カミツレ 十ニ
太京へ避難していた並比良和司達。そこへ昇翔太郎が尋ねてきた。彼は誘われて軍へと入ったのだ。それは公安省と軍務省の力のバランスが、変わっていく兆候だった。
人物紹介
昇翔太郎:元赤警察。青丹春防衛戦後、常若へ左遷されていたが、赤警察を辞め軍務省へ。
並比良和司:辰港事故を事件だと知る当事者。<守人>。
原井円生:元公安大臣。議員を辞め、ある企みをもって軍務省へ入った。
笹目之乃:常若で並比良和司とともに聖翼会を襲撃した若い<守人>。
影松桐蔭:草平衆の創立者。信念の人。
若智覚:辰港事故を事件だと知る当事者。<守人>。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
太京:陽の国の首都。
赤警察:捜査調査を担当する警察。
常若:俗称が途中都市と呼ばれる、陽の国の北部の地方都市。
馬山国:陽の国に戦争を仕掛けた大陸の国の一つ。
辰港事故:世界最大級の港建設中に起きた事件。公式には事件とも事故とも示していない。世間的には事故という事になっている。
草平衆:影松桐蔭が作った衆。国の為に行動すべしと、その結果、旧兵器の強奪を行い、指名手配を受けている。
<守人>:近接戦闘職者。
旧兵器:国をまたいで軍隊が常時戦っていた時代に使われていた兵器。国際的に使用が禁止されている。陽の国では内戦もなかった為、竹筒明星社に保管されていた。
事前治安維持権:公安大臣が持つかつて一時停止させられ、回復した権限の一つ。公安大臣の暴走する切っ掛けとなった。
「随分なところに住んでるんだね」
入るなりそう言った、スマートで短い黒髪に大きな瞳と大きな口、どこから見てもモデル顔の昇翔太郎。
午後になり気温も高いからか、半袖のシャツ姿だが、ラフな雰囲気というより、むしろよりモデル感が強まって見える。
「先々週までろくに買い物もできなったので、まあ、これから」
そう切り返す、少し長い黒髪は時折後ろで束ねられるくらいで、まつ毛は濃く綺麗な楕円の瞳は黒、レイヤーをかけ、シャープで角ばった輪郭に硬そうな鼻と口の並比良和司。
がらんとした、元は五十人は入る事務所だろうか、しかし床も壁も天井も全て装飾がはがされ、むき出しのコンクリートになっており、入ってきた右手に水回りやコンロやら何やらあって、しかし家財と呼べそうなのは、壁代わりのパーテーションが二つ置かれたそばに折り畳みの寝具だろうか、それが二つあるのみ。いや。
「あれは風呂かい?」
入ってきた入り口側は壁だが、それ以外の三方は過度に柱がある以外は硝子窓で、その柱を影に使うようにして、湯舟が置いてあった。
「ええ、入る時にはあのパーテーションを」
移動させて使うのだと並比良。
ここは太京から湾を挟んで、東側にある工業地帯の一角。そこに廃墟同然の雑居ビルが複数あり、中でもここはただ同然だった為、並比良は内見もせずに借りる事を決めたのだった。本来ならば。
「直ぐに家具を整えたかったけど」
赤警察の監視に見つかりたくない為、なるべく行動を自重していたのだった。
勿論それは昇も理解していたので。
「そうだね、監視も解けたし、俺もこうして晴れて自由の身になったしね」
約二週間前に事前治安維持権が解除となった為、並比良達が常若赤警察本部にいたあの時、実は出されていた二人に対する任意事情聴取の命令も、解除となっていた。
昇もその時の命令確認違反という事で、巡査部長から平に降格となっていた。
あの状況下で単なる降格で済んだのは、彼の人となりによるところが大きいのだと、並比良はそう思っていた。
「しかし赤警察を辞めるとはね、身を置くに値しない?」
性格も立ち回りも能力もあるのだ。赤警察が正常化したなら左遷先であったとはいえ、常若にて出世もできたろうし、時間はかかっても、太京に戻る事もできたであろうと、並比良はそう思うが。
「いや、そういうわけではなくてね、誘われたんだよ、軍務省に」
「へえ」
思わず声が出た並比良。
実は午前中に入省式をしてきたのだと言い。
「そこで辞令も受け取ってきたよ」
「辞令も」
勿論内容は言わない昇だが、並比良としては随分性急だと感じたのだ。確かに今軍務省では、急激な人員拡張をしてはいるが。
昇が窓際まで行き、外の景色を眺める。が、広くない道を挟んだ向かいの建物が見えるだけで、取り立てて面白いものでもなかった。
並比良が隣に立ち。
「馬山国が軍備を増強しているともきく」
当然、再び戦火を交えるかもしれない事は、誰にでも予想できる事で、しかも次があるとするならば、もう不意打ちはできない以上、十分な戦力を持ち出すのは明らか。
「再び戦えば悲惨な結果が起こるだろうね」
分かっているとばかりに、そう応えた昇。それでも。
「誘いは原井さん本人からなんだよ」
「元公安の?」
原井が公安大臣だった時は、彼の権力欲とその為に必然、強化された現場での権限がかみ合い、全てが順調であったと昇。
しかし辰港事故が起き、何故か大臣辞任、それに巻き込まれた現場の上級管理者も左遷等の憂き目にあい、必然的に後釜を狙う事務方が公安の権力を掌握。そこへやってきた大臣が若造ともなれば、内部が一致団結等とはあり得ず。
「結果、公安内部にスパイの入り込む隙ができても、全く不思議じゃない、恐らく」
当時の現場上級管理者はすべからく。
「原井さんからの誘いを受けるだろうね」
「……という事は」
少しして並比良が気づく。
「そうだね、公安省の現場力は著しく低下するね」
ぎりぎり踏ん張っていた現場の若手も、上でそういう動きがあれば、残る事で得る機会よりも、割を食う事になるのは明らかだと。
「続く事になるだろうからね」
その本人がそう言っているのだから、説得力を感じる並比良。
「結局きな臭い話なのか?」
直球で尋ねる並比良に。
「どうかな、俺からすれば当然の話としか思えないけれど、裏で何をやってるかなんて」
並比良に向き直り、肩をすくめて。
「知りようがない」
それもそうだ、と請け合う並比良。そこに。
「あ、昇さん、お久しぶりです」
前髪を切り揃え、高く結んだ後ろ髪は黒く腰まで。大きくアーモンド形の目にはレイヤー、形の良い卵型の輪郭につんと尖った鼻と小さな唇の、笹目之乃。
きちんと一礼する笹目に。
「笹目君も元気そうで」
と会釈。
「今赤警察は落ち着いてきているんですか? 草平衆の本部も抑えられたと聞いてますし」
その言葉に眉毛と口を微妙な形にした昇、の代わりに並比良が。
「昇さんは赤警察を辞めたよ」
「えっ!?」
素直に驚く笹目。
「それにまだ影松桐蔭を捕まえたわけじゃない」
「そうなんですかっ?」
やや大股で近づいてくる笹目。
「ふう、話しずらい話題だな」
そう言いつつ、窓硝子によりかかり。
「現場にいたわけじゃないから、また聞きと予想も含まれるけど」
と前置きをしつつ説明する昇いわく、草平衆の本部を襲撃できたのは間違いなく、しかし捕らえたもの死亡した者の中に、影松桐蔭は含まれていなかった。逃げた者の中に、
顔も分からない程の重装備で、正面突破をした<守人>がいたという。捕らえた草平衆の証言では、それが影松桐蔭だという事だが。
「赤警察じゃ今後の活動に支障があるとか何とか、きちんと公表はしてないけどね」
と並比良でなくても、捕まえた発表がない以上、逃げられたと皆が思うであろう。
「でもこれで旧兵器のありかが分かりさえすれば、目的の半便は達成だと思いますが?」
草平衆の本部を抑えたのだから、捕らえた者から情報を聞き出せば、直ぐにでも旧兵器の場所は分かる筈と笹目。しかし。
「直前に事前治安維持権が停止していたからね、取り調べにはそれなりに時間がかかると思うよ」
それの停止によって、赤警察の強引な行動も通常に戻り、本来これが正しい状態なのだが、強引な手法が取れない為、時間がかかってしまっているのだ。
それでも時間の問題だというなら、それで解決する状態なら。
「旧兵器の場所さえ分かれば」
「どうかな」
並比良が窓硝子に寄りかかり、言った。
「草平衆が奪ったのは、 三車両だけだ」
レイヤーで確認しながら続ける並比良。
即ちそれは、少ない人数で移動させられるという事で、聴取に時間がかかれば当然。
「聞き出した所には、無い事になる」
本部を強襲してから一週間近く経っている。
「確かに、移動だけなら、ふうっ、そうだね」
現場の事を思うと、辞めたとはいえ、昇としては気になるところだった。
「では昇さんは、今後どうなさるんですか?」
興味があって聞いたわけではない、何となく質問した笹目。
「軍務省にね、今日はそれで太京に来たんだよ」
意外です、とやや眉間に皺を寄せて切り返してきた笹目の頭の中では、公安省と軍務省の区別がいまいちついてない。その為、互いに競争相手の関係だと思っており、仲間を裏切って敵方についたように感じたのだ。
「ふぅ」
素直というか何というか、並比良が具体的には分からないまでも、勘違いしてそうだったので。
「昇さんは原井円生元公安大臣に、請われて入ったんだ」
「はあ……」
まだ皺が消えない。
「それにあの後俺達をかばった行為で、平に降格させられてる」
「!」
反射的に深々と頭を下げる笹目。それに対し、気にしてない済んだ事だと、話を切り上げる昇。
今後は何処で勤務するのか、具体的には分からないがしばらくは太京にいるとの事ので、今度一緒に食事にでも、と挨拶を交わし、昇は帰っていった。
「並比良さん、食事まだですよね? 私今から用意します」
ありがとうと返事を返し、しかしテーブルがあるわけじゃなし、折り畳みのベッドの形を少し変えて、テーブル代わりに。そこへ少し辛目の香りをたてた煮込み料理だろうか、を笹目が持ってきて頂きますと、食べ始めた。
「ん、美味しいな」
並比良が笹目の視線に気づいて、そういうと。
「良かったです」
とすました表情。
「……」
「昇さん、どんなお仕事をするんですかね」
馬山国が軍備を増強している事は、笹目だって知っているから、再び戦端がひらかれれば、真っ先に矢面にたつ事になると。
「どうだろうな、昇さん以外も大勢、公安から流れているみたいだからな、外国というよりも国内に対する行動の方が気になるな」
それは並比良の感想でしかなかったが、現実の問題となって、この国に混乱をもたらす事となる。
と、その時。
「ん?」
「どうしました?」
並比良のレイヤーに連絡通知が。相手は。
「若智」




