火繰家 六
政府内部の動きに三目家の脅威を感じ始める河智聖子。火繰家の存続の為、行動を開始する。その最初の目標としたのは、あの男だった!
人物紹介
知野陽音:火繰家の参謀役。
河智聖子:火繰家の当主。
益栄善治:情報政策大臣。軽率な行動により、足元をすくわれる。
小能中御池:公安大臣。馬山国との一件で、この後辞任が決まっている。
角真誠一:元益栄善治の秘書で現議員。彼に巻き込まれ、収賄の罪に問われる。
石和希具視:政治中枢で様々に画策している。
藍河宗玄:代王。代王派を形成している。現在、直接政治には参画していない。
森國男:政府内にいる代王派のトップ。総務大臣。
野本信士:代王派で財務大臣。堅物。
暮里竜星:竹中の地方議員。
大窪透:竹中の地方議員。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
太京:陽の国の首都。
山都:陽の国の中央部にある旧都市。
火繰家:陽の国で鉄鋼と武具を支配している名家。
馬山国:大陸の国の一つ。内戦後の不安定な情勢打破の為、陽の国に戦を仕掛けてきた。
三目家:幅広く事業展開をしている陽の国の名家の一つ。
竹中:陽の国の西に位置する鉄鋼業の中心地。
「よろしいでしょうか?」
細身、細い顔、薄い口に細い目、そしてレイヤーまで細い知野陽音が、一礼して扉の前。
その部屋はこじんまりとしているが、窮屈すぎず、美しい調度品に囲まれているが、華美になりすぎず、バルコニーへ続く窓は大きく、自然の明かりがゆったりと差し込む。
その部屋の窓際の机に、揃えた前髪と後ろに黒い長髪、赤茶色の瞳にはレイヤーと真っ直ぐな鼻と小さな唇の河智聖子が。
「どうぞ」
首都太京より、西へ四百六十キロに位置する山都。その山都にて、最も広大な土地を所有している火繰家の敷地内。
再び一礼すると一歩部屋に入る知野、咳ばらいをし背筋を伸ばすと。
「馬山国との交渉の件ですが、既にお聞き及びかと存じますが」
ひどく難航して五日目となる今日においても、決着は難しいだろうと、昨日の時点でそう報道されていた。
「ええ、かなり難航していると聞いております……」
この時河智は、知野が妙にかしこまった態度でいる事に気づいた。
「何か?」
首を傾げて尋ねる河智。咳ばらいを軽くして知野が。
「益栄情報政策大臣が、罷免されるそうです」
「え?」
とっさに反応してしまいそれに気づき、思わず口を押えて咳払いをして取り繕った。
「ん、ん、……詳しい説明を願えますか?」
益栄情報政策大臣は、公安大臣を引責辞任する小能中御池の後釜に、自分と繋がりの深い議員を据えようと動いていた。王道派の議員達は早すぎると考えていたが、自分達の懐が痛むでもなし、それを放置していた。しかし対する代王派はそうではなかったのだ。
「代王派が公安大臣について、今から動いているという事ですか?」
どれ程交渉が長引くのか分からない状況だが、それが一ヶ月、いや半分の二週間だったとしても、掛かる資金は膨大となる。
「……今その資金力を使うでしょうか?」
王が退位するという噂が出て久しいのだ。できる限りその時用に資金はとっておきたい筈なのだが。
「三目家がおります」
冷静に指摘する知野。
「!」
うかつにも言われるまで失念していたと、珍しく河智は顔をゆがませた。そしてそれを隠さない。椅子にもたれかかり。
「ふぅ、……ここまで頭にくるとは、正直思っていませんでした」
三目家の脅威を、実感した瞬間だった。
「申し訳ありません」
深々と頭を下げる知野に、身を起こし慌てて河智が手を振る。
「知野さんの所為では……」
いえ、きっかけとなったのは、私が益栄情報政策大臣に与えた、交渉に関する資料にあります。
「それがなければ、彼がこのように動く事はなかったでしょう」
確かに、その情報による勇み足で、足元をすくわれたといえるのだが、ふと河智は気づいて。
「そもそも益栄情報政策大臣は、何故罷免されるのでしょうか?」
慎重に物事を進める性格ではないし、色々問題となる行動を起こしそうではあるが。
「角真誠一議員に対する、贈賄の罪との事です」
「?」
角真誠一と言われても、誰の事だか分からない。
「角真誠一議員は、益栄情報政策大臣の元秘書で、今は王道派の議員です」
「 はあぁ……」
初歩も初歩、どうやら益栄情報政策大臣は最も単純なミスを犯したのだと、そう思って河智は深くため息をついた。頭を抱えなかったのはぎりぎり、理性の賜物だった。
「ただこれには仕掛けた人物がいるようなのです、完全には調べきれていないのですが」
「ん、人物、ですか?」
いくら何でもそこまで迂闊ではなかったと、安心した気持ちになって、しかしそれも間違いだと気づいて、咳ばらいを一つ、知野に尋ねる河智。
「石和希具視です」
その名前に河智の表情が、引き締まった。
「最近、よく聞く名前ですね」
勿論、いい意味ではない。
「はい、どうやら」
益栄情報政策大臣は問題なく、政治資金の運用をしていたようなのですが、それを問題のある状態に仕立て上げたのが。
「石和希具視のようです」
益栄情報政策大臣に隙が無かったかといえば、そんな事はないだろうと容易に想像できたが、それにしても問題がない行為を、問題がある状態にし、罷免にまでもっていくとはただ事ではない。
「他の大臣方は、何と仰っているのでしょうか?」
王道派は慣例を破る行為だと、しかし益栄情報政策大臣の仕掛けた時期が悪いのも事実なので、それ程強く反発はしてない様子、と知野。
「どうやらこれに関しては、代王派の方が非難をしているようなのです」
これで公安大臣が代王派議員になったとしても、小さな勝利でしかなく、今まで行ってきた政治資金運用で罷免となれば、それは代王派議員全員にも当てはまる事なのだ。
「では石和希は、代王派でもないという事でしょうか?」
「元々は藍河代王に付いていたようですが、側男を皇王陛下に拝謁させてからは」
「皇王陛下に仕えているという事ですね……」
「はい」
事実、石和希は藍河代王や森総務大臣等の代王派と、野本財務大臣を通じて王道派の、両方と繋がっているのを、知野の説明で河智は今初めて知った。
自分の鼻に右人差し指を当てて、しばし考える河智。
こうした場合、過去ではどのように対処していただろうか? 過去を鑑みれば、きっと幾度となく向き合ってきた状況だろう。
「ん……」
しかし思考すると、今までに無かった要素にぶつかり、眉間にしわがよる河智。
三目家。
今まで代王派に先んじて来られたのは、ひとえに、資金力があるからだった。であれば今また同じ方法で、となれない最大の要因。しかし相手も同じく名家である。そう簡単に排除できる相手ではない。であれば。
「一つずつ、まずは片づけましょう」
河智は椅子の上で姿勢を正し、石和希を排除する事を決めたのだった。
「側男の寵愛が元になっているようですので、その点を利用するのはどうでしょうか?」
河智が一計を提案するが。
「出だしは確かにそのようなのですが、今では彼自身の策謀による立場もあるでしょう」
眉間にしわを寄せて、自分の鼻に右人差し指を当てる河智。
相手の程度を測りかねるので、他に何も思いつかなかった。そこに知野が。
「彼は皇王陛下の威を借り、今では目立つ存在です。出る杭は打たれるの例え通り、彼を快く思っていない者達も多いでしょう」
両手を机について河智が。
「! 具体的にはどのようになるのでしょうか?」
王道派と代王派両方から、少なくとも好まれていないとすれば、両方に共通の敵に仕立てれば。
「自ずと排除されるでしょう」
「ではそれでいきましょう、後学の為に進行状況も連絡をお願いいたします」
深々と頭を下げる知野に、それと、と続けて。
「政治の動きが早いですね、今後素早く対応する為にも、有能な人材が必要だと思うのですが……」
火繰家資金援助を受けている政治家は多いが、それだけでは足りなくなると踏んだのだ。小能中公安大臣なら、火繰家の為に積極的に動いてくれるだろうが、如何せん若い。客観性という点では、正確な情報を期待できないのだ。
「そう、ですね……」
右手を胸にあて、考える知野。
「少し資金を使う事になるかもしれませんが、地方に目をかけている者が何名かおります」
「地方? の議員なのですか?」
それでは国政に直接関われないのでは、という河智は疑問を言ったのだ。
「地方議員を、新設される省庁への応援として、一時的に出向させる例は過去にもありましたので、それを」
知野は、今回は利用しようというのだ。確かに、積極的に動くのなら、国政のしがらみを持たない地方議員の方が、問題が起きにくいのかも知れないと、河智も納得して。
「目星があるのですね」
の問に、竹中におりますと応える知野。
竹中は鉄鋼業の中心地で、火繰家にとっては武具と鉄を扱う家柄ゆえ、山都の次に権力基盤として確保している地域でもあった。
「今は末席ですが、能力は折り紙付きで、暮里竜星と大窪透の二名です」
そう知野が言うと、河智のレイヤーに二人の情報が表示された。
「……」
正直どちらも、見た目はあまりぱっとしない、素朴な若者だった。だが見た目はどうでもいい事なので、若くても知野さんが認めているならと。
「構いません、三岡さんと相談してください」
河智はそう言い終えると、自分の手に力が入っている事に気づいて、眉間にしわを寄せた。




