白若竹 四
仕事を終えて帰ってきた陽。彼の帰ってきた先には、一癖ありそうな福児がまっていた。福児が次なる戦略を練る。
登場人物
赤実陽:
風間福児:風間家当主。
河智聖子:火繰家当主。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
「お帰り」
そう言って迎え入れた男は、映像を前に、大きなベッドの上でシーツもかけず、短く切り整えられた黒髪は清潔感があり、優しいながらもどこか冷たく感じる瞳は黒で、贅肉の感じられない細身の顔は血色よく、大柄ではないものの、ゆったりした服装と、豪華なしつらえも相まって、どこか、高貴さと包み込みような器加減を漂わせていた、男。
男はベッドごと身体を起き上がらせて。
「ご苦労だったね陽」
その猫のような丸い顔に、短い黒髪と凛とした赤い瞳、つんと尖った鼻先に小さいが色の濃い唇を持った、少女のような少年、が部屋に入ってきて。
「福児っ」
たたたと小走りに。すると彼が動くたびにその全身から波紋が広がり、爽やかな香りをふりまく。床は深い青色の水のようで、天井は有るのか否か、まるで空の上、至る所に植物が浮き、さながら空の楽園のようであった。
陽が勢い良く、しかしふわりと猫のように福児の上に飛び乗った。それを優しく受け止めると、陽ざしの頭を優しく撫でてやる福児。
「ん」
その手が陽の首に触れ、空気が抜けるような音と共に、陽の服が一瞬で短いTシャツとショートパンツに切り替わり、陽がぴたりと身体を福児に添わせた。
「よくやったね陽、大成功だよ」
脇に置いておいたレイヤーをかけながら福児。
前に大きく映し出されている映像は、港工事現場の出来事を知らせる時事情報局の映像で、事件事故の両面から捜査が続いていると、硬い表情で記者が話している。
「大成功? ほんと? やった」
足をばたばたさせて福児の胸にうずくまる。
報道の画面が切り替わり、画面字幕に河智聖子の文字。その左上には火繰家当主の単語で。
「当主なのこの人? 若いんだね」
抱きついたまま、振り返って観る陽。
如何にも古風な、しかし格調高く感じられる服に身を包んだその女性の若さは、陽にとって新鮮に感じられた。
どこかの建物前らしく、彼女の後ろには一癖ありそうな中年の男が二人付き従えている。そこで彼女は。
「港の開港は、一年程、ずれ込む見通しになりそうです」
ゆっくりとした口調で言うと、周囲にたくさん記者がいるのか、一斉に質問やらで騒然とし始める。
「判断が早いな」
福児が口の端を上げて。どうして? と疑問に思う陽に福児が撫でつつ答えて。
「港の工事は陽の国の経済がかかってる」
だから本来なら絶対遅れてはいけないものだ。それが一年も遅れるとなれば、経済損失も混乱も大きくなる。だけど。
「その混乱を最小限に抑えた、この決断でね」
大したものだと福児。
身体を福児の横にして、映像を見る陽。凄い人なんだね、と。
「凄いのは後ろの連中だろうな」
火繰家は古から続く名家である。当主の力量だけでは何百年という存続は不可能なのだ。必ず名補佐役がその時代時代におり、またそれを得て、活躍させる仕組みこそが重要なのだと福児。
「風間家にもいるもんね」
顔を上げる陽ざしの頬を撫でて、そうだと不敵な笑い、しかし。
「三目家にはろくなのがいない」
肺から空気が抜けるような、力の抜けたもの言いで福児。
「……陽なら何でもするよ?」
上目遣いで。
さてどうかな、と映像を見据えて福児が呟く。
「これで駄目なら……」
映像が切り替わり、朝の日差しの中、事故現場の空撮。巨大な人口の島。利権の島。