守人列記 五
遂に草平衆本部を突き止めた赤警察。混乱する建物から脱出を試みる林戸孝認。そして独自に動き始める万邦芳孝。
辰港事故から遂に回復した若智覚が秦巻薫と再会。互いの思いが交錯する!
登場人物
林戸孝認:草平衆に所属している若者。
火野雅章:草平衆の<守人>。影松桐蔭のやり方に疑問を持っている。
万邦芳孝:草平衆の<守人>。創立当時から所属している。独自の考えで行動する。
若智覚:<守人>。明滅の剣を使う。辰港警護中に重傷を負い長期入院していた。
秦巻薫:金剛衆の<守人>。若智覚と一緒に辰港を警護していた事がある。
沖ノ司:哭腑衆の<墓守>。
瀬地幸田:金剛衆の<墓守>。頭目。
用語
赤警察:捜査調査を担当する警察。
太京:陽の国の首都。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
<守人>:近接戦闘職者。
電足帯:足の裏に付ける電磁式の移動補助具。
イロハ装具一式:装備内容を示し、イ:武器、ロ:防具、ハ:移動具を意味する。
電柵:対飛び道具用の防具。
草平衆:影舘桐蔭が作った衆。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
四月十二日暴動:この日に起きた新改革派による政権批判デモが、テロ行動に取って代わられた事件。
金剛衆:火繰家が囲っている衆。装備を充実させている。
哭腑衆:太京に昔からある衆。実践主義。
辰港事故:実際には破壊行為の事件。政治的に事件という部分をぼかされたままにされている。
「赤警察だっ!」
その声に直ぐ剣を取る者、反応できない者、慌てる者、硬直してしまう者、とその場は一気に騒然となった。
太京の北に位置する野上野、その北部県境。
商店街と呼ぶには普段活気がなく、しかしいくつもの町工場や問屋が立ち並び、人の行き交いだけは頻繁な街が、その早朝、突如騒然となったのだ。
「おいっ」
そう不意に腕をつかまれた、小柄でややたれ目の黒い瞳にレイヤー、身なりのきちんとした林戸孝認。そのつかまれた腕の先に。
「っ……火野さん」
<守人>でも運動が得意なわけでもない林戸は、驚きのあまり硬直していたのだが、<守人>である火野は直ぐに反応、横で動けなくなっていた彼を、強引に引っ張る。
我に返った林戸を恐怖が襲った。
朱巻智也の潜伏先は既に襲われて、かなりの犠牲者が出ているのだ。自分が次の犠牲者になるかもしれないという、目の前に、実際の暴力として、それは迫って来ていた。
強引に引っ張る火野に、どうにかついていく林戸。後ろから迫る音に、恐怖で振り向けない。
しかし逃げるにしても、出入口は既に封鎖されているとみて間違いない。無理矢理引っ張られた身体から、緊張による硬直が解けはじめると、今度は理性的な脅迫感。
「何処へ行くんですかっ?」
レイヤー上にも一気に情報が表示され、しかし脳がそれを処理しきれなず、ただの模様となる。
だが下から赤警察は来てるから、本能的に、上へと向かいそうになる林戸を、再び捕まえて火野。
「こっちだ」
そう再び強引に引っ張った先には、さびて固まっているかのような、ダストシュート。
「無理だっ」
こんなもの真っ直ぐ下に落ちるだけである。<守人>でもなく電足帯もない林戸には、この高さを無事降りられるわけがない。それに赤警察だって馬鹿じゃない。当然これも予想している筈。しかし。
「下には繋がってない」
と顔を近づけて言うや否や。<守人>の腕力で。
「うわっ」
林戸をそこに放り込んだ。
発砲音。
その後ろからの音に振り向く事なく、火野も自らそこへ飛び込んだ。
「ぎゃっ」
短い叫び声と共に、赤警察が切り殺された。そこに立つのは、イロハ装具一式を身にまとった、三人の<守人>。顔も分からず、一切生身の部分が見えない、完全装備であった。
「わあっ!」
彼らは驚くべき事に、そのまま正面突破を図った!
蹴散らされる赤警察。まさかここまで完全装備の<守人>がいる事を想定しておらず、彼等の持つ装備では、全く歯が立たない。
しかし多勢に威を借りて、捕縛を試みるも玉砕。構わず倒すにしても、軽火器では電柵に弾かれてしまう。ではその電源切れを狙うべく、銃での攻撃をするにしても、構わず突撃してくる<守人>に、気おされ蹴散らされていった。
特に先頭の<守人>の突撃力は凄まじく、まさに草でも薙ぎ払っているのか、その速度を一切緩める事なく突き進んでいく。
一切迷いのない、真っ直ぐな、力。
しかし赤警察も大量動員していたのだ。一ヶ月以上もかけて、どうにかつかんできた情報の断片を、しらみつぶしに確認していき、ここが潜伏先の、草平衆の本体であろうと、この日の為に総力を挙げてきたのだ。
これで失敗すれば、現場責任者の首だけではすまない。それ程の気合。
狭い通路を利用して、とにかく動きを止める作戦に出た。
だが相手には、用心とか恐怖とか、そういった感情がないのか、一切止まらない。
「止めろっ」
それでも若干ひるんだのか息継ぎか、後ろに続いていた、一人の<守人>が一瞬動きを止めた。
そこへ命知らずなのか、無謀にも一人の赤警察が突っ込む。
しかし一閃。
その赤警察は、防具の隙間を縫うように斬られ倒れる。
その<守人>が、慌てて前へ突き進む仲間を追う。が。
「!?」
倒した筈の赤警察は、床に這いつくばりつつも、自分の身体と相手の足を、磁気拘束具で繋いでいたのだ!
こざかしいと、更に剣で相手にとどめを刺す<守人>。
「」
しかし気づく。これをぶら下げたままでは、もはや素早く動けない事に。
恐怖がその<守人>を包み込み、現実目の前には、怒りに満ちた赤警察が迫って来ていた。
「先生が襲われた!?」
シャープな顔立ちに短く清潔感のある黒髪、輪郭のはっきりした黒い瞳の目にはレイヤー、白いYシャツは襟もぱりっとして、何処から見てもやり手のビジネスマンのような男が、口調を強くした。
「万邦さん、ここも、危ないかも、しれない、早く、逃げないと」
そう言って息も切れぎれに、汗にまみれた小柄の林戸孝認。
「何時だ?」
昨日、早朝、といい終えるとその場に座り込んでしまった。彼は<守人>でも<影梁>でもないのだ。火野に付いていったとはいえ、正直何処をどう逃げたものやら、気が付けば太京北の繁華街、水円にたどり着いていたのは、自身として奇跡的だった。
「先生は? 無事なのか?」
しゃがみ込み林戸の肩を揺らすも、首を振り、声にならない口の動きで、分からない、と。
眉間にきつく皺をよせ、立ち上がり、窓際へ行くと用心深く、外の様子をうかがう。
高層マンションの十二階にある部屋からは、上下とも、怪しい動きは感じられない。
「……」
万邦は林戸のところへ、栄養ドリンクのパックを取って戻り、ふたを開けて渡す。
それを受け取ると、つぶすようにして大きく一口、甘ったるさとわずかの塩味、そして下顎の外両脇にしみていくわずかな酸味。疲れすぎて足りない栄養素を、強く感じているのだ。
呼吸を整えつつ、全部飲み終え何度目かの呼吸、更に深呼吸をして、無理矢理立ち上がる林戸。床に座っていると呼吸か苦しかったのだ。そして。
「万邦さん、……これから、どうしますか?」
万邦は、今一度窓の方を眺めてしばらくして。
「離れる」
「何処へ、ですか?」
振り返り万邦。
「場所の事じゃない、草平衆を、だ」
「……」
本来なら林戸もこの言葉には驚いた筈だが、生死の境目をを潜り抜けてきたばかりである。何の感情もわかなかった。
実際、万邦義孝はここ最近まで半年近く、影松桐蔭に会っておらず、レイヤー上での会話もしていない。二月の下旬に、哭腑衆との交渉を任せたいと言った、その時以来である。
というのも万邦は、草平衆創設時からの衆所属者で、影松からの信頼も厚く、元々拘束する方ではないが、行動は制限なしに行えていたからだ。
しかしそれでいて、敢えて、離れる、という事は。
「独自に、行動する、わけですね」
まだ少し乱れたままの呼吸で、林戸が質問ではなく、言った。
それに対し胸をそらし気味に万邦。
「行動すべし、とは先生の言だ、裏切るわけじゃない、自分を信じて行動するのみだ。それこそ先生の教えだからな」
そう言うとそのまま、隣の部屋へ行き、戻ってきた時には腰に剣。
「さて」
「どうするんです?」
何故か晴れやかに見える表情で、万邦は。
「やれる事やらなきゃいけない事が山程ある、じゃあ」
「万邦さん」
<守人>じゃないお前を連れていけない、とそっけなく部屋を出ていく後ろ姿、に。
「万邦さんっ」
手を振り万邦。
「四月十二日暴動の主犯なんですかっ?」
「 」
動きが止まる万邦。
「暴動を、起こしたんですか?」
振り返り、その真面目な表情で万邦。
「手段をいとわず、この国を変える」
力強く右こぶしを軽く上げ、決意を示す。その腕の皮膚は、途中から新しかった。
「賑やかだねどうにも」
ひどい有様だ、とツンツンに逆立てた短い黒髪を一撫で、その細身の顔には、たれた茶色の瞳にレイヤー、下に突き出た鼻先と、小さくへの字に曲がった唇の、若智覚。
腰に下げた明滅の剣が、初めて重く感じる。
四ヶ月ぶりの街の空気、しかしそれは以前とは違い、ひどく騒々しいものだった。徐々に慣れていった普通の生活者とは違い、若智は退院して初めて感じる変化だった為、正直面食らっていた。
「まあ仕方ない」
しかしそこは若いだけあり、直ぐに切り替えてそれを受け入れる。
青々と広がる空は入院前の季節と違い、爽やかで、時間と共に積み上がる雲は、その季節の訪れを告げていた。
地上四階程の高さにある、空中公園、原公園。太京南部の荏之原にあり、北側へオフィス街が続いている。
入院中も時事情報局で、世の中の動静は見ていたが、実際に赤警察が大勢動き回り、要衝を青警察が完全武装で守っている日常は、やはり歪んでるように見えるものだと、舌打ちをひとつ。
「!」
爆発音。
背後で煙と炎があがっていた。
公園の反対側の縁まで来ると、若智は気づいた。
「衆」
電足帯による驚異的な速さで、その炎の上がる建物へと向かう、四人の<守人>を見つけそうつぶやいた。
どこの衆か、昇り火の模様がないから金剛衆ではないし、そもそも統一された恰好をしてないから、有名な衆ではないのか。
「あ」
しかし並以上の速さで駆け抜けていく姿を見ていて、若智は気が付いた。
「哭腑衆」
かもしれない、と。
その衆の<守人>達は、躊躇う事なく炎へと突撃しほんの数秒、炎が延焼していくよりも早く、中にいた相手方の<守人>を、十人はいるだろう、建物から叩き出しす。
「わ」
その数が思いの他多いので、驚きの声が口から洩れる若智。しかもその殆どが怪我をしているようで。
「すげぇ」
感嘆。
それを待ち構えていた青警察が、次々と磁気拘束具で捉えていった。
その見事な連携に、事前に打ち合わせでもあったのかと思う程だったが。
「そんなわけないな」
と否定の自己完結。
あれが哭腑衆とするならば、それだけ青警察にも配慮した行動が、とれる程の行動力という事だろう。
だが手負いであっても、相手は<守人>である。
「んっ」
一人の<守人>が、青警察の拘束を振り払った。必死の抵抗に思わず腰がひるむ青警察。その一瞬の隙をついて、<守人>は全力で電足帯最大出力、空中公園原公園へと飛んだ。
「ぎゃっ」
しかしその<守人>は着地と同時に、叫び前へ崩れ落ちた。
何が起きたか訳が分からず、痛みより混乱、顔だけ挙げると、そこには明滅の剣をしまう<守人>の姿が。
見下す若智。
「!」
すると、反対側からすごい勢いで近づく<守人>に気づいて若智。
「あっ」
その声と、その主が、剣を下げている事に気づいた<守人>は。
「若智君っ」
「秦巻君っ」
驚きあう二人に。
「!!」
同時に気づく、肌の奥で血液が泡立つような感覚に。
「あー、これはどうも」
そう言って、下から飛び上がって、公園の柵に立つ哭腑衆の<守人>は、二人に与える感覚とはまるで違い、ひどく場違いで飄々としていた。
やや赤みがかった巻き毛に明るい表情で、笑っているような瞳は茶色でレイヤーをかけ、少し面長のその<守人>は。
「すいませんね、お手間かけさせちゃったみたいで」
若智と秦巻の緊張などどこ吹く風、若智に足を斬られた<守人>の腕をつかみあげる。そのやすやすとした動作に、細く見えていたその<守人>の腕が、本人の背の高さもあって勘違いして見えてただけで、実際には、二人よりもはるかに鍛えられたものだった。
「では失礼しますね」
足を斬られた<守人>は乱暴に扱われうめくが、そんな事お構いなしに背負いあげると、その哭腑衆は公園の縁から飛び降りていった。
思わず駆け寄る若智と秦巻。
「 」
背負われた<守人>の視線が、憎々しげに若智を捉えていた。
「あれが沖ノ司か」
そう驚嘆して秦巻。その声に顔を向けて若智。
「何であんたが火繰家についてんだ? 辰港を忘れてんじゃねえのか?」
眉間の皺は険しさより、恨みにも似たとげとげしさ。秦巻の衣装に昇り火の模様を見つけて。
「私なりに考えた結果だ」
「考えた結果、尻尾を振る箏にしたって?」
あまりにも挑発的な若智の物言いに、すっと目を細める秦巻。
「おっ、やるかい?」
更にあおるかのように、腰の剣に手をかける若智だが。
「真実を知る為だ、何と言われようとも」
決然と言い返す秦巻に、はっとする若智。彼なりに、何か思うところがあっての行動なのかもと気づく。
「ともかく、退院おめでとう」
振り返る秦巻の、昇り火が大きく揺れる。そこへ。
「秦巻、どうした」
立派な体格で、まるで塔のような<守人>と、それに従っている二人の<守人>がやってきた。
「瀬地さん、既に終わっています、哭腑衆です」
それを聞くとあからさまに嫌な顔をして、情報がおそいっ、と苛立った声を出す。
「で、その男は?」
会話しているところを見られていたのだ。若智は瀬地の尊大な態度に、攻撃的な気分を掻き立てられ、顎を上げる。
「以前の職場の知合いです」
嘘ではない。が、探られたくない気持ちもあり、簡潔に答えた秦巻。
瀬地は一瞥すると。
「ふん、戻るぞ」
そう言って引き上げて行った。
「何だあいつ……」
せじ、とか名乗った奴の態度が気に食わず、悪態をついて若智。しかし。
「……何だあいつ」
秦巻が沖ノ司といったあの<守人>を思い返し、再び背筋が冷たくなり身体が震える。
身体を鍛え続けていたとしても、あれに及ぶような未来像を全く思えないし、いわんや、退院したばかりの今では、障害物にすらならない。
「流石哭腑衆といったとこだな」
ため息とともに、こぼす。
地上四階程の高さにある、空中公園、原公園。太京南部の荏之原にあり、北側へオフィス街が続いている。
「さて」
辰港の件は、並比良さんも秦巻も了解していると、火繰家の使いはそう言っていた。正直、秦巻の性格であれば、嘘を黙っていられるとは思えなかったが、何がどうして、その火繰家に仕えているとなると、自分の思い違いだったのかも。
「並比良さんは?」
いまいち、普通からは離れた性格だと思うが。
「会ってみるか」




