双頭録 八
青丹春防衛戦を生き残った政継達三人。その経験は確実に彼等を変えていた。そしてそれぞれの中には、強く、思いが沸き上がっていた。
人物紹介
川瀬正二:青警察の若い隊員。
空矢政継:舞雪形の<守人>。
黒田量:舞雪形の<守人>。
昇翔太郎:赤警察の特別捜査員、通称、特捜員。巡査部長。
早芽桜:政継と量が救った民間人の女性。
栗嶋信明:特別陽国海沿岸警備部隊の隊長。馬山国による最初の砲撃で戦死。
田岸一郎:青警察。青丹春防衛戦で政継と行動を共にした。
原井円生:元公安大臣。
早葉甲斐:舞雪形の師。
用語
余食カフェー:少し高級なカフェ。
赤警察:捜査調査を担当する警察。
青丹春防衛戦:馬山国と陽の国が戦火を交えた最初の戦闘。
馬山国:内戦を終えたばかりの大陸の国の一つ。
<守人>:近接戦闘職者。
金剛衆:火繰家が囲っている衆。
青警察:重武装した治安部隊。
<影梁>:諜報活動を専門に扱う者。
舞雪形:変幻自在な剣の型。
四月十二日暴動:新改革派デモが暴動に変わった事件。
哭腑衆:太京に昔からある実践主義の衆。
木満水公園:太京の海岸側にある大きな公園。
「川瀬、少し変わったな」
まとまりない黒髪に上がった眉毛と、挑戦的な黒い瞳の政継が。
「そうですか?」
茶色い癖毛に丸い目、全体的にマスコット的な印象だった川瀬だが、今日は大人びて見える。
「先ずは座りなよ」
立ったままの川瀬に座るよう促す、短い黒髪と整った細い眉毛、優し気な目じりの量。
円柱形の建物内は、美味しそうな匂いで満たされており、一階席から上の席まで全て窓に沿って作られた、硝子張りが天井まで続く吹き抜けの、ここは巨大な余食カフェーだった。その空は雲とのコントラストで、濃く見えていた。
飲み物食べ物が揃い、とりあえず。
「乾杯、生きて帰った事に」
そう言って政継は、最初のグラスを飲み干した。それぞれが丁寧に食べ物を分けていく。
あれから二週間以上が経過しているが、あの経験は三人を、大きく変えていた。
「……お二人がいなかったら、今頃自分達は全滅してましたよ」
作る笑顔に、彼本来の愛嬌は見られなかった。それもそうだろう、命のやり取りの覚悟をしてきた政継にしたって、あの暴力的な死の前では無力だったのだから。
「助けられたのはこっちだよ川瀬君、君が赤警察に状況を伝えてなかったら、あのまますりつぶされてた」
グラスを半分空けた量が、素直な感想。それに同調する政継。
「……」
黙り込む川瀬に気づいて、量が。
「どうした?」
うつむいた顔をしばらくそのまま、やがて困ったような作り笑いで川瀬。
「間に合ってないんです」
「 どういう事よ?」
その様子に謙遜ではないと気づいて、政継が身を乗り出す。
これは本来外部に漏らしてはいけない内容ですが、と前置きして、しかし話す事自体ためらわず川瀬は続けた。
青丹春防衛戦終了後、赤警察による現場検証を行ったところ、馬山国兵の進軍が、途中からひどく遅くなった事が分かったのだという。
「原因は?」
勿論尋ねる量に。
「あの時現場に、もう一人、<守人>がいたんじゃないかと」
「!」
赤警察の情報自体、本来なら川瀬のところに来るはずのないものだが、あの時現場で生き残った者達、居合わせた者達には、連帯感のようなものが生まれていた。
「あの時はぐれた自分を見つけた赤警察が、昇翔太郎さんで、彼から聞いた話です」
「あぁ」
それなら政継達も、あの後病院で、入院中聞き取り調査を受けた時会っていた。話していて、気持ちのいい男だと感じていた。
「彼が、金剛衆にこちらの位置を教えたんだ、彼も俺等の恩人だ、しかし」
そうなるともう一人の<守人>は、先行した金剛衆の者なのか?
「違います」
政継の疑問に川瀬がそう答え。
「確かに、普通の<守人>が一人であれを足止めできるとは思えない」
量が疑問を。
それはそうだろう。あれだけ重武装した青警察の集団でさえ、一気に蹴散らされたのだから。
「それが」
敵兵が四人一組である事から、最後衛のグループのみを狙い、一人を不意打ちして人質状態にして、奪った銃で残り三人を倒すというやり方らしいと、川瀬には情景が思い浮かぶ程、鮮明な調査記録として把握していた。
「なる程……」
お代わりのグラスを手にして、政継が呟く。
「それと自分は見てませんが、町の壊れなかった防犯カメラに、それらしき人物の一部が映っていたそうです」
手だか後頭部だったか、とそこははっきりしないが、それら情報を総合すると、<守人>一人の仕業だと、赤警察は結論したらしい。しかし。
「<守人>というよりは」
量の言葉に続けて政継。
「そうな、<影梁>っぽいな」
口には出さなかったが、<影梁>と聞いて量が直ぐに思い出したのは、早芽桜だった。そもそも他に<影梁>を知らないのだが。
「何にせよそいつのおかげで、俺達は生き残れたわけか」
大きなため息をつく政継。
どれ程鍛えようが修行しようが、剣の腕だけでは戦争に勝てない、その事実を受け入れざるを得なかった。
「ん? どうした川瀬君?」
神妙な面持ちの川瀬に量が。
「……自分、青警察を辞めようと思ったんです、昇さんも左遷という事でしたし」
その言葉に思わず政継は、身体を傾けた。
青丹春防衛戦の四日後、特別陽国海沿岸警備部隊の、戦死者合同葬儀が行われたという。まだ隊員の殆どがショック状態の中、戦死した栗嶋信明隊長の後を、流れ上引き継いだ田岸一郎巡査長はこう言われたと。
青警察は現状我が国において、国内の治安を守る唯一の公的機関であり、既に噂で聞いているだろうが、この後軍隊が創設されるまでは、外敵から民間人を守る唯一の公的機関でもある。
その言葉を聞いて川瀬は。
「はっとさせられました」
自分達が戦わなければ、あの暴力的な死にあうのは。
「一般市民なんです、だから、せめて軍隊ができるまでは……」
ゆっくりとかみしめるように、川瀬。
「怖えよな」
政継の言葉に顔を上げる川瀬。今にも壊れそうな青い顔で。両腕を組んで椅子にもたれかかる量。真っ直ぐ川瀬の目を見て政継。
「弾の速さで死神が来んだ、それも大量に。今でも内腿が痙攣するくれえ怖えよ」
「……」
「でも俺は<守人>だ」
政継の拳が震える。
未熟だし、国を守るなんてできやしねえ。
「けどな、俺は<守人>だ、人を守るんだ、お前がその覚悟なら、俺が、お前の<守人>になってやるっ、絶対に死なせねぇっ」
量は思わず、そうきたか、と呟く。
「……あ、あぁ」
川瀬の瞳から玉のような涙が、ぽろぽろとあふれ。
「あ、ありが……」
嗚咽で言葉にならない川瀬。張りつめていた気持ちが、身体の奥深く張り巡らされ縛りつけていたロープが、今、ぷつりと、切れた音が聞こえた。
「あ、あ……」
笑おうとしているのか、ぐしゃぐしゃの川瀬に、備え付けの布巾を渡す政継。
「量はどうなんだ」
どうとは漠然とした質問だが、政継が尋ねているわけじゃないのは百も承知して。
「剣術だけじゃどうにもならない、これは事実だ」
眉間にしわがよる政継だが、事実だ。
「けどこの時期に舞雪形に出会えたのは天佑だぜ」
あれは腕力に拠らない剣術だ。極める事で、戦い方そのものを学べる。
「覚悟はした、内乱も戦争も必ず起こる、なら備えるさ」
やっぱ、頼もしいっす、と、ようやくくしゃくしゃでも笑顔になれた川瀬だった。
円柱形の建物は美味しそうな匂いで満たされ、全ての席が窓に沿って作られた、硝子張で巨大な余食カフェー。その空は雲とのコントラストで、濃く見えていた。
「ところで昇さんは何で左遷なんだ?」
場が少し和んだところで、量が切り出す。
赤警察はその業務上、あらゆる失敗のやり玉にあがりやすく、今回も青警察の被害を抑えられなかったとして、大幅な改善という名の人員再配備を受けたのだという。
「今回も?」
政継が疑問。
「少し前に、辰港事故ってあったじゃないですか」
あぁ、と川瀬にうろ覚えの返事を返して。
あれが事故なら、原井元公安大臣も引責辞任なんてなかったし、その後の赤警察改編も。
「必要なかったんですけどね」
政継や量の知らないところで、政治的な力が色々働いているようである。
一通り頼んだものを、全員が食べ終えたのを見て。
「何か追加する?」
政継が。
「そうだ」
声がかぶって量。
「川瀬君、四月十二日暴動で哭腑衆に会ったんだって?」
「おう、それそれ」
忘れてたのか、気づいて政継も量の言葉にのっかる。
「え? あー」
あの時、川瀬は七名の青警察と一緒に、デモ監視要因として、木満水公園周辺に配置されていた。
「当初は申請通り、単なる新改革派のデモ行進だったんっすよ、それが」
無線で他のデモ監視隊員から、応援要請が入ったかと思ったら、木満水でも急に暴動が起きて。
「そもそもそんなん想定してないから、こっちも泡食っちゃって」
バリケードも護送車も引きずられちゃって、自分の身も。
「やばいって思ったその時に、奴らが現れたんっすよ」
「哭腑衆と直ぐに分かった?」
疑問を量が口にすると、理解して川瀬が。
「あの長髪の男、あいつがいたんで」
流石に口調が強くなった川瀬。
「最初は気づいてびびったっすよ、暴動側かと思ったんで」
しかしあれよあれよという間に、暴動全体を押し返し、それを一ヶ所に集め、なおかつ青警察が検挙できる状態にまで。
「状況をひっくり返したんっすから、あれは見事でしたね」
「確かに調べたら、あの日哭腑衆もいたって話は見つけたけど」
量が見つけた限りじゃ、それ程大きい活躍ではない印象だったのだ。
「まあそうっすね、多分、十人いなかったと思うっすよ、んー、五、六人?」
「! へぇ」
反応して政継が、感心したように。
「個人が強いだけじゃないのか」
そう言って、政継を見る量。お互い視線を合わせる。
「なる程ね」
不敵な表情で、少し笑ったように政継。
「ところでお二人は、今日は剣を持ってないんですね?」
「 」
甲斐氏にこっぴどく怒られて、取り上げられていたのだった。




