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陽国史 一  作者: いちのはじめ
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火繰家伝 五

 激動の中に入りつつあるこく火繰ひくり家は危機感をもって水面下で行動を開始した。派閥の弱点を取り除き、権力を強化すべく動き出す!


登場人物

 知野陽音ちのよういん火繰ひくり家の参謀。

 河智聖子かわちしょうこ火繰ひくり家の当主。

 益栄善治ますえぜんじ:王道派。情報政策大臣。

 小能中御池このなかみいけ:王道派。公安大臣。青丹春防衛戦あおにうはるぼうえいせんの責任を取る事になる。


用語

 東亜藍潮計画:こくの運命を左右する巨大港計画。

 レイヤー:眼鏡型の情報端末。

 火繰ひくり家:こくの名家。製鉄業と武器製造業を牛耳る。

 三目みつめ家:こくの名家。各分家が様々な分野で利権を持つ。

 メガシリンダー:正式名称は大笹凡筒おおささなみのつつ。竹筒明星社が作った巨大な緑の建造物。

 青千院せいせんいん:太京にある政治の中心地。

 馬山国まざんこく:不安定な国内をまとめる為、こくに派兵した。

 月帝つきみかど家:こくの名家。かつて王を輩出してきた家柄。

 

 「東亜藍潮計画の次回会議の日程が決まりました」

 細身、細い顔、薄い口に細い目、そしてレイヤーまで細い、知野陽音ちのよういんが言った。

 よく晴れた、風の強い日。火繰ひくり家の昇り火が入った自動磁気式車の中。

 「いつですか?」

 黒い前髪は切りそろえ、後ろに長く美しい真っ直ぐな艶やを流し、美しく鋭い赤茶色の瞳に、真っ直ぐな鼻と小さな唇の、河智聖子かわちしょうこが。

 向かい合っている知野ちのは、レイヤーで情報を河智かわちに送りつつ。

 「六月六日です」

 「分かりました」

 意外と早く決まったものだと、河智かわちは思った。三目みつめ家を外したとはいえ、多くの企業や家が参加する会議である。半年以上先になるかと思っていたのだ。

 「これで三目みつめ家にも情報が行くでしょう、何らかの対抗措置を行ってくると思われます」

 車内から景色の中、林立する高層建築物の間から、メガシリンダーがかすかに見え隠れし始めた。

 レイヤーで時間を確認して。

 「もう七、八分で着きますね」

 よく晴れた、風の強い日。自動磁気式車は青千院せいせんいんへ向かった。

 青千院せいせんいんでは各事務方が蜂の巣をつついたような騒ぎで、閉会が近づく国会の期間もあってか野党も騒ぎ立て、いつも以上に騒がしい状況だった。

 まさにこんな時期に。

 「お時間を頂きありがとうございます、益栄ますえ情報政策大臣」

 「火繰ひくり家のご当主とお会いできるのですから、こちらこそ貴重なお時間をいただいております」

 ぼさぼさでくせの強い黒髪に、知的というよりはいやらしい目つきにはレイヤー、本人は親し気に笑っているつもりなのだろうが、明らかに見下した笑みの益栄ますえ情報政策大臣。

 青千院せいせんいんにある情報政策大臣執務室の窓からは、牡丹の花が鮮やかに咲いているのが見えた。

 室内に、今では見る事も珍しくなった紙の資料や、様々なコンソールがその画面をマスクした状態で、薄く光っていた。

 互いに向かいあってソファーに座り、河智かわちの隣には知野ちのが立つ。

 益栄ますえ情報政策大臣の言葉は、まったく、嘘ではなかったろう。彼からしても、金と政府内に影響をもたらす火繰ひくり家との繋がりは、この時期に至っては僥倖ともいえるものだったのだ。

 それに、益栄ますえ情報政策大臣が火繰ひくり家に秋波を送っている事は、小能中このなか公安大臣より聞いて、河智かわちは知っていたのだ。

 お互い、狸の面をかぶったまま簡単なやり取りをし、一通りのジャブを終える。

 「今後とも火繰ひくり家とお付き合いを頂けますと、大変光栄に思います」

 へりくだり方が弱いと感じて、益栄ますえ情報政策大臣は生意気な女だと見下しつつも。

 「とんでもございません、私のような者と、こちらこそ末永く友好関係をいただけますれば」

 「つきましては……知野ちの

 相手の感情など河智かわちには知った事ではないので、とっとと話しを進める為、知野ちのを促す。

 はっ、と一礼しレイヤーで益栄ますえ情報政策大臣に、映像を送る。

 これは一週間前の青丹春防衛戦あおにうはるぼうえいせんの。

 「一部始終を収めた映像です、火繰ひくり家抱えの金剛衆こんごうしゅうによるものです」

 少し映像を観て、益栄ますえ情報政策大臣は思わず恐怖で漏れそうになった声を、無理矢理飲み込んだ。

 「私的な映像ですので、まだ世に出回っていないものになります」

 淡々と知野ちの

 だが見せられた側は、この映像に何の意味があるのか、刺激が強すぎた事もあり、全く分からなかった。

 「これは馬山国まざんこくが国際破壊行為防止法に違反したという、証拠の映像となります」

 「……?」

 口には出さないが、何故見せられたのか、冷静になっても分からない益栄ますえ情報政策大臣。そいう事なら、見せるべき相手は佐復さまた外務大臣だろうと思ったのだ。

 「これはいずれ行われるであろう馬山国まざんこくとの交渉時に、交渉材料として、佐復さまた外務大臣に渡す予定のものです」

 「……」

 「この事を知るのは、益栄ますえ情報政策大臣のみです」

 「あぁ!」

 知野ちのの説明でようやく気がつく。

 なる程、交渉の結果がどうなるか、事前に予測ができるという事かっ、回りくどい。

 そう得心し、これをどう利用してやろうかと早速思案をめぐらし始める。

 それを見てとって知野ちのが、腰をかがめて河智かわちの視線に入り、目的を達成した事を合図。

 「では益栄ますえ情報政策大臣もお忙しそうなので、これで失礼したいと思います」

 挨拶もそこそこに部屋を出た。

 「あれでよろしかったでしょうか?」

 河智かわちが廊下を進み始め、小さな声で。

 自分の態度も普段より横柄な感じにし、手土産にしても正直、それ程価値も無いような。

 「あれでいいのです」

 彼は細かい点に気を寄せすぎて、大局的視野を持ちません。

 「ですからそのままでいてもらえるよう、そうした態度で臨んでいただいたのです」

 「手土産もですか?」

 廊下の途中、足を止めて河智かわちが。

 「あれは相手が手土産だとさえ思えばいいのです、実際に中身のある必要はありません」

 益栄ますえ情報政策大臣はこれを機に、色々と動くだろう。しかし慎重さと配慮に欠ける性格である。代王派への軽いけん制にでこなれば十分なのだった。

 目を丸くする河智かわちに一礼すると、再び忙しく人が行きかう中、先を歩く知野ちの。彼としては、益栄ますえ情報政策大臣がこのままでは政権の足を引っ張りかねないと考え、影響力が低下でもしてくれればよいと考えていた。

 今度の相手が、同じ名家の三目みつめ家になるかもしれないのだ。月帝つきみかど家の協力を得られない以上、体制の強化は急務と考えていた。

 そして進んだ先、扉をノックし返事を受けると、開いて先に入り、河智かわちを招き入れた。

 「ご当主……」

 執務室の奥、椅子から立ち上がった、前髪を細く分けて、両側は刈り上げた、たれ目の小能中このなか公安大臣。

 一礼して河智かわちが。

 「旧兵器の件で伺わせていただきました、お時間よろしいでしょうか?」

 勿論、知野ちのが事前に連絡を入れていたのだが、小能中このなか公安大臣としては、大臣辞任を目の前にぶら下げられた状態では、何ともいたたまれない気持であった。

 執務机から離れて、応接用のソファーを勧めると自分も向かいのソファーに座る、というより落ちるように小能中このなか公安大臣。

 「ご当主、旧兵器の管理は現在文化省が担当しております」

 レイヤーで情報を知野ちのに送り、それを見て河智かわちもレイヤーをかけ情報を見る。そこには映像資料とテキストがあり、管理状況からして、それ程丁寧なものではない事がすぐに分かるずさんなものであった。

 小能中このなか公安大臣を見る河智。

 「この国は亡びかかっているのかもしれません、独立国である為には自主防衛が必須なのに……」

 うなだれた首は疲れて目は淀んでいるが、その憤りは精神がまだ死んでいない事の証拠だった。だから。

 「小能中このなか公安大臣、火繰ひくり家は、今後とも大臣と友好な関係を続けていきたいと考えています」

 「!?」

 顔を上げる小能中このなか公安大臣。

 「政治という単位で見れば、今回のような事は幾度となく繰り返されてきたでしょう、ですが、火繰ひくり家は存続してきました。それは国を守りたいからです、その為に火繰ひくり家は冶金と権力に深く関わってきたのです」

 「……」

 虚を突かれたままの小能中このなか公安大臣。そのやり取りを眺めつつ、これも天性か、と一人思う知野ちの

 「そして大臣にお願いしたく思います、国の為、引き続き火繰ひくり家に手を貸してほしいと願います」

 その目にはみずみずしさが戻るが、しかし。

 「ご当主、あぁ、ご当主ありがとうございます、こんなにも……」

 かぶりを振り。

 「自分としてもお手伝いしたいのですが、自分は 大臣を辞任する事になります」

 「私が言っていますのは現政権においてではありません、この先全てにおいてです」

 「!」

 小能中ひくり公安大臣は絶句した。

 なんと自分は小さい人間だった事かと。政権から外れる事に、権力に自分は魅入られていたのだろうかと。

 議員である以上、政権にいようがいまいが、国の為に尽くす。そんな当たり前の事ができなくて、何が議員か!

 小能中このなか公安大臣は立ち上がり、深く、深く頭を下げた。

 「この身を尽くして……」

 河智ちのも立ち上がり、お礼をする。

 そうして部屋を出る河智かわち太京たいきょうでの仕事は終わったので山都やまとに戻りましょうと。

 一礼して着いていく知野ちの。先程のやり取りは若く青臭いものだったが、それを理解した上での、人心を掌握する見事さに喝采を送りたいところだったが、そっと、右手を胸に当て、こっそり、敬礼するだけにした。

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