白狼 四
哭腑衆が青丹春攻防戦において、活躍をした謎の<影梁>について知る。雲丘貴善はその人物に強い興味を示すが……。
また竹野中竜兵衛は、その哭腑衆と接触をする。来るべき時に備えて……!
登場人物
雲丘貴善:哭腑衆の<守人>であり<墓守>。
一之谷伍政:哭腑衆の<影梁>。
園野覚知:哭腑衆の<守人>。実戦経験がある。
殿岡岬:哭腑衆の<影梁>。赤実陽を襲った事がある。
相馬祐司:哭腑衆の<守人>であり<墓守>。
鈴木敬:哭腑衆の<守人>であり<墓守>。
竹野中竜兵衛:風間家の参謀。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
哭腑衆:太京に昔からある衆。
<守人>:近接戦闘職者。
金剛衆:火繰家が囲っている衆。
赤警察:捜査調査を担当する警察。
馬山国:内戦を終えたばかりの大陸の国の一つ。
青丹春攻防戦:青丹沿岸へ馬山国巡洋艦が砲撃を開始して、その後、敵兵が上陸した戦争。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
特別陽国海沿岸警備部隊:青丹に急遽、国が送り込んだ完全装備青警察の混合部隊。
草平衆:影舘桐蔭が作った<守人>衆。
火繰家:古代より続く名家。
三目家:古代より続く名家。
風間家:三目家の分家。
奥義衆:陸奥木隆義が抱える<守人>衆。
「ほーう、これはこれは」
長い黒髪を背中に流し、白い肌に鋭い顔つき、目の周りはうっすらと赤く小さいつくりで特徴的な雲丘貴善。
かけたレイヤーに映し出されている映像を見て、嬉しそうに言った。
何に使う部屋なのか、広い部屋には縦横無尽の骨組みがあり、三メートルの天井にまで届いている。その部屋の一部、骨組みが開けた場所周辺にて。
そこへ剣や刀を下げた哭腑の<守人>達が、教師よろしく一番壁際に立った、前髪の長いたれ目に銀のレイヤーをかけた、一之谷伍政の説明を聞いていた。
「後ろから一人ずつ、確実に仕留めてるな、でもこの映像はどこから?」
髪を刈上げ細い目にはレイヤーと高い鼻、しっかりと大きな口に、短く顎鬚の逞しい園野覚知が当然の疑問を。
「金剛衆から奪ってきたんですよ」
「奪っ……お前ねえ」
呆れて何も言えなくなる園野。
金剛衆は例の首切りのごたごたが続いているから、そんなに難しい事ではなかったと、一之谷は事もなげに応えた。
金剛衆や赤警察の活躍で、馬山国を撃退したとされる青丹春攻防戦だったが、この新しい情報によって、どうやら違った答えにたどり着きそうだと、この場の全員が理解していた。
「一之谷さん、この<影梁>の正体は?」
少し細身である以外、これといった特徴のない殿岡岬が質問する。
「不明だ、分からない。金剛衆でも調べてるらしいが、さて……、念の為該当する街中のカメラ全てさらったらしいが、正体は不明だ」
よっぽどの手練れだと、この場の<守人>達が関心を寄せる中、ふと気づいた雲丘。
「そーいや殿岡君も以前、<影梁>に会ってたよね?」
南代香北を追跡していた<影梁>と、以前殿岡は戦っていた。
「……そう、ですね、あれも手練れの<影梁>だとは思いますが……」
確かに絶対有利な状態で、仕留めそこなったのだから当然優秀な<影梁>であって、しかしそれだけで同一人物かどうとは、確証はもてなかった。
「園野さん、これって凄い?」
あまりにも当たり前の質問をする雲丘に、眉をひそめて見返す園野だったが、どうやらふざけているわけじゃないと気づき。
「……」
質問の意味を、頭に手をやって考える。そして。
「<守人>の戦術としては、汎用性はないが、この場合理に適ってる」
恐らく特別陽国海沿岸警備部隊が全滅しない為にとりえた、唯一の行動だっただろう。この<影梁>がいなければ、陽の国は青丹春防衛戦で負けていたのだ。
「うーん、いいねぇ」
「おい雲丘、お前この<影梁>を引き入れるつもりか?」
眉をひそめて、短く立てた黒髪と細くたれ気味の目に瞳は黒、小さい口が神経質そうな相馬祐司が。
「実践向きじゃない? それって哭腑向きじゃない?」
笑って返す雲丘に、今度は一之谷が。
「これだけの<影梁>なら、野良って事はないと思うけど」
と呆れ気味に言った。
ま、いいや、まだどこの誰とも分からないんだし、と雲丘。
他に報告は? と園野が見渡すと手を挙げて殿岡が。
「じゃあ自分から」
このところ草平衆の<守人>や<影梁>が、活発に動き回ってると、レイヤー越しに行動先を地図上で点滅させて説明した。
すると直ぐに気づいて園野が。
「政府関連の場所ばかりにみえるな」
「はい、金剛衆から流れた<守人>によって、手数が増えている状態です、正直、これ以上草平衆全体を追うのは無理ですね」
そういえばいつだったか、鈴木さんが、草平衆は一勢力に成長すると懸念していた事を、雲丘は思い出した。そして。
「そーいや、鈴木さんが来ないね?」
「あ、鈴木さんでしたら、来客対応中です」
殿岡が応えた。
「来客?」
思わず雲丘は、珍しい事もあるもんだと言った。
「……火繰家が」
長身で大柄かつ無駄なく鍛え抜かれ、表情は精悍で堀は深いがさっぱりとした顔立ちに、灰色の瞳にレイヤーと短くしなやかな黒髪の鈴木敬が、思わず呻くように言った。
いや、想定していた事態ではあった。四月十二日暴動において、火繰家が一枚噛んでいるのではないかと。しかし哭腑衆の<影梁>をもってしてもそれ以上の、確定的な証拠は掴めなかったのだ。それをこの男は事もなげに証明して見せたのだ。
こじんまりとした、しかし洗練された色彩と調度品、そして椅子と机が完璧な調和で一体感を持った哭腑衆の応接室、驥尾の間。
そこで鈴木に向かって座る男は、肌は白いというより血色が悪く見え、薄茶色でサラサラの短髪に隙間の大きい二重で瞳の色は灰色、細い鼻と色の薄い唇は、相手に病弱な印象を与える、竹野中竜兵衛。
その竹野中は、政権内における権力強化の為と、積極的ではないにしろ、あの日の暴動を事前に防がない事で、活用したのだと説明したのだった。
「……」
軽く頭を振る鈴木。一之谷が、名家が関わってる以上調べるのが難しいと言っていたが、それを同じ名家から聞かされる事に、蛇の道は蛇とはよく言ったものだと、そう感嘆しつつ。
「いや、ご説明はもっともです、まさにその通りでしょう」
この話し方、態度、このやり取りと、竹野中は鈴木敬という男の、度量が大きい事に気づいていた。
「恐縮です」
そういって頭を下げる竹野中。
「友好を結ぶと、今後こう云った情報も貰えるという事ですな?」
鈴木はあくまで真っ直ぐだった。はい、と頭を下げて竹野中。続けて。
「我々としても内戦への対応、続く外国との戦争に備えなければなりません」
その為にも御衆との繋がりは、当家の明暗を分ける重要なものと考えております。
「それは、三目家全体のお考えですか?」
淡々とした口調だが、内容は鋭い。
本来であれば、ここで仕掛けるべきだが、竹野中はそうしなかった。
「いえ、分家風間家のみです」
ありのままを答える。
「三目家には」
奥義衆もいるし、それを拡大するのに、資金面で苦労するとも思えない。
「何故、我々と?」
「単に」
相手を倒すだけの暴力装置としてであれば、奥義衆なり<守人>を雇うなりでよいでしょう。
「しかし、勝つべき時に勝ち維持すべき時に維持となると、それができる組織力が必要になります」
「!」
鈴木は驚いた。この男は例の暴動における哭腑衆の動きの意味を、完璧に理解しているのだと分かったからだ。
「……」
軽く頭を振る鈴木。
雲丘の先見性も良かったが、それをたった一回の短時間における行動を見ただけで、見抜いている者がいた事に、もう驚くしかなかった。
三目家全体はともかく。
「竹野中殿と風間家は信頼足りえると確信いたしました、こちらからも友好関係をお願いしたい」
そういって差し出された右手を、握り返す竹野中。
こうして密かに、風間家と哭腑衆はつながる事となった。これもまた、歴史における一つの契機となる。




