火繰家伝 七
石和希具視の排除に乗り出した火繰家。しかし、王道派も代王派もタダで動く事はない。知野陽音は如何にして彼等を動かすのか!?
人物紹介
石和希具視:政府内で藍河宗玄や麻金皇王等、権力者へ次々と取り入り影響力を持ち始めていた。
那美樫奉斎:王道派として須々木王に仕えている議員。次期王候補。
河智聖子:火繰家の当主。世間からの評価は低い。
知野陽音:火繰家の参謀。
宍和田絹男:三目家の資金力によって公安大臣になった。
森國男:代王派の中心議員。総務大臣。
益栄善治:王道派の情報政策大臣。彼の勇み足によって石和希具視に付け入る隙を与えてしまった。
麻金皇王:陽の国の皇王。
大窪透:竹中の出身の地方議員。
暮里竜星:竹中の出身の地方議員。
八谷忠元:藍河宗玄に仕えている元副大臣。
金井正道:三目家の財務を預かる。
用語
青千院:太京にある政治の中心地。
家門館:青千院の中にある、王の執務室として使われる館。
火繰家:鉄鋼事業で財を成なした、古代より続く名家。
三目家:古代から存続する名家。あらゆる分野に企業を持つ。
「石和希具視ですか」
七三分けの灰色がかった短髪で、横にまっすぐと四角い目に濃く深い藍色の瞳、輪郭のしっかりした顎にやや厚い唇の、那美樫奉斎。
ここは青千院の一角、四方の壁全てに扉があり、大小二つの三日月型テーブルがある家門館。その大きい方のテーブルに彼は座っていた。
対面には二人、一人は前髪を切りそろえ黒い長髪に、美しく鋭い赤茶色の瞳に真っ直ぐな鼻と小さな唇の河智聖子と、細身、細い顔、薄い口に細い目、そしてレイヤーまで細い知野陽音。
「確かに、最近目立つ男ではありますが」
「宍和田公安大臣の件はご存知かと思います、石和希氏は慣例を破り、己の権力拡大にのみ注力する男です」
知野が危機感をあおる言い方で続ける。
「彼のやり方は王道派だけではなく、仲間内である代王派からも危険視されています」
知野が身を乗り出すように話すのは、危機感の演出である。しかし那美樫は。
「確かに目に余る話も聞くが、それだけでは理由が弱いように思えてしまうが」
那美樫は須々木王より冷静沈着であるとの評価だが、今そんな冷静さを知野は求めていなかった。
「危険ですそのお考えは、あの男はそうしたぎりぎりを攻めてるのです」
しかし座ったまま考え込む那美樫に、知野は切り口を変えた。
「あの男は代王派です、しかも有能な。その男に政治中枢から引いてもらう事は、今後の王道派にとっては益となりましょう」
「……なる程、知野君の言う通りだと考える」
たった一つの事を伝えるだけのわりには、ずいぶん時間をかけて、家門館を後にした。
「知野さんご苦労様です、これで彼は排除となっていくのですか?」
河智には、那美樫がそれ程乗り気ではないと感じたのだ。
しかし知野は、那美樫議員は慎重だが大局的なものの見方はできるので。
「そちらは問題ないでしょう」
大局? と首をかしげる河智に。
「彼は次期王候補です、代王派の弱まりを誰よりも願っているでしょう」
「なる程」
うなずき、それであのように話したのだと、納得する。しかし。
「ん? そちらは、という事は」
まだ残っているのですか? と質問しかけて。
「代王派ですね」
廊下を進みつつ、そうですと知野。しかし火繰家は王道派であり、代王派とは対立関係にある。どなたと会うのでしょうか、の質問に。
「森総務大臣です」
「!」
何と代王派議員のトップと会うというのである。
「森総務大臣は慎重で冷静な人物です」
また頭の回転も早い男です。この時期であれば、いかなる些細な状況にも気を配っているでしょう。それが。
「火繰家相手となれば、なおさらです」
感心して、河智は大きくうなずいた。
そして知野が立ち止まり、目の前の扉を叩くと。
「どうぞ」
早口な応答に扉を開け、一礼して知野。
「知野陽音です、失礼いたします」
部屋の中は、他の議員達と同じ作りだが、部屋の中身は極端に少なく殺風景で、窓から見える紫陽花だけが彩となっていた。
「 」
そして執務机の前で立って待っていた、ややごつい黒のレイヤー越しの目は神経質そうで、細身の頬に鼻、話す際にも、口を殆ど動かさない森総務大臣の視線が、後から入ってきた河智に気づいてわずかに細める。
「森総務大臣、突然の不躾な訪問をお許しください、火繰家の当主、河智聖子と申します」
部屋に入るなり、深々と頭を下げる。
むろん、紹介されずともそれが誰であるか森総務大臣はわかっていたが、事前の連絡になかった事なので、それをとがめての視線だったのだ。しかしそれ以上の意味はなく。
「火繰家のご当主とお会いできるのでしたら、貴重なお時間を頂けた事となりましょう」
挨拶は益栄情報政策大臣と変わらないなと、河智は思いつつ、再び頭を下げた。
お互いソファーに対座すると、簡単な挨拶を交わして、早速本題に入る。
「本日は石和希具視氏について、相談に参りました」
確かに最近よく名前のようですが。
「その方の何についてでしょう?」
勿論知野は、森総務大臣がとぼけているのを承知で。
「あの方の行動によって、火繰家に多大な不利益がもたらされているのです」
「それはご当家としては由々しき事態ですな」
森総務大臣からすれば、知ったこっちゃないのである。しかし知野は続けて。
彼は議員ではなく、また正規の手続きを経た官僚でもありません、の言葉には、総務省の大臣として放置もできない。彼の責任範囲だから。
「それは総務の責任者たる私に責任が帰結するものです、すぐに取り計らいましょう、差し当たり」
顎に右手をやり、少し間をおいて。
「そうですな、彼は麻金皇王の元に身を置いている様子なので、謁者にでも据えようと考えますが……」
なる程、森総務大臣はこちらの目的をきちんと把握したうえで、駆け引きを開始したのだと、その意図を汲み知野。
「問題は彼の非正規な立場ではなく、行いにこそあると考えます」
「ふむ?」
とぼける森総務大臣に。
彼は慣例を破り、大臣の選出にまで影響を及ぼしているのです。
「これは政治の在り方として、正道とは異なり、このままではよろしくない影響が大きくなっていきはすまいかと」
知野さんの説明にしては、ずいぶん漠然としているなと感じる河智。しかし。
「なる程、確かにおっしゃられる事も、もっともだと」
森総務大臣の口調が、意図的にゆっくりになる。わずかにだが。それを合図に。
くるな。
仕掛けてきたのを感じて、心の中で身構える知野。
「思うのですが、そのきっかけを作った者の事を考えると、一方的な判断を下す事に、果たして公平感があるものなのかと、そう客観的には、思うところでもあります」
これが森総務大臣という男か、と河智はある意味感心した。
すなわち、代王派の石和希具視を処罰するから、代わりに王道派は益栄情報政策大臣を外せと言ってきているのだ。代王派を一人削るなら、王道派も削るべきと。
知野の考えでは、本来であれば、議員でもない石和希具視と大臣である益栄善治での削りあいは、割に合わないとするところだが、そもそも評価の低い益栄情報政策大臣の発言力を、弱める為の仕掛けが失策となった結果が今なのだから、これでも痛み分けと思いたいところである。
だが森総務大臣にしてみれば、石和希はすでに役目を終えているのである。不要なもののついでに王道派を削ってやろう以上の意味はなかった。
河智や知野が思っている程には、石和希を評価していないのである。
わずかに間をおいて、知野。
「分かりました、対処いたしましょう」
別れの挨拶をして、退出する二人を見送り終えると。
「噂通り、名ばかりの当主か」
森総務大臣は、そうこぼした。
こうして、石和希具視の排除工作が開始された。
「よろしかったのですか? 知野さん」
来た時より、わずかに早い足取りで廊下を進む知野に。
「あまり良くはありませんが、結果自体に不都合はないというところでしょうか」
しかしいかに三目家資金を背景に強化された権力を持っているとはいえ、大臣をおろす権限を同じ大臣クラスでは当然持っていない。それをどうやるのかと河智に尋ねられると。
「野党と代王派に、益栄情報政策大臣の情報を流します」
その内容によって責任問題になるだろうから。
「後は本人達が頑張るという形でいいでしょう」
それくらいはやれよと言わんばかりの態度で、知野。
しかし急ぎ代わりの大臣を充てるにしても、今後かんがみた人材をと、吟味する時間もない。それでなくとも次期王の話が出ているこの時期である。昔ならいざ知らず、情報政策大臣とはいっても、名ばかりの肩書となって久しいものに、そうそう成りたがる人もいないのが現実だった。
「代わりの大臣は、どうするのが良いのでしょうか?」
河智の考えもそこへ行きつく。そして。
「! 知野さん、以前おっしゃっていた二人」
そう言うとお互いのレイヤーに、大窪透と暮里竜星が表示された。
これは盲点だと知野も気づいて。
「そうですね、ではどちらかを大臣代理として動いてみましょう」
満足げにほころんだ顔で知野。
青千院を後にしようと、正面出入口の広いロビーへたどり着くと、着いた時と同じように、たくさんの人が行き交っていた。
軍務省は立ち上がったが、見切り発車という事もあり、公安省との兼ね合いも踏まえた法整備が追いついておらず、そこへきて旧兵器の強奪である。ここで行きかう人の数だけ、誰かが何かを企んでいるといってよかった。
「ん?」
すると知野のレイヤーが、端の方で、右奥の廊下へ歩いていく人物を強調した。その視線の動きに気づいて、河智もそちらを見る。
「今のは、八谷元副大臣ですね」
久しぶりに見たなという程度の感想だったが、知野は大股に歩き、あっ、と小さく慌てた河智がその後ろを付いていき、八谷元副大臣が行った廊下の先を見ると。
びしっと決めた七三分けの黒髪に、眉間に深く刻まれた皴と青い瞳、細い鼻にきつく閉じられた口は全体的に神経質な印象の、金井正道。
「?」
河智は誰だか知らないが、勿論、知野は知っていた。
「三目家の財務担当者です」
その言葉に、鋭く眉間に皺がよる河智。
この瞬間、できれば三目家との争いを避けようとしていた知野だったが。
駄目かもしれない。
深いため息とともに、それを断念した。




