐしながらつぶやく。
「赤実、今日で新たに分かった事は?」
竹野中は忙しく、本日の報告をまだ受けていなかった為、質問をすると。
「南代に護衛が付いたんだよね、政府要人用の、それくらい、かな?」
もともと哭腑衆の<影梁>が付いていたが、それとは別に表立った<守人>が付いたという事である。
「竹筒明星社がこれまで国にかかわった事例は、何かあるかな?」
考え込んだ姿勢のまま、風間が。
「表立ってというのはないようですが」
国の重要な転換期に、それを知っていたかのような振る舞いが。
「多々見受けられます。それと」
わずかに抑揚が変わり。
「連絡の送り先ですが」
竹筒明星社は政治とかかわりが薄く、取り立てて仲の良い議員がいるでもなし、となれば。
「藍河代王か?」
代王派が出した提案なので、風間はそう予想した。他の代王派で、外部と強力に繋がっている議員を、他に思いつかなかったからだが。
陽が首を横に振るのと、竹野中が代王様ではないようですの言葉が同時に。
そして。
「ですので他の可能性を考えてみました」
「誰になるんだ?」
風間には予想がつかない。
「石和希具視です」
「まさかっ」
予言者といってもいい竹野中の洞察力だが、それはいくら何でもと、口をついて言った風間だが。
「現状では何の確証もございません、消去法的考えで不確定とはなるのですが、他に人材がございません」
可能性という意味では、八谷忠元あたりも候補なのだが、状況的に、今回は蚊帳の外であると、竹野中は判断していた。
「ふぅ……、気にくわないな」
背もたれに身体を預けると、ため息、髪をかきあげて風間が続ける。珍しく不機嫌に。
「竹筒明星社も奴も、何か嫌だな」
「陽にできる事、ある?」
ちょっとだけ困り眉で、上目遣いに福児を見ると。
「いや……無い、というより、それが分からないからだな、ふう、明確じゃない自分に苛ついてるだけだよ陽、大丈夫」
彼は分からない事や知らない事を、むしろ楽しむ傾向にあるのだが、どうやらこの二つに対しては、異なっているようだった。
「まあそれについては今はいい、結果として、代王派は次期王選で決定的になると、そういう事だろう?」
話しながら、徐々に表情を緩め、口の端を上げる風間。
もちろん、うまくいった場合のみ、だが。
はいと応え、竹野中が続ける。
「世間的な評価としてはそうなります。ただし懸念点もございます」
今度は自然と、楽しむ表情になる風間。
「ほう?」
「成功した場合」
王道派に明確な逆転の手はございません。南代香北に対する中傷も、今のところ。
「うまくはいっておりません」
しかしそのとばっちりを食うかたちで、藍河代王の評価が下がっていたが。
王道派は様々な噂を流すが、南代香北があまりにも知られていない為、効果が薄すぎるのだ。それが効果をもたらすとすれば、次期王選終盤の、彼等が知られ渡った後になるだろうが。
「こうした状況は代王派に安泰となりますが、不確定要素として新改革派の存在がございます」
食事が進まなくなった為、次の料理を出さずに待機しつつ竹野中が続ける。
「彼等にとって国の不安定化は望む状況となります」
「! そうか」
その意図に気づいて、風間が身体を背もたれから起こして。
「決定的な次期王を排除、暗殺か」
「え!?」
陽は驚き、竹野中は、はいと答えた。
「んー、これはなかなかな出来事になりそうだなぁ」
両手を前に出し、おどけた表情。しかし。
「<守人>もいるし、哭腑衆もいるだろう、難しいんじゃないのかな?」
今度は肘をついて、手に顎をのせながら風間。
しかし。
「はい、ですので目標は次期王候補、となります」
「!」
何と目標には、那美樫奉斎も含まれるというのだ。
「改革派混乱を望む、か……確かにね」




