三目家伝 一
古より続く三目家が揃った、一族の会議が開かれる。この先の永遠を手に入れる為、風間福児は竹野中竜兵衛と秘密裏に行動を起こしていた。しかし、同じく三目家の繁栄を望む光芽守靖は全く別の事を考えていた。
登場人物
風間福児:風間家の当主。
竹野中竜兵衛:風間家の参謀。
光芽守靖:三目家の当主。長男。
津山義幸:光芽守靖の部下。<守人>。
藤間忠四郎:藤間家の当主。次男。
縁河煕子:藤間忠四郎の部下。<影梁>。
木立友也:木立家の当主。
真三忠蔵:真三家の当主。
和鷺爲藤:真三忠蔵の部下。執事長。
袖内樹林:真三忠蔵の部下。<影梁>。
金井正道:金井家の当主。三目家の投資部門担当者。
女柳佳津:女柳家の当主。医療関連を担当。
青雪雫:女柳佳津の部下。<守人>。
陸奥木隆義:陸奥木家の当主。治安部門を担当。<守人>で<墓守>。
棚占部是明:陸奥木隆義の部下。<守人>で<影梁>。
咲真菊子:陸奥木隆義の部下。<守人>で<影梁>。
「風間福児様、竹野中竜兵衛様がお着きになりました」
やたらと天井の高い部屋、簡潔だがしつらえの良い、昔ながらの手で開ける重そうな扉から、頭の両側を刈上げ、左に流した黒髪の、腰に短刀を下げた男が告げると、その後ろから。
「失礼いたします風間様」
「竹野中」
一面淡い白色の壁にある大きな窓硝子からは、眼下に朝の街並み。その部屋の奥で黒いソファーに座ったまま、短く清潔感のある黒髪と黒い瞳の風間が手招きをしていた。
扉が閉まる。
「遅れて申し訳ありません」
肌は白いというより血色が悪く見え、薄茶色でサラサラの短髪に隙間の大きい二重で瞳の色は灰色、細い鼻と色の薄い唇は、相手に病弱な印象を与えるが、その動きは機敏な竹野中がそばに寄る。風間とは対照的。
身体をかがめて顔を近づけると。
「で、どうだった?」
「追加資金で間に合わせるつもりのようです、しかし全面開港とはいかないかと、風間様」
なる程とうなずき。
「この後の三目家会議で、俺のとる道が決まる」
小さい港を複数押さえてあるから、例の辰港の開港が遅れる事で、二、三年は利用業者が増えて莫大な利益が上がるだろう。
「それを元手に風間家を三目家から独立させる」
という風間の言葉に竹野中。
「もし三目家が、拡大路線を辞めた場合はいかがいたしますか?」
笑って風間。
「いいじゃないか、それこそ正しい姿だ」
そして顔をゆがめて。
「だがそうはならない、愚かにもな」
口調こそ激しくないが、吐き捨てるとはこの事だと、竹野中は表情ひとつ動かさず思った。
「これからやってもらう事が多くなる、頼むぞ」
そう言って優雅に立ち上がると、竹野中を従え別の部屋へと向かう。
何度も通路を曲がった先、たどり着いた扉を開け。
「遅いぞ、何をしていた」
先程と同じく白を基調にしているが、黒い柱が壁沿いに威圧的に並び、高い天井は一面が照明なのかとても明るく、真下の長く分厚いテーブルとそこに着く人達を、これ以上ない程照らす部屋。に着くなりの言葉に。
「こう見えて忙しくてね」
テーブルの一番奥に座る男からの棘ある言葉に、悪びれるでもなく返す風間福児。そしてその後ろに立つ竹野中竜兵衛。
「光芽守靖様、全員揃いました」
一番奥に立っていた男が告げる。
七三分けに固めた黒髪に、細い眉毛と細く茶色い瞳、面長でしっかりした鼻と大きな口は、壮年の時と仕立ての良い服装と相まって、壮麗な印象の光芽守靖が右手を上げ。
「それでは三目家会議を始める」
竹野中が目だけで出席者を一瞥。
奥つきあたりから三目家長男の光芽守靖と部下の見るからに堅物そうな津山義幸。
時計回りに次男、ふわりと横に流した黒髪に下まつ毛の濃い茶色がかった瞳に、短く平たい鼻に大きな口の藤間忠四郎と、そばに立っている参謀役の、前髪を切りそろえたやや長めの茶色いモッズヘアに、小さく濃い青の瞳と整った鼻に、少し笑ったような口には薄く紅をひいた<影梁>の縁河煕子。
続けて自分達。
その横、色の抜けた茶色い髪は緩く波立って、目じりが下がりいつも微笑んでいるようで、大柄で穏やかな性格に思えるが、冷静冷徹理論重視の木立友也。
突き当り末席には、そろそろ老境だろうか小柄で痩せているが眼光は黒く鋭い真三忠蔵と、真ん中で分けた短い黒髪に、半開きの目、矢印のような鼻、への字に曲がった口と四角い輪郭の和鷺爲藤、女性で茶色のモッズヘアに細い眉毛と瞳、色は濃い藍色。細い輪郭をしており、鋭い形の鼻にへの字の口という特徴を持つ<守人>、袖内樹林の部下二名が後ろに立つ。
そして向かい側奥より、びしっと決めた七三分けの黒髪に、眉間に深く刻まれた皴と青い瞳、細い鼻にきつく閉じられた口は全体的に神経質な印象が老けて見える金井正道。
その隣に、やや長い紺色の髪を自然に流し、やや吊り上がり気味の黒い瞳と、長い鼻に横に長く閉じられた口の女柳佳津と、後ろに立つ、白髪で怒り眉に優しそうな灰色の瞳、短いが尖った鼻と色の薄い唇、装飾を施した刀を下げた護衛の<守人>青雪雫。
最後、上座に近い席に、精悍で色黒、銀の短髪に角ばって鋭く黒い瞳と、同じく角ばった鼻筋に、薄いが固く閉じられた唇。大柄だが引き締まってずっしりと落ち着いた雰囲気の陸奥木隆義、その後ろに立つ二人、一人は細い目鼻だちに濃い茶色短髪の棚占部是明と、もう一人は、短いが目までかかる黒く丸い髪形に、少し疲れたような下がり気味の茶色い瞳と、小さい鼻に小さい口。細いが張って均整の取れた肩に、すらりとした身体つきは遠目に青年のようでもある咲真菊子。
「……」
癖の強い面々を揃えての、三目家一族による今後を決める会議であった。
全員がレイヤーをかけると、そこに共通の画面、三目家が関わるすべての業種売上推移と、各業種ごとの権利関係が図やグラフとなって表示された。それは要するに近年の伸びが悪いという内容だと、光芽守靖。
「続けて」
表示されたのは未来予測、今回の辰港事件を利用する事によって、先程の売上、利益が大きく伸びるというものだった。
それに対し、誰も何も反応しないのは、先刻承知だからである。しかし光芽守靖は。
「順調ではあるが、これは一時的なものに過ぎない」
この先に待ち受ける危機を回避する手段を、余力のある今こそ講じるべきだと。
「私は考える」
風間福児は腕を組んだまま、ここまでは予想通りで同じ考えだと認識。問題はどう対処するか。
「それは即ち権力への道だろう」
一斉に光芽守靖へ視線が動く。風間福児だけが目を閉じて、肩を下げながら椅子にもたれかかった。
「……」
光芽守靖が見通しを話す中、風間福児は腕を組み一人考える。
三目家はその古さでいえば、どの名家よりも古い。その分、あらゆる事業に細分化して展開しており、しかも国家に対して重要なもの程、深く浸透してきた。そして、今まで莫大な利益を上げてきた。だが、それを長く続けられてきたのは、権力へ直接手を出さなかったからだ。権力を永遠に手にし続ける事はできない。
「なのに」
思わず小さく言葉が漏れる風間福児。
盛者必衰。どれ程栄えようと必ず衰えは来る。三目家とて例外ではない。それをここまで続けられたのはひとえに、盛・衰のどちらにも与しなかった、権力と距離をおいてきたからにほかならなかった。なのに。
光芽守靖の内容は、簡単に言えば、資金力をもって権力を買うという至極単純なものだった。それだけに効果は分かりやすいものになるが、権力者になれば、いずれおとずれる凋落によって他者の隆盛が取って代わる。商売であれば売り上げが下がるだけだが、権力であれば、それが排除という行為に変わる。
だがこれは先程の予想通りでしかなかった。風間福児には、三目家の終わりが始まったと感じていた。