双頭録 十二
東光昇ビル火災事件から一日、空矢政継と黒田量は、あの情けない結果を川瀬正二に話す。しかし、彼等の中で、身一つで身体を鍛えるのが<守人>と思っていた考えが、変わり始めた。
登場人物
川瀬正二:元青警察の青年。青丹春防衛戦を経験する事で、生に執着するようになった。
空矢政継:舞雪形を使う<守人>。青丹春防衛戦にも参加していた。
黒田量:舞雪形を使う<守人>。青丹春防衛戦にも参加していた。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
太京:陽の国の首都。
草平衆:陽の国の旧兵器を強奪した衆。衆として指名手配を受けている。
舞雪形:風に舞う雪のように、変幻自在で予測不能な動きをするという、考えの形。
<守人>:近接戦闘職者。
聖翼会:新改革派系の過激集団。
青丹春防衛戦:青丹沿岸へ馬山国巡洋艦が砲撃を開始して、その後、敵兵が上陸した小規模な争い。
馬山国:現在再び軍事力を増強している国。
イロハ装具一式:武器防具の装備を示す用語。
金剛衆:火繰家が囲っている衆。背中に昇り火の模様が衣装の特徴。また防具も充実させている衆。
哭腑衆:太京に昔からある衆。実践主義。
「報道されてたっすよ」
茶色く、まとめた癖毛は前で切りそろえられ、丸い目にレイヤーをかけ、明るい表情ながらも、以前よりどこか愁いを帯びているような川瀬正二。
太京を湾越し西に眺める、工業地帯より海沿いのこぎれいな余食カフェー。
川瀬は再び一人暮らしに戻り、いまだ定職につかずにいる。
そんな中昨日の夜、時事情報局から、草平衆が関係していると思われる、事件の情報が流れて、よくよく確認すると、その場に新改革派と、舞雪形の<守人>がいたというのだ。
きっと二人も活躍したに違いないと興奮気味に連絡をして、今日会う事になったのだ。
「まあ昨日言った通り、活躍はしてねぇけどな」
まとまらない髪が更に乱れ、上がり気味の眉毛はかすれてちりぢりに、それでも相変わらずも挑戦的な黒い瞳にはレイヤー、そして肌も所々赤く腫れている空矢政継。
「俺に至ってはこのざま、とね」
短い黒髪と整った細い眉毛、優し気な目じりにはレイヤー、そして細い鼻と小さな口は、すっきりとした輪郭と合わせて知性を感じさせる黒田量だが、薄く右腕には治療帯衣。
まだしびれの残る右手でカップを持ち、珈琲を一口飲んだ。
「でも草平衆も新改革派も捕らえて、被害を抑えたんっすよね? 聖翼会っすか?」
「昨日も言ったろ、俺らじゃねえよ、甲斐師、俺らの師匠が、だよ」
「聖翼会でもないね、新改革派はもはや過激派とか、どうでもいいくくりだな」
らしくもなく、困ったような情けない表情の政継だが、少し焦げたこの見た目では、何をしても格好はつかないと。
「でも舞雪形の名前は、広まったんじゃないっすかね」
それがいい事かどうか、とやや自嘲気味の黒田に、らしくないなと思いつつも、意外な一面を見たようで、少しくすぐったい気持ちになる川瀬。
「やっぱり、青丹春防衛戦の経験が、いきてるんすか?」
先程と変わり、川瀬の表情が引き締まって見え、即答せず空矢、一拍置いて。
「……そのつもりだったんだけどな」
面白くなさそうな表情で、窓から湾を眺めた。
「装甲をつけた馬山国兵士なら……実際斬り倒せた」
黒田が。
あの時は数と、何より覚悟が足りなかったが、その経験は、入院という苦い結果で強い覚悟となり、その後の鍛錬の糧となった。
だから自信はあった。二人とも。
それが一対一であればなおの事、後れをとるとは少しも考えていなかった。だが。
「駄目、だったんすか?」
二人の強さに信頼をおいている川瀬としては、あまり信じたくはなかった。二人が弱いという事を。
「<守人>がイロハ装具一式を着けただけで、あんなになるとはな」
少し前から金剛衆が、装備を充実させていく事に、それじゃあ鍛錬に手抜きが出るんじゃねえかと、政継は思っていたが。
「情けねぇ、明らかな格下にてこずるとはなっ」
ひどく不機嫌に、言葉を吐き捨てる空矢。
「じゃあ、じゃあ装具さえなかったら」
「はっ、所詮いいわけだけどな」
ひどく醜い表情だったが、空矢のその言葉に、川瀬は自分が救われた気がしていた。
東光昇ビル火災事件と名付けられたこの出来事は、草平衆の一部が潜伏していた先に、衆の持つ旧兵器を利用しようと画策した、新改革派との騒動が発端であり、数は新改革派の方が多かったが、実力で勝る草平衆に対し、火災を意図的に起こす事で対応した。その為、ビル全体の流水システムは破壊され、結果として、大きな火災に発展したというあらましである。
「じゃあ、結構な大人数だったんじゃないっすか?」
「新改革派はね、草平衆はどうだったか」
黒田がまた珈琲を飲む。
「見た目で区別がつくんすか?」
素朴な疑問の川瀬。
窓からようやく視線を戻して空矢。
「装具一式が草平衆、無くて銃撃ってたのが新改革派。ひどいもんさ、連中,殆どが斬り殺されてたんだからな」
師匠である甲斐師が、新改革派の数名を、致命傷にならないよう無力化していなければ、軒並み死んでいたと、政継は思っていた。
「そういえば哭腑衆も、装具をつけ始めたみたいっすよ」
「 」
政継と量が同時に反応した。
口には出さなかったが、お互い同じ男を思い出していた。
「哭腑衆もか」
椅子の背もたれに寄りかかり、両腕を肘置きにのせ、股を開いて横柄とも思える態度で政継が鋭い表情。
格下が装備を整えただけ、であのていたらくなのだ。それを哭腑衆の、そしてあの男が使うとなれば。
「内戦が起きたなら、酷い事に、なるだろうね」
量が未来に起こり得る悲劇を、容易に想像できて、腕を組みながら、沈んだ表情で、ため息。
<守人>達が装具一式を整えて戦場に臨んだのであれば、たとえ鍛えられた軍隊といえども、それを鎮圧する事は決して容易ではないだろう。
軽火器や多少の攻撃には無傷で、相手が近接戦闘に不慣れだというなら、勇気も勢いも、自信を得て更に実力を発揮する筈なのだ。
「……考え直さなきゃぁ、いけねえみてぇだな」
鍛え直すのは、身体や技能だけではない。考え方も、舞雪形のごとく、柔軟性が必要だと、二人は決意を新たにしていた。




