カミツレ 八
公安大臣交代の隙をついて、五月三十一日国家管理装備品強奪事件により国内の治安は更に悪化していく。その首都での出来事は地方の治安へも波及し、常若も例外ではなかった。そして青警察の不足をつき、更に横行していくテロ行為と、メンツにこだわる国に、並比良和司は自ら行動を開始した!
人物紹介
昇翔太郎:赤警察。青丹春防衛戦後、常若に左遷されていた。
並比良和司:左義手の<守人>。辰港事故により、自らを鍛え直す為、氷室鉄斎に師事している。
宍和田絹男:公安大臣。引責辞任した小能中御池の次に大臣となった。代王派。
藍河宗玄:代王。代王派の中心人物。
女十亀康二:聖翼会の中心人物。
用語
太京:陽の国の首都。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
常若:俗称が途中都市と呼ばれる、北部地方。
聖翼会:新改革派系の過激集団。
金剛衆:火繰家が囲っている衆。
淦賦衆:一撃離脱を得意とする、攻撃的な衆。
三目家:古代から存続する名家。あらゆる分野に企業を持つ。
奥義衆:陸奥木隆義が抱える衆。
霧邦衆:哭腑衆の前身となった組織。
「太京じゃそのに話で持ち切りだよ」
スマートで短い黒髪に大きな瞳にレイヤーと大きな口、どこから見てもモデルの昇翔太郎が言った。
「……」
それに対し何を言うでもなく、ただ浅くため息をつく、黒い長髪に綺麗な楕円の黒い瞳にレイヤー、シャープで角ばった輪郭の並比良和司。
「苦労して立ち上げたんだろうけど、これで軍務省は、形だけの張りぼてだとばれてしまった」
おかげで太京の治安は悪化、新しく公安大臣になった宍和田絹男は、初日から対処に忙殺されて治安の回復どころじゃなくて、連中を助長させてるなんて。
「言われる始末だよ」
常若の繁華街から程近く、山になっていく急斜面と、その脇を流れる幅の大きな川のふもとを望めるアパートの四階。今は空き部屋となっているそこに二人はいた。
昇は自分の予備細胞で、表面的には怪我から回復しているが、痛みはまだ残っており、時折顔をゆがめていた。
「それでは此処の聖翼会連中も、太京へ戻る動きをみせるかもしれない」
真っ直ぐ山の方向を見たまま、並比良が。しかし。
「それはどうかな」
顔を昇に向けた並比良。
「今日にも発表されるけど、各衆に治安維持の依頼がでるらしい」
以前もあった話だと、並比良はここへ来た日の事を思い出す。しかし。
「今回は大規模になる、金剛衆や淦賦衆はもちろん、三目家の奥義衆や正式に、哭腑衆にまで話が行っている」
「! 哭腑衆に!?」
流石に並比良でも思わず声を上げる程、それは意外な事だった。
そもそも哭腑衆の前身である霧邦衆からして、時の政権とはその現実主義すぎる考えゆえに反りが合わす、数百年経った今でさえ、政界からは疎まれている存在なのだ。
それに変化をもたらしたのは藍河宗玄で、その為、今では多少なりとも政治と近い距離に立ったといえるが。
「それにしても宍和田公安大臣は、思い切った事をする」
レイヤーに本人を表示させながら、感嘆する並比良。昇が続けて。
「だからね、此処の連中は怖がって太京には行かないよ、命がいくつあったって足りない。むしろ地方へ逃げ込む数が増えるだろうね」
窓に背を向けて、壁に寄りかかる昇。
「それでは青警察もまた地方に分散させる?」
当然そう考える並比良だが。
「そうはならない」
「何故?」
少し語彙が強くなる並比良。
あれだけのへまをやらかした政府が、その信用回復の為に取るべき行動は、一つしかない。
「草平衆の、逮捕」
思わず口からでた並比良。
即ち、地方の治安を犠牲にして、政府の面子を回復させるというのだ。
義手が音を立てる。
しかも今回に限って、王道派も代王派も面子回復の目的は同じであり、その為、大規模な各衆への依頼が実現したのだという。王道派は政権内の主力派閥として評価と権威の為、代王派は自分達の派閥である宍和田公安大臣援護の為、という事になる。
「国がやばいというのに……」
誰も彼も陽の国の事なぞ、まるで考えていないではないか、そう憤る並比良。
「国を守れるのは自分達しかいない、その思いが、その為には自分達が、に発展して、遂には自分達こそ、に切り替わるんだよ」
「……」
最初から、派閥や自分の為だけに政治家を目指した人間なんて。
「いないよ」
「……」
昇の言葉は、どこまでも冷静だった。寄りかかった身体を起こす際、顔が少しゆがむが。
「それよりまずは目の前を片付けよう、俺は赤警察だから」
確かに昇の言う通り、まずはこぼれた水が、他人にかからないようにすべきで、問題が蛇口の開けっ放しにあるにしても、それを自分では閉じれないならば、できる事からこなすしかないのだ。
鋭く一呼吸して並比良。
「今日青警察は来れないと?」
「来れない、数が足りないね、それに今日は調査が目的だからね」
そうなのだろうが。
「首都圏からの連中が聖翼会に合流したら、どうなります?」
はあ、と長めのため息をついて昇。
「手に負えなくなる、事実上此処が聖翼会の本拠地になるね」
大きすぎる犠牲だと、並比良は思った。
義手が音を立てる。
「! まさか」
霜雫の柄を握る並比良の、その意味に気づき昇が。
「並比良君、過激派は彼らだけじゃない、他と連携している恐れもある」
引き留めるにも、声に力がないのは身体の痛みの所為。
それならばなおの事、急ぐ必要があると並比良は決心し。
「聖翼会の中心人物は女十亀康二か」
レイヤーにその人物を表示させ、顔を確認。
「落ち着くんだ並比良君」
並比良の義手を掴んで昇。しかし。
「本来なら俺も戦おうとは思いませんよ、でも待っても事態は好転しない」
赤警察がどれだけ調べても、次に行動する青警察は、首都圏で草平衆につきっきりで、結果が出るまで地方はその間犠牲になる。
「それなら、今の手持ちで出来る事をやるしかない」
だからといって一人ではあまりにも無謀だと、再度諌める昇。
レイヤーを顔に沿わせて固定しつつ。
「自分一人で、会そのものをどうこうできるとは考えてませんよ。目標は女十亀康二一人」
過激な行動は報いとなり己に返ってくる。
「そう思わせられればいいんです、放置すれば増長する」
それは少ないながらも、警備や青警察の手伝いをした経験からくるもので、実際その通りだった。
彼等はまだ知らないが、聖翼会は他の新改革派より勢力を拡大し、常若地方での地盤拡大を狙っていたのだ。
「昇さんとの通信は繋げておきます、何があっても応援は不要」
そう言うなり並比良はその場を出ていった。後を追うにも痛みと、それが無くても電足帯を付けた<守人>に追いつくのは、土台無理で昇はその場に残った。
「上に連絡しておくか……」
「……」
思った通り、周囲に警戒線や見張りがいる様子はない。
これなら潜伏先までは、簡単にたどり着けるだろう。逆に言えば、それだけ油断しても問題ないと考えている証明で、並比良としてはそこをつく好機でもある。
まだ日の登りきらない斜めからの光は、斜面を登る並比良の背中を、木の形に切り取られながらまだらに照らしている。辺りには徐々に濃くなる霧がかかっていき、何もかも朧。
聖翼会が使っているであろう道は避け、草むらを進む並比良。音を立て過ぎないように、周囲の鳥の声に紛れて進む。
あれか。
そこまで続く舗装路の先、立派な建物が見えてきた。それはかつて人気のオーベルジュがあった建物で、レイヤーに表示された所有者はNGO平和と権利を考える会となっていたが、名前だけで実態なんかないだろう事は、調べずとも容易に予想できた。
「……」
以前がオーベルジュという事は、内部は公開されている筈とレイヤーで調べ結果、部屋は六室に、管理室が一つ、レストラン一ヶ所、マッサージは一部屋、貸切温泉が二ヶ所、離れが一ヶ所と変則的な配置で、気がつかれず全てを探るのは不可能と判断。そもそも<影梁>でもない<守人>の並比良には、無理な話だった。
では、どうするか。
オーベルジュ周囲を周り、あらゆる角度から建物内を伺う並比良。レイヤーの感度を上げる。せめて人数の把握くらいはしておきたかった。聖翼会には<守人>はいないようだが、万が一という事もある。決して無謀な行動をとろうとはしないし、そうならないよう動ける自信もあった。
「……二人」
二階の角部屋に、二人の男の姿を確認する並比良。他の部屋もカーテンが閉じられてるでもなし、どうやらいないようだ。
となると。
一階のマッサージルームには人がいない事からも。
「レストラン」
が見える位置へ移動する。
「 」
すると木々の間を進む並比良の前に、乱暴だが、ぽっかりと空いた空間が現れた。
気づかれないようにそこを確認すると。
「なる程」
連中がレストランから街中を確認できるよう、無理矢理景色を通した場所のようだった。だから。
四人。
全部で六人。事前の赤警察情報では二十人とあったが、今は出払っているのか、離れに他がいるとしても、気がつかれなければ問題はない。そして。
「いた」
女十亀康二。レイヤーで容姿が一致する。どうやら表示情報よりも太ったのか、素早く動けそうな容姿ではないようだ。
電柵の電源を入れる並比良。二階の部屋が確認できる所まで戻り、人のいない部屋の窓まで上がると、霜雫の剣を抜き、切っ先を硝子窓に押しあてゆっくりと動かす。その切込みの入った硝子を軽くたたくと、ぱん、と乾いた小さな音をたて、絨毯の上に落ちる。
「……」
こんな時は、そんな音でも大きく響くようだと、ゆっくり息を吐く。
そこから右手を入れ窓の鍵を開け、中へ。と、その時。
『並比良君、そちらに三十名の集団が向かった、直ちに引き返してくれ』
昇からの通信が入った。
最悪のタイミングだ、と剣を握る義手に力が入っていく並比良だった。




