火繰家伝 九
金剛衆と赤実陽が初めて出会う。そこから得た情報で知野陽音は風間家の言わんとしている内容を、どうにかつかみ取る事が出来た。徐々に接近する敵対しているはずの火繰家と風間家。また一つ、影の歴史が動き始める。
人物紹介
秦巻薫:金剛衆の<守人>。
赤実陽:風間家の<影梁>。
知野陽音:火繰家の参謀。
河智聖子:火繰家の当主。
三岡芳蔵:火繰家の財務担当。
鷲尾剱持:金剛衆の<影梁>。
瀬地幸田:金剛衆の頭目。<墓守>。
柴道勝国:金剛衆の<墓守>。
冴里章:金剛衆の<守人>。
遠流千河:金剛衆の<墓守>。
坂牧浪:金剛衆の<守人>。
逸司亨:金剛衆の<墓守>。
用語
金剛衆:火繰家が囲っている衆。
三目家:古代から存続する名家。あらゆる分野に企業を持つ。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
太京:陽の国の首都。
山都:首都太京より、西へ四百六十キロの位置にある太古に首都だった地域。
円々庭:山都にある昔からある名園の一つ。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
青丹春防衛線:四月十六日に青丹沿岸へ馬山国巡洋艦が砲撃を開始して、その後、敵兵が上陸した戦争。
哭腑衆:太京に昔からある衆。
<守人>:近接戦闘職者。
火繰家:鉄鋼事業で財を成なした、古代より続く名家。
東亜藍潮計画:陽の国に、一帯で最大の港を作る計画。
風間家:三目家の分家。
「金剛衆、秦巻薫」
「三目家<影梁>、赤実陽」
そう、お互いが名乗る、細い糸のような雨が降る静かな庭園内。
ここは太京より西に位置する山都。昔からの庭園が数多く残り、ここはその名園の一つ、円々庭。味わいのある木々が苔の上に伸び、大きな石や小さく切り取られた池等趣があり、濃い湿気に青々とした香りで満ちている。
二人は、狭い石畳の敷かれた屋根のある場所に、向かい合って立っており、その中心に、竜をかたどった像が置かれていた。
陽が先にそれへ近づき、紙でできた何かを置いて離れる。
続いて秦巻が近づき、それを受け取り下がる。
それを確認すると、あとは何も言わず、陽はその場を去っていった。
それを視界から見えなくなるまで、微動だにせず見送る秦巻。歩いた跡を、レイヤーで拡大して確認。
手練れだ。
全く足跡が残らないのだ。雨でぬかるんだ土の上も砂利の道も、何一つ残さず、赤実陽と名乗った少女のような<影梁>は、いなくなった。
見た目は<影梁>だから当てにならないだろうけど、金剛衆に欲しい人材だな。
そう思うも、瀬地は嫌がるだろう事は安易に想像ついて、ため息が出る。
「……」
青丹春防衛線の<影梁>も、同じように足跡を残さないだろうな。
情報より実行力を求める金剛衆では、今の哭腑衆には勝てない。効率は、繰り返す事でいずれ身体に表れる。それが内戦ともなれば、決定的な差をもたらすと、秦巻は感じている。辰港の時でさえ、たった一人の<影梁>に、三人の<守人>が手玉に取られた。それだって<影梁>が計画をたてていたからで、正々堂々、身体一つで戦い勝利する等。
「おとぎ話だ……」
「情報は正しいものと思われます」
細身、細い顔、薄い口に細い目、そしてレイヤーまで細い知野陽音は、立ったまま言った。
半分、庭へせり出す形の大きな部屋は、豪華なテーブルと椅子を見るに、大勢が揃って食事する晩餐会用で、その広い場所に三人だけがいた。
首都太京より、西へ四百六十キロに位置する山都。その山都にて、最も広大な土地を所有している火繰家の敷地内にて。
その言葉に座ったまま軽くため息をつく、黒い長髪で、美しくも鋭く赤茶色の瞳にレイヤーをかけ、真っ直ぐな鼻と小さな唇の、河智聖子。
手元に何かが書かれた紙。
壁に映しだされた映像は、その紙の内容を知野が調べた内容と、整合性が取れているか比較したものだった。そしてその内容とは、六月六日に行った東亜藍潮計画会議にて、火繰家に造反した中小企業や名家のリストであり、具体的には、三目家が買収したリストでもあった。
「ただ、これを出す風間家の意図がまだ分かりませんね」
「実はこれ以外にいて、それを隠す為とかは?」
面長で矢印のような鼻をした、レイヤーをかけた三岡芳蔵が思い付きを言う。
「それはないでしょうね」
もしそうであるなら、隠したいだけ影響力があるという事になるし、それは翻ってその影響力故、隠すよりは表立たせたい。
「筈だろうしね」
「……どちらにしろ、既に調べた内容でもありますし、それ程有意義な情報でもないと思うのですが?」
そう言う河智に。
「私も最初はそう考えたのですが」
こちらの調べた情報の裏付けにもなりますし、何より。
「情報に齟齬があれば、風間家が火繰家に対し、隠し事をしている事の証明ともなります」
「なる程……」
正誤が分かりやすい情報を出す事で、誠実な対応を見せているという、確認にはなる。
「では、取り合えず信用はできると」
ふむふむと頷きながら三岡。
「そこが判断の難しいところです」
と、三岡にではなく、河智へ向かって知野。
今述べたように、誠実さを示しているかもしれないし、こちらで確認できる程度の、どうでもいい情報なのかもしれません。
「……そうですね」
相槌をしながら、しかし、知野が迷っている事を、河智ではそう簡単に判断できない。
「風間家といえば、三目家で流通関連を担当してますよね」
今一番設けてるんじゃないかなぁ、腕を組んで三岡が唸る。
河智の右の眉毛が、微妙に動く。
咳払いをして知野が。
「現在、火繰家が持つ流通は製鉄関連、それも原材料の運搬に偏っています」
これは外国からの船便が殆どであり、現状、東亜藍潮計画に資金をつぎ込んでいる為、その他多くの港は。
「その風間家が抑えています」
その知野の言葉に、河智の右の眉が明らかに動いた。しかし知野は続けて。
「ですのでせっかくのお誘いです、これを利用してみては如何かと思うのですが」
「!」
その言葉に、河智も三岡も、身体を知野へ向けて、次の言葉を待つ。
「その内容は、港を一つ解放してもらうのです」
なる程、と大きく感心する三岡だが、河智は。
「では、それを断った場合、風間家には何か含むところがある、という事でしょうか?」
右人差し指を鼻に当てて。
一概にそうともいえませんが。
「まずはこれで相手の出方を伺おうかと思います」
現状において、火繰家が損をする要素がない為、知野の案で風間家にあたる事となった。
「ぬかるみを?」
背の低い細身で、ややもすると病弱にも見えるレイヤーをかけた、鷲尾剱持が秦巻に。
首都太京より、西へ四百六十キロに位置する山都。その山都にて、最も広大な土地を所有している火繰家が管理する、敷地内にて。
「ええ、足跡を残さず」
百名は入れるであろう、濃い茶色が落ち着いた雰囲気を出す講堂にて。その中央寄り正面の席に、二人は座っていた。
レイヤーを操作し、講堂正面のパネルに円々庭を映し出す秦巻。
「ここですね、雨でぬかるんでいる土の上を、足跡を残さずその<影梁>は歩いていきました」
ふむぅ、と右手で口を隠すようにして、思わずうなる鷲尾。
「 まあ、そうだな、ゆっくり慎重にいけば、だな。このくらいならそれで、何とか」
金剛衆で唯一残る<影梁>の鷲尾をして、慎重に何とか、という技量以上だと分かり、秦巻は赤実陽という<影梁>に、改めて驚嘆した。
「難しい事なんですね、分かりました、ありがとうございます。……本来であれば、この役は鷲尾さんがよかったんですが」
鷲尾としてもそうしかったし、本来の役目でもあるのだが、いかんせん、金剛衆に<影梁>が足りな過ぎた。鷲尾にしたって、つい今しがた山都へ戻って来たばかりだったのだ。
「そうな、まあしょうがない、その赤実とやらについては気にしておく事にしよう、それより」
鷲尾が秦巻へ前かがみになる。それにつられ、秦巻も自然とそうなり。
「今日太京から戻ったのは哭腑衆についての事だ」
「 」
太京やその周囲にて、赤警察からの依頼を受け、治安維持を続けていたのだが、ここ何度か、その行動を哭腑衆が先回りしている事があり、その手際も非常に洗練されているというのだ。
「……」
秦巻としては、哭腑衆が見事なのは予想できた事なので、思わず目を閉じて眉間に軽い皺がよる。しかし。
「恐らくだが、これは俺の見解だが、金剛衆は哭腑衆に見張られてる」
「!」
「瀬地さんは内部の裏切りも疑っているが、恐らくな。今金剛衆は小分けに動いているし、それを全て把握しているのは俺くらいだしな」
身体を起こして秦巻。
「ふぅー」
「まあ瀬地さんの手前、裏切者がいるかもしれないとなれば、うっかり通信で知らせるわけにも、な」
秦巻は自分が思っている以上に、哭腑衆は<守人>の集団として、より高い場所にいると痛感した。
「……柴道さん達は?」
「うまくやってる」
あの後、金剛衆として兵法による行動を学べるよう、冴里も含め、それら兵法家達の下に、<守人>達をかわるがわる入れ替えていくという手法を行っていた。
これは本来であれば頭目である瀬地号令の元、一気に学んだ方が効率がいいのだが、兵法家は金剛衆において、柴道勝国のみでよいと、その瀬地が決めているものだから、冴里を中心にこのような方法を取らざるを得なかったのだ。
「それに、他にも才能に気づいた<守人>が何人か出てきたな」
鷲尾的にうれしい誤算だったのは、残った金剛衆<守人>達が向上心の塊であった事だった。
「進んで<影梁>になる奴はいないが、兵法を面白いとして、遠流君、坂牧君、逸司さん等が積極的に、しかも効率を上げ始めた」
「二人も<墓守>が、それは希望ですね」
先程までの暗い気持ちが、すうっと、軽く薄くなったような気がして、思わず顔がほころぶ秦巻。
「それと、これ」
そう言って鷲尾が差し出したのは。
「電柵……、もう持ってますよ?」
それは火繰家の紋である、昇り火の印が入った物だった。
そう言いつつも、手に取る秦巻。
「瀬地さんの指針で、装備を拡充していくそうだ、まあこれはその最初という事らしい」
「……分かりました、そういう事でしたら」
瀬地も彼なりに、金剛衆の事を考えているのだと、当たり前であるが、今更だが秦巻は少し安堵した。
「さてと」
立ち上がり鷲尾は身体をほぐしながら。
「いつ頃太京に来れる?」
「多分二、三日、いや四日後くらいには、恐らく」
いやに歯切れの悪い物言いに、しかめっ面を返して鷲尾。それに対し秦巻は。
「その、よく分からないですが、護衛をするように言われてまして、あ、お館様のです」
机に左手をついて鷲尾。
「河智お嬢様の?」
「ええ」
すると、そうかしっかり頼む、と言って歩き出す鷲尾。
「この際だからきちんと取り入っとけ、お前が好かれれば金剛衆もしばらくは安泰だ」
そう言い残して振り向きもせず鷲尾は出ていった。
「そういう、ものなのかな」
立って一礼しつつ秦巻。
<守人>は人を守るのが本来である。だから護衛はその本分であり、喜ぶべきところなのだろうが、今は太京にこそ必要なのではないかと思っているのだ。
確かに、山都でも治安は悪化しているけど……。
ふと、並比良と最後に交わした言葉が、脳裏に思い浮かぶ。
外側へ出たら、何を言っても変わらない、本当に変えたいなら、内側へ入る事だ。一番困難な道ではあるが。




