カミツレ 十
常若にて、聖翼会の潜伏場所へ突入を計画する並比良和司。前回の二の轍を踏まないと徹底した意思で臨む。それの手伝いをと笹目之乃という若者。しかし聖翼会は当然、武装して警戒していた。果たして計画は成功するのか!?
登場人物
笹目之乃:以前は大きな衆に所属していた若い<守人>。佐馬一文字の刀を使う。
並比良和司:左が義手の<守人>。霜雫の剣を使う。
昇翔太郎:太京から左遷された赤警察。巡査部長。
女十亀康二:新改革派の過激集団である、聖翼会の中心人物。
用語
<守人>:近接戦闘職者。
聖翼会:新改革派の過激集団。
常若:陽の国の首都、太京より北側に位置する。途中都市という別称で呼ばれる事がある。
鬼踏山:常若北部の山。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
辰港事件:世界最大級の港建設中に起きた事件。しかし世間では事故という事になっている。
電足帯:足の裏に付ける電磁式の移動補助具。
霜雫の剣:通常より細く長い剣。
佐馬一文字の刀:細身で少し長めの反りのある刀。
「初めまして、笹目之乃と申します」
前髪を綺麗に切り揃え、長い後ろ髪は高く結ばれて、黒く流れるように腰へと続く。大きくアーモンド形の目はまつ毛が長く、形の良い卵型の輪郭につんと尖った鼻と小さな唇の、美しい青年。
「こちらは先日より協力をして頂いている、並比良さん」
そういって紹介をする、スマートで短い黒髪に大きな瞳にレイヤーと大きな口、どこから見てもモデル顔の、昇翔太郎。
「並比良和司だ、よろしく」
黒髪を後ろで束ね、まつ毛は濃く、綺麗な楕円の瞳は黒、レイヤーをかけ、シャープで角ばった輪郭に硬そうな鼻と口。足元には何やら袋があった。
笹目の若くて美しい見た目は、どこか、秦巻を思い起こさせる。
いや、彼より若いか。
右手で互いに握手を交わす。
ある程度の<守人>であればこの握手で、真面目に鍛錬しているかどうかが判断できる。そしてお互いが、真面目な<守人>であると分かり、まずは一安心する。ところを笹目は違った。
「 」
並比良の左手に気づいたのだ。
「並比良さん、失礼ですがその腕は?」
事故で失った、と簡潔に答えると。
「何故治さないんですか?」
自身の予備細胞から、腕くらい再生できるというのに、それが不思議なのかやや眉をひそめる笹目。
「治すより利用する事にした」
「 早速になるけど、新しく得た聖翼会についての情報を共有するよ」
微妙な間の後、昇が割って入る。
常若駅近くにある雑居ビルの何もない一室。外からは、賑やかというには派手派手しい声と警報が鳴り響き、時折緊急車両の音で眉間に皺がよる。旧兵器強奪事件からまだ一週間しか経っていないのに、早くもこれが日常となりつつあった。
笹目が大き目のレイヤーをかけると、昇からの情報が表示される。
現在地が表示され、周辺地図情報、そして少し離れた場所に強調された目印が光る。
「これが奴らの本拠地ですね」
表情を変えず笹目。
その場所は、以前並比良が襲撃したオーベルジュよりいくらも離れていない、同じ鬼踏山にある、元は小さな旅館であった。
その情報は笹目にも伝わっていて、だから。
「奴ら警戒してないのでしょうか」
表情を硬くする笹目。
「本拠地というよりは、仮の隠れ家だろうね、長居する事はないね、それに人数も増やして警戒は厳重だ、不意打ちはまず無理だね」
「武器は?」
並比良が昇に尋ねる。応えて昇、並比良に向き直り。
「手製の爆弾を持っているけど、その正確な量は不明だね。それと軽火器」
そこでは五十二人確認されていて、その半数程度が武装していると。
「予想している」
「予想? ではまるで違う可能性もあるのですか?」
深くはないが、眉間に皺がよる笹目が一歩進み、昇と並比良の中間に立つ。
緊張から表情が硬いのかと思っていたが、どうやらそういう性格なのだろうと、並比良も昇もそう思う事にした。
「うん、それはない。武器を携帯しているところを正確に、十九人まで確認できている」
それと持ち込んだ荷物の総量からの概算だよ、と丁寧に昇は説明した。
「理解しました、了解です」
顔つきもあってか、真面目な性格はきつさに思えてしまうが、この場合、それは好ましいと並比良は考えた。鍛錬も性格も真面目であれば、それは一緒に戦う事において信頼するに足るだろうと。実践は未経験で、武装した敵集団の中へ飛び込むのだから、それは重要な要素だった。
「では、後はどういう作戦でいくかだけど」
昇が腕を組み並比良を見て促す。
「夕暮れ時を狙って強襲する」
言葉を受けて即答した並比良に、眉間に皺をよせて、夜まで待たないんですか? と質問というより非難に近い口調で笹目は言うが。
「待たない、<影梁>じゃないからな、<守人>として動く」
その言い方に少し目を見開く笹目。
「実力を出せる時間に全力を尽くす」
それがもっとも効率的だ、と言い放った。
これは並比良が前回の失敗を踏まえ、そして辰港事件で得た教訓だった。前回の侵入では慣れない行動に時間を使いすぎ、辰港では<影梁>の誘いにのってしまい、相手の仕掛けた舞台にのってしまった。その失敗は彼の中で強い教訓であるとともに、彼の<守人>としての姿勢を正す事となっていたのだ。
「具体的にどのようにするのですか?」
笹目の質問に、レイヤーが反応して。
「女十亀康二?」
聖翼会の中心人物だというプロフィール。
「目的はこの男を捕らえる事、他は可能な限り無視する」
相手の装備は軽火器と爆弾だ、気を付けるべきは爆弾のみで、であれば接近し無効化できる、後は。
「これを大量に使う」
そう言って並比良が足元の袋から取り出したのは、何の変哲もない電足帯。
「ただの電足帯?」
昇がまるで分からないという風に。
これを出力最大にして。
「ばらまく」
「! なる程」
すぐに理解したのはそれでも昇の方で、笹目は首をかしげずに、眉間に深い皺を刻んでいる。それを横目で見終えると昇が。
「地雷代わりにするんだね」
「!」
理解して笹目は目を大きく見開いた。感情がひどく直線的に表へ現れる性格のようだった。
「そうして相手の足元を混乱させて、一気に女十亀康二を連れ去る」
電足帯最大出力ともなれば、混乱するどころの騒ぎじゃないが、そんな使い方をする事に笹目は驚いていた。
赤警察との合流場所は、前回のアパートという事で決まっており、通り一遍確認し終えると夕暮れまで一時解散となった。
昇は本部へ報告と支援準備の為、一旦戻るが、並比良と笹目はその場に残った。
常若駅近くにある雑居ビルの何もない一室。昼を過ぎ、外からは、賑やかというには派手派手しい声と警報が、また鳴り響いていた。
並比良が、今度は袋から別のものを取り出すと。
「食べるか?」
そう言って、手のひらに収まる小さな包みを投げてよこした。
受け取って笹目。
「お菓子……昼は食べないんですか?」
腹は空かせてた方がいい、と包みを開けて食べ始める並比良。
「……」
別にその方がいいと思っているわけではなかったが、自分でも緊張しているのが、食欲の無さで気が付いた笹目。
包みを開けると、如何にも甘そうなチョコレートバーが出てきて、一口食べると、中身は粘り気のあるムース状のキャラメルと、飴状になった蜂蜜だろうか、それとナッツに他歯ごたえのある食感が混然一体となって、口の中に過激な甘さとなって広がった。
「んむっ」
思わずむせそうになった笹目に、ほら、と言って今度は飲み物が投げ渡された。歯に引っ付くそれらを水で流し込むと。
「甘いですね」
眉間に皺がよる。
「空腹でも頭の回転は必要だ」
にしても甘すぎる。
「何故この仕事を引き受けた?」
立って外を見たまま並比良が。今なら太京へ行った方が将来的にも良いだろうと、お菓子の残りを食べ終える。
「私は衆に属するつもりはありません」
急に早口で言い切ったその様子に、思わず顔を向けた並比良。
お菓子をじっと見つめたまま、眉間に力が入ったままの笹目。彼の目が今ではなく、過去を見つめているのは明らかだった。
人にはそれぞれ事情もあるし、わざわざ聞き出すつもりもなく、並比良は、そうか、と言うと、先に待ち合わせ場所へ向かうべく、部屋を出ようと。
「並比良さん」
して、笹目に呼び止められた。振り返り並比良。
「 」
「並比良さんは何故? どうして常若にいるんですか?」
辰港事故が原因なのだが、口外禁止されているし、下手に知らせてつまらない事に巻き込むつもりもない並比良は。
「個人的な事情だ」
「……」
それなりの実力を持ってそうで、治さない義手に、型にはまらない考え方から、笹目は彼も、自分と同じく衆に属する事をよしとしない考えの持ち主であると考え、シンパシーを感じて。
「お供します」
「日が伸びたな」
一つ伸びをすると立ち上がる並比良、ようやく暮れてきた外のオレンジ色を眺めながら言った。義手で霜雫の剣を握り、レイヤーを顔に沿わせ、電足帯の入った袋を持つと。
「行こう」
うなずいて付いていく笹目も《ささめ》、髪を小さくまとめ、同じように袋を持ち、後に続いて集合場所の部屋を出る。
川沿いの道を進み、しばらくすると山道へと入っていき、大きく遠回りをして、目的地である鬼踏山の旅館を見下ろす位置についた。
空はまだオレンジ色が鮮やかだったが、稜線の影に入り、辺りは暗くなりつつあった。
レイヤーの右側のみ感度を上げる並比良。笹目にも同じ指示をすると。
「どうしてですか?」
感度を上げるのは、暗闇でも視界を得る為だが、片方だけというのが分からない。
「相手がフラッシュでも焚こうものなら、目がくらむ」
「了解」
きびきびと応えて笹目。しかし、並比良のこうした考え行動が、まるで<守人>らしくないとも感じていた。
どちらかと言えば……。
その時、レイヤーに旅館の見取図が表示され、我に返る笹目。
「ここだ、女十亀康二はここにいる」
そう言って並比良は、奥まった二階の一室に印をつけた。
何故ここだと断言できるのか、笹目が声を出そうとした時。
「いなかった場合は直ぐに引き上げる」
探索は不要だと言う並比良に。
「何故ですか?」
「俺達は<影梁>じゃない、<守人>としての得意分野でのみ行動する」
それさえ徹底していれば、辰港の時のように無様な事にはならないし、先日の潜入のような遅れをとる事もないと、そう思っているのだ。
「行くぞ」
その言葉に笹目は、左手で握った佐馬一文字の刀を鳴らしてしまう。
緊張しているのだ。
並比良の向けた視線に、思わず顔を伏せる笹目。並比良はそれを咎めるでもなく、不安視するでもなく。
「飛び出すタイミングを合わせる、呼吸五回、吸い終えたら」
言うなり直ぐに分かりやすく、呼吸をする並比良に引っ張られて、笹目は呼吸を合わせる事に集中する。
ずれた一回目、無理矢理合わせる二回目、自律神経を合わせる三回目、反復の四回目、完全一致五回目。
山の旅館で草木が鳴った。
旅館の屋根を超え、一気に玄関先へ飛び降りると。
「あっ!」
叫んだ時には斬られた後なのか、それすら分からず、聖翼会で見張りに立っていた男は倒れた。短い叫び声に反応したものの、何が起きたか分からない他の見張り。
激しく割れる音。
その音にようやく侵入者だと気づいて、叫び声。
その時には既に、玄関を警戒する銃を持った男を二人倒し、正面の階段を上り終えている並比良と笹目。
直ぐに各部屋から、わらわらと人が出てくる。
だが後ろは見ない。全力で前へ。
並比良が地を滑るように低く、霜雫の剣で払うと、叫び声も上げず、出てきた正面の男が崩れ落ちる。続いて出てきた男は一閃、笹目の佐馬一文字の刀で血を吹き、後ろへ吹っ飛ぶ。
残り二部屋、四人。
銃!
素早く気づき、銃口が並比良自身を捉えていると、判断するなり。
がっ
床が鈍い音を立てて、並比良が右にずれた。
人間ではありえない程直角移動!
それは左義手による腕力任せの行動だった。相手は面食らい、引き金を引くどころか、構えた腕を上げてしまい、通過する並比良の一閃を喰らい、仲間を巻き込んで部屋の中へと倒れ込んだ。
残り二人。
それを無視して突き当りの扉へ体当たり並比良。笹目が残りを斬り倒す。
吹っ飛ぶ扉。そこめがけて撃ち込まれる銃弾。
だが並比良はその手前で止まっており、瞬間全開、電足帯で部屋に入るなり、まっすぐ銃撃があった先へと突っ込んだ。
そこには驚いた顔の女十亀康二と、その左右に護衛の男二人。
剣を振れば同時に斬り倒せるが、それでは女十亀康二も一緒に斬ってしまう。そう思う間も一瞬、既に剣の間合い。そして銃口が、並比良の身体に致命傷を与える軸と一致する。
銃声!
しかしあらぬ所へ弾痕が。
電柵。
護衛がそう思うか否かの刹那、右側の護衛は顔を殴られ吹っ飛び、左側の護衛は胸から肩を斬り裂かれ、叫び声をあげた。
短い叫び声で縮こまる女十亀。勢い、並比良の体当たりを喰らい、後ろの窓を砕き割る。
弾かれ倒れ込む女十亀の腕を後ろに捻り上げ、手首と腰を一緒に拘束する、磁気拘束具をはめると、後ろを振り向き並比良。
「よしっ!」
の言葉に扉わきに立ち相手の侵入を抑えていた笹目が、振り向かず右手で了解の意思。
それを確認して並比良、割れた窓から電足帯の勢いを借りて飛び出した。続く笹目、飛び出し際に、部屋へ電足帯を最大出力でばらまく。
追って部屋へ入ってきた何人かが、激しい激突音と共に短い叫び声。
「!」
地面に着地した並比良、気づいて舌打ち。自分たちの行動が早すぎた為、まだ外を警戒していた連中がそのまま残っていたのだ。それも。
多いっ。
銃は、電柵がまだ使える大丈夫。しかし激しい振り回しにげろを吐いている女十亀には無い。
銃口が並比良達を捉える。瞬間飛びのく並比良と笹目。ぐにゃりとまがる女十亀の身体。
このままじゃ死ぬ。
追ってくる聖翼会。
「笹目っ」
鋭く、しかし彼にだけ届く小さな声で並比良。その意図を理解して、並比良の下げていた電足帯を奪うと同時に出力最大、追手方へ投げ込み、それが終わる前に並比良は駆け出していた。
続いていく笹目。
後ろの方から、ドップラー効果を伴う調子のずれた叫び声が、方々へ飛んでいく。
こうして並比良は笹目と共に、作戦を完遂したのだった。




