国中起盛 十一
馬山国との交渉結果でつるし上げをくう佐復外務大臣、しかしその会議の場で決まったのは、益栄情報政策大臣の罷免だった。これは数日前に行われた、火繰家と森総務大臣が仕掛けた結果であった。そして石和希具視に謹慎が言い渡される。
人物紹介
佐復紘一:王道派の外務大臣。様々に動き回り、政治的に生き残っている。
下赤悟朗:佐復紘一の大臣補佐。
野本信士:王道派の財務大臣。真面目。
須々木雅義:陽の国の王。
益栄善治:王道派の情報政策大臣。状況を見誤り、代王派によって罷免させられる。
石和希具視:代王派や皇王だけでなく、王道派にも顔をつなぎ頭角を現し始めていた策略家。
森國男:代王派の中心議員。総務大臣。
南代香北:皇王の側男だが、それ以上に政治的手腕が評価され始めている。
角真誠一:益栄善治の元秘書で、今は王道派の議員。
用語
円黄議会場:与党小会議場。
馬山国:陽の国に戦争を仕掛けてきた大陸の国。
赤警察:捜査調査を担当する警察。
静秦殿:首都太京の中心に位置する皇王の居住地。
五月三十一日日国家管理装備品強奪事件:メガシリンダーで管理されていた旧兵器の一部を、草平衆が強奪した事件。
「ふー、やれやれ」
円黄議会場から出ると伸びをする、笑ったような細い目が特徴の佐復外務大臣。
今各大臣が集まっての会議を終えて、一番最後に出てきたところだった。
「佐復外務大臣、お疲れ様です」
そこへ、目にかかる黒髪、二重に黒い瞳とレイヤー、整った細い顎の下赤悟朗が。
「どうでしたか?」
「いやぁ野本財務大臣がご立腹なさってね、さんざん言われたよ、いやぁ参った」
執務室に戻る廊下を歩きながら、その表情は確かに疲れているが、他の人では目元の所為で、皮肉にしか聞こえないだろうと思う下赤。
須々木王をはじめ、佐復外務大臣は今回の外交成果において、問題にしてきそうな大臣にはあらかじめ折衝をしておいたのだが、とても面倒になるので、野本財務大臣にはそれを行っていなかったのだ。
財政が今後、軍備の増強等で厳しくなる状況の中、保証を受けるどころか、我が国からの債務についても馬山国を糾弾しないとは言語道断と、まさに取り付く島もない状態だったのだが、折衝した他の大臣や何より須々木王のとりなしもあって、ようやく、それでも渋々、その怒りをおさめてくれたのである。
いやぁ、ありゃおさまってないか。
「では何か対策を講じるのですか?」
「いやぁ、もう十分だろう」
政府内にあっても、隙あらば代王派はこの事を持ち出すだろうし、野党に至っては、既に連日情報機関などを使って、声高に批難を開始している。野本財務大臣一人に時間をかけていられないし、そうはいっても彼は理性の人である。これを元に嫌がらせや妨害をするような性格ではない。
「そうですか」
「下赤君」
不意に立ち止まり佐復外務大臣は続けて。
「味方は多く作っておきべきだよ、特にこの世界ではね」
「 はい」
本心から言っているのか分からず、返事一テンポ遅れた下赤。
彼はいまだにこの、人を食ったような性格がある上司の事を、理解できずにいた。
佐復外務大臣の執務室へ戻ってくると。
「益栄情報政策大臣が罷免される事になった」
「え?」
罷免の話が出るなら、正直、その対象は佐復外務大臣だと思っていた下赤は、不意を突かれて思わず声にする。
「え、あ、あの、何故、益栄情報政策大臣が?」
取り繕うように慌てて質問でごまかすが、気にする風でもなく佐復外務大臣は。
「何故って決まってるだろう、公安大臣の件だよ」
馬山国との交渉が早期に、しかも、陽の国勝利で終わると踏んで、公安大臣の後任を勝手に推し進めた事で、代王派に足元をすくわれ、汚職という不名誉な結果となり、公安大臣のポストをむざむざ代王派に取られるという失態を、彼は犯したのだ。
勿論、会議の場では全大臣が揃っているので、代王派の件には触れず、野党から攻撃対象となる、汚職の件でのみ吊し上げを喰らったのだが。
執務室の自分の席について、一息つく佐復外務大臣。そのまま机の前までついてきて、下赤は立ったまま。
「では後任人事を決めるのですか?」
「いや」
そもそも情報政策大臣は閑職である。そのまま空席にして、次期王決定時に、正式に閉省という話もあるくらいなのだ。
「なり手がいない、そのまま次期王決定まで事務次官なりに、代理をさせるのかと思いきや」
「違うのですか?」
前のめりになる下赤。椅子を横に向けて、後ろの窓を眺めながら佐復外務大臣。
「何故か須々木王が反対されてね、次期王決定まで若手議員の仮登用という形になった」
「?」
下赤が疑問に思うのも無理はない。佐復自身ですらそう思ったくらいのだから、他の大臣等は推して知るべし。ましてやその場にいない下赤では。
! いや。
「そうだね、もしかしたら何かあったのかもしれないね……うん、いや、あったねこれは」
身体を向き直した佐復外務大臣に、どういう事でしょうか、と疑問に思う下赤。
「実はもう一つあってね」
石和希具視という人物について、その立場や責任者の確認が行われたのだよ。
最近よく聞く名前だと、下赤の表情も真面目から険しめになる。
わざわざ皇王陛下にもご確認頂いて、我々で検討した結果。
「彼を、謹慎という事に決まったんだよ」
「謹慎……」
益栄情報政策大臣の失態は、彼によるものだという噂は下赤もきいている。しかし、それが若手議員の仮登用と、どう結びつくのかが分からない。
「この話を持ち出したのは、森総務大臣なんだよ」
青千院に関する人事の責任者なのだから、それは当たり前だと思うも、そう言い返していいのかどうか。佐復外務大臣は続ける。
「彼がそんな細かい事を、一々議題にあげる必要がない、彼の裁量で済む話だ」
具体的には、益栄情報政策大臣の罷免と石和希具視の謹慎をトレードして、そこへ恐らく火繰家だろう、須々木王を通じて若手を送り込んだとそう予想し。
「あり得る話だねぇ」
一人頷く佐復外務大臣。
要するに、やんちゃが過ぎたという事なのだろう。どのような才覚があったかは分からないが、誰からも守ってもらえないのであれば、石和希という男も、所詮それまでだ、と下赤は思った。
「佐復外務大臣、公安省については、何かありましたでしょうか? 赤警察の動きが活発化しているようですが」
窓の外に向き直ろうとして、再び下赤を見ながら。
「何でも近いうちに成果を出してみせると、それは息まいていたよ」
公安が気合を入れるとろくな事にならんのだがなぁ、とぼやく佐復外務大臣。
「しかし、治安には必須なのではないですか?」
「真面目であればいいのさ、そこに気合だの感情は不要だよ」
佐復外務大臣ただのぼやきを言っただけだが、奇しくもこれが予言となり、陽の国は混迷の中へと、落ちていく事になる。
「何を馬鹿な事を……」
目に剣のある独特の表情を持ち、やや伸びているが髪は濃い灰色で、口元は常に薄く笑っているようで、決して第一印象が良いわけではない、石和希具視が。
一笑に付すつもりが、その表情にはいつもの覇気はなく、レイヤーにて伝えられた謹慎、その意味と状況を正しく理解して。
やられた。
そう思い、低いテーブルの上に、腰を落とした。文字通り。
ここは静秦殿の一室、南代に皇王陛下が与えた部屋である。暖色系の調度品で揃え、温かく柔らかい優しい雰囲気のする場所であったが、そこにいる者達にはなんの慰めにもならなかった。
「……」
そこへ、長いまつ毛と黒く大きな瞳の周囲は赤く、そこにレイヤーをかけ、まるで令嬢と見まごう青年、南代香北は寄り添おうとするが、近づきがたい雰囲気に、躊躇う。
謹慎の内容は、公安大臣の交代に関するもので、あの時期での交代が、国家治安に悪影響を与えたというものである。
要するに、五月三十一日日国家管理装備品強奪事件のとばっちりを受けたのだ。
確かに石和希は、益栄情報政策大臣が仕掛けた、角真誠一を公安大臣に据える計画を妨害し、結果、宍和田絹男が公安大臣になったが、その時期を決めたのは彼ではないのだ。
思わずこぼした言葉も、彼からすれば当然の思いだったろう。
「お、私が皇王陛下におとりなしを……」
南代が後ろの方から覗き込むようにして、声をかける。だが。
「皇王は動かない」
微動だにせず石和希が言う。
皇王は現状、政治的に表に出る事を嫌っている。自分が動く事で有利になる状況、それによる独裁者的印象を、民主主義の敵というイメージを避けたいのだ。だからこそ石和希を使っていたのだし、そういった人物が現れるまで、受動的だったのだ。
皇王にとってもこれは痛手だが、この程度で慌てるような人はないと、冷静に石和希は判断していた。
「 」
「……あの」
南代がおろおろしながら、それでも声をかけると。
「南代」
「はいっ」
思わず背筋が伸びる南代。立ち上がって外を向いたまま石和希。
「私が以前言った言葉を覚えているか?」
「」
「奥義だ南代、奥義の話だ。困ったら黙っとけ、一言も喋るな、見下す演技でゆっくりその場から離れればいい」
窓の外には、白いアマリリスが咲いている。
殆ど難癖で議員でもない自分が、あっさり謹慎を喰らうのだ。下手に抵抗してこの場に留まろうとするのは、より危険を招きかねない。
石和希が振り返り。
「私は謹慎する」
「え?」
驚く南代が声を上げた時には、扉へ向けて歩き出していた。
慌てて石和希の後に続く南代。あわあわしている彼に、扉の前で立ち止まり、石和希はまっすぐ背筋を伸ばした状態で。
「奥義を忘れるな、どうしても困難な時は藍河代王に連絡を取れ」
「え、 はいっ、あっ」
南代が言い終えると同時に、石和希は部屋を出ていった。




