白若竹 六
強盗の現場に出くわした陽。それは小さな出会いだった。
登場人物
赤実陽:
多々良真琴:<掛り>技師。
用語
電足帯:足の裏に着ける移動補助具。
<掛り>技師:主に武具を製作する技術者。
磁気浮遊式貨物箱:時期で浮遊する運搬具。
太京:陽の国の首都。
電柵:磁気式の防具。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
<守人>:近接戦闘職者。
「何やってるんだっ」
猫のような丸い顔、短い黒髪と白い肌、濃いまつ毛に瞳にはレイヤーと、尖った鼻先に小さく濃い色の唇。まるで少女のような陽の鋭い声が、細い切り立った崖に囲まれたような道に響く。
童顔の男が地面に転がりながらも荷物を取られまいとし、それを二人が奪おうとして、しかし陽の声に振り返った。
その表情は緊張、しかし直ぐに卑下た口笑いに変わり、顎を上げて見せる。
まあそうなるよね、と陽は思うも次の瞬間、それこそ猫のように低姿勢、電足帯が小さく光ると、鋭く地面を滑るようにとびかかった。
手前の男が慌てて蹴りだすが空振り、そのまますり抜けもう一人の男へ、彼は不意をつかれ避けようと後ずさるが間に合わず、残った足首を陽が掴む。勢いで前転するかのように、しかし足を跳ね上げて相手の顎直撃。電足帯の威力で勢い良く吹っ飛ぶ男。空中で器用にくるりと陽、着地。
背後から雄叫び、それに陽、目を見開いて、しかし振り返らず素早く屈む。すると相手は目標を失って、足がもつれ勝手に宙を舞い陽を飛び越えると倒れ込み、起き上がろうとしたところを、陽の踵が顎を打ち抜いた。
わずか数秒の出来事だった。童顔の男は倒れたまま、その様子を見て口をぱくぱく混乱したまま。陽が。
「大丈夫ですか?」
しゃがんで声をかけるとそれに気づいて、ようやく焦点が定まり、慌てて起き上がった。
「強いですね、じゃなくて、ありがとう」
差し出した右手は怪我をしたのか、血がにじんでいた。陽も手を出すが、相手はそれに気づいてごしごし服で拭うと再び手を出す。余計に傷が広がるんじゃなかろうかと、相手の表情を伺う陽の視線を、何か勘違いしたのか慌てて乱れた髪を直し、手を差し出す。また血がにじむ。それと気づいて、慌てて左手に差し替えた。
「……」
陽も手を変えてお礼の握手を受け取る。
「あ、ありがとうございます、こんな、こんな綺麗な方で、お強いなんて、こんな……」
「大した事がないようで良かったです」
微笑みかける陽に相手の背筋がのけぞるように、短くまあるい茶色の髪は少し埃っぽく、眠そうな茶色い瞳をめいいっぱい開き、色艶の良い肌に童顔の頬を紅潮させ。
「あ、あの、僕、は多々良真琴ですっ」
「赤実陽です、男ですよ」
「えっ」
まだこの時間では空気も冷たく、青く晴れた空は高く透き通り、それが気持ちいい。工場地帯には無理矢理作った緑のある公園と、勝手に生えてしまった僅かな木々が、膨らんだつぼみや早咲きの花を通して季節を伝えていた。
「<掛り>技師なんですね、じゃあ火繰家ゆかりなんですか?」
陽が。
「うん、去年までね。今年から、個人にも武器製造の認可がおりるようになったから、独立したんだ」
磁気浮遊式貨物箱を押しながら多々良が応える。
武器も道具も、もっと色々なものが考えられるし、技術的にも自信があったし。
「だからせっかくなら太京に出て、頑張ってみようかと思って」
そしたらこれからという時に、あんな事になるなんて、と少し口の端がひきつった。
「あ、ここ、ここが僕の工房だ」
へえ、と視線の先、古く錆びてはいるが、大きく立派な搬入口。
「どうぞ入って、散らかってるけど」
派手な音をたてながら入口が開き、多々良に続けて陽も。
「お邪魔しまぁす 」
初めて工房に入った陽。わぁ、と感嘆の声をもらし、とことこあちらこちらを勝手にうろつき始める。
個人用にしては広い工房は、どうやら企業の居抜き物件らしく、そこそこ大きなクレーンやらプレス機が、黄色と黒のテープであちらこちら留められたまま、放置されている。天井も高く、所々二階や中二階の構造になっていて、好奇心が尽きない。
先ずは一階部分をと改めて見渡すと。
「これは?」
作業台の上にある物を触ろうとして、しかし左手を引っ込め、多々良が来るのを待つ。磁気浮遊式貨物箱を設置して、何かの道具なのか、いくつか手に取りながらやって来て。
「あぁ、これは電柵だよ、形を変えてみたんだ」
電柵は普通、手のひらに収まる円形や四角の薄い物だが、これは小指程の細長い円柱型である。
「体積が小さいと、それだけ多く装備できるようになるとと思うんだ」
「なるほど」
目を大きくして陽は思わず納得。しかし考えてみれば、こんな小さな物で弾丸は弾くけど、刃物は弾かないとか、改めて考えると。
「不思議だよね」
手にした道具を、自分の服にしまいながら。
「ダイラタンシーだよ」
と多々良の言葉に陽のレイヤーが反応して、それが何なのか、詳細情報が表示される。電柵は、空気におけるダイラタンシー現象をつくる装置なんだと多々良。弾丸ほど強い衝撃には固形物的反応を示すが、それより弱いものには反応しない性質で、その強弱は調整できるんだと。
へぇ、と感心する陽。
「出力を上げれば剣も弾けるんだけどね」
でもそこまで上げると、人と触れ合うこともできなくなるし、服も。
「弾けちゃうかもしれないからね」
「じゃあこれは?」
別の作業台には、機械的な小型のジグソーパズルにも見える物が、目についた。
「電足帯だね」
衝撃の強さに応じて、反発力を発生させる装備だけど。
「これも、電柵と同じ現象の応用だね」
発生個所を、足の裏の好きな場所に変更できるようにと、工夫した試作品だった。
へえ、と大きく感心して、これは確かに便利そうと。
「ちょっと欲しいかもしれない」
その言葉にぱっと表情を明るく、そして紅潮させて多々良。
「あの、さ、<守人>、なんだよね、その、君さえ良ければ、どうかな、えと、手伝ったりとか、そういうの……」
やたらと身振り手振りを大げさにしながら言うその姿に、ちょっと可愛いと思いつつ言葉では。
「うんいいよ、都合さえ合えば。楽しそう」
そう言って猫みたいに笑った。