火繰家伝 十
軍務省設立により、大量の鉄鋼が必要となり、また風間家から港を借りられた事で、資金繰りが順調に回復していく火繰家。しかし、その軍務省に入った原井円生により、不穏なものを感じてもいた。彼の目的はいったい?
人物紹介
河智聖子:火繰家の当主。世間からは操り人形として見られているが、才女。
知野陽音:火繰家の参謀。
三岡芳蔵:火繰家の財務担当。空気を読まない。
鷲尾剱持:金剛衆で唯一の<影梁>。
瀬地幸田:金剛衆の頭目。真面目だが頭の固いところがある。
原井円生:元王道派の公安大臣。議員を辞職し、軍務省へ入る。辰港事故を事件だと知る人物。この件で大臣辞任に追い込まれた。
須々木王:陽の国の王。経済に強い反面、外交等差し引きに弱い面を持つ。
宍和田絹男:代王派の公安大臣。三目家が政治に関与して初めての大臣。就任と同時に旧兵器強奪という事件が起きた為、解決に行き過ぎた行動を起こす。
暮里竜星:西の竹中の出身。情報政策大臣代理補佐に任命される。大窪透とは親友。
大窪透:西の竹中の出身。情報政策大臣代理に任命される。暮里竜星とは親友。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
青千院:太京にある政治の中心地。
太京:陽の国の首都。
火繰家:鉄鋼事業で財を成なした、古代より続く名家。王道派。
三目家:古代から存続する名家。あらゆる分野に企業を持つ。今の代になって、初めて政治的な権力へ積極的に近づき始めた。
金剛衆:火繰家が囲っている衆。背中に昇り火の模様が衣装の特徴。
風間家:三目家の分家。三男の風間福児が当主。
哭腑衆:太京に昔からある衆。実践主義。
青丹春防衛戦:四月十六日に、青丹沿岸へ馬山国巡洋艦が砲撃を開始して、その後、敵兵が上陸した戦争。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
辰港:東亜藍潮計画(《とうああおしおけいかく》で作られる建設中の港。
竹筒明星社:大笹凡筒やレイヤーを作った会社。創業二二〇〇年。
亜鎌国:陽の国の近くの島国。武術の盛んな国。
メガシリンダー:別名大笹凡筒。かつて人口減少を食い止める為に作られた、人造装置。
「はぁ」
「……お疲れになりましたか? 河智様」
切りそろった前髪と後ろに黒い長髪で、赤茶色の瞳にレイヤー、少し低いが真っ直ぐな鼻と小さな唇の、河智聖子がため息をついた。
それを繰り返す様子に、細身、細い顔、薄い口に細い目、そしてレイヤーまで細い知野陽音が声をかけた。
日差しも少し強いだろうか、青千院にある多目的会議室の一つに、二人はいた。
空調で室内を冷やすにはまだ早く、しかしそのままではじんわりと汗を感じ、まだ上がりきらない湿度の季節に、開けた窓から、鳳仙花の赤い鮮やかさと肌を洗うような心地よい風。
「あ、失礼いたしました、大丈夫です」
無意識にこぼれていたため息に、思わず慌てる河智。まさかその理由が、一ヶ月近く前の息抜きにあるだなんて、それがとても楽しくて終わってしまった事が残念だからだなんて、とても言えないと、軽い咳払いの後、背筋を伸ばし、脳へ新鮮な空気を送り込んだ。
山積している問題もある事から、ここに仮の執務室を設置していた。勿論、太京にも火繰家の土地はあるが、三目家を警戒して、そこを使う頻度を減らしたかったのだ。
今日、太京まで出てきたのは、金剛衆の視察と、製鉄企業の立場から、政府と意見交換をする為である。
「金剛衆の方は、徐々に鎮圧効率が上がっているようです」
レイヤー上に表示された情報を共有しつつ、知野の説明が続く。
瀬地頭目からあった、装備拡充依頼への対応も、功を奏していると。
「言ってよいでしょう」
公安大臣暴走に対処する為、急ぎ法の整備を進めており、また金剛衆の常時活発な活動も続いている事から、火繰家の財政は厳しかった。そこで、火繰家財務担当の三岡が対策を講じ、一時的な資金を増やし、更に、本来は敵対関係の三目家の分家である風間家より、港を解放してもらえた事で、今月に入り資金繰りは改善されつつあった。
そこへきて金剛衆の装具強化である。安くない買い物だから、効果をあげてもらわないと、というのが河智の正直な感想だった。
「良かったです」
「ですが、気になる情報もありますね」
鷲尾剱持から直接の報告ですが、と言いながら、今度は壁に映像を投影する。
「……これは、哭腑衆の方が、より効率が高い、という事ですね」
鼻に人差し指を当てながら、河智はその表を見て言う。
資金面において、名家の後ろ盾を持たない哭腑衆の方が効率が良い、というのはいったい何故なのか、単に実力の差のだろうかと、考え込む河智。
「これは、以前の人員整理の影響もあるかもしれません」
少し苦い表情で知野が言うと。
「しかし、働きに応じての整理だったと理解しているのですが」
確かに、首を切ったのは、その時平均以下の働きをしたものだったが、その時のグラフでは分からなかった情報や、瀬地頭目がその指示通りに行動していたのか等、遅まきながら、疑問はいくつかあるのだ。
「その後の、青丹春防衛戦では成果を出していたので、気づくのが遅れたのかもしれません」
何にでしょう? と首をかしげる河智に、知野が表示のグラフを切り替えると。
「これは?」
口にしながら、青丹春防衛戦の戦績だと分かった河智。
「……随分攻撃に偏っていますね」
単に戦うだけなら、今最も強いのは金剛衆であるといっても過言ではないが、それが今の状況にあっていない事は、明白だった。
「具体的に、どうするのが良いでしょうか?」
戦う事については、全くの素人である河智。訊かれた知野にしてもそうなのだが。
「具体的に言及はしていませんが、鷲尾剱持の報告内容を見ると、情報不足で後手を踏んでいる印象を受けますね」
右手を胸に当てながら答える。そうなると当然。
「では情報を得れるように、人員を整えましょう」
知野を見て河智が言った。しかし間髪入れず。
「現状では難しいかもしれません」
以前の人員整理では、<影梁>を殆ど切り捨てた事で、それらから金剛衆に対する印象が悪く、また。
「軍務省内で、陸軍、海軍が創設された事で、大規模な人員募集が行われています」
<影梁>も、当然そちらへ多く流れていくだろうと。
その内容に、河智の表情が鋭くなり。
「原井円生元議員」
「はい」
彼が議員を辞めてまで、官僚として軍務省に入ったのだ。辰港の件で、彼が火繰家を恨んでいる事は明らかである。それゆえ今回のが、単なる人員募集にとどまらないのでは、という疑念が二人にわくのも無理ない事であった。
「公安について詳しく、そのうえ軍事についても、となれば……」
何か行動を起こして来ても。
「不思議ではありませんね」
だが、まだ具体的に何を仕掛けてくるのか分からない以上、打つ手を思いつかない知野。
鼻に人差し指をあてたまま河智。
「十分警戒をておきましょう、それに、やはり金剛衆に、<影梁>が必要だと感じました、難しいかも」
しれませんが、むしろ今こそ必要と思われます。
きっぱりと言い切る河智に、頭を下げ。
「かしこまりました」
そう応える知野。
この素早い判断力こそ、尊ぶべき火繰家の宝と、そう感じていた。
「それと陸軍に特別部隊を作るという議題はどうなりましたでしょうか?」
陸軍特別防衛隊と呼ばれる、一部、赤警察と同じ捜査権を持つ部隊を、陸軍内に創るという話が上がっていて、そちらは。
「本日の延長国会で決議されますが」
おそらく廃案でしょう。
「これは新改革派のみならず、代王派も反対しております、今度は軍に特別権限を与えるつもりか、と」
須々木王をはじめ、今は公安大臣の、強すぎる権限を下げるべく行動しているのだ。そちらをせっかく抑えたのにも関わらず、第二、第三の宍和田公安大臣が出てきては、意味がない。治安の維持は急務だが、それが元で恐怖政治が始まるようでは、状況の悪化もはなはだしい。
「そうですか、国にとって良い方に動いているのであれば、安心です」
そうは言ってみたが、どうしても原井円生の存在が気になってしまう、河智であった。
「情報で思い出し増しましたが、河智様」
姿勢を正して知野。
暮里竜星と大窪透についてですが。
「何かありましたか?」
河智からすれば、まだ実力未知数の二人である。ので、どのようなものであれ、それが分かるような情報であればと、少し楽しげな期待をしつつ、報告を待つと。
「面白い情報を拾ったようです、竹筒明星社についてなのですが……」
言いながらレイヤーを操作して、壁に情報を表示する知野。
「これは……」
思わず河智が言葉をこぼしたそれは、簡単な情報だけの年表であった。そこに書いてある表題の各内容までは分からないが、どうやらレイヤー情報では、国の歴史的な出来事があった年に起きた、別の出来事のようだが。
「いったいこれは何でしょうか?」
「竹筒明星社の年表です」
しかも年明け前半に出来事は集中しており、それも不自然な気がして、まだぴんと来てないが河智は、何やらうすら寒いもの感じ。
「これを……、あのお二人が調べたというのですか?」
五百年以前の記録となると、勿論河智の知らない事が多いのだが、これを見る限り。
「これではまるで、陽の国を操っているようにも、見えるのですが」
知野も、これを見た時は同じ感想だった。
例えば、一般的に習う歴史では、陽の国が亜鎌国と国交を結んだとあるが、その時を前後して、竹筒明星社は亜鎌国の原油を大量に買い込み、国の製薬産業が大きく変化した時である等、それはあまりにも一致しすぎ、まるで竹筒明星社が、国をいいように操っているという、印象を強く感じさせるものなのだ。しかし。
「はい、五百年前までの年表は、間違いなく何らかの影響を与えていると云ってよいよいでしょう、ただ」
それ以降となると、急にそうした動きは見られなくなります。この時期は。
「人口減少に、歯止めがかかったとされる年でもあります」
「何か、我々が知らない事が隠されているのでしょうか?」
鼻に指を当て、険しいというよりは、困った表情で河智。
「竹筒明星社は人口減少を食い止めた、メガシリンダーを作った会社です」
五百年前にその役目を終えるまで、様々な行動をとっていてもおかしくないといえば、全くその通りです。
「そうした意味においては、我々が単に知らなかっただけ、ともいえます」
方法は分からないが、現に、経験も浅い若手議員が二人、大した期間もかけずに調べられる程度の事なのだ。
「しかもそれ以降については、それ程目立った動きをしておりません」
それで久しぶりに名前が挙がったと思えば、旧兵器の保管をしており、それを強奪されたというものなので、それが会社の所為でないにしろ印象は良くはないし、しかし、かつての行動力からすれば、この程度の事、防げなかったのか、という思いにもなる。
河智は鼻に人差し指をあてたまま。
「……何か、釈然としないものを感じます、うまくは言えないのですが、違和感、でしょうか……」
同じ気持ちで知野もあったが、彼はより具体的にそれを把握していた。即ち、竹筒明星社は、わざと奪わせたのではないか、と。
レイヤーを作り出したのは、竹筒明星社である。そしてそのシステムを管理しているのも、同社である。この世界規模のシステムを、立った一社が管理しているのだ。その気になればそれらを任意に利用する事も、情報を集めて事前に察知する事も、できる筈なのだ。
「暮里竜星、大窪透の両名は、引き続き調べるようです」
「はい、よろしいと思います」
知野が才能を認めた二人である。本来は勢力拡大の為であった大臣代理職だが、今後の活躍が期待できそうですと、河智は思った。
そして実際に、二人は活躍していく事になるが、悲劇もまた、待っているのだった。




