国中起盛 十ニ
治安悪化に伴う政権の支持率低下に懸念を示す須々木王。閑職とされる情報政策大臣代理となった、大窪透と暮里竜星。しかしそうではないと行動を起こす。そして徐々に行動を起こし始める藍河宗玄。情勢の変化は全てに影響を及ぼしていく!
人物紹介
那美樫奉斎:須々木王の政治的後継者。王道派の次期王候補。
須々木王:陽の国の王。安定した経済政策が評価されている。
宍和田絹男:代王派。公安大臣。旧兵器を強奪した草平衆逮捕を、越権行為をしてでも捕まえようと過激に行動している。
二井脇昇:代王派。法務大臣。小柄だが清潔感のある男。
森國男:代王派の政府内における中心人物。総務大臣。
大窪透:竹中出身の若い議員。
暮里竜星:竹中出身の若い議員。
藍河宗玄:代王。代王派の代表。表立って動く事で、王道派と衝突がおき、国の政治が混乱する事を避けたいと考えている。
八谷忠元:元副大臣。代王派の一議員。藍河宗玄に仕えている。
石和希具視:藍河宗玄に取り入り、麻金皇王に謁見できるまでに出世した男。しかし謹慎という名の失脚となっている。
南代香北:代王派の次期王候補にすべく祭りたてられた傀儡。石和希具視によって、麻金皇王の側男として政治中枢へ入る。
麻金皇王:陽の国の皇王。国の象徴。
光芽守靖:三目家の当主。
金井正道:三目家の財務担当。
女柳佳津:三目家の医療関連事業を幅広く行っている。
陸奥木隆義:三目家に従う奥義衆の頭目。
島海義弘:王道派。軍務省初代大臣。
用語
青千院:太京《太京》にある政治の中心地。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
火繰家:鉄鋼事業で財を成なした、古代より続く名家。王道派。
竹筒明星社:大笹凡筒やレイヤーを作った会社。創業2200年。
五月三十一日国家管理装備品強奪事件:メガシリンダーで管理されていた旧兵器の一部を、草平衆が強奪した事件。
陽の国:近年において、内戦をせず安定した政治体制を保っていた唯一の国。
赤警察:捜査調査を担当する警察。
馬山国:大陸の国の一つ。陽の国に攻め入ったが、現在休戦状態。
草平衆:影舘桐蔭が作った<守人>衆。五月三十一日国家管理装備品強奪事件を起こした。
三目家:古代から存続する名家。あらゆる分野に企業を持つ。今の代になって、初めて政治的な権力へ積極的に近づき始めた。
風間家:三目家の分家。流通をあつかっており、莫大な資金力を誇る。
真三家:三目家の親戚にあたるが、最下層扱いされている。
奥義衆:陸奥木隆義が抱える衆。戦う<守人>よりも<影梁>としての行動を得意とする。
「やはり治安の悪化が、直接支持率に響いてます」
黒鳥の間と呼ばれる青千院の一角にて。そこは横に広く、素朴だが洗練された古木で作られた執務机が一つと、向かいの壁一面ガラス窓の外には梔子、ベージュ一色の大きな絨毯に、机左手の壁に掛けられた絵には、黒い鳥。
右側の壁に映し出されたグラフを観て、七三分けの短髪にまっすぐ四角い目にはレイヤーと深い藍色の瞳、輪郭のしっかりした顎にやや厚い唇の那美樫奉斎は、立ったまま肩を落としため息をついた。
それを椅子に座り観ている、四角く平面的な顔にしっかりとした眉と、優しく細い瞳にはレイヤーの須々木王も、腕を組み眉間に皺がよっていた。
「しかし、現状の治安状況が悪くなっていく一方でもない、高止まりではあるが、一定になりつつある」
実際、なりふり構わない各衆への応援要請により、徐々にその成果は表れ始めていたのだ。
しかし市民がそれを実感するには、少し時間がかかりますと、那美樫。続けて。
「宍和田公安大臣も、ようやく成果を出し始めましたし、これからだと思われます」
須々木王は組んだ腕を、きつくして。
「宍和田公安大臣のやり方にも、方々から非難の声が上がっている」
違法捜査まがいの事をしているのではと。
「きつく、な」
平時ならともなく、現状では仕方ない部分もあるとそう思いかけたが、那美樫は行き過ぎているというのなら、見過ごす事はできないと思い、ふと気づいた。
「それで会期延長中に、という事なのですね」
少し前、須々木王は、公安大臣と軍務大臣の権限の明確化に関しての議題を、議案にあげていていたのだ。これそのものは、既に各関係官僚が必死に動き回り、裏で交渉を取りつつ進めているものだが、須々木王の出したものは、責任と罰則についてであった。
「二井脇法務大臣であれば、すぐにでも草案を出してきそうですが、その内容は、どうでしょう、難しいですね」
那美樫は、対立する代王派の二井脇法務大臣の能力は高いと考えており、それゆえ、王道派としては、彼の出してくる草案を素直に受け入れがたいとも、考えていた。
「だが、出来れば急ぎたいところではある」
須々木王の言い方に気づいて、那美樫。
「火繰家、からの依頼ですか?」
組んでいた腕を広げて須々木王。
「それも、ある、だが問題はやはり支持率だ」
そもそも治安悪化が原因なのだから、火繰家がどうのという前の話だ、と再び腕を組む。
「代王派である宍和田公安大臣の失策は、ともすれば次期王選において向こうの悪影響となろうが、今の時期ではこちらの支持率に響きすぎる」
長い目で見れば、政権内の争いは民間にとっては他人事で、であれば直接支障のある治安こそ、最優先にすべきだと那美樫は考えるのだが、口うるさく言って須々木王のご不興を買うのもよくないと、早々に話題を変える事にした。
「ところで須々木王、情報政策大臣の件はいかがなりましたでしょうか?」
これも火繰家からの依頼である。だが先程の件に比べ重要度が低い為。
「森総務大臣に指示済みだ」
「閑職などとはとんでもないよ、暮里」
情報政策大臣の執務室の扉が開くなり、痩せてふわりとした髪型に、どこか眠そうにも見える目にはレイヤー、細い唇になで肩の男が、はきはきとした口調で入ってきた。
「うん? 大窪、具体的には?」
執務椅子には座らず、手間のソファーの前に立ち、壁に映した映像を観ていた、大柄で、大きな瞳は眼光も鋭く、太い眉毛と大きな口は、意志の強さを表している男が、落ち着いた口調で返す。
大窪は向かいのソファーに座るなり、映していた映像を自分のレイヤーで切り替え。
「これだ竹筒明星社、これについての情報だよ」
「うん」
大窪の話に、これだけで続きを促す暮里。
そこには竹筒明星社の主な社歴、それも国にかかわる内容だけが、年代を追って表になっていた。
五月三十一日国家管理装備品強奪事件については、やはり公安がらみで調べはついてないが、代わりに。
右手の拳を鼻につけて、大窪。
「これを見つけた」
表情を変えずその表を、立って真っ直ぐな姿勢で、大窪の頭越しに見る暮里。
「これは」
陽の国が大事に至る折に触れ。
「何か行動をしているように思える」
簡単な情報の年表で、そこに書いてある表題の各内容までは分からないが、国の歴史的な出来事があった年に、何かをしているのは、偶然で片づけるには一致しすぎていた。
「うん、これを詳しく調べられるのか?」
視線を大窪に移して。
「やってる、が、時間はかかりそうだ」
「本来なら、これを調べるのは公安、赤警察の仕事ではあるが……」
再び視線を戻しながら暮里がこぼすと。
やってみようか? と大窪が。
その言葉に視線だけ向けると。
「宍和田公安大臣は今、立場が苦しい、そこをうまくつけば情報は取れる筈だ」
ソファーに座って暮里。
「ようやく結果を出し始めていると、そう聞いている」
「だが市民から多く抗議が来ている」
このままじゃいけない、いずれ味方、批難避けの盾が。
「欲しくなる、もちろんその役は受けないけどな」
「……うん」
それだけを言う暮里に、腰を浮かせて彼の肩をたたくと。
「まあ見とけ、お前は部下の把握を頼む」
そう言って笑いながら自信たっぷりに、執務室を後にする大窪。
「またか……」
壁に映していた情報の上に、新規情報のお知らせ。情報政策大臣代理となって二週間弱、ほぼ毎日、政治的献策が送られてきていた。
大窪いわく、その相手は問題を起こして謹慎中であるから、相手にしないようにとくぎを刺されていた。しかし。
「……」
相手が何者であろうが、見るべきものは見、取るべきは取り、捨てるべきは処分する、それが正しい態度であると、暮里は考えていた。
「支持率の低下が著しいな」
ロマンスグレーの言葉がよく似合う、灰色と銀色の短髪に引き締まった顔、上品なレイヤーをかけ、畳に上質な座布団を敷き、胡坐をかいた、藍河宗玄。
白く飾り障子に、四方と天井を囲まれた広い和室。後は艶やかな畳があるばかりの静謐な空間に、離れて二人。
膝先に、古風な器に、お茶と茶菓子。
「そうですね、景気浮揚策でもだして、早々に手を打たなければ」
須々木王も政権運営が厳しいものとなりますでしょう。
そう応える、横に流した黒髪と、四角い輪郭に小さい目と鼻にレイヤーをかけた、八谷忠元。
「まあ現状では、それも難しかろう」
経済を得意とする須々木王にとって、一連の治安悪化に加え、馬山国との一戦は、大きな痛手となっていた。情勢不安は人々の危機意識をあおり、それが保守な行動を誘発し、消費より蓄えにまわっているのだった。
「そもそも景気が悪かったわけでもない、あくまで情勢不安が発端だ」
そう言いながら、湯飲み茶わんを手に取り一口すすると、ふわりと茶ばの香りが鼻腔をくすぐり、舌にほのかな甘み、続けて口いっぱいに旨みが広がる。
そのタイミングを逃さず、八谷もお茶を飲み、立て続けに茶菓子を口に放り込んだ。お茶の旨みを感じ、茶菓子の、求肥が優しく跳ねる食感に、それが崩れた後にくる、白あんの上品な甘みと大葉の香りが、口の中を大いに刺激し、あっという間に溶け去った。
「……」
藍河が湯飲み茶わんを置き。
「それゆえ、治安の回復、それも草平衆の主犯検挙が最も重要になるだろう」
続けて。
「しかも状況次第では、次期王指名時期が早まるかもしれん」
「! 支持率低下の前に、という事ですか?」
急に反応する八谷。
それはまずい、何しろ石和希具視が謹慎した為、南代香北の教育係がいない状態のだ。
「やはり森総務大臣に、強く言っておくべきでしたでしょうか」
八谷は口をひん曲げて、今更の後悔を口にする。それに対し藍河。
「いや、いずれ誰かが他の方法で排除していただろう」
あの男は切れるが、やり方が目立ちすぎる。
「多く敵を作りすぎた、もう少し慎重に進めるものと思っていたが」
八谷が前のめりになり。
「私は自然に青千院に出入りできます、もしよろしければ」
麻金皇王にお口添えをして頂ければ。
「彼の代わりを」
と八谷の提案に。
「そうだな、いざとなればそれを頼むとしよう。しかし最初からでは、それも目立ちすぎる。幸い、南代君と直接連絡をとれるよう、石和希君は図ってくれている」
「はい」
頭を下げつつ、八谷は少しだけ石和希を見直した。謹慎を喰らう際に、そのような気遣いができる人物とは、思っていなかったからだ。
「それと藍河様、三目家についてですが」
少し前のめりになる八谷の様子に、いい話ではないと理解して。
「何かな?」
「やはり、徐々に」
政治権力に入り込むようです。
「 」
報告している八谷にしてもそうだが、藍河もそうなるであろう事は、予想済みであった。三目家の資金をあてにしている以上、見返りを与えるつもりであったし、それが権利ではなく、権力となる事も含め。
身の丈に合った。
「内容であれば、何ら問題はない」
そう言って再びお茶を飲む藍河。この答えは八谷の予想通りで、しかし直接三目家に会った立場からすると、やや前のめりで。
「私もそのように考えます、しかしどうも三目家は、複雑すぎる部分があるようです」
「複雑?」
名家として大ききなりすぎているそれは、関係者も多く、それだけに利権が入交り、本音のところでは、本家に対し皆がどれだけ心から従っているのか、疑問を感じると八谷。
「なる程、八谷君がそのように感じたなら、その通りだろう、君ならどのようにするのがいいと思う?」
お茶を置いて藍河の質問に、背筋を伸ばして八谷。
「やはり各分家ごと、個別の対処が必要になると考えます、各分野で、主要人物を抑えておくべきでしょう」
頷く藍河に対し、八谷は続ける。
「方針は」
党首である光芽守靖氏、資金については金井正道氏、医療関連なら女柳佳津氏、治安でしたら陸奥木隆義氏と。
「それぞれ同程度のつながりを、確保すべきかと」
その話に頷いて藍河。
「うむ、では複雑な事情とは?」
改めて背筋を伸ばし八谷。
「はい、風間家と真三家です」
風間家は流通を持っていますので、その資金力と物流の支配力は、大変大きなものがあります。かたや真三家はあらゆる人脈を。
「持っているようです。しかしその両家に対しては、紹介をしていただけないのです」
藍河は目をつむり、深呼吸。そして。
「名家のお家騒動か、あり得る話だな」
本家側がそのまま安泰であれば、このままで問題なく資金提供は続けられるだろう。しかし、問題となっている分家側が本家を上回った場合、今のままの資金調達というわけにはいかない可能性がでてくる。そして、長く続いている名家であっても、それは常に起こり得るし起こってきた。
「その分家と直接会うわけには、はやりいかないのかな?」
「奥義衆に見張られていると思われます、直ぐに、光芽守靖氏の知るところとなりましょう」
そうか、と言って再び目を閉じる藍河。沈黙の後。
「……留意しておこう、この件は何か機会が生じたおり、八谷君の判断で動いてもらって構わない」
深く頭を下げる八谷。そしてため息をつきながら藍河が。
「しかし、そうなると三目家の所為なのかな、火繰家がここのところ影響力を強めているのは」
火繰家は、森総務大臣が仕掛けた事で、空席となった情報政策大臣ポストへ、大臣代理として、地方議員を強引にはめ込んで見せたのだ。
「それも、あるかもしれません」
姿勢を正したまま、八谷が答える。
火繰家のやり方にしては、強引な方法だと思っていたが、そもそも閑職である。問題ないと踏んでの事だろうと、八谷は思っていた。
「ん?」
藍河が何かに気づいて、自分の左側、何もない空間に視線をやると、そこに映像が現れた。八谷もそれを観る。
「……藍河様、これは」
そう尋ねながら八谷は理解した。
デモだ。
気づいて、赤警察の公開情報を素早く検索し、本日、許可が下りているデモ活動があるのかどうか、確認て。
ある。
「藍河様、これはリベラルな市民団体が企画した、デモのようです」
実際には、宍和田公安大臣は、赤警察の激務を理由に許可しないつもりでいたのだが、どこからそれを聞きつけたのか、島海軍務大臣が、それなら代わりに治安維持行動を受け持つといいだした為、仕方なしに許可したものだった。
「……」
「……大丈夫、でしょうか」
事を起こしたい連中であれば、これは絶好の機会だろうと、八谷は考えたのだ。
そのデモの内容は、平和と治安が主だが、経済の安定についても言及したりと、まとまりがない。しかも要求の一つに、軍備拡張反対、具体的に軍艦製造反対等、情報が外に漏れていると思しきものまで含まれている。
「問題だな」
そう言うと腕を組んで目を閉じ藍河。
そう、軍艦の追加建造なんて、国家機密もいいところで、現状、一般へ漏れていい情報ではないのだ。
「新しい省の創設等、無理くり人員を集めた弊害かもしれません、一度、内部調査を行った方がいいかもしれません」
どんな人間が紛れ込んでいるとも、しれませんので。




