三目家伝 十一
風間家は三目家とは別の、独自の道を行き始めた。火繰家との接触の次は、代王派の根元、八谷忠元と接触をする。これには竹野中竜兵衛の悲しくも先を見越した理由もあった……。
人物紹介
八谷忠元:代王派の議員。藍河代王に直接仕えている。
藍河宗玄:陽の国の代王。代王派のトップ。
竹野中竜兵衛:風間家の参謀。変化し続けるあらゆる状況を想定する。
陸奥木隆義:三目家の護衛を務める奥義衆の頭目。
真三忠蔵:真三家の当主。三目家の親戚にあたるが、最下層扱いされている。
棚占部是明:<影梁>。陸奥木隆義の部下。
赤実陽:風間家の<影梁>。変装して活動する事も多く、早芽桜や柊楓といった女性に扮する事が多い。
風間福児:風間家の当主。三目家本家より距離を取り始め、独自に生き残りの道を模索し始める。
原井円生:元公安大臣。議員を辞職し軍務省へ入った。辰港事件の真相を探る為、行動する。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
EXコード:ホログラム式の多次元バーコード。
風間家:三目家の分家。流通をあつかっており、莫大な資金力を誇る。
三目家:古代から存続する名家。あらゆる分野に企業を持つ。今の代になって、初めて政治的な権力へ積極的に近づき始めた。
奥義衆:陸奥木隆義が抱える衆。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
馬山国:大陸の国の一つ。陽の国に戦争を仕掛けた。
陽の国:近年において、内戦をせず安定した政治体制を保っていた唯一の国。
火繰家:鉄鋼事業で財を成なした、古代より続く名家。王道派。
辰港事件:世界最大級の港建設中に起きた事件。しかし世間では事故という事になっている。
「いやはや全く、こんな方法で来るとは……」
横に流す黒髪と、四角い輪郭に小さい目と縦線鼻に平べったい口という、特徴的な顔立ちでレイヤーをかけている八谷忠元は、思わず声をもらした。
やたら広いレストランの昼時、にぎわってはいるが、味の評判は可もなく不可もなく、値段もほどほどで、やたらとメニュー数だけはあるという大手チェーンの一つで、彼は窓際でも壁際でもない中途半端な席に座っていた。
今朝、藍河代王の事務所へ入る際、レイヤーの解放回線内に、情報が入ってきたのだ。
短距離通信であった為、周囲を見渡したが誰もおらず、その内容は三目家に関するもので、藍河代王と相談した結果、その内容の通り行動した結果、ここにいる事になったのだった。
いわく、その行動とは、このレストランで最初に、愛玉子と杏仁豆腐を注文する、というものであった。
甘いものも食べるのが好きな八谷としては、勿論その通りにするし異論はないのだが、どうせならもっといい店が良かった、という思いも全く消せずにいた。
そして注文して自動配膳にて料理が届いた時、思わず声を出してしまったのだ。
届いた二つの皿にはEXコードと呼ばれる、ホログラム式多次元コードが印刷されており、その二つにレイヤーが反応すると、何かの専用回線に接続確認の反応、それを了解すると。
「八谷様、このような形にて失礼いたします」
やや早口で神経質そうな声の男が、挨拶をしてきた。相手は。
『わたくしは風間家に仕えている竹野中竜兵衛と申します』
「!」
正直ありがたい接触だと、八谷。彼は三目家の内部状況を調べる為、光芽守靖によって情報を意図的に遮断されていた、風間家、真三家と接触したがっていたのだ。しかし三目家には奥義衆がおり、自分にそこの<影梁>が張り付いているだろう事を見越して、いかんともしがたい状況にあった。だから。
「八谷忠元です、そちらから連絡を頂けるとは、正直ありがたいかぎりです」
素直にそう言った。そしてふと気になり、ほころんだ表情を元に戻そうと、愛玉子を一口食べ、素で笑顔にな八谷。
『八谷様が風間家、真三家に連絡を取ろうとしている事は存じておりました』
しかしそれには陸奥木隆義が率いる奥義衆に、どうにかして見つからないようにする必要があった為、このような方法を取ったのだと説明する竹野中。そして。
『周囲を見渡さないように願います』
いきなりそう言われると緊張するもので、不自然に身体が硬直するのを感じた八谷は、目を閉じ深呼吸一回、肩の力を抜いて、目を開ける。
愛玉子と杏仁豆腐。
思わずにやりとする八谷。これも演技だと何故か自分に言い聞かせて、再び愛玉子から食べ始めた。
気が付くと印刷が消えていた。
あまり長い時間のやり取りは、どこかで見張っているだろう<影梁>に、ばれないとも限らない為、簡潔に状況を説明する竹野中。
真三家は三目家において、家格をつぶされている事、真三忠蔵はそれを強く恨んでいる事、風間家は三目家と距離を取り始めている事、それは次の内戦に備えての事、等。
それを聞き終え、同時に愛玉子を食べ終え、眉毛を互い違いにする八谷。
三目家は複数の企業を抱え、国内屈指の資金力を持った名家である。しかし、その中身は一枚岩でないどころか、今にも離反する分家がありそうな事に、八谷は驚いていた。
どこも順風満帆とはいかないか。
八谷は素早く、口を動かさず、レイヤーを駆使して質問を返した。いわく、変化はいつ起こりそうなのか、と。
訊かれた竹野中は、その言葉の選び方に感心しつつ、しかし即座に。
『次期王選以後』
と返す。その時、八谷の前のテーブルに座る、長い黒髪の後ろ姿からして若い女性だろうか、そこに杏仁豆腐が自動配膳で来たのに気づいて、自分も食べ始めた。にんまりする。
その様子を離れた席から見ていた、短く中央で分けた黒髪に、四角い顔でレイヤーも四角く、真面目を絵にかいたような奥義衆の棚占部是明がいた。
人目をひかないように、刀を持っていない状態で。
よっぽど甘いのが好きなのか。
それが棚占部の今回の感想だったが、どこか不自然にも感じていた。それ程甘いものが好きなら、立て続けに食べていきそうなものだが、愛玉子から杏仁豆腐への移行に、時間が若干かかった事に対しての感想。
そしてその棚占部の様子を、本人に気づかれずに監視している者、八谷の座る前のテーブルで、同じく杏仁豆腐を食べる女性。
ばれてはないかな。
変装した陽だった。早芽桜の時よりも随分と大人びた印象で、背も幾分大きくなっているだろうか、おそらくそうだと分かっても信じられない程、見事な変装だろう。
昼時とあって、八谷は本来ならきちんとした昼食をとるところだが、思いのほか愛玉子と杏仁豆腐は腹にたまり、後はさして美味しくもない珈琲を注文して飲み終えると、そのレストランを後にした。
棚占部もその後を、ゆっくりと付いて出ていった。
<影梁>の腕前はあるかもしれないが、真面目過ぎるのか、セオリー通りの行動に見え、陽からすると出し抜きやすいとさえ思えた。
「いけない……」
しかしいつだかの、<影梁>に追われた時の事を思い出し、自分自身を戒めるように声をこぼした。棚占部だって奥義衆の<影梁>である。優秀でなければ勤まらないだろうと。
八谷は、当然優秀な相手に監視されていると意識していたので、それをごまかす為、しばらく昼食は、甘いものだけ食べる羽目となった。
陽、今の変装は柊楓と名乗っているが、は、レイヤーの中継機能を解除した。
柊楓がここにいたのは八谷がきちんと行動できるかを確認す為と、直接風間家と通信するのは危険だという判断から、その中継に柊楓のレイヤーを使い、そこからさらに陽の住んでいる第二補助電波塔を勝手に中継して、足跡を追いにくくする為だった。
後幾つかのつまみ系メニューを食べ終えると、柊楓もレストランを後にした。
「今日は少し暑いな」
広い庭には多くの植物があり、その中でも青桐の木には沢山の実がつきはじめていた。
強くなりつつある日差しを浴びた場所。風間の住むビルの一部だが、その庭は、外部から見る事はできない屋上近くの中庭で、いつもは室内で執務を行っているがたまには気分を変えて、外の空気に触れていたのだ。
しかし思いのほか気温が高いと感じ、短い黒髪に優しいながらもどこか冷たく感じる黒い瞳にはレイヤー、贅肉の感じられない細身で健康そうな風間福児は、早くも書類整理に飽きはじめていた。
そこへよく冷えたソフトドリンクカクテルを持った、血色の悪い肌に薄茶色の短髪と、大きい二重で灰色の瞳にはレイヤー、細い鼻と色の薄い唇をした竹野中竜兵衛がきて、それを渡すと。
「うん、ありがとう」
受け取って礼を言う風間。一口飲むと、爽やかな柑橘系の香りと、程よい甘みが広がりつつ、わずかな酸味が残り口の中をさっぱりとさせ、あとをひく美味しさだった。
「執務中でしたのでアルコール類は入れておりません」
訊かれもしないのにそう言った竹野中に、どうせならお酒で造ってほしかった、との感想をつぶされた風間。
風間の執務といっても、引き継ぎをした会社から来る書類の確認だけだし、それだって、レイヤー上で作業しレイヤーが判別しているのだから、その気になれば、そう時間もかからない作業だった。
しかしとっくに飽きているので。
「八谷忠元はどうなった? あれから動きは?」
正直そこまで気にしていない事だが、作業から目をそらしたい風間。
「特段変わった様子はございません」
「二日も経つのに?」
「八谷様は慎重なお方です」
風間の視界を邪魔しないように立ちながら続ける竹野中。
また先を見越した行動のとれるお方です。藍河代王への報告も、時期良しと判断なされた際に。
「報告するものと思われます」
「じゃあまだ代王には報告せず、か」
随分と慎重なんだねぇ、と変化が起きそうもないと分かり、つまらなそうにソフトドリンクを一気にあおった。
「風間様」
「うん?」
その竹野中のわずかな抑揚から、何か言うべき事があると分かり、風間は身体を向けた。
「彼を敵に回しても問題はありませんが、彼の陣営を敵に回すのは懸念となります」
ほう、と感嘆して風間、直ぐに口角を上げた表情となり。
「それは何故かな?」
八谷様は行動をする際、その結果が与える影響を想定いたしております。また行動そのものも下調べを念入りに行なわれ、失敗に対処できる状況をご用意なさってからなされます。
「はぁー……」
竹野中の、八谷に対する評価がひどく高い事に風間は驚いた。
彼の今の肩書もろくに知らないし、藍河代王前政権では、副大臣といわれるよく分からないポストにおり、当時何をしていたのかさっぱり知らなかったからだ。
「影で動くに適した人材なんだねぇ」
驚きつつも、陽と一緒だ、と冗談めかす風間。
しかし竹野中、わたくしが。
「足る人物を風間様におすすめするといたしましたら、八谷様となります」
「えっ!?」
風が吹いた。まだこの季節であれば、涼しく心地よい肌ざわり。
「……最初からそのつもりだったのか?」
軽く目を伏せたまま、風間の言葉に。
「あらゆる状況を想定しております」
とだけ応える竹野中
「 まずは先に約束した事を守ってくれ、順番を守れ竹野中」
いつもより低い声で、そして空いたソフトカクテルを渡した。
「はいかしこまりました」
これが館様の伝えたい思いだと分かっていて、いつも通りの、抑揚で返事を返す竹野中。
再びソフトカクテルを作り手渡しながら。
「風間様、気分転換にこのような話題はいかがでしょうか?」
ありがとうと受け取りながら、よどみつつあった黒い瞳が、きらりとひらいた。
すると風間のレイヤーに情報が表示され、直ぐにそれが馬山国の事だと分かった。
「軍備を強化してるのか?」
馬山国は内戦が終結して、まだ半年程度しか経っていない。荒廃した内政や経済を立て直すので手一杯の筈で、いったいどこにそんな余力があるのか、風間は思わず唸る。
「実際には大した増強にはなり得ません。内戦時に使用した破棄する筈の兵器を、再利用しているだけでしょう」
それだってろくに戦術兵器を持たない陽の国からすれば、十分脅威なのだが。
「また陽の国にくる?」
「はい、ですが時期は不明です」
本来であればその軍備を使って直ぐにでも攻めた方が、準備不足の陽の国としては対処に困るのだが、馬山国内の急進派がどういうわけか。
「粛清?」
「原因は調査中ですが、そうと言って差し支えない状況が起きています」
積極的に海外進出をしていたであろう、馬山国内の急進派が一掃されたというのだ。
「……んー」
口に手をやりながら、考え込む風間。そして。
「今の馬山国トップは、強権的なのかな?」
の疑問に竹野中が。
「その様子はございません、国内平定を目的に非常に低い姿勢を取り続けております」
では一体誰がそれを指示しているのか? 流石に外国の情勢ともなると、いかに竹野中とはいえ、調べ切れていない事の方が多いようだった。ただ。
「予想になりますが、馬山国内のみで完結している状況では無いように思われます」
「!」
もし本当にそうだとすれば、主権国家である馬山国に、他の何かが介入している事になるっ。
「確かに、あの辺の国はかつて一つの超大国だったか……周辺国から何か横やりがあっても」
おかしくはないか、とため息とともに風間。ソフトカクテルを一口。
「っふう、予想以上に複雑な状況なのかもな」
「 はい」
と頭を下げる竹野中。
次から次へと、いつものように愚痴っぽく言うが、どこか楽しそうでもある風間。
「でもまあ、火繰家の件はうまくいっているし、景気も悪くなってるとはいえ、風間家自体はもうかってるし、ひとまずはいいか」
グラスを置くと、組んだ膝を両手のひらで抱える風間。
「風間様、それゆえ保安面の強化が必要かと考えます」
いつもより顔を近づけて、竹野中が少しだけゆっくりと言う。
顔を向けて、声ではなく表情で、何で? と訊く風間に。
「原井円生の件です」
「あぁ」
ため息とともに声が漏れる風間。
一ヶ月ほど前、全く、竹野中が予想した通りとなったのだ。いわく、原井円生は辰港事件を追う、と。
「……何をしてくるやら」
「先日廃案となりました陸軍特別防衛隊の内容ですが、起草内容を見ますに、多分に公安省的要素を含んでおりました、間違いなく」
原井円生は軍務省に公安権を持たせるつもりです。
「! 無茶もいいところだな、通らない。実際廃案だった、そうだろう?」
両手を上げて、とんでもないとばかりに風間は言うが。背筋を伸ばして竹野中は。
「彼は権力欲が強く、元公安大臣として情報の使い方を知っています」
その言葉の響きに、内容ではなく感情で、安心できない状況だと気づいて、頭に手をやり、そしてゆっくりかきあげた。竹野中が続けて。
「利用される情報として高い可能性なのは、馬山国の侵攻になるでしょう」
「恐怖をあおるのか」
風間は右手を口にやりながら、どうやら本当に厄介な事になると、眉間にこもる力を抜く事が出来なくなっていた。




