火繰家伝 八
情勢不安から治安が悪化し、そこへ強引な操作を暴力的に進める赤警察。それを問題視した火繰家は動き出す。また金剛衆も効率的に戦えるよう、兵法を取り入れる事となる。国全体に、争いの影が強くなる――。
人物紹介
三岡芳蔵:火繰家の財政担当。
河智聖子:火繰家の若き女性当主。
知野陽音:火繰家の参謀。
石和希具視:代王から皇王へ取り入り、権力の中枢に入り込んだが失脚して謹慎中。
宍和田絹男:代王派の公安大臣。実績作りの為、強引な手法を用いる。
須々木雅義:陽の国の国王。議会にも出席するようになり活発に活動している。
瀬地幸田:金剛衆の頭目。<墓守>。
冴里章:金剛衆の<守人>。
秦巻薫:辰港事故で任務に失敗後、金剛衆の<守人>となった。
柴道勝国:金剛衆の<守人>。<墓守>。
鷲尾剱持:金剛衆唯一の<影梁>。
弓野奏太:金剛衆の<守人>。
端水花:金剛衆の<守人>。
唐巻孝蔵:金剛衆の<守人>。
用語
太京:陽の国の首都。
山都:太京の西へ四百六十キロの位置にある太古に首都だった地域。
火繰家:鉄鋼事業で財を成なした、古代より続く名家。
風送りの館:火繰家の執務を行う場所。
時事情報局:日々の出来事を扱う情報放送局。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
赤警察:捜査調査を担当する警察。
青警察:重武装した治安部隊。
代王派:藍河宗玄代王を中心とする与党内勢力。
三目家:古代から存続する名家。あらゆる分野に企業を持つ。
金剛衆:火繰家が囲っている<守人>衆。
哭腑衆:太京に昔からある衆。
羅漢所:太京に作られた金剛衆の仮本部。
<守人>:近接戦闘職者。
馬山国:大陸の国の一つ。陽の国に戦争を仕掛け、現在休戦状態。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
摩耶市:太京の地域の一つ。
辰港事件:世界最大級の港建設中に起きた事件。世間では事故という扱い。当事者たちのみが”事件”と表現している。
「いや酷いですね、実際の太京は」
面長でレイヤーをかけ、矢印のような鼻をした三岡芳蔵は言った。
太京より西に位置する山都。その地域で最大の領地を保有する、火繰家の風送りの館にて。
時事情報局を観ているだけでは、あれ程の騒ぎになっているとは。
「想像できないと思いますよ」
立ったまま腕を組み、したり顔の三岡。
「これは……、随分と暴力的にみえますが」
口に手をやりながら顔をしかめて、長い黒髪と赤い茶色の瞳にはレイヤーをかけた、執務机に着いたままの河智聖子が、嫌悪感を隠さなかった。
壁に映した太京での様子を観ながら。
「実際暴力です、赤警察はある程度装備の行使や強引な捜査をしてきましたけど、これは今までにないでしょうね」
殴り倒される映像に、一度は見ている筈の三岡も、強い嫌悪感を眉間に。
河智の後ろに立つ、細い印象の知野陽音が。
「三岡さん、青警察は?」
何もしてないですね、と肩をすくめる。
その答えに河智は、怒りに近い表情になる。
「河智様、これは安易に見過ごせない状況のようです、早めに手を打つ必要があるでしょう」
知野が言った。
「ろくな精査もせずに、権力拡大の為だけに大臣を決めるからこんな事になる」
への字口で腕を組む三岡。
その言葉で、代王派に公安大臣を取られた気持ちを思い出し、机の上で拳に力が入る河智。
思わず三岡を観て、敢えてしかめ面をして見せる知野。しかし三岡は気づかず。
「石和希を排除したのに、余計な置き土産だこれじゃあ」
あっ、と知野が思うも。
「知野さん……、宍和田公安大臣を取り除くには、どうすべきでしょうか」
怒りに耐えた口の端が歪んで、河智が笑っているようにも見えるが、勿論そんな勘違いはしない知野。三岡を恨みがましく横目で見やりながら。
「河智様、直接それを行えば代王派と完全な争いを招く事になります、今は危険です」
だが静かな怒りが収まらない。整った顔が取り繕う平静さに、妙な迫力が加わって見える河智は。
「このままでは治安が崩壊します」
映像から目を離さず、断定する。
しかし知野は。
「失礼ながら河智様、お怒りになられているのは国の治安に対してでしょうか?」
「 当然です」
一瞬の間をおいて、答える河智。しかし自分のその言葉に、自分自身が違和感。
「失礼ながら、河智様がお怒りになられているのは、ままならない火繰家の現状に対してではないですか?」
「!」
河智の視線が知野に。
「この状況を作ったのが石和希であり、三目家の資金であり、それをさせてしまったと後悔しておられる、ご自分への怒りではないですか?」
そのやり取りに、思わず目を丸くする三岡。
「……」
目を閉じ、大きく息を吸い込む河智。
三岡に映像を消すよう、手で合図する知野。映像が消える。
「……っふぅ……、そうですね、ええ、知野さんの言う通りですね」
まだ右の眉に力が入ったままだったが、どうにか冷静さを河智は取り戻した。椅子にもたれかかり目を閉じる。
咳払いをして知野。
「河智様、このような場合は一度、国をとるか家をとるか、と自問するのも役に立つものです」
「?」
少しだけ声のトーンの上がった知野に気づいて、何故だろう、と河智は目を開けた。
「家、ではないと、いう事ですか?」
そうです、と知野は続けて。
「家の存続は国にかかっています、国がなくなれば、火繰家でいられる時間も短く、すなわち、残ったとしても、いずれ変異したものとなるでしょう」
伝統を継承しつつ、火繰家が火繰家である為には。
「国の存続こそ、重要なのです。この考えから外れさえしなければ」
大抵の事では大きな失敗にはならないでしょう。
そう知野は言い切った。
再び深呼吸をして、河智は。
「ではそれと理解したうえで、現状の赤警察の動きに対し、どう対処すべきでしょうか?」
さすが切り替えの早い河智である。眉間の皺は消え冷静さを取り戻し、再び思考し始めた。
これは国がやるべき仕事で、外部ではなく、内部の自浄作用こそが必要であると、知野。
という事は。
「須々木王、ですね」
そう、これは国の仕組みに、それを制御する方法を作っておくべきで、一大臣の問題であるだけではないと、河智は気づいたのだ。
「はい、須々木王に急場の対処をお願いしつつ、急ぎ法整備を行うべきかと」
今期は軍務省の設立等ありましたので、国会の会期は延長しております。
「急ぎ草案を提起する事で、次回国会へ向けた準備をする事ができると思います」
そう言い終えて、知野は頭を下げた。すると。
「また金がかかりますね」
三岡が腕を組みながら、演技のようなしかめ面で割って入った。
須々木王はまだしも、法を起こし、それを確実に通させるとなると、政治資金がそれなりに必要となるのだ。
勿論そんな事は、河智も知野も先刻承知である。問題は。
「資金がないのですか?」
河智が三岡を見て、座り直る。
「苦しいですね」
軍務大臣に島海義弘議員を据えたのもそうですし、今は国の依頼で金剛衆を常時活動させてる事もあるので。
「正直予算オーバーですね」
「……」
こうなると河智ではどうする事もできない。停止してしまう。それを見とがめて知野が、三岡を皺のよった眉間で見ると。
「……そうですね、まあ当てがなくもないです、方々への融資を回収すれば。あちこちへ貸してますからね」
そうやって方々への影響を広げているのだから、当たり前ではあるが。知野がすました表情で目を閉じる。
「用意できますか?」
また座り直して河智。
「できますね、単純な取り立て作業ですから」
その言い方にまた三岡を睨む知野。
「無理矢理ですか?」
河智が前のめりになり、表情を硬くして言う。
「いえ、まずは小口から、四割引きで」
思わず目を丸くする二人。
「それでは、総額が、大きく減ってしまうのでは?」
言いながら座り直して河智。
いえ一口だけです、得意顔になる三岡。しかし小口債務者一ヶ所からの引き上げでは、勿論全く足りないし、しかも四割引きならなおさらである。
「いえいえ、後は相手の方からやってきますよ、借金が減るなら私も、とね」
能動的に来た相手からはその額に応じて、そうですね、二割から三割で済ますのが早いでしょう。
なる程と感心する河智。しかし、やはり総額が目減りする事が気になると。
「このタイミングでの回収なら、それが理想だと思いますよ。そもそも」
経済アナリスト界隈では、今後、経済が落ち込むと見てますし私も。
「そう思ってますから、最良でしょう」
感心して頷きつつも、ふと気づいて河智。
「物流は増えているときいていますが、これは景気と直結しないのでしょうか?」
知野は二人のやり取りを、黙って聞いている。
「それは軍務省設立に関わる政府関連ですから、民間の消費が上がったわけじゃないでね」
流石に三岡は火繰家の財務担当だけあって、詳しい。が。
「まあ潤ったのは流通関連だけでしょうね、三目家とか」
最後の余計な言葉に、思わずため息とともに目を抑えた知野であった。
「また哭腑衆か」
楕円形輪郭は引き絞られて、きつくまとめられた黒い髪に、険しい目つきにはレイヤー。口は不機嫌を絵に描いたようなへの字口で、高い背はその風格と相まって、まるで塔のような瀬地幸田。
太京に急遽構えた金剛衆の仮本部、羅漢所。大きな壁一面に、様々な映像を映し、それを腕組み眺めながら瀬地は呟いた。
「非常に組織的ですね、衆というより軍隊に近い」
垂れ下がった目に大きなレイヤーをかけ、左右に緩く分けた黒い髪と、全体からくる優しい印象の男が言った。
「これを組織的とみるか? 冴里」
瀬地の無意識でも鋭い視線に、目にかかるくらいの前髪と左でまとめた長い黒髪。レイヤーをかけた丸い目の瞳は薄青く、高い鼻に厚い唇の顔立ちは少し幼く見えるが、小さな顔とその等身はモデルのような秦巻薫が応えて。
「少なくともこれを見る限り、哭腑衆の動きは治安維持に対し効率的です、それは認めるべきでしょう」
「……効率、か」
衆を預かる者として、効率という点を無視するわけにはいかない瀬地は、腕を組み顎に手をやり思わずうなった。
「何か?」
冴里が尋ねるも、しかめっ面が更に険しくなるだけで、何も答えない瀬地。衆の活動資金が厳しい事を、敢えて<守人>達に言う必要はないと考えているのだ。そんな事を気にして、活動に支障をきたすのなら、それこそ事であると。そのうえ、馬山国との一戦にて、装備の拡充が必要と思ったが、火繰家の資金的に厳しく、断られたとあっては。
瀬地は腕を組んだまま。
「我が衆に兵法といったか、それを得意とする者は誰か?」
「それなら冴里君もそうですし、柴道さんもですね」
いきなり扉から、背の低い細身で、ややもすると病弱にも見える、レイヤーをかけた男。
「鷲尾さんお帰りなさい」
反応した冴里に続いて、秦巻もご苦労様ですと、声をかける。
「衆内を把握しているのか? 鷲尾」
眉間に皺を寄せながら瀬地、まるで怒っているように見える。しかしそれに何とも思わないのか鷲尾は。
「ええ<影梁>ですからね」
調べられる情報は全て調べておくのが鉄則ですから、とうそぶく。それに対し、ふん、と鼻を鳴らして瀬地は気づいて。
「でもそうか、柴道がそうなら奴がいい」
冴里をスルーの瀬地に、こういうところがなぁ、と少しとぼけた表情になる鷲尾に気づいて、秦巻が。
「兵法家が一人である必要はないと思います、冴里さんもいるのですから……」
「不要だ、頭が多いだけ混乱の元になる」
大きく手を振り、身体全体で拒否する瀬地。
一度こうだと決めたら、頑固なところがあるこの頭目に、秦巻は最近疲れを感じるようになっていた。
「早速、柴道に連絡しろ冴里、奴は今どこだ?」
冴里のレイヤーに情報が表示され、それが鷲尾からのものだと気づいて、視線だけで礼を送ると。
「柴道さんは摩耶市に、太京の西側ですね、三名を率いて行っています」
その情報を瀬地に転送すると、レイヤー上に柴道勝国、弓野奏太、端水花、唐巻孝蔵の四人が表示された。
「いつ戻る?」
とっさに冴里も秦巻も反応せず、頭だけでため息をついた鷲尾が。
「国からの依頼ですから、それが終わり次第ですね」
今度は、あからさまに嫌な顔をして瀬地が。
「終わり次第直ぐに戻らせろ」
そう言い終えると同時に、部屋を出ていった。
顔を見合わせ冴里と鷲尾が、互いに肩をすくませる。
「あ、そうだ」
秦巻が思い出して、鷲尾に近づき。
「例の<影梁>については、何か分かりましたか?」
また肩をすくめてみせる鷲尾。
「二ヶ月かけてもなしのつぶてだ、他にも調べ事はたくさんあるからね」
もっと<影梁>を残しておくべきだったんだよ、と愚痴をこぼした鷲尾。
その気持ちがわかる冴里がため息をつく。
それもそうだろう、瀬地は<影梁>が嫌いという理由で、以前の人員削減の際に、彼以外の<影梁>を全て首にしてしまったのだ。
「今はまだ結果が出てるが、この先不安だな」
腰に手をやり、冴里。
そんなに気になるのか? の鷲尾に対し。
「あの状況下で馬山国相手に、冷静かつ効率的に行動しています、腕も一流といっていいと思われますし」
今の金剛衆に必要だと思います。
それには二人も納得していた。
秦巻は辰港事件を思い出していた。誘い出されたところを、ものの見事に罠にかかったあの失態。本当に内乱が起きれば、それこそ瀬地の考える正々堂々など、相手に隙を与えるようなものだろうと。後ろからだろうが何だろうが、仕留めなければ仕留められるしかない、そんな状況になった時。
必要なのは、強さだけではない。
「時間を見て継続してみよう、その人物に限らず人材は欲しいしな」
すみません、お願いします、と鷲尾に返した秦巻。
金剛衆に人材がいないわけではないが、昔ながらの突撃力を活かした戦法を最も得意としている為、それ以外の行動力がないのだ。
「不安だ……」
無意識に秦巻はこぼしていた。




