火繰家伝 十一
遂に政府内にて次期王選が始まった。そして火繰家も動き出すが、過去にない状況下とあって慎重に行動する事になる。足りない<影梁>、問題となっている金剛衆の頭目、月帝家のなりふり構わない動き、三目家という強力な敵。火繰家は無事権勢を保つ事ができるのか!?
人物紹介
那美樫奉斎:王道派の次期王候補。冷静だが旧態依然とした王についている事で、柔軟な身動きが取れずにいる。
知野陽音:火繰家の参謀兼当主の教育係。優秀だがやや感情的な部分もみられる。
河智聖子:火繰家の当主。若く知野陽音の操り人形的に思われる事が多いが、頭の回転が速く決断力がある。
三岡芳蔵:火繰家の財務担当。きわめて常識人。
瀬地幸田:金剛衆の頭目。<墓守>。独善的な面がある。
鷲尾剱持:金剛衆唯一の<影梁>。
用語
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
太京:陽の国の首都。
山都:太京より、西へ四百六十キロの位置にある太古に首都だった地域。
火繰家:鉄鋼事業で財を成なした、古代より続く名家。王道派。次期王選を迎え、岐路に立つ。
三目家:古代から存続する名家。あらゆる分野に企業を持つ。今の代になって、初めて政治的な権力へ積極的に近づき始めた。
月帝家:政治や経営者を数多く輩出している、古代より続く名家。近年、その影響力が非常に低下している。
風間家:三目家の分家。流通関連の事業を持つ。
力登:太京より西北へ四百キロにある、使用率の低い、首都に近い中規模の港街。
電柵:対飛び道具用の防具。
電足帯:足の裏に付ける電磁式の移動補助具。
金剛衆:火繰家が囲っている衆。背中に昇り火の模様が衣装の特徴。
<守人>:近接戦闘職者。
「那美樫奉斎が、<影梁>を雇っているようです」
細身、細い顔、薄い口に細い目、そしてレイヤーまで細い知野陽音の報告に。
「<影梁>を!?」
思わず驚いた、前髪を切りそろえた後ろに黒い長髪に、赤茶色の瞳にレイヤーをかけた河智聖子。そしてその向かいで同じように驚く、面長で矢印のような鼻の三岡芳蔵。
首都太京より、西へ四百六十キロに位置する山都。その山都にて、最も広大な土地を所有している火繰家。まるで敷地内が一つの街のようですらあった。
河智達がいるのは執務を行う建物、風送りの館二階にて。
「なる程、競争相手を追い落としにかかったって事か」
大げさに腕と足を組んで、三岡は何故かしたり顔。
正式に次期王を決めるといった告知はなされていないが、知る者にはこれによって人選は決定したのであり、本格的な駆け引きが始まった事を意味していたのだ。河智が驚くのも無理はなかった。
部屋に入るなり、そう報告した知野は。
「失礼します」
といって、河智の近くの椅子に座る。
一呼吸して河智。
「では、火繰家としては全力で、那美樫奉斎氏の援助を行うべきでしょう」
「はい、ですが今回は慎重に動くべきかと」
勿論その理由は。
「三目家ですね」
ため息交じりに河智。
政治的駆け引きにおいては、火繰家に一日の長があると、この場の全員が思っている事だが。
「資金力が脅威ですね、札束で殴り合ったら勝てない」
先程の姿勢のまま、三岡が現実をつきつける。
今までであれば、政治的に重要局面において、火繰家ともう一つ、月帝家と共同で事にあたってきたが、果たして。
「今回も、月帝家と、共に行動すべきでしょうか?」
やや眉間に皺を寄せて、知野に尋ねると、勿論そうすべきでしょう、と。
「ただし月帝家は、もう後がない状況です」
自己の権力を確保しようとするあまり、状況によってはなりふり構わない行動に。
「出るかもしれません」
「確かに」
三岡が続ける。
「以前に三目家の件で行った時も、余裕がない感じでしたしね」
政治でものをいうのは、損得勘定による囲い込みである。資金力はそれに最も効果的で、即効性がある。だが、それを持たない月帝家がここまで残ってこれたのは、他にはない人脈ゆえであった。
「月帝家の人脈は無視できません、しかし、今まで通りの結束も結果も、期待できないでしょう」
知野の言葉に、人差し指を鼻に当てて河智、ため息。
月帝家が当てになるどころか、問題になりかねないとしたら、状況は今までより悪くなったと考えていた。いなければ、そういったしがらみを全て無視して動ける分、好き勝手に行動しやすいように思えたからだ。
「万が一、あらゆる可能性に対処するという意味で、 月帝家がいないという状況も想定しましょう」
「! はっ、かしこまりました」
知野からすれば河智のこれは、大胆過ぎる提案だった。
月帝家がそうしたこちらの動きを察知すれば、確実に敵に回るからだ。そして河智の言った、月帝家がいない、という状況は存在しえず、敵に回す、という意味の、婉曲的な表現でしかなかった。
「これは今まで以上に、儲けていかないといけませんな」
そう言って三岡が、座り直し、わざとらしくネクタイを直すそぶり。
以前、三岡が言った通り、陽の国の経済状況は日を追うごとに、緩やかだが悪化している。貸し出した資金については、利息分を減らしはしたが、風間家より力登の港を借りられた事で、損失分は十分補えていた。
しかし、資金の回収を急いだ事で、その影響力の低下は懸念事項となっていた。
それを挽回する為にも。
「軍務省への武器提供の件は、どのようになっていますでしょうか?」
座り直しながら、河智が三岡に尋ねる。彼は壁にスケジュール表を映しつつ。
「銃器の製造ですが、予定より早まり」
八月中旬には試験用納品分を納品できます。
「その後一週間の試験期間を無事終えると、九月より」
順次納品をしていきます。
「三岡さん、これには軍の入金予定が無いようだが」
知野の指摘に、スケジュール表示期間を伸ばして三岡。
「ここです、年末。ここで一括です」
「万が一、試験で不合格の場合は、どのような対処をするのでしょうか?」
今度は河智が。
「ああ、それはありません、向こうの試験官を随時呼んで確認作業をしてます、それに要求の三段階上の、厳しい状況でやってますので」
なので試験用の先行品といいつつ。
「量産を開始してます」
わかりました、ありがとうございます、と落ち着いた表情になる河智だったが。
「ああ、でも気になる事が」
その言い方に、知野が眉をひそめる。
まだ交渉中案件なので、報告してなかったんですが。
「どうも、電柵と電足帯は、買ってもらえない気がしますね」
目を細め、知野が。
「正確な情報が欲しい、具体的には?」
腕を組み、わざとらしく唸りながら三岡は。
「調べられてないんで確定情報がないんですよ、んー、多分ですけ、既によそから買ってるんじゃないかなぁ」
知野が河智を見る。
「そう、ですね……、九月には銃器が納品される事を考えますと、電柵をこの時期に至っても買わないのは、不自然ですね」
三岡は小さな声で、誰にでもなく、<影梁>が使えるといいんですけどね、と愚痴。
「今年から、国の認可を受ければ誰でも製造可能になりました、しかし」
知野のいわんとしている事に気づいて、河智が彼を見る。
「火繰家ゆかりの者が関わっていますね、今年に独立した中にいるのでしょう」
あまりいい状況ではないが、この事自体は、市場の競争原理でしかない。火繰家がより良い物を作るか、安く仕上げるかで、競争力を上げる必要があるのだ。
これは何も電柵、電足帯に限った話ではない。全てにいえる事だった。
「三岡さん」
そして河智の決断は早かった。
旧兵器に関する情報の開示依頼を、なるべく急いでください。
「はいっ」
姿勢を正して返事を返す三岡。
「やはり<影梁>の確保は急務のようですね、このままでは情報をつかめず、後手に回ってしまう可能性があるようです」
河智としては、これ以上待てないという気持ちでいっぱいだが、前回の話でもあった通り、<影梁>の人材確保は難しい状況のままで、言われた知野としても直ぐというわけには……。
「……そうですね、仮の処置としてですが、金剛衆から、それに対応できる者をあてがうのはいかがでしょうか? 勿論、瀬地さんの許可がいりますが」
「分かりました、許可をもらいましょう」
面倒くさいかもしれませんよ、と三岡が余計な事を言うので、知野が薄くした目でにらみつける。河智の顔が素早く三岡に向かい。
「何故でしょうか?」
平易に言ってみせるが、その視線は強い河智。腕を組み三岡は答えて。
「瀬地は<影梁>が嫌いですね、あれは。前回の人員整理の際、主に<影梁>を優先して外したのも、その所為ですね」
唯一残っている鷲尾剱持にしても、能力が高いというのも理由ですが。
「立ち回りのうまさが、原因だと思いますよ」
右手を胸にあて知野は、前回と同じ事を思いだしつつ、瀬地幸田の頭目としての資質に、疑問を感じるようになった。それは河智も同じのようで、鼻に指を当てながら。
「瀬地さん以上に、金剛衆には頭目として相応しい者が、いますでしょうか?」
三岡がきちんと向き直り。
「正直、います、指導者という意味では。ですが彼程強くはありません、瀬地の実力は一つ抜きんでています」
金剛衆が<守人>の集団であり、その実力でもって火繰家を守るのが命題であれば、強さというのは絶対的な価値を持つ。
「 分かりました、今回は金剛衆への依頼ではなく、火繰家当主として命令を出す事に致しましょう」
珍しく、少し早口に、河智は言った。




