白狼 六
国の要請により各衆が治安維持に乗り出していた。権力側とは常に距離を置かれていた哭腑衆も例外ではなかった。そんな治安活動の中、哭腑衆《哭腑衆》と金剛衆が現場で偶然にかち合う!
登場人物
一之谷伍政:哭腑衆の<影梁>。
園野覚知:哭腑衆の<守人>。実戦経験者である程度の用兵にも通じている為、作戦指揮を執る事が多い。
雲丘貴善:哭腑衆の<墓守>。単に強いだけではなく頭も切れる。
朝霧青陽:哭腑衆の若い<守人>。
佐沼孝介:哭腑衆の若い<守人>。
玉治幸也:哭腑衆の若い<守人>。
瀬地幸田:金剛衆の<墓守>で頭目。
秦巻薫:金剛衆の若い<守人>。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
太京:陽の国の首都。
側男:性的に仕える男性の事。
<守人>:近接戦闘職者。
草平衆:影松桐蔭が作った衆。誰でも入れる事から、急速に勢力を拡大した。国の旧兵器を強奪した事で犯罪組織認定され、組織に対し全国で指名手配されている。
赤警察:捜査調査を担当する警察。
哭腑衆:太京に昔からある衆。実践主義。
金剛衆:火繰家が囲っている衆。背中に昇り火の模様が衣装の特徴。全員が早雲一等以上の装備を持っている。また防具も充実させている衆。
ロ式装具:<守人>の装備内容を示す。ロ式は防具を表す。
電足帯:足の裏に付ける電磁式の移動補助具。
「どうにも複雑で、政治ってやつは」
前髪の長い、たれ目に銀のレイヤー、神経質そうで全体的に線の細い、一之谷伍政が部屋に入ってくるなりそう言うと。
「情報が?」
新しい情報がきたのかと、髪を刈上げに細い目にはレイヤーと高い鼻、しっかりと大きな口に、短く顎鬚の逞しい園野覚知が尋ねた。
窓の外は雨。太京の雑居ビルの一室にて。その部屋の中央には、どこかこの辺りの街だろうか、一角が立体で映し出されており、幾つかのアイコンがゆっくりと動いている。
「この前の益栄情報政策大臣の辞任は、王道派と代王派の手打ちの結果だそうで」
「確かに複雑だな、分からない」
素直に切り返す園野。
彼からすれば、益栄情報政策大臣は王道派であるから、はたからみていると、王道派の負けとしか見えないのだ。
「石和希具視っていう、妖怪みたいなのがいたらしいですよ、代王派に」
歩いて、立体映像の前に立つ、園野の隣へきた一之谷。
「なる程」
そいつが代王派って事か。と理解して、大方その二人が揃って辞任したとか、そういう事なのだろうと。
返事をしつつも、立体映像から目を離さない園野に。
「……どうやらその石和希具視ってのが、皇王陛下に側男を紹介した」
「!」
顔を一之谷に向ける園野。
「 らしいんですわ」
「側男って今年の話だろ? まさに妖怪かよ」
少なくとも去年まで聞いた事もないような人物が、皇王陛下に人を紹介できる立場になれるとは。
「政治にゃ疎いけど、そんなの出来るもんなのか?」
一之谷は肩をすくめ、立体映像に視線だけ向けながら。
「自分も知らない」
立体映像上のアイコンが、動きを止めた。それを見て、そろそろか、と呟きながらそれに向き直る園野。
それに気づいて、やや早口に一之谷が。
「情報源によると政府支持率いかんでは、次期王選が早まるとも」
「動いたっ」
「まじか!?」
アイコンが一気に動き始めた。レイヤー越しにそれが見ている映像を確認する園野。そしてその映像元は――。
古びた灰色の建物の外。雨の降る中で。
「<守人>もいるみたいだし、武装している可能性もあるから、気つけるよーに」
そう、長い黒髪を背中に流し、白い肌に鋭い顔つき、目の周りはうっすらと赤く、面長で小さいつくりの美形、雲丘貴善がレイヤー越しに通信。
少し離れて続く、刀を持った青年三人が、それぞれに了解をかえす。皆不ぞろいの格好ではあるが、共通して、身体のラインがくっきり表れるような衣装でいた。
雲丘の前には古い、変わった形の美術館があり、躊躇なくその正面へ飛び込んでいった。
続けて控えていた三人が、別々の場所から侵入を開始。静かだった空間がとたん、騒々しいものに変わった。
美術館の中は、その外見通り普通ではなく、雲丘達はレイヤーに見取図を表示しながらの突入であった。その為、若者三人はいつもと違い、行動が一テンポ遅れていた。
それを立体映像で観ている園野が。
「雲丘、速度を落とせ、他が遅れてる」
と、注意を促す。
しかし、実際のところ、彼は何の心配もしていなかった。あの雲丘が率いているのだ。成功こそすれ失敗なんて、まずありえない事だと。
「本当に草平衆のアジトなんですかねぇ」
これまで何度なく、赤警察からそう情報をもらってきたが、全てガセだった事から、一之谷は立体映像を見ながら呟く。
「どっちでもいいだろ、鈴木さんは哭腑のアピールだって」
視線を外さず園野。その視線の先には階段を上がっていくアイコン。尋常じゃない速さにレイヤー情報がなくとも、雲丘だと分かる。
「!?」
その時、立体映像に別の四つのアイコンが表示され、それらも一気に建物内へ入っていった。
「何だ!?」
焦る園野、直ぐ雲丘に連絡を入れる。反応して雲丘。
「朝霧、佐沼、玉治、聞こえたな? 第三勢力だ、剣は交えるなよ」
素早く判断した雲丘。何故そう命令したのか、と焦る園野に。
「そーゆーもんさ」
気の抜けた雲丘の言葉とは裏腹に、美術館内は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
叫び声と断末魔を聞き分け、雲丘が館内を事前の打ち合わせ通りに突き進む。他三名は本命ではない部屋をしらみつぶし。
駆け抜けて行く先から、争う音と、銃声!
にやりと笑い、そのまま突撃する雲丘。
そこは部屋ではなく、休憩所のような場所で、バリケードだろうか、椅子やソファーが積み上がっていた。
そして雲丘が突撃す反対側から。
<守人>衆。
濃い赤を基調にした、背中に昇り火の模様! 金剛衆!
瞬間的にそれと気づく雲丘。
そして瞬時にその情報が、各哭腑衆に伝達された。
「何!?」
思わず口走る園野。
しかし伝達した雲丘は冷静に状況を確認。
小型のドーム状のロビー両サイドに、積み上げられた緊急のバリケード。その西側からは金剛衆が数人、その向かいから雲丘が一人。
バリケード内には八人、恐らく全員が草平衆。帯刀している奴は――、三人。
銃声。
バリケード破壊して飛び込む金剛衆。その先頭の一人、楕円形の輪郭に黒い髪、険しい目つきにレイヤーと口はへの字口で、高い背の男が一気にバリケードを突破、その勢いで一人が斬り倒される。
やるね。
反対側から雲丘がバリケードを突破。さしたる労もなく、慌ててこちらに突っかかってきた奴を軽くいなす。
草平衆は成すすべなく、全て斬り殺されるかと思いきや、予想外の抵抗。
爆発。
バリケードがあらかた吹っ飛び、瞬間、身を伏せた雲丘、それがおさまる前に、噴煙の中を再び進む。
足の裏に、幾度となく覚えのあるぬるりとした赤い感触。殆ど無意識にそれをロビーのカーペットで擦りぬぐい、煙が晴れきる前に突撃。そこには数人の草平衆が、ようやく起き上がろうとしていた。が、次の瞬間!
そこに見えていた四名中、二名が首から血を吹き絶命。残り二名! そのうちの立っている若者に再び刃が!
がっ!
鈍い音と共にその刃を止めた雲丘。
残り一人は、何処からか血を流し、その場に倒れ込む。
雲丘、抑えた剣先の、先にいる人物、煙が徐々に、晴れていき、顔を、合わせる。
手から伝わる力量に、思わず口の端が上がる雲丘。対照的に相手の巨漢はへの字口。
レイヤー越しに雲丘、相手に自分が哭腑衆だと情報を送る。
草平衆の、特徴的な怒り眉の若者は、自分の首直前で震えている刃に、思わず剣を落とす。
雲丘が若者の足を引っかけ、その場に倒れさせる。その瞬間、若者の首があった場所を、金剛衆<守人>の刃が通り過ぎた。
「何奴!」
金剛衆の<守人>が怒鳴る。
雲丘、若者との間に立ち。
「レイヤーに送ったでしょ?」
刀を下げて答える雲丘。
その返しに、鋭く眉間に皺、思わず一歩踏み込む金剛衆の<守人>。しかし。
「瀬地さんっ」
それを抑えるように真横に駆けつける、長い黒髪を左でまとめたモデルのような若い、ロ式装具を付けた<守人>。
「いけませんっ!」
そう青年の<守人>が止めるも、瀬地と呼ばれた<守人>は、そのまま鋭い一撃を雲丘に向け、斬りつけた。
響かない、鈍い音。
瀬地が放った刀の内側に、もう一人、金剛衆若手の刀、そして向かいには、雲丘の刀があった。
「へぇ……」
にやりと笑う雲丘。
「雲丘さんっ」
後ろから三人の若い声。と同時に電足帯で床を蹴る。
「待て」
鋭くはないが、まるでその行動を予見していたかのよう、それと同時に雲丘が制止する。
そしてその正面には、金剛衆のロ式装具を付けた<守人>二人が、同じように剣を構えていた。
「 」
瀬地は自分の刀から、力が流れ出ていく感覚に、思わず身を引いた。それと同時に雲丘も、他の<守人>達も半歩下がる。。
その瞬間まで息をするのを忘れていた、草平衆の特徴的な怒り眉の若者は、反射的に息を吸い込み、肺が痛くて思わず咳き込んだ。
「……」
瀬地も足元には、若者の死体。そして雲丘の足元には、咳き込んだ若者。レイヤー越しに、他の金剛衆にも自分達が哭腑衆だと送る雲丘。
「っ」
鋭く反応した秦巻。目の前の男がただ者ではないと直感していたが、哭腑衆の実力がこうまで高いとは、正直、冷や汗。
「さて、分かっていただけたところで」
刀をしまいながら、雲丘。
「こいつはこっちで回収しちゃおうかな」
そう言うと、哭腑衆の若い、顔が鋭角な線でできており、しかし不釣り合いな、大き目のレイヤーを付けた男が、草平衆の若者を雲丘より後ろまで引きずった。
「……」
一度大きく息を吸い込み、しかし、何をするでもなく一気に吐き出すと。
「撤収」
それだけを言って、瀬地は刀を終い、くるりと背を向けて去っていった。
「園野さん、今の見てた?」
雲丘の通信に応えて、見てたよと、ため息交じりに返す。続けて雲丘。
「結構強いのが揃ってるもんだね、せじ、って言ったか? あれとは戦わないよう、皆に言っておいてよ」
その言葉に、哭腑衆の若者三人は、目を大きくする。
「まあ僕か沖ノ君に任せてさ」
……分かった、と脱力した声を確認すると、赤警察から借用している磁気拘束具に、草平衆の若者をかけてひきつれ、その場を後にした。




