国中起盛 十
馬山国との交渉を終える佐復外務大臣。その結果に憤る下赤悟朗。しかし佐復外務大臣には明確な目標があった! そして徐々に頭角を現す石和希具視。その勢いは周囲に敵を生み続けていた。
人物紹介
下赤悟朗:佐復外務大臣補佐官。
佐復紘一:外務大臣。策略家。
南代香北:皇王陛下の側男。
石和希具視:陰から人々を操ろうする策謀家。
益栄善治:情報政策大臣。性急すぎる時期公安大臣画策をして、石和希具視に足元をすくわれる。
藍河宗玄:代王。与党勢力内で多数派になりつつある代王派を率いる。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
太緑国:陽の国の反対側にある島国。
馬山国:国内の憂いを、外国に敵を作る事で解決しようとしている。
静秦殿:首都太京の中心に位置する皇王の居住地。
「いいんですか!?」
目にかかる黒髪を横に流し、くっきりと二重に黒い瞳とレイヤー、整った細い顎の下赤悟朗が、両手をテーブルについて立ったまま詰め寄る。
テーブルの上の紅茶をいれたカップが、揺れる。
やたら豪奢で華美な部屋、の隅っこで笑ったような細い目で、ゆったりとソファーに座ったままの佐復外務大臣が。
「良いよ、これ以上続けても埒があかないだろう、潮時だよ」
そんな説明では納得が、そもそも説明ですらない、そんな憤りで下赤は。
「っ、しかしこれでは」
「言ったろう」
物言いは平易だったが、そのぴしゃりと毅然な態度に口を挟まれた下赤は、勢いをそがれる。
「順番が逆ってね」
何の事だか、しかし直ぐに太緑国到着直前のやり取りだと思い出す、が。
「……」
それが何だというのか。
「じゃあ外務省の戦争は、どうやって勝つ?」
「 」
下赤がテーブルから手を放し、直立する。
外務省は、外国と交渉するのが仕事である。一度戦争が始まってしまえば、終戦ないし停戦まで出番はない。それはすなわち外交の失敗である。では? 佐復外務大臣の答えは単純だった。
「次の戦争で勝つんだよ」
「次の」
何の感情もなく、おうむ返しする下赤。足を組んだ膝先で、両手を組んで佐復外務大臣は続ける。
「そう、次だ。須々木王はご立腹なさるだろうが、次だよ。次、馬山国が一発でも我が国に撃ち込んだ時に、我々は勝利する、その為に太緑国に来たんだよ」
立腹は、野本財務大臣もする事になるのだが。
「え、……と」
よく分からない下赤は、手と視線が空中を泳ぐ。
馬山国は内戦が終わっただけの、ぼろぼろな国家だ。国内問題はそう簡単に解決しない。となれば国内問題から目をそらさせようと、その度に我が国へちょっかいを出すだろう。他の国にちょっかい出すより、債務が減る可能性等。
「メリットの可能性があるからね」
でもそれではどれだけ外交交渉したところで、馬山国は無視してくる事になり、外務省の立場は意味のない事になる。そう下赤が言うと。
「だからだよ」
足を組み直して佐復外務大臣。
「馬山国が一発でも撃ち込んだら、ってね」
「……あぁ」
呆けた声になったが、下赤は佐復外務大臣がいわんとしている事に、何となく気づき始めた。
すなわちこういう事だろう。どれだけ交渉を上手くこなそうが、馬山国は必ず攻めてくる。しかし開戦すれば、終戦なり停戦の交渉は必ず発生する。その時にこそ、開戦するだけ損をする仕組みを作り上げておく、と。
「だから外遊が大事と仰ったんですね」
下赤は太緑国到着直線に、佐復外務大臣がいった言葉を思い出したのだ。
笑いながら佐復外務大臣は、テーブルの上の紅茶カップを手にとって、香りを嗅ぐ。
「うん、やはりこの国の紅茶は一級品だね」
一口飲むと続けて。
「それにね、この交渉結果で我が国も、旧兵器を使えるようになったんだよ」
国際的に正式な立場ではないけどね。
そう言って、殊更笑って見せた佐復外務大臣だったが、これが国際的に影響を及ぼす劇薬である事を、理解していた。
「いいのですか?」
濃く長いまつ毛に瞳は黒く大きく、その周囲はうっすらと赤く丸い顔は小さく色白で、まるで令嬢と見まごう青年、南代香北。
「だいぶ言葉遣いもなってきたな」
目に剣のある表情、伸びた髪は濃い灰色で、口元は常に薄く笑っているような、石和希具視が南代の質問には答えず。
ここは静秦殿の一室、南代に皇王陛下が与えられた彼の部屋である。広々とした部屋を暖色系の調度品で揃え、温かく柔らかい優しい雰囲気のする場所であった。
その部屋の窓寄りに、豪華だが軽い座り心地の椅子に、ゆったりとした服装で南代は座り、石和希は窓の外に咲く小さな柚子の花を、腰に手を当てて眺めている。
「石和希さん危険です、最近じゃ俺……私にだって噂が流れてくるんですから」
「ふん、何をいまさら」
不敵に笑う。
「こんな状況がいつまでも続けられるわけがない、いずれ変わる、俺がやらなきゃ誰かがやる」
「でも」
腰を浮かして南代。
「出る杭ね、それを恐れちゃ何もできないだろう?」
石和希自身、周囲から疎まれている事は百も承知なのだ。それに。
「俺が目指すのはいずれ変わる程度の変化じゃない、大変革だ、止まっている暇なんてないんだよ」
たかだか益栄情報政策大臣を落したくらいで。
「恐れちゃね」
振り返り余裕の態度で石和希。
「……」
南代には、慣れてきたとはいえ、まだ政治の話は入り組み過ぎて、よく分からないから何も言えなくなった。
部屋の奥に進みながら。
「これでせっかく空いた大臣のポストだ、そこへ代王派をあて込めば、藍河代王にも顔向けくらいはできるだろう」
できるの? と立ち上がり、優雅な仕草で石和季の後ろから抜いて歩く南代。右側奥にあるバーカウンターで、薄くそして装飾を施したグラスに水を注ぐ。
「うん」
それを受け取り一気に飲み干す石和希。
「面白い事に、藍河代王には三目家が付いた、これで金にも困らないわけだ、いい追い風が吹いてるよ」
飲み終えたグラスを受け取り。
「でも石和希さんが自由に使えるわけじゃ、ないんでしょう?」
もちろんだよ、と馬鹿にしたような言い方で、窓際へ戻っていく。
「八谷が、元副総理だな、奴が政治資金面を管理するらしい」
代王派が増えるんだ、嫌とは言わんよ。
南代はグラスを水で洗い、布巾で水をふき取った。ここには機械で自動化されたシステムは、殆どなかった。
「でも、全てが上手くいくわけじゃないでしょう?」
石和希の後ろに立つ南代。普通はそう考えるが。
「何を言うのやら、失敗を前提に動きはしない」
外を見ながら、自然と背筋が伸びていく石和希。
「でも、もし何か、もし石和希さんがいなくなったら、お、私は一人です、他に頼れる人は誰も」
「皇王陛下がいるだろう?」
振り返り石和希。
「! そんな……恐れ多い……」
この態度を見て、石和希の視線は冷たかったが、決して蔑みだけの感情ではなかった。 「南代、困ったら黙っとけ、一言も喋るな、見下す演技でゆっくりその場から帰ればいい、これは奥義だ」
「あ、はいっ」
「じゃあ私は戻る」
「えっもう?」
思わずでた南代の言葉に、思わず足が止まる石和希。少し目が大きくなった。しかし再び歩き出し。
「最近道が混むんだよ、あれ以来治安が悪化したんだ」
あれとは何だろうと、後で、青丹生春防衛戦の事だと気づく南代だが。
「南代も外に出る時は気を付けろ」
「あ、はいっ」
この日、南代は初めて笑顔になった。
だが石和希は、そんな自信の足元をすくわれる事となる。




