白若竹 十三
五月三十一日国家管理装備品強奪事件により旧兵器が強奪された。これにより更に治安が悪化していく陽の国。そんな中、赤実陽は空矢政継と黒田量に出会い、正体の一部を明かす。
登場人物
赤実陽:風間家の<影梁>。早芽桜として変装して活動もする。
空矢政継:舞雪形の<守人>。
黒田量:舞雪形の<守人>。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
メガシリンダー:大笹凡筒。かつて人口減少を食い止める為に作られた、人造装置。
赤警察:捜査調査を担当する警察。
草平衆:影舘桐蔭が作った<守人>衆。国の保管していた旧兵器を強奪した。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
馬山国:内戦を終えたばかりの大陸の国の一つ。
筒明星社:大笹凡筒やレイヤーを作った会社。
青丹春防衛戦:四月十六日に青丹沿岸へ馬山国巡洋艦が砲撃を開始して、その後、敵兵が上陸した戦争。
太京:陽の国の首都。
「ふうーん……」
猫のような丸い顔、長い黒髪と白い肌、濃いまつ毛に黒い瞳と赤い目の周囲、そしてレイヤー、尖った鼻先に小さく濃い色の唇、陽。いや、今は早芽桜としてメガシリンダーに来ていた。
ここは例の旧兵器強奪事件の現場であり、今も現場検証の為、電磁規制線のオレンジの光が張られ、赤警察もいて、立ち入りは禁止となっていた。そして予想以上に物々しい警戒態勢がとられている事に気づいた。
しかしそういう現場だとは分かっていたので、陽は変装してこの場にきていた。赤警察のレイヤーに、意味もなくそのまま映り込むのも考え物だから。
その時、陽はその場にいなかったが、事前に仕掛けておいた小型カメラによって、何が起きていたのか、詳細を知っていた。
その様子を再びレイヤーで再生しながら、実際の現場を確認していたのだった。
「うーん」
最初見た時も思ったけど、随分と粗く酷い手際だと、改めて感じていた。
草平衆の仕業という事らしいけど、あの衆に<影梁>はいないのかな?
と陽は思った。そしてそんな杜撰な行動計画にもかかわらず、あっさりと旧兵器を強奪されちゃうのも、どうかと思った。
竹野中さんがいうには、草平衆はそれを交渉材料にするとか回りくどい事ではなく、実際に使用する目的だという。単なるテロ集団という事なのかな?
陽のレイヤーには、小型の大砲車両、ミサイル発射車両、後一つは見てもよくわからない、沢山のタンクを付けたはしご車を奪っていった様子が映っていた。
これだけ大きく目立つものである。本来なら直ぐに追跡でき場所も特定できるのだが、馬山国との交渉結果により、一気に治安が悪化した事で、赤警察は忙殺され、その間隙をついたかたちとなったのだ。
それだけじゃない的な事も言ってたな。
竹野中は更に状況を詳しく見抜いているようだったが、それをわざわざ陽に伝えはしなかった。
それにしても……。
メガシリンダーの中へ目をやる陽。
杜撰なのは竹筒明星社の方だと思った。他の兵器にしたって、この位置から見えているあれもそうだろうから。管理なんてものじゃない、置いといただけだ。
「ふぅ」
呆れたため息を一つつき、もうここには見るべきもはないと振り返る。と、そこに。
「あっ」
目の前に青年の二人組。一人は、あまりまとまってない黒髪に、上がり気味の眉毛と挑戦的な黒い瞳、そして引き締まった逆三角形の顔には、しっかりした鼻とこれまた挑戦的な口元の男。
もう一人は、短い黒髪と整った細い眉毛、優し気な目じりに細い鼻と小さな口は、すっきりとした輪郭と合わせて知性を感じさせる男。
「空矢さん黒田さんっ」
「桜ちゃんっ」
陽の脳裏には、青丹春防衛戦で運ばれていく二人の記憶が最後だったものだから、思わず無事を喜びそうになったが、こらえた反動が満面の笑みにとなり。
「お久しぶりです、その節は大変お世話になりました」
そんな笑顔を向けられて、顔を赤らめて非常に分かりやすい態度で。
「いや、まあ、ほら、いいって」
どうしていいか分からない時、人は思わず頭を掻くものなんだなと、それをはたで見て呆れたような量。
二人は剣を持ってはいないがレイヤーを付けており、どうやら陽と同じくここへ様子を見に来たようだった。
「桜ちゃんも元気そうで何より」
そう笑顔を向けるも、心の中では警戒している量。
だがそうした心の動きには、<影梁>である陽の方が鋭く。
疑われてるなぁ。
気づきつつも、だからといって何か対処するでもない陽。
浮かれる政継が口を開いた瞬間、割って入った量。
「君もメガシリンダーが気になって、見に来たのかい?」
「はい」
そのやり取りの意味に気づいて政継。
「そりゃ桜ちゃんだって気になるよね、大きな事件だもん」
そう言いつつ、肩で量を推す政継。それに抵抗する量。
面白いなぁ、とそれを見る陽。少し、んー、と考えて。
「私の正体が気になるんですね?」
むしろ、その直球の質問に面食らったのは量の方で、反応できず驚く二人に続けて。
「あの日のお礼がしたいんですが、お時間がありましたら、これからお食事でもどうですか?」
政継は即答した。
昼の光が天高く登りつつある、少し汗ばむ季節。天気予報によれば、来週より天気は下り坂になり、その後は、雨の日が続くという。今のうちに晴れを満喫しようというわけでもないだろうが。平日にもかかわらず、今日の街なかには、やけに人出が多く感じる。
工業地帯から少し繁華街寄り。にぎわう大通り沿いから少しわきに入り、込み合った雑居ビル群の中、一つ年季の入った二階に陽達は来ていた。
大通り沿いの喧騒がわずかに届き、しかし洋食屋然とした店内はうるさくなく、かといって、会話漏れを気にしてしゃべる程静かでもない、ステーキハウスの窓際の席。
「こういうところ知ってるんだね、意外だ」
決してお洒落とはいえない店である。若い女の子が来る雰囲気の店とは、政継は思えなかったから素直にそう言った。
「ここすごく美味しいんですよ」
正直そこまで味にうるさくない陽だが、ここの肉料理はどれをとっても、すごく美味しいと思っていたから、二人を連れて来たのだった。
デジタル化されてない、変色した紙のメニューを見つつ、政継が全力で桜の味方をするもんだから、勢い、量は悪役を演じる羽目になり、居心地が悪い事この上ない。
政継達の全く中身のない会話を聞き流しつつ、全員の注文した料理が運ばれてくると。
「おぉ?」
正直、実は店構えに反して、飛び切り豪華なステーキが出てくると、勝手に期待していた政継は、そのあまりの庶民的普通の見た目に、感情が口から漏れた。
同じくヒレステーキを頼んだ量も、同じものが届きしかしこちらは特に期待もしていなかったから、とっとと食べ終えてしまおうと、サイコロ状になっているステーキを、フォークではなく箸でつかみ、わさび醤油に付けて一口先に食べ始める。
「んっ」
思わず声が出た量。
「え何?」
政継が訊くもすぐに反応しない量を放置して、桜ちゃんにもステーキが届いたから、早速自分も食べ始める。フォークで。
「うおっ、美味えっ」
良く上等な肉をバターが融けるようにと表現をするが、まさにその通りだと思った。
肉の脂身は赤身を引き立て、赤身は旨味と甘い脂身を巻き込んで、頬の内側から舌の内側から奥歯の内側へまんべんなく広がり、醤油の香りとわさびの塩味を伴い、深い余韻を残して消えていった。
「美味しいでしょ?」
そう言いながら自分も一口食べる。
先程までのちぐはぐな三人の空気はがらりと変わり、共通の、美味しい、に支配され一気に食べ終えた。
「ふうー」
食べ終え、深い満足感が幸福感に変わる量。にこにこしている桜の視線に気づいて。
「まいった、良いお店だよ」
「ほらぁな、そうだろ」
割って入る政継だが、何がほら、なのか意味不明だと突っ込む量。
「ここお気に入りなんです、嫌な事があってもこれ食べればたいていそうでもよくなるから」
お代わりしたい気持ちをぐっと堪えて、食後の珈琲を待ちながら政継が。
「桜ちゃんに嫌な事って?」
何故か身を乗り出す政継。不意に。
「仕事とか」
量の視線が鋭くなり、政継が何故か慌てた風に、量の視線の前に出る無茶な姿勢をとった。
「私が何者かって事ですよね」
今日は天気が良いだの、ステーキが美味しかっただの、繋がらない会話を無理矢理差し込む政継だが、それにくすりと笑って桜。
「私の仕事は<影梁>です」
お察しの通り、と量に向かって笑う陽。
あー、と目を閉じたまま天井を仰ぐ政継。
「何故?」
教えたのかと量。その表情は真剣。
「二人の事が好きだから」
好きに反応して、上を向いたまま政継がまんまるに目を開く。
「あまり褒められた職業じゃないな」
正面から桜の目を見つめ返すが、その表情に量は、後ろめたさを一切感じなかった。
とその時。
爆発音。
「何だ!?」
直ぐに反応する二人。窓から外を見ると大通り沿いには走り逃げ戸惑う人達の姿。
顔を見合わせる二人。剣は持っていないが、店を出ようと向きを変えた瞬間。
「あっ」
そこにいる筈の桜の姿はどこにもなかった。
昼の光は高いが、既に午後の始まり。昼過ぎのにぎわう午後の人出だが、それが今や叫び逃げ惑う混乱の群衆と化していた。
既に変装を解いて現場に来た陽。レイヤーにはステーキ代支払い終了の表示と、それを顔に沿わせ電足帯と電柵を起動し終えると、地味な服装に切り替わっていた。
「これを狙ったのか」
超高架道路の支柱が半壊して、更に燃えている状態だった。
しかし人手不足の地方とは違い、その分人員が割かれている太京である。直ぐに赤警察、青警察が駆けつけた。
しかし陽はそれを確認すると、現場から離れ物陰に入り、人目が避けられると。
「よっ」
一気にビルの一つを掛け上がっていく。大して高くもないビルの屋上で、服の色を都会迷彩に変え現場周囲を見渡す。警察が電磁規制線を張りつつ、逃げた民間人の波が今度は野次馬となって押し寄せているのが分る。
「草平衆じゃない」
直観だが陽はそう感じた。であればこれを行ったのは、新改革派の過激派集団という事になる。
奴らは計画性があるわけではなく、政権を邪魔できればいいのであって、こうした行為は行き当たりばったりだから、次の状況が予測できない。
だが、一つのセオリーがあり、陽は<影梁>としてそれを実感していた。だから。
周囲に……。
この行為を確認する当事者がいる筈なのだ。レイヤーの感度を上げ注意深く探ると。
「いた」
先程から場所を変えつつも、決して現場から離れようとしない人物が。
灰色の上下合わせたスーツに、銀色のネクタイ、特に特徴のない髪と、顔にレイヤー。
「あっ」
レイヤーが反応した先に、あの二人が現場にやって来たのが見えた。
さすがにスーツの男には気づかず、しかし辺りを探すそのしぐさは、どうやら陽を見つけようとしているらしい。
それはおいといて、スーツの男は現場の確認を終えたのか、レイヤー越しに何かしゃべるとその場から離れていった。
戻る。
読唇術でそうと分かり、陽は後を追跡する。
スーツの男は実行犯なのかただの見張り役なのか、その動きは一般人と変わらず。
「素人か」
そう思うも陽は、南代香北の時の失敗を二度と繰り返すまいと、慎重に途中何度も繰り返し変装して、万が一の視線に対処。
そうして進む先、交通機関を乗り継ぎスーツの男がたどり着いた場所は。
「く・り・み……、栗見システム?」
という自社ビルだろうか、レイヤーにはシステムメンテナンスの会社と表示され、表向きは真っ当な会社のようだった。
「……」
念の為、詳細を検索すると、自動磁気式車や自動垂直昇降機等、移動に関するシステムメンテナンスが主な業務のようだった。
「 」
チョーカーに触れると、何度目なのか、変装をし、地味で会社にやってきた下請け業者のようなスーツ姿に。
正面入り口、中のロビーには受け付けはおらず、レイヤーを通じてのアポイントメントなのだろう、飛び込み営業に対応する通信機器の設置もない。
もっとも、あったところで陽は使わないが。
素早くビルの周囲を観察し終えると、見つけた非常階段から侵入開始。素早く動いて空いている扉の有無を確認し。
「ないか」
全て鍵がかかっていた為、そのうちの一つ、二階の扉を。
「ん」
それとわからないように解錠してみせた。素人では何をやったかさえ分からない程、鮮やかに。
こういうところが嫌いなのかな、黒田さん。
素早く侵入したが、その後はいたって普通に、さも社員であるかのように振る舞い、廊下を進んでいく。
途中一人とすれ違ったが、自ら挨拶をする。
人間誰しも違和感に気づきはするが、それを注意深く追及する者は滅多にいない。後になって「あの時っ」と理解するのである。
陽が向かったのは一路管理室。二階から侵入したのもその為で、大体の会社が一階か二階にそれを設置していて、先に一階ロビーを確認した際に、ここじゃないとあたりをつけていたのだ。
「あれか」
予想通り、社員用通用口側にそれはあり。
「失礼しまーす」
明らかに普段の陽とは違う声色で。
「何の御用でしょうか?」
四人の警備員。うち、近づいてきた警備員に、来たばかりで建物内が不案内であると、搬入用の。
「自動垂直昇降機はどこですか?」
と尋ね、警備員は通路に出て、この先の、と指で位置を示すが、そのまま倒れ込む。
瞬間、警備室の電気が消えた。
とっさに身構えたであろう残りの警備員だが。
「よしっと」
次に陽が電気を付けた時には、全員が床に倒れ込んでいた。そのまま警備室を後にし上の階へ。
「いた」
三階四階では見つからず、五階へ上がった廊下に、スーツの男を見つけた。どうやらトイレに行くらしい。
好都合。
そう思うと陽も後を付いて、一緒にトイレへ。
「うわっ」
するとスーツの男はトイレに入り用を足そうとするなり、個室の方へ無理矢理押し込められ。
「んんっ」
口に小さな刃物を突っ込まれ、反射的に歯でそれを噛んで食い止める男。変装したままの陽が、左手に握った小さな小刀、ではなく、男は気づいていないが、それはステーキナイフで、力込めて押し込む。ふりだけ。
「警察を呼べ」
男には陽の声が冷たく響いたであろう。そして混乱しつつも、レイヤーを右掌で操作する。
「呼んだか?」
男が涙目になってうなずくや否や、右手に握っていた電足帯で、男の顎に横から鋭い一撃をみまった。加減を間違えれば、首の骨を折りかねないが、陽には慣れた行為だった。
気絶した男もそのままに、陽はすれ違う人達に挨拶をしながら、なに食わぬ顔で社員用通用口から出ていった。
これで赤警察があの男の身辺を調べる事になるだろうし、陽は自分の労も少なく、過激派という不確定要素を排除できるのだ。
「へへ、あったまいい」
しかし太京の治安は、日を追うごとに悪化していた。この状態で内乱が起きれば、無関係な市民への被害は拡大するかもと、陽ですら暗い気持ちになっていた。




