国中起盛 八
馬山国との交渉が決まり、陽の国政治中枢で、慌ただしく思惑が動き始める。互いが互いを出し抜き見下す、欲の動き!
登場人物
益栄善治:情報政策大臣。
角真誠一:益栄善治の元秘書、現議員。
石和希具視:権力者に取り入る策謀家。
南代香北:麻金皇王の側男。石和希具視の操りにより、政治能力があるように思われている。
森國男:総務大臣。代王派議員の頂点にいる。
用語
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
青千院:太京にある政治の中心地。
馬山国:大陸の国の一つ。国内情勢安定の為、陽の国に戦争を仕掛けた。
静秦殿:首都太京の中心に位置する皇王の居住地。
「決まったか、ん、よし、よしよし」
ぼさぼさでくせの強い黒髪に、知的というよりはいやらしい目つきにはレイヤーの、益栄情報政策大臣。
青千院にある情報政策大臣執務室の窓からは、柚子の花が鮮やかに咲いているのが見えた。室内に、今では見る事も珍しくなった紙の資料や、様々なコンソールがその画面をマスクした状態で、薄く光っている。
彼は執務椅子に座りレイヤーで会話をしているが、その内容に興奮しているようだった。
「何が決まったのですか?」
顔は若いが、その白髪の多い固そうな髪と、常に力の入ったような表情の所為で、近づきがたい雰囲気の男が、ソファーから声を掛けた。
「馬山国との外務大臣交渉がだよ、角真君」
私の言った通りだろう、と興奮気味に話すが、いつかは決まるものだろうと思うも、口には出さない角真。
「交渉は、我が国が圧倒的優位で終わるのだ、長引く事もない」
立ち上がって指を振り、得意満面で続ける益栄情報政策大臣。
「そうなると、須々木王の仰ってた五月の軍務省立ち上げも、現実味を帯びてくるのだよ」
「何故優位なのですか?」
当然の疑問を角真がきくと、にやりと下品な笑みを返して。
「まだそれは言えんのだ、うん、私だけが持つ情報でね、まあいずれ、佐復外務大臣も知る事になろうがね」
椅子に座り顎を上げながら、益栄情報政策大臣。
正直、この人とのやり取りは面倒くさいと思いつつも、角真としては自分を議員にしてくれた恩があるし、今また、その公安省の大臣にする為、画策してくれているのだから、感謝こそすれ。
「今は他の大臣達も議員達も油断してるだろうね、交渉がそんなに早く終わるとは」
思っていないのだからね。
「だから」
再び立ち上がり、行ったり来たりしながら益栄情報政策大臣は続ける。
「軍務大臣を誰にするか、まだのんびりした状況なのだろうね」
眉毛をひそめながら、にやにや笑うその表情は、大臣なんかではなく、俳優にでもなれば、個性派としてやっていけるのではと、つい思ってしまう角真だった。
「益栄善治か、彼はずっと動き回っていたな」
目に剣ある独特の表情と、少し長い髪は濃い灰色で、口元は常に薄く笑っている、レイヤーをかけた怪しげな印象の石和希具視。
静秦殿の広大な敷地の一角、一面薔薇の庭にて。
「しかしよくそんな情報を知ってるな」
長いまつ毛に瞳は黒く大きく、その周囲はうっすらと赤く、白い肌と合わせて、令嬢と見まごうばかりの南代香北が。
「最近、多いんです、その、色々、言い寄って来る人が……」
それはそうだろう、と困惑する南代に当たり前のごとく、石和希。
「分かるか南代、君はそれだけ重要な権力に近づいてるんだよ」
南代は肩をすぼませ、うつむき加減、常に指を動かしている。
「その癖」
止めろと言っただろと、鋭く石和希。手を背中に隠す南代。
「まあこの時期にいそいそと動く事なんか、軍務か公安関連に決まっている」
他の大臣を出し抜いて、自分の子飼いをそこに据えようって。
「魂胆だろうな」
「軍の、大臣?」
横目で南代を一瞥する石和希、そうだ、と答え。
「馬山国との交渉中は、難しいはずなんだがね、挑発ととられればまだしも、怯えているとなれば厄介だ」
しかし益栄情報政策大臣は、それにも関わらず動き続けている、と、なると……。
「ふぅん、何か情報を掴んでいるのか掴まされているのか」
落ち着かない様子で石和希を見ている南代。顎に手をやったまま考え込む石和希、が突然。
「今日はこれで失礼しよう」
「え? あの、皇王陛下にご挨拶は……」
南代の問いかけを笑うと。
「必要ない、陛下だって一々会いたかなかろうさ」
そう言って振り返らず、静秦殿を後にした。
「石和希?」
ややごつい黒のレイヤー越しに神経質な目と、細身の頬に鼻に殆ど動かさない口で、森総務大臣が素っ気ない事務机で応える。
清潔だが他には簡素な硝子テーブルに、地味な衝立と何処にでもあるような観葉植物、あとは南側に窓があるだけの彼のオフィスに、最近延びてきた日の光が差し込んでいた。
以前の時も代王からだとおかしな依頼をしてきたし、いまいち正体のつかめない男だが……。
「解かった、通せ」
正直、軍務省設立準備や馬山国との件もある為、相手する時間ももったいないと感じていたが、森総務大臣はこんな時期だからこそ、と思い返して念には念を、慎重に動く性格だった。
「失礼いたします」
そう言って入って来た彼は、如何にも胡散臭そうでそれでいて、口元からは底の浅い思惑が透けているようで、森総務大臣はそう何度も、便利屋のごとく使われるものではない、と。
「よい」
一緒にお茶を持って入ってきた秘書を下がらせ、自分は席から立たず。
「いったい何の用かね? 手短に頼む」
尊大な態度は、そうしなければならない事の裏返しだと、思いはしてもおくびにも出さず石和季。
「麻金皇王陛下と藍河代王からの伝言を、持って参りました」
「……それで?」
面倒くさそうに対応する森総務大臣。この物言い、前回もそうだったが、要するに虎の威を借る狐なのだと、石和希に対する最終判断を下した。側男を使って皇王陛下に取り入るだけの男だと。
まあ、最も、藍河代王からすれば、それだけで十分なのだろう。
要するに代王派において、石和希の役目はもう終わっているのだ。
「益栄情報政策大臣についての情報です」
「それで」
この時期、王道派の端にいる大臣の話などろくなものではないと、早々に内容を予見して疑問形ですらなくなった。
「公安省の大臣に、王道派で調整する事なく、自ら選出するようです、恐らく、これを足掛かりに派閥の形成を狙った動きかと」
「ふぅー」
まさにどうでもいい話だった。この程度で、皇王陛下も代王も自分に伝言など送ってこないと、森総務大臣。
「分かった、話は受けた、以上だな? ご苦労」
追い返されるように、部屋を出ていく石和希。
「なる程」
流石と云おうか、代王派大臣の頂点にいるだけの事はあると、その頭の回転力は感心しつつ出口へ向かい、夕陽を見て。
与しやすい。
石和希はそう思い笑った。
そして森総務大臣は、小物と見下した事を、後悔する事になる。




