守人列記 六
捕らえられていた朱巻智也も、過激化した赤警察の拷問からは逃れられなかった。そんな傷心の彼を迎え入れたのは、同じ囚人となっていたそれぞれの立場の男達だった。
人物紹介
朱巻智也:草平衆の<守人>。衆を作った影松桐蔭の過激さに疑問を持ち始めていた時に、哭腑衆によって捕らえられた。元金剛衆。
祖茂田洋二:六月三日に起きた押土超高架道路爆破事件の関係者の一人。赤実陽によって、トイレで襲撃された。
利根崎十朗:空中公園原公園の近くにて、哭腑衆の襲撃を受ける。その際一時的に脱出したものの、たまたま居合わせた若智覚によって足首を切られた。
女十亀康二:新改革派の過激派組織、聖翼会の中心人物。常若で並比良和司達の襲撃を受け捕まっていた。
影松桐蔭:草平衆の創立者。徹頭徹尾国の為にという考えで行動する人物。
用語
金剛衆:火繰家に囲われている衆。攻撃的で強さこそ<守人>であるという考えが強い衆。背中に昇り火の模様が衣装の特徴。
哭腑衆:太京に昔からある衆。実践主義。
赤警察:捜査調査を担当する警察。
草平衆:影舘桐蔭が作った、何でもありの衆。
<守人>:近接戦闘職者。
「あ……」
やけに柔らかい背中の感触と、重苦しさのない空気に違和感を感じ、薄茶色の髪に、特徴的な怒り眉とくっきりした黒い瞳の、朱巻智也はぼんやり目を覚ました。
「……」
ベージュ色の天井は、淡く自己発光のように柔らかい光。
「 え?」
はっきりと目を覚ます。
「えっ!?」
跳ね上がるように上半身を起こして、周囲を見回す。
「ここは……病院?」
あの日、朱巻は潜伏先で金剛衆と哭腑衆、二つの衆から襲撃を受け、悲惨にも、自分を除いた草平衆の全員が斬り殺されていた。
自分を捉えた哭腑衆からは、ひどい扱いを受ける事はなかったが、赤警察本部へ行ってからは、まさに地獄、拷問を受けていたのだった。
朱巻にとって、その時間は永遠にも感じるものだったが、その二日後には、事前治安維持権の解除となり、彼は一命をどうにかとりとめたのだが、本人も知らない間に入院しており、その事に今、気づいたのだった。
「……うっ」
弾けるように一瞬、その時の記憶がっ。
しかし理性がそれを拒絶し、それは吐き気と頭痛という副作用をもたらす。
「……うっぷ、はあ、はあ、はぁ、……生きてる」
気を失う直前、いやそれよりも前から、具体的に何が起きていたのか定かではないが、拷問の末に身体を壊し、病院に送り込まれという事なのだろう。
吐き気を抑えていた右手を口から離し、五体揃っている身体を、確認する、が。
「なっ!?」
右手首先から先の皮膚が。
「白い……」
すると。
「左、も」
身体が瞬間重くなる。首筋後ろをものすごい勢いで何かが落ちていく。
いやだっ。
理性が止まる。勝手に右手がシーツをつかむ。
いやだっ。
白く知らない手先が、シーツをはがす。そこには。
「あ、ぁ……」
白い。
「あー……」
付け根から。
「……はっ」
付け根から、白い両足!
叫び声。
「酷くやられたな」
神経質そうな、細身で知的で学者風な男が、立ち上がって言った。
そこは円柱状の部屋で、半分は透明で分厚いアクリルの壁でできており、その中に寝具、水道、トイレと、一つの机があるだけの、刑務所の一室であった。
全ての部屋は独立して細い柱でつるされた状態で、下に出ている管は、排水と排泄用であり、全ての部屋はグレーチング構造の細い空中廊下で周囲と繋がれた、脱獄、暴動に対し非常に徹底された構造となっていた。
その一室に、朱巻智也は収容されてきたのだった。
恐らく、以前の彼を知る者であれば、一目見て、彼と気づかないかもしれない、それ程までに、鋭く暗い影をまとって見えていた。
「……」
朱巻は何も言わない。しかし相手はそれを気にせず。
「祖茂田洋二だ」
そう言うとその場に座った。他にも座ったままの、長身で首が長く、はっきりと見開いた眼が特徴の男が。
「利根崎十朗」
「……」
朱巻は何も言わない。しかし相手はそれを気にしない。そしてその一番奥、机の前の椅子に座っていた男が立ち上がり。
「良く生き抜いたね」
そう言って歩み寄る、その囚人服から見える肌は、朱巻と同じ、色。
「うぅ……」
朱巻の中で、本当に頭の中で何かがはじけた。その瞬間、大量の涙と、抑えきれない嗚咽の中、思わず相手の男に縋りつくように。
「うん、うん、いいんだ、よく頑張った、もう大丈夫、これからは私が面倒を見るから、大丈夫大丈夫」
そう中肉中背で、引き締まったとはいいがたいが、優しい顔つきで、しかし殆ど表情の動きがない男が言った。
「女十亀さん、そいつ」
「ああ……」
祖茂田の質問を察して、女十亀が。
そう、ここにいる者は犯罪を犯し収容されたのだが、それぞれの持つ雰囲気というのだろうか、分野違いとでもいおうか、何処に所属しているのか、それとなく分かるもので、三人が三人とも新しく来たこの若者が、草平衆であると分かっていた。
しばらくして落ち着いたのか、朱巻がゆっくり、しかし落ち着いて恥ずかしくなったのか、目をはらしながら下を向いて、女十亀から離れ。
「あ、あの、すいません、え、ありがとう、ございます」
こんな時に言うのが、お礼でいいのかよく分からなくなりつつも、頭を下げる。そして改めて。
「朱巻智也です、お世話になります」
と、今度は深く頭を下げた。
「立派なものだね、色々と分からない事もあるだろうから、遠慮なくいってほしい。少なくとも、ここにいる間は私も君と同じ、一囚人にすぎないからね」
言葉の抑揚がとてもはっきりとした話し方で、人によっては演技じみて見えただろうが、今の朱巻には、それ以上に、同じ苦痛を耐えた先輩であるという、同族に対する帰属意識、もっというなら、心から安心できる相手だと、完全に刷り込まれていた。
「えっと、僕は、草平衆……」
ちらちらと落ち着かず、部屋の周囲まで伺いながら、朱巻は自己紹介を始めるが。
「今無理に話さなくてもよいのだよ? 落ち着いてからでも、ゆっくりでいい」
椅子に座り直した女十亀のその言葉にまた、少し、自分でも何故だか少し涙ぐみつつも、話したい、声に出したい衝動にかられ、そのまま続けた。
以前は金剛衆にいて、解雇された事、その後、草平衆に入った事、影松桐蔭の事、またその考えの事、過激すぎて自分では着いていけないと悩んでいたいた事、隠れ家を襲撃され哭腑衆に捕まった事、その時仲間皆死んだという事……。
話し終え、わずかな沈黙の後、女十亀が立ち上がり朱巻の前に進むと、かがむようにして。
「得難い経験をした得難い人材のようだ、どうか私と友誼を結んでほしい」
「えっ……」
朱巻は女十亀という人物の中身をよく知らないが、非常に高揚した気持ちとなり、思わず。
「僕なんかでよければ、ぜひ」
「それはいいですね、女十亀先生がそういうのであれば」
と言って、立ち上がり祖茂田も握手を求めた。
「<守人>って事だな、悪くない。身体がなまらないように」
相手してもらおうか、と言う利根崎の両足首は、太くギプスが着けられていた。
彼のみ身体つきもよいので、朱巻は直ぐに<守人>だと分かった。
女十亀という男は、聖翼会の所属で、これは朱巻も名前くらいは知っていて、新改革派でも過激な組織で、詳しくは語らないが、この人はそこでひとかどの人物なのだろうと、そう感じていた。もう一人、祖茂田という男は、トイレにいたところを、ステーキナイフを持った<影梁>に襲われたという、よく分からない話をしていた。
こうして全くの偶然、いや、状況としては至極当然というべきか、それぞれ信念も考え方も年齢も異なる四人は出会い、この後、とある行動を共にしていく事となる。




