双頭録 六
領海侵犯をしてきた馬山国の、最前線に駆り立てられた川瀬正二。それを後ろから見守る空矢政継と黒田量。陽の国が対応を決めかねて二日間の緊迫した時間が流れていた。事態の糸は今まさに切れかからんとしていた!
登場人物
空矢政継:舞雪形の<守人>。
黒田量:舞雪形の<守人>。
川瀬正二:若い青警察。
用語
陽国海:陽の国中部北側の海。
青警察:重武装した治安部隊。
馬山国:陽の国の西大陸にある国の一つ。
レイヤー:眼鏡型の情報端末。
哭腑衆:太京に昔からある衆。
舞雪形:<守人>が使う剣術の形の一つ。
電柵:対飛び道具用の防具。
「一隻だけか」
まとまりない黒髪に上がった眉毛と、挑戦的な黒い瞳の政継。
「時事情報局でも一隻って言ってたな」
短い黒髪と整った細い眉毛、優し気な目じりの量がそう返す。
目の前には、朝日を浴びて光る陽国海。その海岸線沿いには、連日の出勤を強いられている青警察の、三百人から成る大隊が、完全装備で整列していた。
「川瀬もとんだ貧乏くじだな」
その様子を、複合施設のテラスから観ている政継。続けて。
「揚がって来るかな?」
さあどうかな、と眉間に皴を寄せた量。腕を組む。
馬山国は今年頭に、内戦終結したばかりの国だ。今再び大きな戦争を仕掛けるだけの、余裕はない筈だが……。
『空矢さんしんどいっす』
急にレイヤーを使って、川瀬から通話が入った。こっちからもみえるよ、と苦笑しながら応える政継。
「通信して大丈夫なのかい?」
量が声をかけると、今は休めの姿勢になったからと、川瀬の様子を観る二人。
「整列したままじゃねえか」
どうやら休めの姿勢とは、そういうものらしいと理解した。
『いざとなったらまた助けてくださいよぉ』
情けない声で泣きつく川瀬に。
「いや、完全装備なんだろう?」
それでも怖いものは怖いと川瀬。さもありなん、本当に攻めてきたなら、二千年ぶりの戦争状態になるのだ。
『哭腑衆だって助けてくれたんですから、お願いしますよぉ』
何の事だよと、反応した政継。
どうやらこの前の、四月十二日暴動と呼ばれる事件で、川瀬の入った現場に哭腑衆が現れたのだという。既に瓦解していた青警察の警備網を復活させ、尚且つ暴徒を一ヶ所に集めるようにして押し返し、そのうちの何名かを逮捕までできるよう、全く鮮やかな活躍をしてみせたのだと。
「初めて聞くな」
量が。
あの日も二人は、舞雪形の道場で鍛錬をしていた。そこへ師である早葉甲斐へ、他衆から、暴動鎮圧の手伝いを頼まれたのを見ていたのだ。その時、公安大臣から依頼のあったという衆の中に、哭腑の名前はなかった筈で。
「何で分かった?」
哭腑衆は情報を開示していないから、<守人>衆を見たところで、それが哭腑衆かどうか判断つかないだろうと、政継が突っこむと川瀬は。
『あいつがいましたから』
「……これが終わったらゆっくり話しを聞かせてくれ」
休めの姿勢が終わったのか、返事はなかった。
「いつまでこうしてるつもりなんだろな?」
政継の当たり前の疑問に、腕を組んだままの量は、改めて思案した。
馬山国はそれ程余裕がある状態ではない。それでも二日間そのままでいる。
「……そう、だな。この状況だけ見れば、馬山国はあそこまで来てもいいという、既成事実ができあがる、ね」
やべえんじゃねえの? と政継に。
「おそらく」
であれば、陽の国としては、それを防ぐ為に、具体的な行動をとる必要がある。
「こちらも艦船を出すとか」
その結果、馬山国が下がればよし。でも、領海越境の既成事実が目的だとすると、簡単に引きさがらない事になる。しかし。
「余裕のない国がそんな事するのか?」
独り言のように続ける量。更に考えると。
如何に陽の国が戦慣れしてないとはいえ、一隻じゃ攻めるのは無謀だ。だとすると、馬山国が、陽の国から欲しいもの。
「というと……」
ここまでくれば、政継もぴんときた。
「借金、か」
領海越境は囮で、それによって生じる小競り合いを起こし、そのささやかな勝利でもって、陽の国を協議の場に引っ張り出し、そこで陽の国に借りている借金の帳消しを狙うと。
「だとしても一隻じゃ、ちいとばっかし足りねえんじゃねえか? 青警察はご覧の通り、完全装備だぜ?」
戦は数だと政継。
「所詮対人装備だよ、政継」
その言い方には険が含まれて思え、政継が目を細めてへの字口。
「去年まで戦争に明け暮れてた連中だ」
電柵の効かない重火器やら、それこそ大砲やらミサイルやら。
「好きなだけぶっぱなしてくるさ」
「! そりゃねえだろいくらなんでも、国際法違反なんだぜ!?」
通称、国際破壊行為防止法と呼ばれる法律である。ざっくりと、強力な破壊兵器の使用禁止じ、これにより、航空戦力の使用を不可能としている国際法である。
「戦争だよ政継、内乱でさえ使ったものを、違う文化に対して使うのにためらうと思うか?」
「じゃあ……どうなるんだ?」
眉間に深い皴、怒りを隠す事もせず政継が低い声で。
「明日、もっても明後日、砲撃をするか上陸を、かな」
硬く組んでいた腕を解く量。一瞬、天を仰ぐようにした政継だが、ため息一つ。
「甲斐師に連絡しとく、二、三日帰れないってな」
その政継の言葉に、作り笑いをして量が。
「怒られるぜ、争いは禁じられてるからな」
「今更」
見捨てるのは義じゃねえ、と捨て台詞で、政継は少し量から離れて、レイヤーで連絡をとり始めた。
その政継から視線を船に戻し、量は身体がこわばって、痛みを感じていた。




