白若竹 十七
独自の動きを強めていく風間家。国は過激派である聖翼会を警戒していく。そんな中、ひと時の平和な時間を、多々良真琴の作った鉄踏株式会社で、赤実陽は過ごす……。
人物紹介
秦巻薫:金剛衆の<守人>。
赤実陽:風間家の<影梁>。早芽桜や柊楓といった変装がある。
竹野中竜兵衛:風間家の参謀。病弱のようだが予言に近い洞察力:を持つ。
女十亀康二:聖翼会の中心人物。
眞金葉子:多々良真琴に雇われた女性。
多々良真琴:才能豊かな<掛り>技師。技術一筋の真面目な性格。
用語
奥義衆:三目家の抱える諜報活動を得意とする衆。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
山都:首都太京より、西へ四百六十キロの位置にある太古に首都だった地域。
風間家:三目家の分家。流通関連を管理している。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
<守人>:近接戦闘職者。
火繰家:鉄鋼事業で財を成なした、古代より続く名家。王道派。次期王選を迎え、岐路に立つ。
金剛衆:火繰家が支援している衆。戦って勝つ事を最重要視している衆。その為、諜報能力が低いという弱点を持つ。
太京:陽の国の首都。
水円:太京の中で、北側に位置する繁華街。
赤警察:捜査調査を担当する警察。
青警察:重武装した治安部隊。
聖翼会:新改革派系の過激集団。太京周辺と、常若に分散して活動している。
常若:太京より北の地方の一部。俗称が途中都市。
鉄踏株式会社:多々良真琴の作った道具製造の会社。
メガシリンダー:別名を、大笹凡筒と呼ばれる、竹筒明星社の建てた人工子宮。
電柵:対飛び道具用の防具。
電足帯:足の裏に付ける電磁式の移動補助具。
「奥義衆が動いていると?」
山都の風情ある、大きな川にかかる木造の伝統工法で作られた、文化財的橋の近く。晴天に高く積もった白い雲と、まだ上がりきっていないが、そのままではじりじりと、体温が上がりそうになる太陽に、磁気傘ならぬ、赤紫外線反射帯で熱気を避けつつ、川べりの芝生に座り、風とひと時の憩いを人々は楽しんでいた。
その中に、やや長い前髪に左でまとめた長い黒髪、レイヤーをかけた瞳は薄青く、顔立ちは少し幼く見えるが、モデルのような秦巻薫がいた。
小さなピクニック用のシステマチックなバスケットに、珈琲と、よく焼いたトーストに挟んだ硬めの目玉焼きと、かりかりに焼いたチーズにベーコンのサンドウィッチ、そして高栄養のゼリー。
今日は休日という事で、山都へきて初めてこの川へと来ていた。
しかし勿論、これは休暇ではなかった。それは表向きの事で、彼は今、風間家と情報交換をしていたのだった。
その相手は近くにいる筈だが、秦巻には分からなかった。そう、相手は以前会った事のある、赤実陽という<影梁>だった。
『はい、主に政治工作の為、大勢の<影梁>が動いています』
やや機械的なその口調に、秦巻は身体が一瞬緊張したが、それとは気づかれないよう、首をほぐすように回す。
そういう事であれば、恐らく今こに場にも奥義衆の<影梁>がいるかもしれないのだ。しかし秦巻は<影梁>ではなく<守人>である為、こうした擬態的な行動は、素人のそれと変わりない。だから。
下手だなぁ。
彼を斜め上から見下ろす位置、木造の歴史的建物に似せた四階のカフェから、少し大人びた女性、柊楓に変装している赤実陽は見ていた。
秦巻としては慣れない<影梁>の仕事ではあるが、火繰家としての命令とあっては仕方がなかった。
彼からの情報は、火繰家が軍事兵器の開発製造をしているというもので、これ自体、火繰家が武器製造を去年まで独占していたのだから、一般常識的に誰もが予想している事で、特に価値のない情報だが、いつ、どのような、という詳細になると、話は別だった。
『旧兵器の情報を基に開発を進めている』
また九月頃には、最初の銃器の納品が始まるという。
これ普通なら、そうなんだ、くらいの感想だろうけど、竹野中さんならもっと色々分かっちゃうんだろうな。
そんな事を考えつつも。
やっぱり高圧的な感じはしないなぁ。
誰それ構わず斬り殺すような衆の空気を、やはりこの男から感じる事はなかった。
あくまで風間家と金剛衆との情報交換を終え、陽、今は柊楓だが、は太京へ急ぎ戻った。
晴天に高く積もった白い雲と、そろそろ真上に差し掛かろうとする日差しに、街を行き交う人々は、赤紫外線反射帯で熱気を避けつつ、誰もが忙しそうだった。
ここは水円でも繁華街の中心地にあり、その複合施設のオフィス階層の一つを、柊楓は見張っていた。
「あまり意味がないですね」
小さく独り言。丁寧語で。
またもやカフェの窓際席から、その階層を見上げているのだが、地上では同じところを、赤警察と青警察が隠れもせず見張っている。
そこは聖翼会の太京本部であった。しかしそこに出入りしている構成員に、現在逮捕される犯罪歴はない為、そして犯罪を抑止する意味も含めて、威圧的に見張りの行動をしているのだった。
聖翼会は<守人>の衆ではなく、単なる過激派集団なので、完全武装の青警察には抵抗できないが、爆発物製造など、後先考えないテロ行為を取りえる事は、脅威だった。
実際、常若にて発生していた爆破テロでは、何十人という犠牲者が出ているのだ。
「……」
柊楓が、レイヤーに映した女十亀康二。聖翼会の中心人物だが、今は赤警察に捕まり刑務所の中である。
その反動で過激な行動に出ると、竹野中は予測しているが、現場で働いている赤警察達も、同じ考えのようだった。
上品な手つきで、蜂蜜入りの紅茶を入れたティーカップを左手で持ち、口に近づけると、刻まれた葉が広がるようなイメージと、口に含んだ時の、鼻腔へ通り抜ける鮮烈な香りと、ふわりと消えていく甘味に、少し目を丸くして。
「美味しい」
どうやらここはただのありふれたカフェではなく、きちんとしたこだわりのある店のようだった。
そして柊楓としては、直接見張る事にこだわりはないので、手提げ鞄に入れておいた、小指の爪程の小型カメラを仕掛けるべく、その場所を探す事にした。
その前に、紅茶をじっくり味わってから。
「あ、出来上がってる」
その猫のような丸い顔に、短い黒髪と凛としたレイヤー越しの黒い瞳、つんと尖った鼻先に小さいが色の濃い唇を持った、少女のような陽が声を上げた。
ここは太京から湾を挟んで東側に位置する工業地帯の一角。
古かった外壁は一部新しく建て直されており、それの高い位置には、鉄踏株式会社と大きく看板が掲げられてあった。
そしていつものように、勝手に中へ入っていくと、以前は広々とした中に、使えるもの使えないものが一緒くたとなって、機材がただ置かれているだけだったが、高い壁に囲われいくつもの部屋状になっており、それぞれで複数の機械音がしていた。
そして以前建物奥のの壁であった場所がくり抜かれ、隣の建物へと続いている。そこを通ると。
「あ、陽ちゃん、いらっしゃい」
声をかけてきたのは、背の高い普通の女性のようだが。
「おお」
片手で数十キロはあろうかという、金属製の材料が入った箱を軽々と移動させ、陽が驚きつつ。
「こんにちは葉子ちゃん」
そう呼ばれた相手は、黒い肩までの髪を高く結い上げ、はっきりとした眉毛に大きく薄い空色の瞳に大きなレイヤーで、笑顔と同時に唇を突き出すと。
「こんにちは」
とはっきりした声を返してきた。
元々は、多々良と同じ、火繰家に連なる会社で働いていたのだが、景気が悪くなり、一時的にではあるが、火繰家自体の財政も悪化した時に、日ごろから折り合いの悪い、職場の上司によって首となっり、太京に出てきて次の仕事を探していたところ、納期が前倒しとなってデスマーチの多々良と出会い、そのまま就職する事になったのだった。
今までは忙しい多々良の代わりに、陽が運んでいたメガシリンダーへの納品も、前回から、彼女がやるようになっていた。
「まこっちゃんに用だね?」
台の上にたたまれていた布巾で手をぬぐいつつ、笑顔で彼女が言うと、陽の返事を待たずに。
「社長ーっ」
とても大きな声で奥に呼び掛けた。
レイヤーを使えばいいのに、と陽は思うが、彼女らしいといえばそうかなとも。
すると奥からがちゃがちゃと音をたてながら、短く茶色の髪に、眠そうな茶色の瞳にはレイヤーをかけた、多々良真琴が。
「何かな? 眞金君」
こっちもレイヤーを使わない。お互い、いうなれば技術の前線にいる者同士なのに、面白いなぁ、と陽は思った。
そして多々良は、そこにいる陽にすぐ気づいて。
「ああ、赤実君」
笑顔で迎えるその様子は、以前より痩せてはいるが、大分顔色もよくなっていて、陽は緩く笑顔になった。そして互いに近づいて。
「どう? 多々良さん、順調?」
おかげさまでと返す多々良だが、これは型通りの挨拶なんかじゃなく、本当に順調に進み始めたという、心からの言葉だった。
電柵と電足帯の、軍務省による大量導入と、それを高く評価した事による、次世代の電柵、電足帯の開発資金援助も決まったのだ。
そしてその、高性能な電柵と電足帯の開発を最初に依頼したのが。
「これも赤実君のおかげだよ、本当に感謝してるんだ」
役に立った実感のある嬉しさと、多々良さんが喜んでいるという二重の嬉しさで。
「へへへ」
陽は照れ笑い。
「ほんとーにね、おかげであたしも職に就けたわけだし」
「そうだ、落ち着いたら、会社設立のお祝いをしようよ」
先月下旬に会社登録したものの、今もだが、忙しくて落ち着く暇がなかったのだ。
一通り、話が盛り上がり落ち着くと多々良が。
「そうだ、来てくれたついでで申し訳ないんだけど、ちょっと、いいかな?」
眞金も手を止めて、彼を手伝いつつ何かの準備を始める。
「んー?」
とても細い棒状の物がいくつも出てきて。
「これは?」
「新しい電柵、というか、電柵と電足帯の機能を合わせた、新しい道具の試作品なんだ」
へぇ、と感心する陽。
確かに、電柵と電足帯はどちらも似たような機能なのだから、合わせるのはそんなに難しくない気はする。
しかし、高速移動体を弾く電柵と、使いたい時だけ状況に応じて、強弱をつける電足帯とでは、矛盾した状態だとも、陽の第一印象。
そしてその棒状の物を、薄手の手袋に沢山付けていく。その準備中、眞金がバケツに水を汲んで戻ってきた。
「手袋と水?」
何だか分からない陽。
「これを着けて」
そう言われ、素直に左へ手袋を着けると、机の上のバケツを、目の前に差し出される。
「これをどうするの?」
「水につけてみな」
何故か得意げな葉子。
細いとはいえ、いくつも鉄の棒がついた手袋は重く感じ、これで手を思いきり振って走りたくないなと考えつつ、水に手のひらを近づけると。
「あ!」
水面にさざ波が立ち、反発力感じた陽。それでも強引に手のひらを近づていくと。
「おぉっ」
その部分の水が押しやられ、へこんだようになったのだ。
「凄いっ」
「強くたたいてごらん」
葉子に言われ、軽く水面を叩いてみた陽。
「わっ」
さっきよりも急激で強い反発力に、腕ごと跳ね返ったのだ。
「 なる程っ」
陽は電柵と電足帯の機能を一緒にした、という意味がはっきりと分かり、破顔した。
「これ、凄いかも」
弱い反発には弱く、強い反発には強く、とどちらかといえば電足帯の機能に近いが、自分で出力を一々変える必要がないので、行動に集中できると、陽は思ったのだ。
一瞬の判断が成否を分ける時、この違いは大きいだろう。
「良かった、そう言ってもらえて。まだ試作品だから不安定なんだけどね」
「また陽が試験したいこれ」
「うん、もちろんお願いしたいな」
「じゃあ早くやってかないとね、社長っ」
眞金の突っ込みに、眠そうな目がいっそう下がり多々良。
「そうだったぁ」
抑揚ののずれた調子で、溜息と共に吐き出した。思わず笑う陽と眞金。
ひと時の、平穏な時間だった。




