双頭録 十
行き過ぎた公安、赤警察の動きは事前治安維持権の解除でひと段落する事となった。これで川瀬正二への警戒は解かれたが、それとは別に、事態は推移していく!
人物紹介
川瀬正二:元青警察。青丹春防衛戦での恐怖心から、青警察を辞任するが、その時期を怪しまれ、赤警察から危険視されていた。
黒田量:舞雪形の<守人>。慎重な性格。
空矢政継:舞雪形の<守人>。豪放な性格。
宍和田絹男:代王派で、公安大臣。就任と同時に旧兵器強奪という事件が起きた為、解決に躍起になっている。
早芽桜:赤実陽の少女変装。<影梁>。地の性格よりもおしとやか。
原井円生:王道派で元公安大臣。権力欲が強い人物。大臣を辞任後、議員も辞職していた。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
時事情報局:日々の出来事を扱う情報放送局。
事前治安維持権:王が認めた場合において、事が起きる前に、治安維持の名目で、青警察を大量動員する権限である。
赤警察:捜査調査を担当する警察。
太京:陽の国の首都。
青警察:重武装した治安部隊。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
「や、やった……」
思わず立ち上がり、震えるような声で、茶色のまとめた癖毛は前で切りそろえられ、丸い目にレイヤー、凹凸の少ない鼻と口の川瀬正二は言った。
それに思わず振り向いた、短い黒髪と細い眉毛、優し気な目じりにはレイヤー、細い鼻と小さな口の黒田量。
恐らく時事情報局を観ていると察して。
「! 事前治安維持権の解除か」
お互いが顔を見合わせて、川瀬は力の抜けた笑顔、黒田は優しい笑顔で。
「やったぁっ」
「やったな」
そのいつもとは違う雰囲気に、隣部屋から気づいて半裸で汗だく、まとまらない黒髪に、上がり気味の眉毛と挑戦的な黒い瞳、そして挑戦的な口元の空矢政継が。
「何だよ? おっ」
そこには久しぶりに笑顔となった川瀬。彼が思わず駆け寄り手を握り。
「空矢さん、やりました、もうこそこそせずに済むんです、助かったんですっ」
つられて笑顔を作るも、状況が分からない空矢に。
「事前治安維持権が解除された、これで公安省、赤警察は強引な操作や取り締まりが出来なくなった」
分かりやすく量が伝えた。
窓は、夜の明かりが雨粒に反射して、賑やかに動く電飾のよう。
ここは太京の東に位置する工場地帯にある、元は古い事務所を改装した賃貸部屋で、部屋の区切りは如何にも後付け感だが、周囲の騒音も気にならない程の防音と、高すぎず低すぎない周囲を見晴らせる環境に、超高架道路や自動軌道機で直ぐに移動できる、潜むにはこれ以上ない環境だった。
「そうか、良かった」
心からそう言い、大きな掌で川瀬の左肩を、軽くたたく。
「ありがとうございます、自分は」
一呼吸。
「お二人のおかげで生きてきました、御恩は一生忘れませんっ」
「大げさだよ」
空矢はそう言ったが、実際に赤警察内で何が行われていたか、知れば謙遜でも、こうは言えなかったであろう。
「ま、とりあえず、これで一安心だ、良かった」
そう黒田が言う。
しかし実際は、事前治安維持権とは、青警察に対する動員命令権であり、赤警察の動員や捜査権に、何ら影響を及ぼさない。しかし、こうした特別権限や、その他状況を全て拡大解釈した結果、公安省の行き過ぎとなっていた為、これはそれに釘を刺す意味合いがあり、宍和田公安大臣への警告以上に、懲罰の意味合いが込められたものであった。
「んじゃあ何か? 公安大臣は失脚するって事か?」
気の早い政継。
「直ぐにそれはないと思うっすよ」
不安が解消された川瀬は饒舌に、彼は立場は弱るでしょうが、しぶといんじゃないですかね。
「再び同じ事は無理だと思うっす」
心配事が減ったのは量も同じで。
「俺も同じ考えだ……政継、いいから何か着てこいよ、いや、汗流してこいよ」
まだ鍛錬中だと切り返す政継に。
「久しぶりだ、外で飯にでもしようぜ」
窓は、夜の明かりが雨粒に反射して、賑やかに動く電飾のよう。
ここは大通り沿いの喧騒がわずかに届き、しかし洋食屋然とした店内はうるさくなく、かといって、会話漏れを気にしてしゃべる程静かでもない、ステーキハウスの窓際の席。
「渋い店っすね」
どこでも好きな店でおごります、といって二人が希望した店は川瀬の予想とは違っていた。正直、期待外れ。だがそう言うわけにもいかず、思わずこぼれた言葉だった。
「お二人は何にします?」
デジタル化されてない、変色した紙のメニューを見つつ川瀬、だが空矢は。
「俺等はもう決まってる」
続けて黒田が。
「ヒレステーキがおすすめだよ」
と言われて、川瀬は素直に従った。
他愛のない雑談の中、全員の注文した料理が運ばれてくると。
「お……」
正直、実は店構えに反して、飛び切り豪華なステーキが出てくると、勝手に期待していた川瀬は、そのあまりの庶民的普通の見た目に、感情が口から漏れた。
同じくヒレステーキを目の前にした二人は、とても嬉しそうだったので、まあいいかと、サイコロ状になっているステーキを、フォークではなく箸でつかみ、わさび醤油に付けて一口先に食べ始める。
「おっ」
思わず声が出た川瀬。
にやりと笑う二人。
「す、すげぇ美味いっす!」
良く、上等な肉をバターが融けるようにと表現をするが、まさにその通りだと川瀬は何度も頷いた。
肉の脂身は赤身を引き立て、赤身は旨味と甘い脂身を巻き込んで、頬の内側から舌の内側から奥歯の内側へまんべんなく広がり、醤油の香りとわさびの塩味を伴い、深い余韻を残して消えていった。
男三人は、まるで競うかのように肉を次々口に放り込み、まさにあっという間に完食してしまった。
「っふー、美味かった……」
言葉に旨みの余韻を残しながら、思わずこぼした川瀬。
「だろう、ここ桜ちゃんに教えてもらった店なんだ」
「 あー、あの子、いったい何者なんすか?」
ん、いや、まあ、その……と、よく分からない対応する政継に量が。
「<影梁>だよ」
「<影梁>? あれが?」
「あれ呼ばわりはねえだろ、俺達の恩人なんだぜ」
「でも普通」
<影梁>って自分の正体隠しますよね? ともっともな疑問に、何故か胸を張って空矢が。
「信頼されてるんだよ」
はあっ、とため息で、左の眉だけ器用にも奇妙な形にした黒田。
「まあその辺が上手な<影梁>なんだよ」
「ん?」
「あ」
政継が言葉の意味に疑問を持ったのと、川瀬が声をだ同時に上げた。
とりあえず政継を無視して、黒田が川瀬に尋ねる。
「どうした?」
どうやら彼のレイヤーに、何か表示されているらしく、量もレイヤーをかけ、それを見て政継も続いた。
レイヤーを同期させると、そこには時事情報局から。
「原井円生が軍務省入り? 何だ、これがどうかしたのか?」
「えっと、何か凄い事のように感じるんですけど、うまく説明できないっす」
そのやり取りに軽くため息をつき、量が。
「原井円生は元公安大臣だぜ、それが軍に入ったって事は、今度は軍が強化されるかもしれないって事だろ」
思わず大きく息を吸い、その反応で背筋を伸ばした政継。
しかも原井円生の入省は、七月一日、三日も前だというのだ。
「三日も前の情報が、何で今なんだ?」
政継の素朴な疑問に。
「理由は分かんないっすけど、あの人の事ですからね、その間になんか色々やってそうっすよね」
何かって? と訊き返す空矢に、具体的には分かんないっすけど、と川瀬の代わりに。
「辰港事故の責任を取って、大臣を辞めさせられたってのがね」
何か裏があったんだろう、事故で公安大臣に責任がある時点で。
「これはおかしかった、意趣返しの為、既に何かしてるかもな」
食後の珈琲が届き、甘いようでどこか埃っぽくもあり、しかしそれが不思議と落ち着くような、香りが辺りに漂う。その外、窓についた雨粒に反射した夜景が、賑やかに動く電飾のよう。
ここは大通り沿いの喧騒がわずかに届き、しかし洋食屋然とした店内はうるさくなく、かといって、会話漏れを気にしてしゃべる程静かでもない、ステーキハウスの窓際の席。
「ん」
飲んでいる最中に、川瀬が。またレイヤーで何か見ているらしいが。
「今度は何だよ」
もう一回、ヒレステーキを頼んでもいいんじゃないかと考えていた空矢が。
「……え?」
それには応えず、思わず声が漏れた川瀬。そして空矢と黒田の顔を見る。
「?」
個人的な情報らしく、レイヤーで川瀬に接続しても何も分からない黒田。
「軍務省から、お誘いが来ました」




